超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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彩葉視点のウケがいいので擦り倒しております。


Extra:色は匂えど・7 【彩葉視点】

 ピ、ピ、ピ、と無機質な機械音が響いている。心電図のモニターが動いていることが、取り敢えず彼が生きていることの証だった。かぐやを守るための決戦に敗北してから二日が経過した今も、命を賭けて愛娘を守ろうとした楓はその目を開かないまま、病院のベッドに横たわっている。

 

 私は多分、相当ひどい顔になっている事だろう。楓が倒れてから、水しか飲んでいない。食事が喉を通らなかった。もしこのまま目覚めなかったら、そんな悪い不安が襲ってきて、眠れない。当然学校なんかに行く気にもなれなくて、私はずっと病室にいる。

 

 家にはいられなかった。かぐやの残滓がまだ色濃く残っている。あそこに一人でいたら、かぐやと楓がこの場にいない事実に耐えられないまま壊れてしまいそうだったから。窓の外にはシトシトと雨が降っている。静かな病室に、機械音と雨音と彼の小さな呼吸だけが響いている。このまま私も一緒に眠りの世界に行けたら、どんなに幸せだろうか。

 

「ねぇ、覚えてる?」

 

 返事の返ってこないのを理解しながら、私は口を開いていた。

 

「かぐやが来たちょっと後、雨が降った時さ、楓は一本しかない傘を芦花に貸しちゃったよね」

 

 眠り姫みたいだ。これがおとぎ話なら、キスで目覚めるのだろうか。王子様ではない私に、そんな能力はないのだけど。

 

「それで、なんで貸しちゃうの……って言ったら、酒寄さんが貸してくれると思ったって。なにそれ。私を何だと思ってるの~って思ったよ。暴力的なまでの信頼向けてくれてさ。結局かぐやが傘持って来てくれたんだっけ。あの時一緒に相合傘で帰っても、全然よかったんだよ」

 

 手を握った。握り返してはくれなかった。枯れ果てた涙がまた出そうになる。細い腕だった。本当は戦うとか、全然得意じゃないって知っている。それなのに、あんなに必死に戦おうとしてくれた。私と、私たちの大切なものを守るために。

 

 もし、彼が私と出会わなければ、こんな風にならなかったのに。私と出会ってしまったから、かぐやと引き合わせてしまったから、彼は今横たわっている。あの時、断っていれば。あの時もっと強く、拒絶していれば――

 

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。そんな仮定を想像して、自分で拒絶した。そんな過去は嫌だ。これまでの思い出も全部なくなってしまうなんて、絶対に嫌だ。

 

 まだ諦められない。あの家を引き払って、何もかも忘れて生きるっていう選択肢もある。でもそんな選択肢を選ぶことを、私は絶対に許せない。諦めたらどれだけ楽だろう。それでも私はまだ生きている。心臓は動いていて、心が諦めたくないと叫んでいる。それなら立ち止まっていてはいけないんだ。楓は優しい。仮に目を覚ました時に私が失意の中にいたら、きっと自分のことなんて放って私に手を差し伸べようとするだろう。

 

 この人は、崖で落ちそうになっている人を助けてしまうんだ。その末に、自分だけ奈落の底に落ちるとしても。そんな人に寄りかかってばかりいるわけにはいかない。不幸に甘んじて幸せになろうとしないのはダメなんだ。ハッピーエンドを目指す。かぐやがそう教えてくれた。

 

 もし彼が目覚めないなら、目覚めるようにすればいい。医者にでも何でもなってやる。身体が上手く動かせないなら、動かせるようにするためのモノを作ってみせる。彼の鼓動が止まっていないのなら、私はまだ生きていけるはずなんだ。こんなところで諦めては、必死に戦ってくれた楓に顔向けできない。お父さんがあんなに頑張ったのに、お母さんは諦めましたじゃ、月のかぐやもガッカリしてしまうだろう。

 

「大丈夫、あなたは私が守るから。絶対に。例えどんな手を使ったとしても、必ず」

 

 彼の手を撫でた。どれだけ時間がかかっても、あなたを必ず取り戻して見せる。また前みたいに、私に笑いかけてくれるように。でも私はそんなに強くないから、途中で心が折れそうになるかも。

 

 だからなるべく早く――目覚めてね?

