超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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Extra:色は匂えど・6 【彩葉視点】

「それがかぐやちゃんの願いなら、俺が叶えるよ」

 

 高野はそう言った。花火の煙が僅かに残る紫の空を背景に、その瞳はいつになく煌めくような色をしていたのを思い出す。あの時の瞳の中には確かな決意が光っていた。負けるつもりなんて毛頭ないと言わんばかりに煌々と勝利だけを見据えて、その二つの宝石は輝いている。それは、今もなお。

 

 かぐやの引退を発表して、それから幾日かが過ぎた。彼の脳には勝利への方程式がきっと描かれているんだろう。それが頼もしくて、私も前を向いて出来る事をしないとと思わせてくれて、だから作曲をもう一回始めた。何が出来るのかは分からないけど、それが何の力もない私に、せめて出来る事だったから。

 

 あぁ、たまらなく悔しい。もし高野と同じような力があれば、才能があれば、能力があれば、きっと彼の助けになれたのに。ないものねだりなのは分かっている。そんな事をしたって何の意味もないって。でも、思ってしまうのだ。せめて、同じ視座で共に戦いたかったと。私に出来ることって、何かな。そう思いながら、鍵盤に指を乗せる。

 

 ――形無しで成功するのはホンマに一握りや。楽しんでる場合やあらへん。

 

 母にそう言われてから、ピアノはずっと封印してきた。

 

 ――成功しなくたって、努力したことは無駄にならないし、無駄にしないように生きればいいんだよ。

 

 高野の……楓の声が重なるように響く。いつしかこのピアノに触ることも、苦じゃなくなっていた。きっと私は怖かったんだと思う。母に否定されることもだけど、それより死んだお父さんの思い出に向き合うことが。

 

 かぐやはそんなのを全く知らないままに、私にこのピアノを弾くように告げた。楓はそれを上手いと無邪気に言って肯定してくれた。何者でもない、ただの趣味みたいなものでも、二人は心を動かしてくれた。両手の指が速度を上げる。語り掛けるように細かく音を奏でていく。

 

 ねぇ、お父さん。私、大切な人たちが出来たの。とっても可愛くて、とってもだらしなくて、優しくてわがままで、腹が立って笑顔をくれる人。とても穏やかで、時々かっこよくて、いつも私を見守ってくれて、たまにデリカシーがない時とか鈍感な時もある、そんな愛おしい人。

 

 あなたに、かぐやと楓を見て欲しかった。きっと二人のことを気に入ってくれると思うんだ。だって、私の愛した二人なんだから。

 

 へとへとになった指を鍵盤から離して、私は立ち上がる。無性に、話したかったから。階段を降りると、彼がいた。街の明かりがまるで星のようで、その中に彼がひとり立っているように見える。もしそのまま何もしなかったら、星明りの隙間にある黒い影の中へ消えてしまうように思えて、私は口を開かないという選択肢を取れなかった。

 

「だから、今度は――」

「大丈夫?」

 

 私にいつも彼がかけてくれていた言葉。他の人には「大丈夫」と答えてしまうけど、彼にはどういうわけかSOSを出すことができた。何十回も貰った心配に対して、返せたのは今の一回だけだ。それでも、やっと返すことができた。そんな気分になる。

 

「作曲してたんだ」

「あぁ、そうだったね。出来そう?」

「分かんない。でも、一番だけでも完成させる」

「そっか」

「ピアノ、触ってさ」

「うん」

「お父さんのこと、思い出した。私、怖かったんだと思う。お父さんとの思い出に触れるのが。思い出と向き合うのが」

「俺もちょっとは分かるよ。ここに越して来た時、少しだけ怖かった。ここに住むってことは、あの時の記憶と向き合わないといけないから。幸せだったものを思い出すほど、失った痛みも大きく感じる。でも――」

「多分、同じこと思ってる。あの子のおかげで、もう一回向き合えた」

 

 楓と私は少し似ている。どちらも大切なものを喪って、ここまで来てしまった。思い出を封印して、何かから逃げるように生きてきた。私はピアノを、彼はこの家を。どちらも触れていたら、もういないっていう孤独や悲しみに押しつぶされてしまいそうだったから。

