「月からのデータの解析が終了した」
2036年10月。あのとんでもない大事件が起こった日から既に6年の月日が経過した。この6年間、本当に色んなことがあった。本当に……数えきれないほど……なんかろくでもない思い出もちょこちょこ混じってるな。俺が入籍の時の挨拶で帝さんにボコボコにされかけた話とか。
それでも、なんとかここまで歩んできた。六年間ぶん回した解析AIは、やっとその成果を出してくれたわけだ。最先端のを使って六年もかかるあたり、やっぱり月の技術力はおかしい。それに、魂とも言える部分の解析という一番難しい事をこなしたのだから、AIは十分よくやってくれたというべきかもしれない。
彩葉さんは大学を卒業し、院に行くのかと思いきやそのまま研究所を立ち上げた。学生時代の実績の数々、資金力は俺と帝さんが死ぬ気で頑張って供出している。あとは、俺の持っていた切り札を国に一部開放した。十五層の無敵要塞のデータ。それを防衛省に提供する代わりに、研究所創出に際して各部に便宜を図ってもらっている。おかげさまでサイバーセキュリティアドバイザーとかいうよく分からない役職を貰えた。
「結論から言うと、義体ボディへの置換自体は目途が立った」
「やった」
「ただし、注意点もある」
俺はツクヨミ内のウインドウを展開しながら言う。こういう発表とかにツクヨミは向いている。まぁそれは俺がここの統括をしているからってのもあるかもしれないけど。
「月人の不死性は『もと光る竹』に集約されている。あれとあれによって作られた身体である限り、月人は死なない。逆に言えば、魂を月の技術体系の中に無い器に移動させた場合、その不死性は失われてしまう」
「でも、ヤチヨはずっと生きてたよ?」
「あれはウミウシを依り代とした犬DOGEに乗り移っていたからっていう凄く例外的なパターンだね。だけど今回やろうしてるのは、完全な切り離し。月の技術体系から離れる。どうも、月の考え方が分かってきた。魂は器によって定義されると思っているらしい。まぁそういう細かい話を省いて端的に言えば、ボディを置換すると寿命は器の形、つまりは人間とほぼ同じになる……と思われる。月のデータによれば」
月はちゃんとしたモノを送ってきた。よほどトラウマだったんだろう。あれ以来交信は一切していないけど、お互いの安寧のためにはそれが一番のはずだ。
「どう頑張ってもあと百年前後。俺たちは頑張っても七十年前後くらいしか生きられない。その前に終わってしまう可能性もある。一回きりの存在になるってことだね。それでも、いいかな?」
「いい! それでも、この世界で生きていたい」
ノータイムでの返事が返って来る。かぐやとヤチヨ。その自意識は曖昧だ。というか、どっちも同じ存在だし。ただ、この数年の間で少しずつかぐやの要素が強くなったような気もする。いつまでもちゃん付けじゃ呼べないので呼び捨てにしたけど、ちょっと慣れないな。
ともかく、八千年間止まっていたかぐやの時間がまた動き始めたってコトだろう。ヤチヨはヤチヨでツクヨミにいるときのキャラみたいになっている。まぁどっちにしても俺たちの娘であることには変わりない。
「二つ返事という事ですが、どうしますか所長」
「分かった。じゃあ、やろう」
補正計算やらシステム構築の手助けやらで俺のAIも随分役に立ったようで、酒寄研究所は所長である彩葉さんの学生時代からの成果を受けつつ間もなくその本願を叶えようとしていた。すなわち、かぐやの受肉。魂だけの存在となったものに肉体を与えるという、ある意味では神への冒涜だ。
死すらも克服する可能性を秘めたこの実験。成功率をあげるために色々と苦労した。電極を貼りまくられて実験台にされたりとか、電流流されたりとか、痛みの調整をミスって俺が死ぬほど痛かったりとか……実験台俺ばっかりじゃないか。
「もう少しだからね、かぐや」
彩葉さんは感慨深い声でそう言った。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
「ツクヨミ側からは俺が送り出す。魂の受け手の準備はよろしい?」
