超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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3 七色の電柱

「ヤチヨカップ?」

 

 目の前に映し出されているウインドウから目線を上げた。酒寄さんのおかげで発覚した事実を基に、この無許可配信AIを問い詰めたが、「配信許可って書いてあるよ~」と随分前の契約書を見せられた。すんごい下の方に小さい文字で書いてある。小学生の時の俺は何も考えずに契約したらしい。親にも見せた気がするけど、なんで許可されたんだ。今になって聞けないことが出てきて困る。

 

『そうそう』

『ビックイベント!』

 

 ニコニコと笑っているヤチヨの肩で、ウミウシのFUSHIが飛び跳ねる。この意外と口の悪いマスコットキャラクターは、ヤチヨの相棒枠とも言える存在だった。これがヤチヨと完全に別個のAIなのか、或いは同一AIが便宜上キャラを分けているのか。もっとシステムの奥を掘れば分かるかもしれないけど、そうする必要性をあんまり感じていなかった。

 

「全配信者を対象にした登録者レース、面白そうですね。何か賞金が?」

『ヤチヨとコラボライブできる権利を進呈するよ~』

「ライブ? 珍しいですね」

 

 ヤチヨは基本的に結構いろんな配信者と絡んでいる。分身出来るAIっていうのはそういう時便利だ。ただ、普段の動画はともかく、彼女自身が行っているライブに関しては今まで誰かとコラボをしていることは無かったはず。だからこそ、そこは電子の歌姫の称号を持っている存在としてのある種プライドなのかと思っていた。本人は電子の歌姫(二代目)と名乗っているけど。彼女の中で初代は初音ミクらしい。

 

「でも、それって黒鬼の勝ち確レースみたいになりませんか?」

『そうかなぁ~? 意外と新星が掻っ攫っちゃうかもよ』 

「そんなに上手く行きますかね。あぁでも、一カ月間の間にどこまで伸ばせるかだったら、いきなり急に伸びたりしない黒鬼より新規層でも戦える可能性があるってことですかね」

『そゆこと~』

 

 投げ銭の額とか再生回数だと、どうしても登録者の多い配信者が勝つ。でも、新規登録者数なら勢いよく伸びる彗星みたいな新人がいれば意外と番狂わせがあるかもだ。思えば、今大人気の黒鬼だってそういう感じで出てきたわけだし。俺も割と古くからこのツクヨミにいるので、黒鬼の黎明期も見ている。

 

「期間中のランキング関連はまたオタ公さんがやってくれるとして……俺はこの辺の不正防止ですかね」

『うん、お願いね~。ヤチヨがやるより、カエデの方がそういう系は得意だから』

「いや、俺は普通の人間なんでAIには勝てませんよ」

 

 登録者数を増やす、というのには色々な方法があるけど、一人で複数アカウントをそれこそ鬼のように作って自演することも出来なくはない。その辺を上手く防止するツールも作ったけど、やっぱり人間は進化する生き物で、突破してくる人もいないわけじゃない。そういうのの対策とか対応を機械的にやるのが俺の仕事でもある。

 

 今も、運営に送られた苦情に基づいて警告を送っている。機械的にやることもできるのだが、やっぱりそれには限界があるので、目で見て確認することもあった。同時に不正アクセスを跳ね返している。ツクヨミは普通に海外からのハッキングを受けることもあるので、その防衛も運営に必須だった。

 

『新規開拓は大事だからねぇ。新時代の先駆けちゃんカモーンってのがおっきな狙い』

「それでここが盛り上がるなら俺も大歓迎ですよ。っと、はい、さっきからちょっかいかけてたの跳ね返しました」

『よきかな~』

 

 デバック配信なんて何が面白いのか分からないけど、結構視聴者はいるらしい。俺もちょっと調べてみたけど、冒頭で自分が動いているのを見て、なんかむずがゆくなって視聴を放棄した。この奇妙な感覚を多くの配信者は味わっているのだろうか。それとも何にも思っていないのかもしれない。俺には遠い世界だった。