 

 けれどかぐやはそれを解き放った。私にピアノを渡し、彼をこの家に誘った。まるで運命が喪ったものをもう一度取り戻せと導くように。

 

「大事な人が、出来たって言いたかったな」

「まだ間に合う。あの曲を作り上げればきっと」

 

 彼の言葉には強い決意と戦意を感じる。

 

「そう、だね。……戦うの?」

「戦う手段が、今度はあるから。病気も事故も、俺には何も出来なかった。でも今度だけは違う。今回だけは、どうにかなるかもしれない」

 

 彼の中にあった、抱え続けていた何かに触れた気がした。きっと後悔があったんだと思う。そしてそれ以上の無力感が。何も出来なかったという想いが、彼を今突き動かしている。別にそれは彼が悪かったわけじゃないんだろう。彼のご両親が亡くなったことに、彼自身の咎などない。それでも、楓は走らずにはいられないんだ。かぐやを三人目にしないために。――また、自分だけ取り残されないように。

 

 私は彼に比べれば臆病かもしれない。あんな風に迷わずに戦うとは言えなかった。

 

「全部、失うかもしれないのに?」

「それでも、俺はその時まで諦めないよ。そうしてでも、守りたいモノが出来たから。前までの俺だったら諦めてたかもしれないけど……今は違う」

「かぐやが私たちを繋いでくれたからね」

「かぐやちゃんだけじゃないよ」

 

 彼は確かな声でそう言った。私を見ながら。私を見据えながら。

 

「俺は、君も守りたいんだ」

 

 その言葉に、心臓を撃ち抜かれような感覚を覚える。彼はてっきり、ずっとかぐやを守りたいんだと思っていた。それは間違いじゃないんだろう。でも、それだけじゃなかった。思えば、当たり前の話だったのかもしれない。優しい彼が、傷つこうとしている私の心を見逃すはずもないんだから。

 

 あなたを守りたいなんて、一体いつぶりに言われたんだろう。もしかしたら、初めて言われたのかもしれない。その初めてがあなたで良かった。だって、そうじゃなかったらその言葉を振り払っていたかもしれないから。

 

 彼の中で、私はちゃんと大事な人だったんだ。それが分かっただけでも、私には十分だ。

 

「……私、守られてるのなんて性に合わないんだけどな」

「じゃあ、一緒に戦って欲しい」

 

 彼の手が私に差し出される。何度もそうしてくれていた。そして不思議と、その手を取ればきっと全部どうにかなってしまうんじゃないかっていう、奇跡みたいなことを思えるようになるんだ。奇跡を信じるなと告げる母の声は()()()()()()()。私の耳に届くのは、私を愛し信じてくれるこの人の言葉なんだ。

 

「俺は酒寄さんと……彩葉さんと戦いたいと思ってる。あの子の未来を守るために」

「分かった。また、始まるね」

「なにが?」

「共同戦線が」

 

 夜空のような街の光を背景に、私たちは手を握った。その温かみが心臓の鼓動を早くした。

 

 

 

 

 

 

 2030年の9月12日は思ったよりもあっさりとやって来た。午前零時を迎えたらお迎えが来るかもしれないという最悪の予想はとりあえず回避。かぐやはいつも通りに起きて、いつも通りに昼食を作り、いつも通りに配信部屋で鼻歌まじりでライブの準備を始めた。

 

 楓も食事時以外部屋から出てこないのを除けばいつも通りの顔をしている。私も普段通りを心掛けながら配信の手伝いをしていた。

 

「……え?」

 

 ふと気付いてゾッとする。かぐやがいない。ちょっと足元が気になって目を下げただけなのに。頭をあげたらもう私は一人になっていた。叫び出しそうになる。

 

「かぐや!」

「なに?」

 

 いるんかい。心臓が止まるかと思った。机の下からにょきっと顔を出している。

 

「何してるの、そんなところで」

「ん? これが落ちてたから拾ってた」

「驚かさないで……」

「彩葉、心配性~~。はい、これあげる」

 

 かぐやは拾い上げたいつも着けているブレスレットを私に差し出した。

 