「OK、こっちのシステムと受け入れる筐体は全部問題なし。電力正常、いつでもどうぞ」
「了解した」
電子生命体を受肉させるには、内側と外側からのアプローチが必要になる。俺が導き出した結論はこうだった。彩葉さんが完成させた肉体。そして俺が解明した魂の仕組み。これらを組み合わせて、今日の実験が行われる。
「システム・アスクレピオス起動。メインフレームとの接続よし、サブフレーム異常なし。ボディとの回線固定。記憶領域システム異常なし。人工脳髄異常なし。神経システム異常なし。筐体へのデータ転送、開始!」
ツクヨミの統括システムにデータ移送中の表示が出る。記憶や感情、魂に関する領域は相当にデータ量が多い。それを満足に送信できる場所は早々ないはず。
「データ移送率、50パーセント経過中」
上手く行ってくれた、頼む。祈るような気持ちでウインドウを見つめる。
「データ移送率、79パーセントを経過した」
俺たちの夢、俺たちの悲願。あの時かぐやが月に帰ってから何年もずっと思い続けて来た。この日が来るのを。また三人で笑ってパンケーキを食べ、そしてどこまでも続く人生という旅にもう一回出る日を。
「データ移送率、98パーセント、99パーセント……100パーセント! こっちからの転送は完了した。そっちは!?」
「受け取り完了。全システム異常なし」
スマコンを外し、寝ているかぐやの身体に駆け寄る。その目を彩葉さんが静かに開いた。
「はっ!」
なんかずーっと寝ていた子が起きた時みたいな声で、かぐやは起き上がった。声帯の再現、関節の動き方のシミュレーション、内臓の機能をどうするか、髪は、目は、耳は、舌は。爪、皮膚、体重。そんな様々なシミュレーションも行った。アンドロイド開発の盛んな中国にこっちの特許を売り払って技術供与を受けたり、台湾の会社に義眼を依頼したり、シリコンバレーに頭下げて色々と融通して貰ったり。その成果がちゃんと出ている。
まるで、あの日あの時までと全く同じみたいに彼女は動いている。
「身体重っ!」
「疑似心拍正常。疑似血管に異常なし。視覚、聴覚、嗅覚、触覚に異常なし。関節の動き正常。こちらのデバイスでは異常は確認できないっ!」
「適合率、100パーセント。実験は成、功……!」
声にならない声を俺たちは出していた。喜びと、嬉しさと、報われた色々なものへの感謝があふれ出して止まらない。
「パンケーキ、食べたいなぁ」
「第一声がそれかぁ」
「ねぇ、楓、彩葉。おねがぁい」
「味覚システムに異常がないか確認しないといけないしね。それにこれからは、何度だって食べられるから。何度だって、いくらでも食べさせてあげるから、ね……」
「もう、甘やかさないの」
二人して起き上がったかぐやを抱きしめる。温かいぬくもりがした。魂の温かさって、きっとこんな感じなんだろう。暑苦しいとも何も言わず、かぐやは黙って俺たちを抱きしめ返す。あの日したかった続き。月人を撃退して、そうしたかった。これからは何度だって出来る。何百回だって出来る。
「お帰り――かぐや」
「お帰り、俺たちの大事な娘」
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
2037年7月11日。東京ドームは満員御礼だった。
『今生に間に合った! かぐやの復活ライブ! 現実とツクヨミの両方で、ヤチヨと舞い踊ります!!』
オタ公さんがもう死にそうなほど嬉しそうな声でアナウンスをしている。俺たちも25歳になる歳。予定よりも大分早く戻ってこれたとはいえ、7年の月日は長かった。それでもドームには多くの観客が押し寄せている。ツクヨミの特設会場もパンパンだ。処理落ちしないか冷や冷やしながら管理人室で見守っている。やっぱり俺はここが性に合っていた。この一番高い場所から、見守るのが好きなんだ。
『現実ではドームが満員! ツクヨミでも7年前のあの伝説を超える人数が集まっています。会場プロデュースとライブ演出は娘さんをくださいで玉砕させた男は数知れず、かぐやのリアル父にしてツクヨミの統括守護神、いろPは俺の嫁をガチでやってのけ多くのオタクの脳を破壊したアメツキカエデ! 本日も管理人席から見守っています』