 

 配信者にはなれないけど、俺だってこのツクヨミに関しては結構大きな感情を持っている。このツクヨミがあることが、俺の明日を過ごす理由になっているわけだし。居場所のように感じていた。俺と同じように、どこか空虚な心を持っている人がここを居場所にしてくれたらいいと思うし、そう出来るようにここを守るのが俺の仕事。そこには多少の誇りもあった。

 

 

 

☽   ☾   ☽   ☾    ☽   ☾

 

 

 

 もうすぐ夏休みが近付いてきた。することは……無い。宿題はまぁ、適当に片付けることにしている。がっつり時間が取れるので、奥底に眠っているスパゲッティコードをどうにかする作業に入れそうだ。とは言え、ずっと座ってると腰がおかしくなるのでたまに動かないといけないけど。家で運動してると、下の部屋とか隣の酒寄さんの部屋に響くし。

 

 そういえば、最近ちょっとだけ酒寄さんと話すようになった。と言っても、向こうがバイト帰りでこっちが買い出しに行くときとか、そういう時だけど。朝方は全然時間が合わないので、そもそも遭遇しない。向こうは結構普通に登校している。なんかストーカーみたいだけど、ドアの音が響くからすぐ分かる。俺は遅刻ギリギリの時間に家を出ていた。

 

 会話の中から何となく察せられたのは、多分親との関係性があんまりよくないんだろうという事。それと、何でもかんでもこなせる天才と言うよりは、努力の人という事だろう。ただ、努力の人と言っても努力した結果の習得度と成果が人よりも大きいのは変わらないけど。それを才能と言うのなら、そうなんだと思う。あと、一番大事なのは、ヤチヨの狂信者……もとい凄く熱心なファンという事。それはもう崇拝とか信仰の域に近いと思う。

 

 まぁ、これまで結構苦労していたみたいだし、そこで生きる糧になったのならヤチヨも本望じゃないだろうか。でも、推し活って自分の中にある気力を湧かせてくれるだけで、気力がゼロになったらどうにもならない気もする。そうなる前に酒寄さんの状況が改善するかは完全にチキンレースみたいに感じた。

 

 一番嬉しかったのは、懐中電灯とブザーはちゃんと持っていてくれてるらしい。実際、夜に点灯しながら歩いているのを見たことがある。自分の身を守るってことに意識を向けてくれたなら、万々歳だ。隣人が酷い目に遭うのなんて嫌だし。

 

「もうこんな時間か……」

 

 酒寄さん、今日は結構遅いみたいだ。そんなことをぼんやり思う。駅前のカフェでバイトしているらしい。どんなカフェかと思って調べてみたら、俺には絶対合わないタイプの店だった。ある意味、酒寄さんらしいかもしれない。口コミに店員さんが可愛いと書いてあったけど、これは多分酒寄さんだと思う。あと、よくお皿を割っている店員さんがいるらしい。これは酒寄さんじゃないと思う。てか、そんなによくミスってる人がいてよくそのお店大丈夫だな。

 

 風呂に入って寝るか、と思って立ちあがった瞬間、ドーンみたいな音が鳴る。雷でも落ちたのかと思ったけど、今日は夜も晴れているはずだ。さては地震か、こんなボロアパートに地震が来たら終わりだと震えた。ただ、緊急地震速報が鳴る気配もない。なんか近くで事故でも起こったのかもしれない。一応確認と思って玄関のドアを開けた。

 

 そうしたら、電柱が光っていた。

 

「あぁ、疲れてる。変なモノが見えた……」

 

 きっとスマコンの使い過ぎだ。そのせいで電柱が七色に煌いて見えたんだ。残像みたいなもんだと思う。見なかったことにして、もう今日は寝よう。明日の朝にシャワーでもすればいいんだ。気のせい気のせい、ハハ。

 

