超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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Extra:色は匂えど・2 【彩葉視点】

「そうめん余ってるんだけど……貰ってくれない?」

 

 バイト帰りの私に、高野君は申し訳なさそうな顔をして言った。

 

「なんかさ、適当に応募したネットの懸賞に当たっちゃって。それでドサッと来たんだけど、それがもうすんごい量で。俺一人じゃ食べきれないし、腐らせちゃうのも勿体ないから、少し貰って欲しいなって」

 

 彼が引っ越してきてから一週間以上が経過した。私は相変わらずの生活を続けていたし、隣人が同級生であることの変化なんてそんなに大きくなかった。それでも何かしら変化があるとすれば、それは今までよりも多く彼と話すようになった、という事かもしれない。

 

 学校ではお互いに話しかけることは無い。私は私で忙しかったし、彼は基本ずっと寝ている。狸寝入りとかではなくホントに寝ているみたいで、この前通りかかったら気持ちいくらいの寝息が聞こえていた。昼夜逆転の生活、みたいな感じなのかもと思っていた。なにせ、私が寝ようと思った時にはまだ電気が点いているから。ベランダ越しに隣室の灯りは見える。

 

 そして、こうしてバイト帰りの私と食料調達に出る最中の彼が出会って話していた。

 

「人助け&フードロス対策と思って、ね?」

「ホントに良いの?」

「良くなかったらこんなでっかい段ボール抱えてこないよ」

 

 それもそっか、と頷く。これだけのそうめん、何食分になるんだろう。少なくとも今週は絶対にもつ。来週、もしかしたらこの夏は全然これだけで乗り切れるかもしれない。これにバイトの賄いを足せば、私の食費は大分浮く……! なんて、人の親切を前にしてこんな思考しか出来ない自分が恥ずかしかった。

 

 この懸賞って言うのは真実だったみたいだけど、でも「少し」っていうのはバリバリ嘘だったみたいだ。ホントは全部私にくれたらしい。一人暮らしで頑張っている人への尊敬の念を込めて、みたいなことを言っていたっけ。

 

「じゃあ、遠慮なく。本当にありがとうございます……!」

「そんなに拝まなくても。料理なんてあんまりしないのに、なんか応募しちゃったんだよね。いや、助かったよ貰ってくれて。勿体ないのは俺も気分悪いしさ」

 

 高野君は上手かった。何がと言えば、私の断る逃げ道を塞いでくるのが。もしこれで彼が本当のことを言っていたら、私はきっと遠慮して受け取らなかっただろう。だから、嘘を吐いてでも渡してくれた。

 

 それ以外にも私が断りにくい理由を付けて、親切にしてくれる。初期ヤチヨの限定CDも「酒寄さんほどのファンなら、持っているのに相応しいよ」なんて言ってくれた。ネットだと限定で目玉が飛び出るような価格なのに。なんでも複数枚持っているらしいけど、それも本当かは分からない。

 

 ホントはきっと、私のための方便なんだろうなってどこかで薄々理解しつつ、気付かないようにして好意に甘えている自分がいた。そんなのは良くないって理解しているけど、不思議と流されてしまう。私はこんなに意志薄弱だったのかなって、この頃は悩んでいた。

 

「高野君は、どうしてここに住んでるの?」

「どうしてって言われてもなぁ。前のアパートの水道と冷房がぶっ壊れちゃって」

「そういう意味じゃなくて、さ。ツクヨミの統括管理補佐なんだから、お給料だってここに住むよりはもっといいところに住めるくらいはあると思って」

「まぁ、そうかもね。でもそうする必要性とか、あんまり感じないし。家なんて最低限でいいからさ。酒寄さんこそもっと安全なところに住んだ方が良いと思うよ。こんなセキュリティの無い部屋だと危ないし」

「そうなんだけどね……でも、ここは私にとって自由の城、みたいな場所だから」

「そっか」

 

 故郷を飛び出してここに来て、最初の日に目覚めて思った。あぁ、自由だって。母の姿が視界に無いだけで、大分自由になれた気がした。それでもまだ声は消えないけど。そこからはなるべく自分で生きられるようにしている。父方の祖父母からの仕送りも手を付けていない。

 

「だから、ここを守るためには頑張らないといけない」

「酒寄さんは凄いなぁ。俺なんて、惰性で日々を生きてるだけだよ。ツクヨミくらいしか生き甲斐は無いし。自立して頑張ってるのは尊敬するな」

 

