超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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Extra:色は匂えど・5 【彩葉視点】

「これ、分かる?」

「う~ん……?」

 

 気の抜けた声をしながら、さっきまでかぐやが料理しているのを横で見守っていた高野は私の横から机を覗き込んだ。長めのまつげが私の顔のすぐ横にある。綺麗な蒼い瞳がチラチラと視界の隅で、まるでラピスラズリのように明滅している。ちょっと心臓に悪かった。

 

「どれが詰まってるの?」

「これ。tan1°が有理数かってやつ」

「あぁ、これね……つっとこれはつまりあぁだから……あ、はいはい」

 

 私が難しい……とさっきから悩んでいた問題に、ものの数秒で答えを出された。もうここまでくるとムカつくとかを通り越した感情が湧き上がってくる。

 

「帰納法か倍角の公式でも使えば解けるよ。あーでも√3が無理数ってちゃんと言った方が良いかもしれない。まぁ取り敢えずね、筋道から説明すると――」

 

 古文になると宿題のプリントに頭を抱えていた姿とは大違いの様子で、私に数学の証明を教えてくれている。これ、京大の問題なんだけどな……。共通テストは簡単すぎて眠いって言ってるくらいだし、まぁこんなの余裕なのかも。人間コンピューターの異名は伊達じゃなかった。

 

 私の心臓はどうにもうるさいけれど、折角教えてくれている時間は無駄には出来ない。ずっと一人で勉強していた。でも、教えてくれる存在っていうのは結構バカにならないかもしれないと最近思っている。本当は塾にでも行ければいいんだろうけど……。そんなお金は苦学生には無いのでした。いや、実際は祖父母に頼めばいいだけの話なんだろうけど、それが出来るほど私は合理的じゃなかった。

 

 それに、この時間に心地よさを感じている自分もいる。これは多分、塾では得られない感情だ。無機質な部屋の中で画一的に教わるよりも、私はこの数学偏重の彼に教わる方がずっと楽しくて、気が楽になる。勉強は苦しいこともあったけど、最近はそう感じなくなった。文系教科で苦しんでいる彼をフォローしていると、教えているうちに自分のイマイチ理解できなかった点に気付くところもあったし。

 

「という感じです。大丈夫かな? あんまり人に教えたことないから……」

「すっごい助かった」

「なら良かったよ」

 

 ヤチヨカップの真っただ中で忙しいのに、彼は毎日こうして私の家に足を運んでくれていた。かぐやの様子を確認しつつ遊ぶ目的っていう風に本人は言っていたけど、隠しきれない私への心配があった。その感情を鬱陶しいとは感じない。むしろ身をくすぐられるような喜びの感情を感じる。彼の優しさが、慈しみが、自分にだけ降り注いでいる。

 

 学校が無い今、私とかぐやだけがその感情と視線を独占できる。そんな仄かに灯るくらい炎が私の心を支配し始めていた。これは悪い感情で、封じるべき情動なのかもしれないけど、そんなことができたら苦労しない。

 

「ふったりとも~ご飯だぁよ~」

 

 へんな節をつけた歌をかぐやが歌っている。ヤチヨカップはまだまだ継続中。順調にファンを増やしているけど、一位という名の頂はまだまだ先だった。それでも、この子はまったく諦めていない。その真っ直ぐすぎる姿勢に、私たち二人の方が逆に感化されそうだった。

 

「今日も美味しそうだねぇ。さすがさすが」

「でへへ」

 

 かぐやは頭を撫でられて嬉しそうだ。もし尻尾があったらぶんぶん揺れていることだろう。実際、この子の料理は凄く美味しい。最初に教えていた高野の腕はあっという間に追い越して、今や普通の料理に飽き足らず色んなものに挑戦するようになっている。でも、炒飯だけはまだ高野の方が上だった。

 

 奇妙な三人だと思う。血のつながりもないし、何かしらの関係性と明確に言えるような間柄でもない。でも、私たちは同じ空間にいて、こうして三食を共にしている。隣の部屋に行くのに外を通らないといけないだけの同棲に近いのかもしれない。

 

「「「いただきます」」」

 

 少し狭いちゃぶ台の上に三食分の食器が置かれている。座っていると二人の顔がよく見える。

 

