30代になりたくなーいなんて言っていた時代はとうに過ぎ去って、今や2046年になった。3年前に生まれた俺と彩葉さんの娘も今や3歳になっていた。かぐやは相変わらず年齢不詳の人気ライバーとしてツクヨミ内で不動の地位を築いている。黒鬼も全然変わらず活動しているので、ここのツートップが盛り上げている日本界隈は人気だった。
自動翻訳システムが完全導入された結果、ツクヨミは少しずつ多国籍化が進みつつある。その中でも古くからいる日本ライバーはコンテンツ力が強く、これまでの戦国時代で磨かれたスキルを駆使したベテランとそれに挑む新人とで日々熱のあるコンテンツが提供され続けていた。なんだかんだ、日本のコンテンツは大人気。ツクヨミが海外のイメージする日本! みたいな見た目をしているからかもしれない。
「
「かぐや!」
「お掃除してるの~?」
「してる~」
三歳になると親のお手伝いをしたい年頃になったみたいで、掃除機を持ってウインウインやってる。電源は付いてないので、やってるふりではあるけど、本人が満足そうなのでそれでいいかなと思って見ていた。酒寄
「えらいね~」
「えへへ」
かぐやが凄い可愛がってくれるおかげもあってか、すくすく育っていた。前まではあんなに小っちゃかったのに。月日が経つのなんてあっという間だ。さすがにかぐやみたいな成長速度ではないけど、それでも気付いたら大きくなっている。
かぐやは年の離れたお姉ちゃんとして、妹の誕生を凄く喜んでくれた。彩葉さんに陣痛が来た時も、すぐに病院に連れて行ってくれたし。その時俺は緊急の仕事で出ていて、急いで戻っている間も色々と動いてくれていた。それに、初産は時間がかかるという言葉の通り何時間も彩葉さんが頑張ってくれている間、俺と一緒に病院で待っていくれた。配信は緊急でお休み! と言って事情を察しているファンは訓練され過ぎている気もするけど。まぁ数年待たされたのに比べればってことなんだろう。生まれた時は親である俺より泣いていた。
彩月にとってかぐやは憧れの存在みたいだ。キラキラしているカッコ可愛いお姉ちゃん! という感じ。よく遊んでくれていたし、今でもこうしてよくお話ししている。かぐやは四人で写っている写真をよくアップしていた。どんな子になるのかなんてまだ分からないけど、幸せになれるように頑張るのが俺たちの役目だと思ってる。
「パパ~」
「どうしたの?」
「これ、あげる」
「おぉ、ありがとう」
落ちていたぬいぐるみを渡された。かぐやが配信用で買ったのに全然使っていなかったぬいぐるみたちは、今や娘の遊び道具になっている。やっと日の目を見たというべきかもしれない。何体か無残なことになったのもあるけど……。
「かぐやにも、あげる!」
「嬉しいなぁ~、彩月ちゃんは優しいねぇ」
子供に甘いのが二人になった……とは彩葉さんの言。そんな事言いつつ、お願いされたらいつも断りにくくて凄い顔になってるのに。かぐやが良くないお願いの仕方を仕込んでいるからかもしれない。
「ただいま」
「あ、ママ! お帰り!」
「ただいま。いい子にしてたかな?」
「うん、してた」
とてとてと歩いていく姿は、日に日にしっかりしていく。前まではよちよちだったのに、今じゃすっかり走れるようになった。三輪車も漕げているし、公園でかぐやが三輪車で一緒に遊んでいる姿をよく見る。俺は結構仕事に融通が利くので、半分くらい休日みたいなものだけど。家に割とフリーなのが二人いるからか、彩葉さんの職場復帰は早かった。
「どう? 予算降りた?」
「ばっちり」
「良かった」
今日は予算審議があって、それで出かけていた。ここまで大きな成果をあげており、間もなく臨床実験も終わる。そうすれば一般化することも可能になるだろう。義体がより多くの人に生き渡れば、後遺症だったりで苦しんでいる人も救われる。かぐやを蘇らせるために始めた物語が、多くの人が自分の物語の続きを歩き出せるようになるために役立っていた。
そんなこんなで、大きくなり始めたお腹を抱えて出かけたのである。今は七か月目に入った。今度は男の子っていう診断になっている。女子ばっかりの家で、これは彩月が思春期に入った瞬間俺の人権はないな、と覚悟していたからある意味助かる。俺はキャッチボールとか出来ないので、そこは朝日さんに助けてもらおうかな。あの人サッカーやってたらしいし。彩月を猫かわいがりしているので、毎年お年玉をドカドカ送ってくる。