「え、これって」

「ヤチヨが言ってたんだ。こういうのは大切な人にあげなさいって。だから、彩葉!」

「……ありがと」

「それに、もらったから、名前! お返し!」

 

 名前は人生最初のプレゼント。そんな言葉もあったっけ。かぐやは笑った。誰の足跡もつかない雪原のような澄んだ笑顔。いつも通りなんzかじゃない、今まで見たことない神々しさすら感じる笑顔だ。

 

 ガチャリと扉が開いて、少し疲れた顔をしながら楓が姿を見せた。その目は爛々と光っている。

 

「二人とも大丈夫そう?」

「大丈夫ー!」

「問題ないよ」

「じゃあ、俺は先に潜ってるから。最後の総仕上げ」

「うん」

「かぐやちゃん」

 

 楓は静かに口を開いた。

 

「合宿免許の予約しちゃったよ」

「えぇ!?」

「だから……行きたいところ、考えておいて」

「楓……大好き」

「そのセリフは、勝った時にとっておいてくれると嬉しいなぁ」

 

 思わず泣きそうになってしまった。ダメだ、ここで泣いたらいけない。勝って、最後に思いっきり泣けばいいんだから。

 

「じゃあ、またあとで」

 

 さよならとは言わなかった。彼は確信している。自分は、自分たちは勝てると。それに私も応えないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、盛り上げて行こうぜ!」

「……勝つだけだ」

「けっこー面白そうじゃん」

 

 ブラックオニキスの三人が姿を現す。芦花と真実も、そしてヤチヨも。最後に大トリとして楓が姿を出した。神主服は黒く染まり、漆黒の闇のよう。日本刀は今日も瀟洒に光っている。その姿は普段の何倍もカスタマイズされた戦闘服だった。

 

「おせーぞ!」

「色々と手間取りましたので。でも大丈夫。勝利のために、万全を期しています。前線はお任せしました」

「おぅ! 未来の弟の前で、誰が兄貴か教えてやる!」

 

 まだ、告白もしてないんだけどな。まぁでもいいや。この戦いが終わって、全部ハッピーエンドになったら、告白でも何でもしてしまおう。きっと彼も拒んだりしないはずだ。そうしたら、私と楓の養子としてかぐやを迎えて、三人で暮らしていく。そんな夢を一瞬だけ夢見た。それを夢幻で終わらせないためにも、戦わないといけない。

 

「彩葉、やたらと突っ込むなよ。俺たちはただひたすらに天守を目指すんだ」

「うん」

「なんだ、やけに素直に言う事聞くじゃん。配信始めて、お兄ちゃんの偉大さに気付いたか?」

「別に、そんなんじゃないし」

「俺の事避けてただろ」

「……気付いてたの?」

「まーね。ちょいちょい見てたし」

「何それ? なんでそんな事……」

「ま、お兄ちゃんですから」

 

 振り返った帝アキラのスキンに、昔のお兄ちゃんの顔が重なった。やんちゃだけど容量が良くて、誰からも好かれる自慢のお兄ちゃん。私が母とぶつかると、いつの間にか飄々と間に入ってくれたお兄ちゃん。……ずっと気にしてくれていたんだ。

 

「なんも変わらんと思ってたけど、変わったよな彩葉」

「私が?」

「お兄ちゃんを、人を頼るようになってくれた」

「……何でもかんでも頼って来る奴がいるからね。それに、頼るのが悪い事じゃないって、教えてくれた人もいたし」

「そっか。全部終わったら、お前のコイバナ聞かせろよ」

「誰が実のお兄ちゃんに恋の話なんてするのよ」

 

 ツクヨミの空に花が開く。本格的な侵攻が始まった合図だ。大量の月人が降り注ぐ。

 

「本時刻をもって作戦を開始する。全軍、突撃!!」

 

 同時に楓の管理者権限で凄まじいチートが私たちに付与される。同時に敵には特大デバフ。触れるだけで溶けるようになっていった。それでも如何せん数が凄まじい。

 