「ねぇ」

 

 声をかけると、二人して同時にこっちを向いた。口元の同じ位置にご飯粒がついていて、その奇妙なシンクロに思わず笑いがこみあげてしまう。そういえば、なんだか最近ちゃんと笑えるようになった気がする。バイト先の作り笑いではなくて、ちゃんとした、心の底からの笑顔。この部屋でそういう顔になるのは、ヤチヨの配信を見る時だけだった。

 

 芦花と真実も最近明るくなったと言ってくれた。その原因は間違いなくこの二人にある。太陽のように私を照らし引っ張り続け、月のように私に寄り添い続ける。それがこの二人。私の大事な……大事な家族だ。

 

「付いてるよ、ここ」

 

 またしても二人して同じように取ろうとしている。兄妹のようでもあって、親子のようでもあって。この姿に、いつかの自分を重ねた。

 

 私は家族の中で、どのポジションなんだろう。姉って感じじゃないし……てか私は妹だし。だから、強いて言えば母親なんだろう。高野が父で、かぐやが娘。そんな家庭。悪くない気がする。自分に母親なんてできるビジョンは全く見えていなかったけど、今なら少しだけ、ほんの少しだけ見える気がする。一人だったらダメかもしれないけど――

 

 もし、一人じゃないとするのなら。母もかつてはこういう気持ちになったのかもしれない。あの人のことが、ちょっぴりだけ理解できたような気がした。今のこの生活から彼が消えてしまったら私は、今のままの私でかぐやと接し続けられる自信がないのだから。

 

 

 

 

 

「ここに決めようと思います」

「ありがとうございます」

 

 不動産屋さんに、私は部屋を決めた旨を伝えていた。かぐやが興味を示していたあのマンションの部屋。まさか、彼の昔住んでいた部屋だとは思わなかった。内見に付き合ってくれた時に辛そうだったら止めようと思ったけど、むしろ懐かしそうにしていたのを見て、安心する。付き合わせてしまったのに辛い思い出を蘇らせてしまったら申し訳ないし、()()()()()()()に良い思い出が無いのは嫌だろうし。

 

「お住みになる人数としましては……」

「三人です」

「え?」

 

 人数を伝えると怪訝そうな顔をされる。

 

「三人ですよ、なにか?」

「い、いえ何でもありません。畏まりました。それでは酒寄様、詳しいお手続きがありますので」

「分かりました。二人には、先に戻ってもらいます」

 

 それから書類面をそろえてもらい、あとは保証人を用意して印鑑を貰えばOKというところまでたどり着いた。これに印を押してもらいお金を振り込めば、正式にあの部屋は私たちのものになる。そこら辺の許可はこの前取っておいた。一棟丸ごと買えばいい、という成金発言を食らったのでちょっとダメージを受けたけど。

 

 でも高野もそれは悪くない、みたいな顔をしていた。あの辺の手に職がある系はその点有利だ。身体が資本ではあるけど、それがある限り無限に活躍できる。高野なんて、これから先もっとIT機器が進化したとしても問題なく対応して知識をアップグレードしながら戦ってそうな気がするし。好きこそものの上手なれってコトなのかもしれない。

 

 熱い真夏の街路を歩いて自分の苫屋に戻る。この部屋とももう少しでおさらばだ。私が仮初でも自由を始めて手に入れられたと思えた象徴みたいな部屋。いざさらば、となるとちょっとの寂しさがこみあげてくる。

 

「ただいま」

「お帰り」

 

 優しいお帰りの声が響く。暑くて融けそうだった身体にスーッと届く清涼感みたいなものがあった。なんか、おかしくなっているのかもしれない。熱中症になりかけみたいな熱が湧いてくる。お帰りのある生活は、私にとって久しぶりの経験だからかもしれない。

 

 かぐやはむすっとした顔でぬいぐるみを段ボールに詰め込んでいた。高野もお皿を新聞紙でくるんでいる。

 

「どう? 終わりそう?」

「うーん、もうちょいかかるかも。とにかく配信用に買ったグッズがそこらに溢れてて。機械系も、俺のとかぐやちゃんのがごっちゃになってるから。いらないのはあげるんだけどね」

 