 ストレートに尊敬なんて言われて、ちょっと照れる。社会的にやっていることは多分苦学生よりツクヨミの管理者の方が凄い気がするけど、それでも褒められて悪い気分じゃなかった。

 

「そ、そこまで言うほどじゃないって」

「そうしない選択肢があったのに敢えて選ぶのは立派だよ。俺なんて、()()()()()()()()()()仕方なく一人暮らししてるだけで、生きてたら全然甘え倒して実家でぬくぬくしてただろうしさ」

 

 俺も頑張った方が良いのかなぁ、なんて彼は言っている。私は冷や水をバケツ一杯にしてぶっかけられたような気分だった。褒められて浮かれていたのがバカみたいに思えてくる。だって、私はあの母だけど、その庇護下で生きていくことだって出来た。祖父母からの仕送りに手を付けないのも、言ってしまえば勝手なワガママ。

 

 彼とは違う。本当に凄いのは私じゃない。身一つで生きていかないといけない状況に放り出されて、それでも生きている彼の方だ。養わないといけない弟妹がいないっていうのを除けば、高野君の状況は母の若い頃に似ている。それでも、彼と母はどう考えても被らなかった。多分気質とか性格の問題かな。

 

 私はただ、勝手に苦学生の道を選んだだけ。だからどうか、そんな眩しいものを見る目で見ないで欲しい。あなたの思うほど、私は立派な存在じゃない。どうにかこうにか生きているだけなんだ。

 

 彼は優しい。私にもそうだし、周囲にもそうだ。あんまり周囲とは関わらないけど、掃除はきちんとするし、困っている人は助けている。感謝されてもあまり受け取らないだけで。

 

「あ、ごめん、長々と。勉強の邪魔だよね」

「いや、全然大丈夫だから」

「じゃあ、おやすみ。俺に何が出来るってわけじゃないけど、応援してるよ」

「う、うん。おやすみなさい……」

 

 階段を下りてコンビニに向かう背中を、段ボールを抱えたまま見送った。あの私を尊敬すると言った時の表情に、嘘とか皮肉みたいなものは一切感じなかった。彼の境遇の方が私よりずっと悪いと思う。でも、そんなことはおくびにも出さず、というより純粋に私の方が立派だと思っているみたいだ。

 

 どうしてそんな思考回路になるのかは分からない。でも、他人の良いところを探すのが上手いような気がした。人の悪口なんて全然言わないし。押し付けられた去年の文化祭についてもそれとなく触れたけど、何とも思ってないみたいだった。

 

 ――優しいだけの奴なんてそうそういない。裏があると思っとき――

 

 もし、母の言う事が正しいなら、彼にはきっと何か裏があることになる。でも、私にはどうしてもそうは思えなかった。もし裏があるなら、一体それは何なのだろう。私と付き合いたいとか、そういうのしか思いつかない。でも、そんな感じは一切なかった。女子に興味があるのかすらも良く分からない。全く無いわけじゃないんだろうけど。

 

 母の言葉は真実だった。いつも、冷酷なまでに絶対的なまでに。圧倒的な経験に裏打ちされたその言動に、十数年しか生きていない小娘ではどう考えても太刀打ちなんてできない。でも、今だけは。

 

 

 

 今だけは、この段ボールに詰まったそうめんの重みが「裏」によるものだとは思いたくなかった。

 

 

☽   ☾   ☽   ☾    ☽   ☾

 

 

 

「彩葉のエイム、すっげー」

「完璧プロじゃん、プロ」

 

 いえーい。気の抜けた返事をボイスチャットに返す。大人気ゲーム『KASSEN』をプレイするのは、私の息抜き方法の一つだった。長い事やりこんでいるので、中の上くらいのプレイングスキルは手に入ったかなぁと思っている。プロになれるなんてちっとも思ってないけど、賞賛の声は素直に嬉しい。

 

「……まぁまぁ、二人のおかげですよ」

 

 この大人気ゲームの作成と運営にも、私の隣人が関わっている。そんな事を知ったのはついこの前だった。ゲームが終わればツクヨミの夜空が視界を満たした。満天の星と輝くミラーボール状の月。そして幻想的な街が広がる。ここが私の憩いの場だ。

 

『運営より、お知らせいたします。先日発生した第27区画の不具合に関しまして、先ほど修正が完了いたしました。ご利用の皆様には大変ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。引き続き、ツクヨミの夜をお楽しみください』

 