「全部倒そうと思うな! 敵には俺たちを倒せない。真っ直ぐ天守だけ目指せ。アイツは落ちない」

「信じてるんだね、カエデを!」

「当たり前だろ。ツクヨミにいるやつで、守護神を信じてない奴なんかいねぇよ。アイツが護れると言ったんだ。あの防壁は絶対に抜かれない」

『そうそう。だから、行こ~~☆』

 

 ヤチヨとお兄ちゃんが突っ込んでいく。ステージからはかぐやの歌声が響く。

 

 ねぇ、見えてる、かぐや? これが私たちだよ。かぐやが月から覗いていた地球人だよ。好き勝手に動いて、複雑で、一回きりで、自由。得体のしれない月人を、電柱から赤ん坊を産み出せる奴らを、本当に追い払おうとしているんだ。諦めが悪いことだけが、人類の特権のはずだから。

 

 それにね、かぐや。あなたのお父さんは、世界で一番カッコよくて、世界で一番電子の世界に強い人間で、ツクヨミで一番の守り人(ウィザード)なんだから。そんな人が、あんな月の連中に負けるはずないでしょ?

 

 

 

 何度も武器を振るう。走り続けるだけで敵が溶けていく。敵は慄いているようにすら見えた。何度も攻撃が敵の母体に飛んでいく。背後にある月の映像が揺らいだ。多分、向こうは予想すらしていない攻撃にてんやわんやなんだろう。それでも、数が多すぎる。まとわりつかれると厄介だ。そう思っていた矢先、凄まじい通知が表示される。

 

「現在臨時で発生中の戦闘に参加し、敵天守閣の撃破に成功したプレイヤーには、100万ふじゅ~並びに月見ヤチヨ配信への特別参加権、同ライブ優先当選券を付与します。参加希望者は、直ちにブラックオニキスの背後から戦闘に加わってください。プロの方の場合、事務所へはこちらから話を通します!」

 

 その言葉に釣られるように、何千というプレイヤーが一斉に会場に姿を見せた。私たちだけではこの人たちを呼べない。彼らが信じたのはお金とヤチヨと、そして何よりこの場を守り続け、誰よりも公平にこのツクヨミを動かし、そしてこのツクヨミを愛していた彼だからこそだろう。

 

 今なお増え続けるユーザーたちは、みんなアメツキカエデを信じたんだ。この不夜城の守り手を。

 

「第十三区画から二十五区画まで全部閉鎖! AIの泣き言なんて聞きたくない、補正計算を続けろ! 右翼が押されてるならそこに戦力を集中投下! 数には数だ、敵の背後にもリスポーンさせろ、フィールド拡大!」

 

 耳のイヤホンからは矢継ぎ早に飛ばされるカエデの指示が聞こえてくる。中央の高台で、彼は指揮を執りながら孤独な防衛戦争を繰り広げている。彼が持っている中枢システムがチートの発生源だ。だから敵はあそこを叩こうと全力を出している。幾本もの腕があそこに伸びて、まったく突破できていなかった。敵の戸惑いを感じる。月の全力を出しても、地球人一人に勝てていない。全戦場を、彼が支えている。

 

 それでも私たちが取りこぼした敵が彼に近付く。物理的に排除をしようとしていた。思わず戻ろうとしたその時、帝アキラが私を引き戻す。

 

「大丈夫だ、アイツは弱くない!」

 

 その言葉通り、近付こうとした月人を彼は一瞬で斬る。目にも見えないほど早い剣。視線は常にモニターなのに、全方面に目があるみたいに弓で、槍で、刀で、彼は攻撃を跳ねのけ続けていた。少しでも長く時間を稼ぐために。

 

 そのおかげか、あと少しで天守というところに来た。

 

『カエデ……』

 

 ヤチヨが呟く。その瞳の先には、目を蒼く光らせた彼の姿がある。スマコンは目がオレンジ色に光るはずだ。青色なんかにならない。アレは、という私の疑問に応えるように、ヤチヨは言葉を絞り出した。

 

『脳で出力したものをそのまま転写してるんだよ』

「そんなこと」

『通常の人間に耐えられない。何度も止めたんだけど、それでも……』

 