 あげちゃダメでしょ、また甘やかして。そんなんだからいつまでたっても甘えん坊かぐやのままなんだから。そう思いながらも今日は言わないことにした。私自身も浮かれている。それとは対照的に、我が家のお姫様はご立腹中だ。

 

「てか、なんかかぐやの機嫌悪くない?」

「あー、ずっとあんな感じ」

「何かした?」

「かぐやちゃんのお願いを断ったからかな」

「えぇっ!? 明日は雪か……」

「そんなわけ」

 

 真夏に雪が降ったら仰天するけど、それと同じくらい仰天した。まさかかぐやのお願いを断るっていう選択肢を彼が出してくるなんて。いったいどんな無茶苦茶なお願いをしたらそんなことになってしまうのだろう。

 

「でも、それくらい珍しいじゃん。高野がかぐやのお願い断るなんて」

「だって、一緒に来て~っていうから。それは無理ってはっきり言わないといけないしね。あそこは二人の家なんだから。俺はここでまた寂しく生活していく。でしょ?」

 

 何言ってんの? とつい口に出てしまいそうになって、慌てて塞いだ。そういえばそうだ。なんだかもう当たり前に付いてきてくれるとばかり思っていたけど、彼に合意を取るという作業を忘れていた。私は言わなくても分かってくれていると思ってしまったらしい。冷静に見返せば、私たちの関係性は友達から先に進んでいない。

 

「……あ。しまったそうか」

 

 自分のミスに気付く。ミスその①は事前にちゃんと合意を作っておかなかったこと。ここでしっかり認識のすり合わせをすればよかった。ミスその②は当たり前に付いてくると思ってくれるような関係性を構築できなかったこと。出来ていれば、きっと何も言わずとも行動してくれただろう。ミスその③、私のこの恋とも愛とも執着ともつかないような感情をちゃんと告白できなかったこと。でも、したらしたで「ただの隣人としか思ってなかった……」という答えが返ってきてスーッと引かれそうな気がした。だから言わなかったんだけど。

 

 ともあれ、私のいくつかのミスの末にかぐやは不機嫌になっているし、彼は引っ越すつもりが毛頭ないわけだ。選択肢は二つ。諦めるか、説得するか。ここ数カ月の付き合いで、彼の説得方法は何となくわかって来た気がする。前者の選択肢は無かった。やりもしないのに諦めたくない。

 

「私、いっぱい助けられてきた」

「そんな事ないよ。俺が出来たのなんて、大したことじゃないし。それでもちょっとは頑張ってる酒寄さんの役に立てたのなら、嬉しいけど」

 

 大したことない? 何言ってんだこの、このクソボケ。こっちは誰のせいでこんな感情になってると思ってるんだ。訳の分からない責任転嫁が出てきそうになる。好きにさせた方にも責任はあると思う。無茶苦茶な主張な気もするけど。

 

「私、嬉しかったよ」

「何が?」

「高野がここでの私のこと、黙っててくれたのとか、防犯ブザーとかくれたのとか。それに、かぐやのこととか色々悩んでるときに、一緒に考えてくれたり動いてくれたりしたし。そういう優しさに感謝してる。普段は踏み込まないけど、肝心な時はちゃんと言ってくれた」

「別に、当たり前のことじゃない? 仮に綾紬さんとか諌山さんが俺の代わりにここに住んでても、同じことをすると思うよ。あの二人、そういう人たちでしょ?」

「かもね。芦花も真実もそうしてくれるかもしれない。でも、隣にいたのは二人じゃなかった。それが現実でしょ。私のことを隣で気遣い続けてくれたのは、高野だから」

 

 もしかしたら、あなたではなくても同じことをしてくれたのかもしれない。でも、そこにいたのはあなただった。だから、私もかぐやもあなたがいいんだ。あなただから、いいんだ。

 

 彼は答えに詰まっている。あと少しだ。そう直感する。あと少し押せば陥落させられる。

 

「少しでも、助けになれたなら……よかったよ」

「うん。沢山助けられた。だから、これ」

「なに、これ?」

 

 彼の手に銀色の綺麗なカギを渡した。スペアを除いて三つ貰っている。当然、住む人数分という意味だ。

 