 

 

 

 

 

 翌日も面会時間が来た。受付で名前を書いて、エレベーターに乗る。今日もきっと彼は静かに寝ている。その寝顔を確認して、生きていることを確かめないと、私は今日を始められない。ここにいる時間だけが生きている時間なんだ。家に戻ってからの時間は、死んでいるのとあまり変わらないのだから。

 

 病室のドアを開ける。返事は返ってこないけど、今日はどんな話をしようか。そう思って顔をあげた。二つの瞳が私を見ている。

 

「おはよう……」

 

 かすれた声が聞こえた。感動とか奇跡とか、そんな言葉はどこかへ消え去って、私は鞄を取り落としたのにも気付かないまま病院の廊下を走った。

 

「病院内は走らないでください!」

「か、楓が、楓が!」

「高野さんが、どうかしましたか」

「目を覚ましました!」

 

 看護師さんは目の色を変えてすぐにどこかに連絡を取り始めた。先生もすぐにやって来て、精密検査を始める。その間の数時間、私はずっと病室で待っていた。昨日まではあっという間に過ぎ去ってしまったこの時間が、今はたまらなく長かった。あなたの声を聞きたい。あなたと話したい。もう叶わないかもしれないと思っていたから、その反動で余計に気持ちが高ぶっている。

 

 時計の針の進みは、いつもの数十倍遅いかのようだった。何十時間も待ったような気がする。時折まだですか、と尋ねてしまった。看護師さんも理解してくれているみたいで、怒らずに応えてくれている。それでも一日千秋のように感じた。

 

「はい、高野さんお疲れ様でした」

「どうも、ご迷惑をお掛けしました」

「いいえ、それでは安静にしてくださいね。くれぐれも無茶はしないように」

 

 先生はそう言うと、私に頭を下げて病室を出ていく。私は深々とお辞儀をして、苦笑いをしながらベッドに横たわっている彼の枕元に座った。

 

「どう、だった?」

「検査結果次第だけど、大丈夫そうなら数日で退院できるみたい」

「よかった……本当に、よかった……」

 

 安堵の言葉が零れる。どういう訳かは分からないけど、脳が焼き切れてもおかしくなかった状況の中、そこら辺は無傷だったみたいだ。だから後は一回ブラックアウトみたいな状態になった意識が目覚めるかどうかの勝負だったらしい。それと、神経回路が上手く接続できているのかどうかも。

 

 その辺をクリアしているということは、少なくとも五体満足で今後の人生を送れるということ。また、私の隣を歩いてくれるということ。そう考えただけで、涙が溢れて止まらない。泣いたってどうにもならないのは分かってる。でも、今だけは泣く以外のことを知らなかった。安堵と後悔と愛情が交じり合って、私の心の中はぐちゃぐちゃのパレットみたいだ。

 

 楓は私が泣き止むまで、しばらくの間待っていてくれた。聞きたい事も沢山あったと思うけど、それでも優しく頭を撫でながら。これじゃあどっちが病人か分かったんもんじゃない。

 

「ちょっと、事情が呑み込めてなくて。あれから、どうなったの?」

「かぐやが帰っちゃった後、楓が強制ログアウトした。急いで部屋に行ったら、鼻血出して手にペンぶっ刺しながら倒れてたから、救急搬送。お医者さんからは、スマコン経由で大量の情報負荷が脳にかかったって。しかも、許容量の数百倍。一生起き上がらない可能性もあったし、下手したら死んでたかもしれない。そうじゃなくても、大きな障害が残る可能性もあるって」

「かぐやちゃんは……」

「……」

 

 私は静かに目を伏せる。彼も分かってはいたんだと思う。それでも一縷の望みを託して、私に聞いたんだろう。あなたが死にそうだったと言っているのに、そんなときでもかぐやの心配。自分のことより人のことばかり。そんなところが好きで、そんなところを直してほしかった。