 凄まじい攻勢が彼のところにぶつけられる。拮抗状態になっているのが奇跡なのだろう。とうに突破されてもおかしくないところを、人類最強が押しとどめている。だが、それでも足りなかった。あと一歩でブラックオニキスの三人が天守に足を踏み入れるという瞬間、私たちにあったチートが全部剥がされる。加勢してくれていたユーザーも強制ログアウトさせられていた。

 

 ガラスの割れるような音と共に、撃破されたことを示す桃色の花弁が彼のアバターから出ている。空から大量の灯篭が降って来る。それでも彼は諦めていない。指を動かそうとして、身体が上手く動いていなかった。

 

『負荷が、かかりすぎて……!』

 

 ヤチヨの悲痛な声が響く。ブラックオニキスの三人がやられる。私も、一瞬で敵の中に揉まれた。全員残機ゼロのまま、戦場にリスポーンさせられる。

 

「ここはいい! 走れ、彩葉!」

 

 私はかぐやのところに走るしかなかった。せめて、最後まで抵抗をしてやるんだ。どうにもならないと分かっている。それでも走らずにはいられない。結果がたとえわかっていたも、諦めていない人がいる。私の愛した人が諦めていないのに、私が諦められるか!

 

 駆け抜けた私を、いくつもの灯篭が囲む。きっと、彼が動けないから転送できたのだろう。この数はもう、倒せない。私の手から、ポトリと武器が落ちた。心が折れる音が聞こえた気がする。かぐやは全てを悟ったような笑みを浮かべ、敗着を受け入れる。その表情は少しだけ、ヤチヨのようだった。

 

 かぐやの姿が見えるようにと、月人が身を引いてくれる。菩薩のような月人が恭しくかぐやに跪いた。

 

「はるばるようこそ」

 

 かぐやの言葉に、なぜか月人が微笑んだように見えた。

 

「逃げちゃってごめん。でも、すっごい、すっごい、楽しかったんだ」

 

 そして、かぐやが上がっていく。足元に現れた光る雲の上に乗って。大勢の月人と犬DOGEに伴われて。ゆっくりと空へ。ツクヨミの空に向かって。

 

「最高の卒業ライブでした! いっぱいお土産貰っちゃった。みんな、ありがとう!」

 

 詰めかけたファンに手を振りながら。そして、櫓の上でもたれかかっている楓に視線を向ける。

 

「楓、褒めてくれて、嬉しかったよ」

 

 最後に私の方を見る。

 

「名残惜しいけど、これでおしまい」

 

 リアルで隣にいるかぐやの肩が触れる。頬が、肩が、胸が、背中が、温もりに包まれる。目が開けられなかった。これが最後だと分かったから。膝から力が抜けそうになる。それをかぐやが支えてくれた。

 

 いつの間にこんなに大きくなったんだろう。あんなに小さかったのに。手の中に納まるほどだったのに。お腹が空いたと泣いていたのに、外に出たいと泣いていたのに。今は私だけが泣いている。

 

 待って、行かないで。

 

 まだ、したいこと、いっぱいある――

 

「彩葉、大好き」

 

 かぐやの肩に着物が着せられる。

 

「システム・オリオンを始動。ただちに発射」

 

 耳のイヤホンから、掠れた楓の声が響く。軋むような呻き声をあげながら、彼は月人を見据えていた。残った大砲から、一発の砲弾が飛んでいく。それを受けた月人は少し驚いたようなそぶりを見せて、そして彼の方に視線を送った。

 

 櫓にしがみつくように立っていた彼の身体がよろめく。それを見ていた月人が一斉に頭を下げた。それも最敬礼で。人類最強への、月から送る最大限の敬意のようにすら見えた。

 

 楓の身体がゆっくりと櫓から下に落ちていく。それを助けるように一本の腕が月人から伸びて、彼を受け止めた。そして、私の前で下ろす。それと同時に、彼らは空の中に消えていった。

 

「楓!」

 

 叫ぶ私に、彼は小さく呟く。

 

「ごめん、ごめんね……彩葉……かぐや……」

 

 それだけ言って、彼は強制ログアウトした。呆然とするしか出来ない私に、ヤチヨが叫ぶ。

 

『彩葉! カエデのバイタルが!』

 