「新居の鍵」

「……え?」

「え、じゃなくて」

「これは、どういう……? いや、女の子二人暮らしの家の鍵を身内でもないやつが持ってるのはちょっと、問題あるんじゃない? 帝さんとかに渡した方が……」

「は? あんなのはどうでもいいの。一応渡してはあるけどさ、保証人だしね。絶対来ないでって言ったけど」

「受け取ったら合意とみなします。さぁ、引っ越しの準備しよっか」

「いや、はい? え、俺ここを追い出されるの?」

 

 混乱しているのか、訳の分からない発言を繰り返している。あぁ、これならいけそうだ。説得できる。

 

「自分で出てくの」

「どこへ」

「昔自分が住んでた部屋に。かぐやに会いたくないの?」

「そりゃ、会えるなら会いたいよ。今までずっと過ごしてきたんだし」

「そうそう。今までは壁一枚。まぁかぐやのせいで、あって無かったようなもんだけどね。それが壁ゼロ枚。何か問題?」

「問題だよ、それは」

「見ず知らずの赤子を二人して育ててる方がよっぽど問題じゃない?」

 

 かぐやが聞き耳を立てている。もうちょっと待ってて。今はまだ高野を混乱させて理性を削ぎ落すフェーズだから。冷静な判断が出来なくなったタイミングでかぐやの泣き落としをぶつける。これで一発ノックアウトっていう戦法だ。なんとなくそれを理解してくれたみたいで、かぐやは全力待機状態になっている。

 

「娘と別居は教育上良くないんじゃないかなぁ、お父さん」

「その論理で行くと酒寄さんがお母さんになっちゃうけど……」

「別にそれでもいいけど」

 

 奇妙な三人の関係だけど、名前を付けるなら家族が一番相応しいと思う。私たちはお互いにお互いを大切に思っていて、信じ合っている。それはきっと、愛と呼んでいいはずだ。人生経験も、持っているモノも何もかも違うけど、私たちはそれでも手を繋いで生きていけるはず。私はそう信じている。かぐやと二人でも、それはそれで楽しいのかもしれない。でも、それは何か大きな欠片がそこに無いように思えてしまうだろう。

 

 生きていくのなら、あなたとがいい。あなたとだから幸せになれると思える。沢山のものを貰った。私はあなたになにを与えられるのか分からないけど、少しずつでも与えられるようになっていきたいと思えるから。だから、一緒に来て欲しい。それが今の私の、一番の願いだった。

 

「かぐやは、ハッピーエンドがいいなぁ」

「さ、さっきも言ったけどね」

「このままじゃ、ハッピーエンドになれないよ……。家族一緒が、楓のハッピーエンドなんでしょ?」

「むぐぅ」

 

 かぐやがここぞとばかりに押していく。普段は叱っているワガママも泣き落としも、今だけは全部全肯定だ。思いっきりぶつけてあげればいい。

 

「うっ、うっ、このままじゃ、もしお迎えが来た時にバッドエンドだなって思って帰ることになっちゃう」

「……不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 高野が肩を落としながら、仕方ないなぁという顔で答えた。これで落城ということになる。でも、良かった。本当に拒否されてしまったら、私はきっと受け入れざるを得ないだろうから。

 

 この前やったお兄ちゃんとの戦いで、はっきりと確信した。私にも、譲れないものはある。あの時、勝てるビジョンなんて思い浮かばなかった。負けそうなとき、こんなことをして何になるんだろうって、一瞬だけ思った。その時それでも勝つって堂々と言うかぐやと共に、彼の声が聞こえて来た。

 

 ――無茶だったかもしれないし、無理だったかもしれないけど、無駄じゃないはずだ

 

 私は手を引くかぐやと、背中を押す言葉に突き動かされて走り出したんだ。向いていなくても構わない。一番でなくても構わない。好きな事を貫けばいい。もしかしたら何も残らないかもしれないけど、それでもその時間が楽しかったのなら、それは無駄じゃないはずだって思えたから。

 

 二人は私の大事な宝物。私を変えてくれた存在。この二人を守れるのなら、私はなんだって構わないのだ。




<引っ越し時の10段階好感度表>

・彩葉→楓
15(あなたと生きていきたい)

・楓→彩葉
10(あなたには幸せになって欲しい)
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