 

「そっか。そっか……やっぱりダメだったか、三回目も。また、助けられなかった」

「私も、そうなるところだった」

 

 彼にとっての三回目はかぐや。でも、私にとっても三人目になるところだった。お父さんを亡くして、かぐやを失って、その先に楓まで私の手の中から零れ落ちるところだった。私の愛した人は、私を置いていく。そんな嫌なジンクスが成立する直前まで来ていたんだ。

 

「あんな作戦なんて、聞いてない。許可して協力したヤチヨもヤチヨだけど、実行した方がもっと悪い」

「勝率を高めるには、仕方なくて」

「それで楓が帰ってこなかったら何にもならない! 仮に全部上手く行っても、私とかぐやは病室で寝てるだけになった楓をどういう気持ちで見ればいいの!」

 

 楓を責めるのは筋違いだって分かってる。彼は私とかぐやを守るために戦ってくれた。でも、こんな風になる可能性のある作戦だってのは知らなかった。一緒に戦おうって、言ってくれたのに。私だけ仲間外れだ。嘘を吐かれたみたいで、なんだか納得できない気分で、私は彼についつい文句を言ってしまう。それも甘えなのかもしれないけど。

 

 全部上手く行って、かぐやを守り切れていても、彼は倒れていた可能性が高い。そんな状態の彼を見て、私とかぐやはどうやって生きていけばいいのだろうか。あの子はきっと心を痛めてしまう。私だってそうだ。あなたがいないのに、ハッピーエンドになんてできないし、そんなものを嘘でもハッピーエンドだなんて呼びたくない。

 

「お父さんがいなくなって、かぐやも帰って、それで楓までいなくならないで。私を……あの広い部屋で一人にしないで」

 

 おかしな話だ。高校生になってから、ずっと一人で生きて来たのに。それなのに、孤独が嫌だなんて思ってしまう。あなたが寄り添ってくれたから、かぐやが手を引いてくれたから、私はあの孤独な部屋にはもう戻れないんだ。一人は嫌だ。あなたと一緒が良い。あなたとかぐやと、三人が良い。

 

 ねぇ、楓。あなたの気持ちが分かったの。あの広い家に一人ぼっちは苦しくなるね。高い天井が、孤独を加速させて、心に何か穴が開いたような気分になるね。自分の生活音だけが大きく響いて、一人なんだってことを意識させてくるんだね。だからあなたは、あそこを出た。そうしてここまで来た。あそこは一人でいるべき場所じゃない。家族と、愛した人と一緒にいるべき場所だった。

 

「ごめんなさい」

「ずっと、寝れなかった。目覚めてくれて、本当に良かった……。みんなも心配してたから。さっき連絡したから、明日くらいに来てくれると思う」

「そっか、みんなにもお礼を言わないと」

 

 そう言いながら、目が仕事モードに入っている。こんな状態なのにツクヨミの心配をしているのは統括管理補佐アメツキカエデとしては百点満点だけど、人間である高野楓としては落第点だ。

 

「また仕事しようとしてるでしょ」

「……」

「誤魔化さないで。退院して一週間くらいスマコンは禁止って、さっき言われたんじゃないの? 身内じゃないから説明を聞くのに苦労した」

「同居人じゃ、ダメだったの?」

「普通はね。血縁とか身内じゃないから。お役所に登録されてる関係性じゃないと、ダメみたい。今回は無理くり頼み込んだけど」

 

 先生がひとりごと、という体で話してくれなければ、私は病状を聞く事すらできなかったんだから。ともかく、今仕事をさせるわけにはいかない。絶対に安静って、さっき先生も言っていたし。

 

「今は、休んで。お願い」

「なんか、前とは逆だね。俺が休んでって頼まれるなんて」

「バカなこと言ってないで、早く寝る!」

 