 絶対気のせいではないと自分の中にいる理性が叫んでいるけれど、無視して寝る準備をした。ああいうのに関わるとろくなことが無い。明日の朝になったら全部元通りになっている事を心の底から祈りながら、布団を広げた。横になって目を閉じる。あぁ、これで夢の世界へと旅立って――

 

「ふえええええええええ!」

 

 深夜の住宅街に凄まじい声が響く。この甲高い声は、たまに街中で聞く赤ちゃんの泣き声そっくりだった。多分、さっきの衝撃音にびっくりして泣いてしまったのだろう。それにしてはなんか凄い近くから聞こえる気がする。

 

「あぁ、もう!」

 

 何回か聞いた覚えのあるお隣さんの声と共に、階段を駆け上がる音がする。そして、隣室のドアがバタンと開閉された。

 

「えええええん!」

 

 なんか隣の部屋から赤ちゃんの泣き声が聞こえる。酒寄さんが実は未婚の母的な存在であるなら話は違うけど、そうじゃないとするのならさっき泣いていた赤ちゃんを酒寄さんが保護したという事になるのだろう。ここで声をかけるのはお節介なのか、余計なお世話なのか。一瞬だけ悩む。何も知らないフリをして、このまま夢の世界に旅立つことも可能だ。でも、それって正しいのか。

 

 そうやって逡巡して、俺は起き上がった。隣人で、同級生で、それ以上ではないけれど、放置するのは正しくない気がする。俺に何が出来るのかは分からないけど。玄関ドアを開けると、さっきまでピカピカ光っていた電柱は通常通り灰色の姿になっている。否応なしに、赤ちゃんと電柱の関連性が頭の中に浮かび上がって来た。

 

「あの~」

 

 トントンと隣室の扉を叩きながら、俺は声をかける。 

 

「ふやぁぁぁ」

 

 赤ちゃんの泣き声は鳴りやまない。今はまだいいけど、俺のもう片方の隣室の人もいるし、下の階の人もいる。あんまり泣いてばっかりだと殴り込まれる可能性がある。このボロアパート周辺、そんなに凄く治安がいいわけじゃないみたいだし。ギ~っと軋みながら、酒寄さんの部屋のドアが開いた。

 

「なんか凄い声がするけど、大丈夫……ではないか」

 

 彼女の腕の中にはぐずっている赤ちゃん。随分と可愛い顔をしているけど、今はそれを歪めて大粒の涙を流していた。赤ちゃんが泣ている時は大体お腹が空いたか眠いけど上手く寝れないか、あとはトイレ関連だって家庭科で言っていた気がする。気がするだけだから違うかもしれない。そこら辺は酒寄さんの方がきっとちゃんと聞いていたはずだ。今は大分テンパっているみたいだけど。

 

「た、高野君……これ、これ……」

「あー、事情は良く分かんないけど、とりあえず泣き止ませた方が良いかな。何か、子守唄とか」

「子守唄? って言われても」

 

 酒寄さんは目をグルグルさせながら、頭を抱えている。変な声を挙げながら周囲を見渡して、ある一点を見つめて静止した。女子の部屋をまじまじと見るのは失礼と思いつつ、その視線の先を追ってみる。そこには祭壇があった。祭神は俺の上司。上司が祭壇に祭られているのは何とも言えない気分になる。ま、まぁ八百万の神っていうし、付喪神とかもあるし、おかしくはないだろう、多分。酒寄さんのヤチヨへの感情は信仰に近いと思ってたけど、やっぱりそうだった。

 

「大切なメロディーは――――流れてるよ――――あなたのハートに――――」

 

 ヤチヨのデビュー曲『Remenber』だ。最近は歌っているところをあんまり見ないけど、彼女が最初に歌ったのはこの曲だ。思えば、作詞作曲も不明なので、あの頃から月見ヤチヨは謎めいている。

 

 これに効果があるのかと思って見ていたら、一番が終わらない間に寝始めた。酒寄さんが静かに布団の上に置いても、大人しく寝ている。すげぇな電子の歌姫。赤ちゃんにも有効なのか。知恵袋に書いたらウケるかもしれない。