 大画面に映し出されたのは、高野君のアバター。長く青い髪に烏帽子姿。狩衣と呼ばれる神職の服装だ。本当は白とからしいけど、青と白を基調にしたお洒落なデザインになっていた。腰には長い日本刀。抜かれたことはほとんどないらしいけど、トレードマークの一つだった。高野君、ユーザーネーム・アメツキカエデはこうしてよくシステム面のアナウンスをしている。

 

「相変わらず対応早いねー、ツクヨミ運営」 

「この前不具合の報告送ったらすぐに反応あったよ」

  

 真実と芦花もここで活動しているインフルエンサーだ。だから、運営の恩恵は受けている。彼は今頃隣の部屋で必死に対応しているんだろう。その努力のおかげで、私たちユーザーの快適な生活がある。

 

「そういえば芦花、情報の課題大丈夫そう? この前大苦戦してたけど」

「何とかなりそう。今日高野君が助けてくれたし」

「あ、そうなんだ」

 

 芦花と彼は隣の席だった。いつも眠そうにしているけど、理数系の時はたまに助け舟を出してくれるらしい。そしてまたすぐに寝ちゃうそうだけど。そういう時だけ目が鋭くなっているのを見かけることがあった。

 

「ちょっといい? でパパーッと片付けてくれた」

「あぁ~私も助けて欲しい~」

「真実は彼氏に頼りなよ。情報系志望でしょ?」

「だってぇ、高野君みたいにできないのにおこがましいって言われるんだもん……」 

 

 真実の彼氏は凄くいい人だ。去年の文化祭以来、高野君に憧れているらしい。話しかけるチャンスが無いって嘆いていたけど。話してみると普通に話しやすいと思うんだけど、休み時間も死んだみたいに寝ているから話しかけにくいのは理解できた。

 

「そろそろバイト行くから抜けるね」

 

 ツクヨミから落ちて、スマコンをしまう。この前どう考えても解けない数学の問題を教えてもらおうと思ったけど、答えだけ言われて困ってしまった。教えるのには慣れてなくって、なんて困ったように笑っていたのを思い出す。普段の学校では見せることのない表情だった。

 

 結局途中式を教えてもらって、私の考え方がミスっていたのが分かったので助かった。必死にやってるんだけど、全然数学の成績では勝てなかった。物理の点数も勝てていない。でも成績は私の方が上だった。提出物を結構出し忘れたらしい。

 

 大学進学とか、考えてるのかな。そんな私が気にするようなことではないことが気になった。いけない、そろそろ行かないと遅刻する。鞄を持って、靴を履いて、私は家を出た。貰った懐中電灯はバッグの中に入っているし、防犯ブザーは持ち手のところにぶら下がっている。可愛いデザインなので、一見するとただのストラップに見えるのがお洒落ポイントだった。

 

「やっと終わった……」

 

 考えていたからかは分からないけど、隣の部屋のドアを開けて、眠そうな顔で高野君が出て来た。その口ぶりからして、さっきまで仕事に追われていたんだろう。

 

「あぁ、酒寄さん。今からバイト?」

「うん。高野君は……コンビニか」

「そうそう。一段落したからね。ちょっとばかし休憩休憩。とは言え、またすぐに戻らないといけないんだけど」

「不定期なの、大変だね」

「ま、それでみんなが夢を見られるようにするのが俺の仕事だしね」

 

 何でもない事かのように彼は言った。

 

「あそこには夢がある。現実世界では叶えられない夢が、あそこに詰まっている。なりたい自分になれるし、憧れた姿にもなれる。そうやって過ごせる場所を、俺はヤチヨたちと一緒に作り上げて来た。それは俺の、数少ない誇れることだから」

「カッコいいと思うよ」

「俺なんてまだまだだよ」

 

 謙遜しながら彼ははにかんだ。本音を言ったのに、多分上手く伝わってないなと直感で分かった。そうやって信念を持ちながら、一個のことを極めていく。それは私には出来ない生き方だった。私たちは、お互いに自分の持っていないものを相手に見出している。隣の芝生は青く見えるってこういう事なのかもしれない。

 

 階段を下りて、夏の夕暮れの道を並んで歩く。私のバイト先と、彼のよく行くコンビニは同じ方向にあるのだ。

 

「そういえば、芦花が感謝してたよ」

「綾紬さんが? まぁ、役に立てたなら良かった」

「お礼くらい素直に受け取ってもバチは当たらないと思うけど」

「別にお礼が欲しくてやってるわけじゃないからさ。たまたま俺の手が届く範囲に助けられる人がいた。それがたまたま綾紬さんだったってだけ」

 