 そう言ってベッドに押し込みつつも、私は確かにと思った。これまでと真逆だなぁ。私が休んでって言うなんて。あの時、あなたもこんな気持ちだったんだね。心配で、苦しくて、自分のことじゃないのに自分が辛いみたいな気分になる。彼の手を握った。今度は、握り返してくれた。その温かさに、また涙腺が緩む。

 

「ありがとう、必死に戦ってくれて。カッコよかった」

 

 彼は小さく笑うと、また寝息を立て始めた。きっと検査で疲れていたんだろう。面会時間はまだ残っている。私は時間ギリギリまでいることにした。家に帰っても、会いたくて苦しくなってしまうだろうから。今日という時間に出会えるあなたを、目に焼き付けておきたい。たとえ世界が今日この後すぐに終わってしまっても、その笑顔を思い出せるように。

 

「ありがとう。大好き」

 

 聞こえていないと知りながら、臆病な私は彼に告げた。これが私の精一杯だから。

 

 

 

 

 

 

 

「……一緒に住んでいる?」

「えーーっとそれには海よりも深く山よりも高い事情がありまして」

 

 職員室で疑念の籠った声を出している立花先生を前に、私は冷や汗を流していた。お兄ちゃんとか芦花や真実もお見舞いに来て、楓は今日無事退院ということになった。私はそれの報告も兼ねて学校に来ている。楓が搬送されたっていう事実、第一発見者が同居人で、なぜかそれが私という事実。これらの事実は真偽不明の噂となって学校中を駆け巡り、先生たちも騒然としていたらしい。と真実から聞いた。なんとか二人が火消しに走ってくれたおかげで、今は沈静化している。

 

「ルームシェア的な、そう、ルームシェアなんです! 一緒に住んだ方が家賃も折半でお得、QOLも上がってハッピーってな感じです!!」

 

 勢いでゴリ押している自覚はあるが、それ以外に説明のしようがない。まさか宇宙人を拾ったら配信で大成功してその資金で引っ越しましたなんて、どう説明すればいいんだ。なお、同居人はその宇宙人を一緒に育てたとする。こんな摩訶不思議な事情を説明するなんて難題、よほどの天才でも難しい。

 

 先生の目は困惑と疑念が渦巻いている。まぁ無理もないだろう。私だって自分の生徒、しかも優等生がいきなりこんなことを言い始めたらおかしくなったと思ってしまうかもしれない。

 

「ちゃ、ちゃんと保護者の許可も貰っていますので!」

 

 保護者(成人済み)だ。嘘は言っていない。お兄ちゃんだってしっかりと成人した保護者なのだから、問題はない……はず。楓もめちゃ優等生だったら何も言われないかもしれないけど、そうじゃないせいで疑念が大きいのかも。下手すると、優等生だった私が彼に誑かされているみたいに見えるのかもしれない。

 

 残念、どっちかというと逆なんだ。

 

「とは言え、風紀的には……」

「大丈夫です! 大丈夫ですから、ご心配なく!!」

「そ、そうか……」

 

 風紀的な心配なんてない。というか、そんな心配をする必要がある相手だったら、ここまで心を許さなかっただろう。これまでの日々の中で、私にそういう感情を向けてきたことは一度だってないのだから。女の子として意識はされているみたいだけど。

 

 後になって思えば、風紀的に問題にならないからむしろ困る事になる。

 

 なんとか先生を誤魔化して、ヘロヘロになりながら帰宅した。事情を知っている人が少ないせいで、色々と邪推されている。表立って言わないだけで、裏ではきっと色々と噂されているんだろう。

 

 家に帰ると、楓が泣いていた。一瞬何事かと思ったけど、すぐに察する。きっと、私と同じ気持ちになったのだろう。この家にはまだまだかぐやの残滓が多すぎる。私にはまだへこたれてはいられない理由があったからいいけど、彼はどうなんだろう。私はそういう前を向くための理由になれているのだろうか。

 

 私に出来るのは、ただ隣にいる事だけだった。

 

「これから、どうしようか」

 