「「「お父さーん! かぐやちゃんをくださーい!」」」
「アク禁するぞ!」
『はい、いつもの恒例ありがとうございます!』
なんでこのコールが毎回入るんだよ。そんな突っ込みを入れてしまう。
かぐやの正体については今でも知っている人はごく少数だ。当然と言えば当然ではあるけど。かぐやは病気だった子という設定になっている。卒業ライブは難病により身体が麻痺し始め、その動ける時期の最後に……という設定だ。そして彩葉さんはその彼女のために義体を作成し、俺は意識を電脳化してそこから再度ボディに置換させる作業に従事した、という事になっている。
という事にしてくれた。具体的に言うとちょっと守秘義務に引っかかるところが。また、かぐやは捨て子だったという設定になっている。そこを俺と彩葉さんが拾い上げたっていう形だ。なので、本当に娘を育て、守り、そしてその病を救った。そういう存在であるからこそ、こんなガチ勢に喧嘩売るような真似をしてもギリギリ許されているのかもしれない。
燃えかけた時も「勝ちたきゃ同じことをしてみろ」という帝さんの言葉で沈静化した。義兄には感謝しかない。なんだかんだ俺たちのことを見守り続けてくれたし。最近乃依さんとゴールインした。あそこはあそこで上手くやっているのかな。
旧姓諌山さんは結婚している。今お腹の中には双子の赤ちゃんがいるそうだ。綾紬さんは大人気インフルエンサーになっている。街中では彼女の広告をあちらこちらで見かける。陰のある演技も出来るということで、役者としても活躍する素養を見込まれていた。雷さんは弟とリーダーが結婚して暇なので、よく世界を旅している。俺やかぐやにおすすめの場所を紹介してくれるので、いつか行こうと話のタネになっていた。
そんな皆も、今日は様々な形で参加してくれている。具体的には演出の側で。
『今回の演出のポイントは何でしょうか!?』
「復活ライブという事で、シンプルかつ皆さんに楽しんでいただけるよう、最大限演者が映えるようにしました。また、夏という事で水を基調としていますので、お暑い中会場に足を運んでくださった方々にも清涼感を感じて頂けると幸いです」
『はい、ありがとうございました!』
「「「いろP~、結婚しよ~~」」」
なんで女性陣の声の方が多いんだろう。まぁ分かるけど。俺が女の子でも好きになってる可能性が高い。大学では男女共にモテてしょうがなかった。まぁね、彩葉さんの進学した学部の女子比率は悲惨だからね。そこにあんな美人をぶち込んだらどうなるか。察するに余りある。
「俺の嫁だよ!」
「「「キャ~~!!」」」
今のどこに喜ぶ要素があったのかは分からないけど、それでもまぁ喜んでいる女性ファンが多いならいいのか……な? でも男性ファンも離れてないんだよね。そこら辺はあの二人の魅力なのかもしれないけど。
俺も俺で、それなりに長い事統括をしているからか、ユーザーからの認知は上がっていた。ヤチヨとコンビで活動しているのも、二人でツクヨミを作り上げた話が広まっているおかげかもしれない。
てか、実際俺の奥さんなんだからあげないが!? ワンチャンあると思っているなら諦めて欲しい。そりゃまぁね、彩葉さんの方がスペックはどう考えても上だけどさぁ。酒寄姓に変えたのに離婚されましたってオチじゃ笑い話にもならない。俺の住む家無くなっちゃうし。酒寄楓にも慣れてきたころなんだから。
『定番も終わったところで、ではいよいよご登場です! みんな、涙の貯蔵は十分か!!』
「「「イエーイ!」」」
オタ公さんのコールで会場の温度は最上級だ。真面目なモードに戻って、管理室のモニターを弄る。
「音響システム、異常なし。映像システム、異常なし。会場動作、異常なし。移動システム、異常なし。空間システム、異常なし。光源含む演出システム、異常なし。その他各部異常なし。全関係システム、オールグリーン。時間合わせ、誤差修正0コンマ1秒。修正完了。ツクヨミ並びにドーム全体で異常を確認できず。通信良好、電波状態問題なし。いつでもどうぞ!」
リアルのステージの扉が開く。
「いくよ!」
「「「せーの!」」」