 芦花は美人だ。それに凄くモテる。そんな子が「お礼をしたい」なんて言えば、そこら辺の男子なら目の色を変えると思う。でも全然興味がなさそうというより、そんな事をされる理由が無いと思っていそうだ。

 

 あぁ、この人は多分、何でもないことをしたと思ってる。きっと誰に対してでもそうなんだ。優しくて、お人好しで、他の人からの行いにはすごく感謝するのに、自分の行いへの感謝は受け取ろうとしない。そういう人なんだと、この数週間で気付いた。

 

「バイト、頑張ってね」

「そっちも」

 

 私たちはそう言って別れた。この後訪れる運命なんて、私は知る由もない。

 

 

 

 

☽   ☾   ☽   ☾    ☽   ☾

 

 

 

 

「あの~」

 

 真夜中に泣き止まない赤ちゃん。私の部屋のドアを叩く音がする。優しい声音は、最近になってよく聞くもので。私はこの苦境の中で響いたその声に、思わず涙が出そうになった。

 

 ――泣くな。泣くんは楽をしてるだけや――

 

 母の声を横に封印して、私はゆっくりと扉を開ける。心配そうな目をしながら、彼はそこに立っていた。

 

「なんか凄い声がするけど、大丈夫……ではないか」

 

 そこにそうやって立っていてくれるだけで、私は一人じゃないって思えた。正直、訳が分からない状態だ。いきなり七色に光っている電柱に遭遇して、その中から赤ちゃんが出てきて、でも出てきた扉は消えてしまって。私と赤ちゃんだけがこの夜の街に取り残された。

 

 SF小説みたいなそんな展開。信じてくれるかも分からなかったけど、彼は信じてくれた。七色の電柱は目撃していたみたいだけど、だからってそこから赤ちゃんが出てきましたってのまで信じてくれるなんて思いもしなかった。

 

 それに、こんな深夜に泣きわめく赤ちゃんの声に嫌な顔一つしないで、事情を聴いてくれている。壁ドンされてもおかしくないと思っていたのに。うるさかったら遠慮なく文句を言ってね、と言われた引っ越し挨拶の時を思い出す。まさか私が文句を言われても仕方ない側になるなんて。

 

 頑張って泣き止ませはしたけど、私はもう限界だった。疲れ果てた身体と頭が上手く回っていない。そんなボロボロの中だからか、優しい声音がスーッと身体の中に響いてくる。へたり込んでいる私に目線を合わせるようにしゃがんだ高野君が真っ直ぐに私を見ている。

 

「俺に何が出来るかわかんないけど、一緒に考えるくらいは出来るからさ。明日の朝考えよう。何時に起きる?」

「六時くらいに」

「早っ。明日普通に休日だけど?」

「そういう予定だったから」

「了解、じゃあ俺もそれに合わせるよ」

「でもこの子拾ってきたのは私だし、高野君には迷惑かけられない」

 

 これは私の事情だ。私が勝手に始めたことで、それに彼を巻き込んで良い理由が無い。

 

 ――自分のことも自分で出来んような……

 

「いや、このまま知らん顔は出来ないよ。もう俺も関わっちゃったし、乗り掛かった舟だから」

 

 母の言葉をかき消すように、彼の声が響いた。こんなどう考えたって非日常的で、どう考えたって面倒くさそうな話なのに、彼は全くそんなことを考えていないみたいに見える。その真剣な瞳に、私は静かに頷く事しか出来なかった。

 

 助けて。そんな言葉が口から零れそうになる。そんな事を言った日には母から四時間の説教だってわかっているのに。きっと、そういえば助けてくれるんじゃないかっていう酷く醜い期待をしながら、私は喉から出そうになった言葉を呑み込んだ。寄りかかったらそのままダメになってしまいそうな気がしたから。

 

 ――私はとても嬉しかったんだ。途方に暮れる私のところに、手を差し伸べてくれたことが。




<かぐや来訪時の10段階好感度表>

・彩葉→楓
8(結構重めの信頼)
・芦花→楓
6(たまに助けてくれる。お礼を受け取ってくれない)
・真実→楓
6(芦花と同じ。彼氏が尊敬してるみたい)


・楓→彩葉
9(頑張ってて凄い。尊敬する)
・楓→芦花
7(酒寄さんの友達。いい人。凄く優しくて結構真面目な人)
・楓→真実
7(酒寄さんの友達。いい人。明るく前向きな人)
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