 しばしの時が経って、楓は呟くようにそう問いかけた。これからの話。大事な、私たちの未来の話。楓はまだまだ前を向く気分じゃないかもしれないけど、私のやるべきことは決まっている。幸い楓は目覚めてくれたので、これ関連はクリアした。でも、まだいるべき存在が欠けている。私はまだ、かぐやを諦めてはいない。

 

 彼の目は私を案じている。こんな時くらい、自分を第一にしても良いのに。

 

「それでなんだけど」

「うん」

「楓が倒れてる間、ずっと考えてた。かぐやのいなくなったここで、これから暮らしていく意味はあるのかって。もう、何もかも前みたいに戻して、元通りにして、かぐやのことを胸に秘めながら生きていけばいいんじゃないかって」

「……」

「でも、どう頑張ってもそうはなれなかった。私は、私のハッピーエンドを諦めたくない。かぐやと、楓と過ごすハッピーエンドを諦められない。正直、諦めたら楽になるんだろうなって思った。でも……でも、楓が文字通り命を賭けて守ろうとしたモノを簡単に手放したら、私は楓に顔向けできないし、そんな状態で隣にいようなんて思えなかった。楓はきっと、寄りかかったら守ってくれる。支えてくれる。だけど、それに甘えるのは違う」

 

 これからも隣で歩んで欲しい。でも、それはどちらかがどちらかに寄りかかりながらずっと助けてもらう関係ではいけないんだ。

 

「俺は……別にいいよ、彩葉さんに寄りかかられるなら。支えられるかは分からないけど、少しくらいなら助けになれると思うし」

「ほら、そう言ってくれるよね。かぐやの時もそう。いつだって優しく受け入れてくれる。もしかしたらそれに甘えるときもちょっとはあるかもしれない。でも、これから全部甘え続けるのは、ダメ。それは私の望むハッピーエンドじゃないし、かぐやの望むハッピーエンドでもない。言ってくれたでしょ、一緒に戦おうって」

 

 あの時、星空みたいな夜の街を前に、私は手を取った。その温かみをずっと覚えている。君を守りたいって言われたときの高揚を忘れられるはずがない。

 

「一緒に、ハッピーエンドを目指そう。まだ、この物語は終わってないんだよ。かぐや姫の物語は終わりかもしれないけど、それを超えるのが21世紀流でしょ。だから――行こう!」

 

 何度も何度もあなたに救われた。今度は、私が返すんだ。貰ったものを全部返しきれるなんて思っていないけど、これからの人生はまだまだ続いていく。手始めにまずはこの物語をハッピーエンドに導く形で、お返しだ。

 

 楓は逡巡している。すぐに答えを出せなんて言うつもりはない。それでも、私の手を取って欲しい。そんな矛盾した考えが頭の中をぐるぐるしている。自分がこんな非論理的な人間だなんて思わなかった。でも、不思議とそんな自分も嫌いじゃない。迷っていた彼の目が、やがて定まった。

 

「何か、目途は?」

「ない! でも、足掻く!」

「そっか。そうだね。かぐやちゃんならそれでも歩き始めた。いつも、前だけ向いてた」

 

 彼はすっと立ち上がる。その目には、煌々と輝く月のような煌きが灯っていた。

 

「行こう。俺たちの未来に。俺に出来るのは電子の世界で色々やる事だけだけど、それでも何か出来る事はあるはずだから」

 

 だけ、なんて謙遜して。あの世界の中でなら、あなたは無敵なんだから。月人には負けたかもしれないけど、それだってあと少しで勝てそうだった。ハイパーテクノロジーの相手、文明レベルで数世紀先にいる存在と戦っていたんだから。

 

「出来る事は、全部やる。私はまず曲を作るよ。月にいるかぐやに届くように。もっと一緒にいたかったって、叫びを込めて」

 

 決意は既に固めた。覚悟は出来ている。レールを外れることになるかもしれない。母の背中を追う人生ではないかもしれない。過去の自分に伝えたら卒倒するかもしれない。それでも、私はこの人生を行くと決めた。それに私は一人じゃない。世界中の誰が否定したって、肯定して欲しい人が頷いてくれるのなら、私は世界だって変えられる気がする。