「あと、さっきお母さんから電話来た」
「またぁ?」
「孫の顔を見せろってさ」
「年賀状送ってるだけでも御の字だと思って欲しいんだけどな」
前期高齢者に分類されるようになったお義母さんは相変わらず口が悪い。娘の教育に極めてよくないので、あまり会わせたくないんだよね。なんか余計な事言いそうだし、変なこと言ってもらっても困る。でも入り婿なので、あまり偉そうな事は言えない。
「子供の振る舞いは親の育て方や。情けない事しとったらそれは親の育ちが悪いってことになる、だっけ? 数時間前まで出産で格闘してた人に言う事じゃないよなぁ。おめでとうを言った次に出てくるのがそれなんだから」
「まぁ、前よりはましになったよ」
「あれでぇ~?」
彩月にぬいぐるみ攻撃されながらかぐやがうへぇ、という顔をしている。意外というか何というか、かぐやはお義母さんに結構気に入られていた。娘の彩葉さんは顔を合わせるたびにグチグチ言われているけど、かぐやはそれに真正面から中指を立てていくので逆に気に入られているのかもしれない。朝日さんは反抗されるのを待っていたんだ、なんて言ってたけど案外真実なのかな。いや、それはそれでどうかと思うけども。
「事実なんだよね、遺憾ながら」
俺も疲れた声で言う。かぐやの知らない時間の話だけど、まぁそれはそれは面倒だった。ツクヨミにいる悪質なユーザーからの暴言って全然軽いんだなって思うくらいにはダメージを受けた。あれのせいで、今はもう何を言われてもあんまり何も感じない。
脳内のヤチヨが凄い勢いでレスバしようとしているのを抑えて対応するのがなんというかかなり心に来る。あんまり頭に来たので、「俺は彩葉さんを絶対に見捨てませんし、離れません。逆はともかく、俺からは絶対にありえないんで。もし万が一にでもそんなことがあった日には、これでも持って刺しに来てください!」と義実家にあった包丁を卓上に叩きつけたら結婚のOKが出たの、未だに謎過ぎる。どういうチャートだよ。
「はぁ、仕方ない。どっかしらで顔を出しますか」
「ごめんね」
「いいよいいよ。義理とは言え親だし……」
子育て経験のある頼れる身内があの人しかいないのが辛い。俺の両親が生きていれば……何回も悔やんだ。でも、そうだったら俺と彩葉さんは出会わない可能性が高いし、そう考えると複雑かもしれない。彩月はかぐやと人形で遊んでいる。歌って歌ってとせがまれているかぐやは嬉しそうに色々と歌っていた。持ち歌が沢山あるので、レパートリー豊富なのも人気の秘訣かな。
「それはそうとしてさ」
「うん」
「二人目ってなると、ちょっとここも狭いかな……って」
「確かにそうだね。今は彩葉さんと彩月が同じ部屋だけど、そこら辺も調整しないといけないし」
「真実にも相談したんだけどね、二人ってなるとやっぱり持ち家の方が良いかもって。広いマンションでもいいんだけど、将来的に自分の部屋があった方が絶対いいから。逃げ込める場所って、必要だし」
彩葉さんが言うと言葉の重みが違う。家が安らげなかった人からしか出ない言葉かもしれない。それはともかく、新居への移転は俺も考えていた。高校生の頃から十年以上住んできた。俺の両親がいた頃も足すと、二十年以上かな。それだけの期間を過ごした場所を離れるのはちょっと寂しいけど、前に進む時が来たんだと前向きに解釈した。
「やっぱりこの辺が良いよね、色々と便利を考えると」
俺の言葉に彩葉さんは頷いた。スマコンのARで地図を広げる。
「国分寺とか小金井の方? 中央線の沿線なら」
「府中とか調布でもいいかも。京王線の沿線は悪くないって聞くし」
「千歳烏山の方もあるけど」
「世田谷かぁ……」
建売にするのか、注文住宅なのかとかも考えないといけない。意外と家を変えるって大変だ。前に引っ越した時は勢いに押し切られたけど、今度は大人ばっかりじゃない。子供の将来とかも考えないといけないし。二人だけで終わるのかも……現状未定だし。それはまぁ、俺と彩葉さんが考えることだけど。
「かぐやはどう? 引っ越し。ここが好きだって、前に言ってたからさ」
「かぐやは確かにここ好きだけど、でもみんなと一緒ならどこでもいいよ~。ねー?」
「ねー」
かぐやの問いかけに、多分あんまり意味は分かってないと思うけど彩月が答えた。ここへの思い入れは全員強い。俺は元々住んでいた家だったし、彩葉さんもかぐやと引っ越してその帰りを待ち続けた家だ。かぐやだってここに戻って来るために八千年の月日を歩んだ。そこを離れる事の寂しさみたいなものは当然ある。隣の部屋との壁をぶち抜いて最上階を占領する、とか出来ればそれもありかもしれないけど、現実的ではないかな。マンションだって、いつかは住めなくなる時が来るわけだし。