 

「ね、寝た……」

 

 寝たね、よかったよかった。じゃあさようなら……と出来るほど俺の面の皮は分厚くない。

 

「酒寄さん、この子、どうしたの?」

「えっと、あんまり信じらんないかもしれないけど」

「まさか光る電柱から出てきた、なんて」

「……」

 

 酒寄さんは沈黙した。

 

「え、マジで?」

「うん」

「さっきの七色に光ってる電柱、夢とか幻覚じゃなかったんだ」

「私もそうだったらよかったってメッチャ思ってる。あの電柱からなんか竹の取っ手がついた扉みたいなのがあって、そこから出てきた」

「戻せばよかったのでは?」

「戻そうとしたら消えたから……」

 

 摩訶不思議な現実。これは全部夢なのかもしれないと思って、自分の頬をつねった。普通に痛かった。遺憾なことに夢じゃないらしい。こんなSF、或いはファンタジー? どっちにしても同じかもしれない。非現実的なことかもしれないが、それでも赤ちゃんは消えないし、電柱は光っていたんだ。

 

「警察に通報する?」

「どうやって?」

「光る電柱から赤ちゃんが、なんて言ったら黄色い救急車か変なクスリやってると思われそうだな」

「だよね……」

「取り敢えず寝てるし、酒寄さんもこの間に寝た方が良いかも。今、あんまり頭回ってないでしょ。明日のことは明日考えることにして。朝になったら全部消えてる、かもしれないし」

「そうだったらいいんだけど」

 

 乾いた笑いを浮かべながら、酒寄さんはへたり込んだ。疲れた頭で色々考えても上手く行かないだろう。夜泣きをするかもしれないけど、寝られるときに寝ておいた方が良いはずだ。

 

「俺に何が出来るかわかんないけど、一緒に考えるくらいは出来るからさ。明日の朝考えよう。何時に起きる?」

「六時くらいに」

「早っ。明日普通に休日だけど?」

「そういう予定だったから」

「了解、じゃあ俺もそれに合わせるよ」

「でもこの子拾ってきたのは私だし、高野君には迷惑かけられない」

「いや、このまま知らん顔は出来ないよ。もう俺も関わっちゃったし、乗り掛かった舟だから」

 

 赤ちゃんの生態なんて詳しくない。後で調べておくことにした。にわか知識ではあるけど、結構目を離せない存在だとは思う。だから、勉強頑張ってる酒寄さんよりはどっちかと言えば暇人な俺の方が面倒を見るのには向いているはず。

 

「ちょっとだけ知りたいんだけど、その子の性別どっち?」

「えっと、女の子みたい」

「そっか、ありがと。じゃあ、俺も色々調べてみるから。酒寄さんは寝てて。また明日」

「う、うん」

 

 ちょっと強引だったかもしれないが、一人で悩んでいても仕方ないからこれは人助けと言い聞かせる。じゃないと、踏み込み過ぎじゃないかとか、そういう消極的な自分が顔を出してしまうから。酒寄さんは優秀だけど、別に子育て経験なんてないはず。だったら、その点は俺とどっこいどっこいだろう。だからこそ、一人が何かをしている間にもう片方が面倒を見るとかもできる。なんか子育てみたい。……ちょっとキモいな。

 

 ウォレットの中には残高が表示されている。食費と生活費以外に引き落とされることがほぼ無いのと、ヤチヨがそれなりに払ってくれているため、結構残っていた。これだけあればいいはず。そういえば、あの子の大きさを聞き忘れた。酒寄さんは寝たいだろうし、今から聞くのも良くないか。まぁ全部買えばいいよね。

 

 そんな風に考えて、駅方面に歩き出す。立川のドンキはまだやっていたはずだ。確か、午前二時まで。大体のベビー用品ならあそこで揃うだろう。どうか、補導に遭遇しませんように。不純な祈りを捧げながら、俺は真夏の夜を歩いた。

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