 

 月はあの日より少しだけ欠けて、それでも輝いている。どんな暗闇の中であろうと、これから先どんな未来が待っていようと、月はいつもそこにいる。そこでかぐやが見てくれている。それなら走り続けられる。

 

「結婚しよう」

「……は!?」

 

 唐突に欲しかった言葉の最上級みたいなものが聞こえて来た。誕生日にケーキを一かけら求めていたら、でっかいホールケーキを渡されたみたいな、そんな感覚。私を大事な存在と思ってくれているからこそ、そんな言葉が出て来たのは分かった。でも油断はできない。この男、恋愛感情抜きに言いかねない。私もこれまでの付き合いで学んだんだ。

 

 はい、よろこんで! と近所迷惑待ったなしの大声で答えそうなのを抑える。

 

「もちろん、今すぐじゃなくて」

「いや、どういう流れでそういう事言おうと思ったの……?」

「今回ぶっ倒れて、俺たちの関係性って凄く不安定だと思ったから。彩葉さんは帝さんいるけど、俺には家族がいないし。この家をかぐやちゃんが戻ってくるまで守り続けるなら、そっちの方が良いかなって、思って……。ほら、税金とか、色々。それに、俺がお父さんで彩葉さんがお母さんでもいいって、前に言ってたから」

「た、確かに言ったけど。でもこのタイミングで言う? 普通」

「ごめん。でも今言わないと、なんかずっと言えない気がして」 

 

 もうちょっとタイミングとか、シチュエーションとか、考えて欲しかった感じはある。私だって、人並みの憧れはあるのだから。でも、私たちの出会いも唐突に始まったし、こんなプロポーズでも良いのかもしれない。将来にわたるまで、絶対語り草になる事は確定した。

 

 というより、大事なのはそこじゃない。この人、私のことちゃんと恋や愛のベクトルで好きなんだろうか。

 

「まぁいいけど……理由はそれだけなの?」

「え? あぁ、もちろん彩葉さんが好きってのもあるよ」

 

 ()? 言うに事欠いて、今「()」と言ったの? かぐやがその辺に放置していったぬいぐるみをひっつかんでぶん投げた。乙女の純情を弄んでいるバツなので、甘んじて受け入れて欲しい。

 

「……じゃあ! 最初に! それを言えー!」

「は、はい。すみませんでした!」

「大体ねぇ! はぁ、もう! 感情が行方不明なんですけど」

 

 喜びと怒りにも似た何かと照れ隠しとでぐちゃぐちゃになっている。愛してますって言われていたら、もう今すぐ婚姻レッツゴーだっただろうから、理性が生き残ってくれたという意味で彼の言葉で正解だったのかもしれない。

 

 というか、私たちはまだ17歳だから結婚できないし。チッ、役に立たない法律。なんで愛し合っている二人の未来を邪魔するのか。

 

「……いいけど。ただし、全部終わったらね。それまではこれまで通り。共同戦線で、走り抜ける。それでもいいなら、よろしくお願いします」

「もちろん、彩葉さんが望むように」

 

 私は一度溺れるとずぶずぶになってしまう気がする。だから、こういう風に言って縛ることにした。これは自分を縛るための言葉だ。それでも抑えきれなくて「よろしくお願いします」なんて言ってしまったけど。

 

 一体いつ入籍するつもりなんだろう。18になり次第かな。私の誕生日は5月、彼のは11月だ。じゃあ11月まで待たされるのか……。まぁ仕方ない。目覚めるのを待っているよりはずっと楽しく待てるはずだし。これからの日々に希望が見える。カレンダーの日付までもが輝いて見えた。これからどうなるかは不明だけど取り敢えず、言えることが一つだけある。

 

 

 

 

 ――逃がさないよ、My darling




<かぐや防衛戦争時の10段階好感度表>

・彩葉→楓
25(ようこそお婿さん♡)

・楓→彩葉
15(結婚してください)


彩葉視点のテーマソング『花の塔』
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