三人が一斉に飛び出した。今日は月の来襲もない。安全に安心して妻と娘の晴れ舞台を見れる。七年ぶりの、大舞台を。防衛システムは全部自動撃退に切り替えた。これで集中可能だ。音楽が鳴り始めた。それに合わせて管理室でペンライトを振る。
「――しょっちゅう唄を歌ったよ その時だけのメロディーを」
「寂しくなんかなかったよ」
「ちゃんと寂しくなれたから」
「「「いつまでどこまでなんて 正常か異常かなんて 考える暇もないほど 歩くのは大変だ――」」」
『いろPが躍った~! 黒鬼も演出にいるぅぅ~~!』
オタ公さんがワイプで叫んでいる。そうそう、これこれ。この表情が見たかった。どう? 俺の家族は。凄く可愛くて、凄く可憐で、凄く綺麗でしょう。立派に踊って、多くの人に生きる希望と喜びを与えている。自慢の家族、俺の誇りだ。彼女たちに出会えたことが、俺の生きる理由になった。彼女たちがいるから、俺はここまで来れた。そしてこれからも、きっとこうやって生きていくんだろう。
この物語の続く、その先まで。おとぎ話は終わった。ここからは、俺たちの物語だ。その先に何が待っているのかは誰も分からない。皆の物語がどうなのか、分からないように。それでもただ一つ言えることがあるとすれば。
――俺たちは、おとぎ話を超えた。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
標高の薄い山の上。稜線上からは太陽の光が見えている。日本で一番月に近い場所を目指している。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
スタスタと進んでいくかぐや。まぁ機械のボディだから元気でも問題ない。高度の影響も受けないし。でも彩葉さんまでスタスタ進んでいるのはちょっと分からない。研究者ってフィジカルもいるのかな。俺は最後尾でゼハゼハ言いながら登っていた。
月からもたらされた『もと光る竹』はもう俺たちには不要の存在になった。だけど、このオーバーテクノロジーは持っているだけで危険な存在でもある。だから、竹取物語よろしく一番空に近い場所に置くことにした。
「おそーい」
「置いていくよ~」
「そんなこと、言わないで。ふぅ……インドア派に登山はきついねぇ」
「そんなんでどうするの、もう」
これ、下山する時が地獄かもしれない。情けないけど、アラサーの身体は若くないんだな。彩葉さんと一緒に運動しないとだめかもしれない。赤い鳥居が見えた。それをくぐって、かぐやは一気に走り出す。
「いやっほ~!」
「ちょっと、転ばないでよ!」
「危ないから、ほどほどに、ね……ゼハ」
彩葉さんに引っ張り上げられながら顔をあげる。こっちを振り返るかぐやの顔は優しい。
「やっと、ここまで来れたね」
その顔を風が撫でる。荒い息も忘れて、俺はその顔を見つめる。愛した娘の、その満足そうな顔を見ることが出来ただけでここに来た意味があった。行くよ、と彩葉さんに促される。そして俺は、また一歩を踏み出した。
これは、どこまでも続く物語の一ページ。月のお姫様が愛すべき家族に囲まれながら人間として
めでたし、めでたし――――
これにて本編は完結となります。筆の向くまま想いの向くままに書き綴った一週間でした。大分駆け足だったかもしれませんし、まだまだ本編の間の行間などありはしますが、ともあれ一応はピリオドかなと思います。個人的な話ではありますが、初めて連載作品を一応とはいえ完結させられたので、感無量でございます。教育実習に行く前に終わってよかった……。大学の授業中に書いた甲斐がありました。
ここまで来れたのは皆様のおかげでございます。面白かった! という方は、是非感想と評価を頂けますと感謝感激雨アラモードです。
あと、蛇足~も一応あります。なんですが、何を書くか迷っているので、是非アンケートに投票してくださると嬉しいです!
蛇足~で読みたい話。まぁ、ペースは流石に遅いかもしれませんけど、全部書くかもしれません。
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