「かぐやのゴールはここに戻って来ることだったからね~。そっから先に新しいスタートなら大歓迎だよ~!」
「そう言ってくれるなら、嬉しいな」
本心でそう言ってくれるなら、凄く嬉しい。なるべく注文住宅にして、デカくて壁の分厚い部屋を用意するのがせめてもの出来ること……かな? その辺も含めて、もうちょっと相談していかないといけない。
「また、その辺の話は追々しよう? 私たちはまぁどこでもいいけど、この子たちはそういうわけにもいかないだろうから」
「だね」
彩葉さんは優しくお腹を撫でながら、彩月とかぐやに穏やかな視線を向けている。なんだかんだと、お義母さんとも適当な付き合い方を覚えて、昔の張り詰めていた空気は和らいだと思っていた。悲壮感みたいな、義務感みたいなもので動いていた高校時代は遠く昔の思い出の中にあって、今は俺たち家族と流れる時間を温かく過ごしてくれている。
この時間を感じ続けてもらえるように、俺は努力しないといけない。頼りないけど、俺だって大黒柱ってやつなんだし。いつか遠い日。全てが終わるその日に、幸福だった思い出だけを持って行って欲しいから。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
「彩月、おいで」
「はーい」
お風呂上りの娘のポカポカした身体を抱き留めて、膝の上に座らせた。そのままドライヤーをする。彩葉さん譲りの綺麗な長い黒髪は、きっと将来美人さんになるんだろうと予感させる色をしていた。
「ねー」
「なにかな~?」
「パパは、お歌うたわないの?」
「歌? あー、ママがお風呂で歌ってたでしょ」
「うん」
彩葉さん、時々お風呂で歌っている。ヤチヨの歌が七割、残りの三割はかぐやの歌。どっちも上手いのを聞いて、そういえば学生時代も音楽の成績が良かったのを思い出した。というか、上手くないとライブとかできないしね。いろPなんて言われてるけど、プロデューサーというより半分共演者兼作曲者だし。
「あんまり歌わないかなぁ」
「歌ってー」
「えぇ……?」
「歌うの!」
「そんな事言われてもなぁ、うーん」
ウルウルした目で見られると何も断れない。人間、そう簡単には変化しないものなんだ。
「あんまり上手じゃないかもしれないけどね」
「やったー」
と、OKしてしまったのは良いけど、あんまりレパートリーもない。普段カラオケとかしないし。
「――埃をかぶったノート 中身なんて覚えていないけど たどたどしいピアノ ほの甘いパンケーキ なぜか懐かしい」
子育ての時に歌う歌なんて俺の脳内ライブラリには存在してない。でも、懐かしい曲と言えばこれだった。彩葉さんがかぐやがまだ赤ちゃんだった最初の日に歌っていた曲。ヤチヨのデビュー曲だった『Remember』。今思えばこの歌詞が誰に向けられたものなのかは明確だ。
「大切なメロディは流れてるよ あなたのハートに 鼓動のよう途絶えずにあふれてるよ ラララララ...」
八千年をかけた、彩葉さんへの盛大なアンサーソング。同時に俺に向けた曲でもあるのかもしれない。最初のライブの時、彼女の曲に耳を傾ける人はそんなに多くなかった。それでも、ヤチヨは笑っていた。いつかきっと、この曲が大事な人に届くからと。今思えば、俺が拍手をしていた時、ヤチヨの曲が好きだと言った時、なんであんなに笑顔だったのか。その理由があんなに重たいものだなんて、当時の俺は気付きもしなかった。
「あんまり上手じゃなかったでしょ?」
「ううん、上手だった」
「そう? ならいいんだけど」
「そうだよ~~☆」
なんか今、ここにさっきまでいなかった人の声が聞こえた気がする。ギギギ、と首を捻って視線を向けたら、満面の笑みで立っているかぐやがいた。その手にはスマホ。画面には配信の様子が見える。嘘だろと思って自分の端末で確認したら、かぐやの配信にがっつり音声だけ入り込んでいた。
「は、えぇ……?」
コメント欄は凄い勢いで流れていく。
『いきなり歌配信始まって何かと思ったけど優しい声で自分がいろPと守護神の子供かと錯覚した』
『↑病院行こうね』
『↑はいはい、帰ろうか』
『↑お前はただの病人定期』
『ヤチヨの曲、しかもデビュー曲……文脈が凄い』