 その言葉にハッとして、私はスマコンを外した。かぐやの温もりが消えた痛みを誤魔化すように、私は階段を駆け下りる。身体が上手く動かない。ヤチヨは言っていた。人間には耐えられない負荷がかかっているって。そんな状態で戦って、彼はどうなってしまうのか。

 

 やめて、やめて、やめてやめてやめてお願い。お願いします、神様。私からもう、なにも奪わないでください。かぐやだけじゃなくて彼までいなくなってしまったら、私の心はきっと壊れてしまう。この世界にいる意味なんて、無くなってしまうよ。

 

 かぐやとの出会いが元々別れる運命だったとしても、彼はそうじゃないはずだから。だって、彼との出会いはかぐやとは違う、驚きはあっても平凡なものだったはずなんだから。平凡な出会いには、せめて平凡なお別れがあるべきはずでしょう。だからお願い、どうか。

 

 荒い息で彼の扉を開く。涙を流していてくれなんて、そんな事を願った。五体満足ならそれでいいんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、手にペンをぶっ刺し、鼻や口、手から血を流しながら床に倒れ伏している姿だった。血の気の引いた顔色は、夜の闇でも分かるほど真っ白になっている。こひゅ、と息が出た。叫びたいのを必死に抑える。叫んでも何にもならない。するべきことは、助けを呼ぶこと。

 

 彼の携帯がある。非常時用の通報をするためボタンを押した。上手く出来ない。119の三つを押すだけなのに。コールが鳴るその時間が永遠みたいに感じる。

 

 なんとか伝えて、救急車を呼べた。何も出来ない私は、彼が搬送されていく時も祈るしか出来ない。どうか彼が生きてくれるようにと。もし、彼が無事に生きてくれるのなら、私の命は今日この瞬間に終わったって構わないから。一緒に私も救急車に乗った。ずっと彼の手を握る。普段なら優しく握り返してくれるだろうに、なんの力も返ってこなかった。

 

「あなたは彼の……」

「パートナーです」

 

 病院の先生を前にして、私はそう言った。夜の病院は静かで、暗くて、白い蛍光灯の光がまばらに光っている。共同戦線を張っていたんだし、パートナーでもおかしくはないだろう。

 

「ご家族ではない、と」

「……法的には、そうかもしれません」

「そうですか。それでは……」

 

 法的な家族じゃないと困る、と先生の目は言っていた。

 

「……今は亡き高野先生、彼の父上には研修医時代に随分と助けられました。息子さんの()()()()ということなら、まぁ()()()()ということもあるでしょう。個人情報がうるさい時代ですが、当直の疲れからか私は偶然独り言を言ってしまった」

「はい」

「回復は難しいかもしれません。脳に相当な負荷がかかっています。奇跡的にダメージのようなものは見られませんし、脳自体は機能を保っています。しかし、目が覚めるかどうかは分からない。下手すれば、一生あのままということもあり得ますし、よしんば目を覚ましても寝たきりということもあり得ます。介護というのは難しい。国の保障制度を頼り、あなたは自由になるというのも……」

「構いません。目を覚まさないのなら、私が勝手に家族になって、勝手に面倒を見ます。寝たきりでも、同じことです」

「……分かりました」

 

 私は彼に沢山助けられてきた。それは人生をかけても返せるかどうかわからないくらい大きい。私はそう思っている。だから、どんな結末になったとしても、あなたがどんな姿になったとしても、ちゃんと私は愛し続ける。だってその姿は、私たちを守ろうとしてくれた証なのだから。

 

 それでも堪えきれないものがある。かぐやがいなくなった喪失感。もう二度と愛した人が目覚めないかもしれない苦しみ。病院の中は、世界から音が消えたような静寂。その中で、私の慟哭だけが響いていた。




<かぐや防衛戦争時の10段階好感度表>

・彩葉→楓
20(人生をかけて愛します。仮に、永久に目覚めずとも)

・楓→彩葉
11(君を守りたい。君と守りたい)


・月人→楓
??(我らの姫を命を賭して守らんとしたその覚悟と我々の戦力の9割を消し飛ばしたその戦いに最上級の敬意を。せめて、地球の勇者が五体満足のまま生を全うできるようにします)
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