『そりゃあデビューの時からいるからな』
『相棒の曲が次世代に受け継がれる。オタクはこういうの好き』
『声高めだからキー出てるのいいなぁ』
『娘とコラボ希望』
まさか撮られているなんて思いもしなかった。あんまり人に聞かせた経験なんていないし、うちの家にはそれで食べているかぐやがいるわけだしでちょっと、いや大分恥ずかしい。
「どこから?」
「途中からだよ~」
「お帰りください」
「えー」
そんなぁ、と言いながらかぐやは部屋に戻っていく。まったく、今度からやめてくれるようお願いしないと。別に俺の生活が拡散されるのは良いんだけど、流石に歌は恥ずかしかった。ツクヨミでの仕事上人前に出ることは多いけど、それとこれとは話が別で。
「お歌終わり?」
「えぇっとまぁ、もうちょっと歌えるけど」
「じゃあ歌って~!」
「はいはい」
ヤチヨの曲ならまだたくさんあるし、かぐやの曲も歌えはする。もっと歌えと要求する娘の言葉に促されるまま、彩葉さんがやって来るまで解放されることは無かった。なんなら、彩葉さんまで一緒になって聞こうとしてくるし。
彩葉さんが苦しい時、ヤチヨの曲が日々を照らしながら生きる希望になった。俺が孤独に苦しんでいる時、ヤチヨの存在が生を繋ぎとめていた。だから、この子が将来辛くなったり苦しくなった時に、ヤチヨの歌が寄り添ってくれることを願った。どんなに孤独な道のりでも楽しかった記憶が足元を照らすのだから。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
それからもう少しだけ先の話。
「ねぇねぇ、かぐや」
「どったの?」
弟が生まれて、両親の目がそちらに向くことが多くなって、ちょっと寂しい彩月は自分のキラキラした姉に話しかける。弟の
「パパとママはどうして結婚したの?」
「おぉっと、凄いのが来たな~。幼稚園で聞いたのかな?」
「うん」
「そっかそっか」
かぐやは彩月を優しくベッドの隣に座らせる。彩月はこの姉が好きだった。金色の髪、橙色の瞳、まるで月から来た絵本のお姫様みたいに輝いている。歌が上手くて、お顔も綺麗で、たくさんお話ししてくれる。そして、自分をよく抱きしめてくれる。あと、作るご飯が美味しい。
「そうだなぁ、どこから話そうかな。あ、彩葉と楓には内緒ね」
「うん!」
「じゃあ、行くよ~。今は昔……っていうほど昔でもなくて、超未来……ってほどでもない、今とあんまり変わらないちょっと昔のお話。ゲームしてる普通の女子高生ありけり~」
「ありけり?」
「いたよ~ってこと」
「そうなんだ」
「そうそう。それでね、この者親との仲が悪くて家を飛び出し、せっせとお金を稼ぎながら、学校でも頑張ってみんなの人気者をしていました」
「すごーい」
彩月は無邪気に目を丸くする。かぐやはその様子を微笑ましそうに、懐かしそうに見ていた。
「そう、凄いねぇ。名前を、酒寄彩葉と言います。彩葉って呼ぶべし!」
「ママ!」
「そうそう、ママだよぉ。そして、忘れちゃいけないもう一人。ツクヨミの空の上で日々仕事に追われる普通(?)の男子高校生ありけり。この者、親を早くに亡くしてから日々せっせとお仕事をしていました」
「えらいねぇ」
そうです、偉いのです。かぐやは内心で呟く。彼女にはヤチヨだった時の記憶も思い出も全部ある。だからこそ、楓の話を忘れるわけにはいかない。
「そう、偉い! 名前を、高野楓と言います。楓って呼ぶべし!」
「パパ!」
「そうです、パパですぅ。その時の彩葉と楓は隣の家に住んでました。ある時、彩葉が家に帰ると、なんと! キラキラ虹色に光る電柱が一本あるではありませんか。びっくりした彩葉が怪しがりつつ近付いてみると電柱の中が光りました」
「おぉぉ」
「それで彩葉はこう言ったの。『んんん…………?』ってね。それでそれで――」
まだ半分も理解できるかは分からないけど、かぐやはこれを話したかった。自分が大好きな人と出会うまでのお話を、出会った後のお話を、愛すべき妹に語りたかった。
話はまだ尽きない。この長いおとぎ話は始まったばかり。そしてまだ、これからも続いていく物語なのだから。
たくさんの投票ありがとうございます。なお、私はこの作品ででバッドエンドは書きません。個人的には本編がハッピーエンドな前提でのバッドエンドも好きなのですが、脳内のかぐやがバッドエンドやだやだー!と叫んでいるので書がないことにしました。