超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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Extra・IF√:楓がもっと早く越してきたら・7 【彩葉視点】

「見事に風邪だね」

「面目ないなぁ……」

 

 五月の終わり、そろそろ暑くなってくる時期だ。私の誕生日に彼がくれた婚約指輪はしっかりと大事にしまってある。たまに付けてニマニマするのが最近の日課だった。

 

 そんな日々を過ごしているけれど、季節の変わり目っていうのは体調を崩しやすい。健康的な生活を送っていても、運が悪いということもある。楓は参ったなぁという顔をしながら布団に包まっていた。38度くらいなので、凄い高熱ではないけど、学校とかに行かせるわけにはいかない。

 

「今日は安静にしてようね。病院は?」

「この後行く」

「分かった。じゃあ、準備しちゃおうか」

「今日、平日だよ。彩葉さん……学校行かないと……ゲホっ!」

「もう、無理して話さない。あと今日はお休みするから。病人を放置して学校には行けません」

 

 学校は大事だ。しっかり通って、卒業する。それが私がここで一人暮らしが出来ている条件でもある。……最近一人暮らしかと言われると怪しいけど。ほぼ同棲状態だし。

 

 でも、彼の体調の方が大事だ。病気の時に一人でいるのは辛いと、前に言っていた。私よりも一人の時間が長い彼は、それをよく知っている。その辛さを私は知らないけど、そんな思いをして欲しいとは思わない。今日行かなくても出席日数は十分に足りているし、成績だっていつも総合一位だ。これくらいは許されるはず。

 

 一番大事なのは家族だ。それより大事なものなんて、ない。

 

「ごめんね」 

「ほら、喉やられてるんだから喋らない」

 

 弱っている姿は珍しかった。いつも私を包み込んでくれている分、今回くらいは私が看病してあげたい。安心して過ごせるようにしてあげたい。熱があるせいで火照っていて色っぽくなってる顔を直視しないようにしながら、私は彼と一緒に病院に向かった。

 

 結論から言うとただの風邪なので、薬を飲んで寝ていてね、ということだった。大したことないのはホッとする。

 

「何か食べられる?」

「お腹が空いてるけど……喉が痛い」

「じゃあ、流動系の方が良いか。お粥、作ってくるね」

 

 自分の部屋に戻って、お粥を作る。どういうのがいいかな、早く元気になって欲しい。弱っている姿を見ていると、心配で苦しい気分になってくる。楓はもしかしたら、お母さんの件でいつもこういう気持ちになっていたのかもしれない。自分の身体には無頓着なのに、他の人には凄く敏感だった。

 

「ちゃんと寝てる?」

 

 完成したお粥を持ってドアを開けたら、パソコンの前でスマコンを付けて、咳をしながらキーボードを叩いている楓の姿があった。

 

「……何してるの?」

「えっと、あとちょっとで終わりそうな仕事が残ってて、それを片付けてしまおうかなって……」

「安静にしてないと、って言われたよね?」

「そんなに大したことじゃないから……」

「言われた、よね?」

「は、はい」

 

 有無を言わせない私の口調に、楓はビクッとなっている。ガチャン、とお盆を机に置いた。

 

「こっちが心配してても、そんなの全然気にしてないんだ!」

「いや、そんなつもりは」

「そんなつもりないなら、仕事なんかしない! 早く治してほしいのに……もう知らない。お粥食べて、勝手にしてればいいよ!」

 

 流石にちょっとイラっとして、私はそうピシャリと言い放って楓の部屋を飛び出した。もうちょっと優しい言い方をすればよかったと、扉を閉めた瞬間に反省してしまう。でも、楓だって悪いんだ。私の心配なんて、全然気にしないで仕事してるんだから。私の気持ちより違うものが優先された気がして、心の中が凄くざわつく。

  

 今回は流石に、ちょっと反省してもらいたい。壁一枚隔てて隣にいるこの時間が凄くもどかしいけど、心を鬼にして私は夜ご飯を作り始めた。野菜スープとかなら飲めるだろうか。プリンとかゼリーもあると良いかもしれない。作り終わったら買いに行く事にした。

 

 そのまま野菜スープを完成させて、コンビニに仕入れに行く。ついでに買い物もしないとと思ってスーパーに行っていたら思ったより遅くなってしまった。一人で買い物していると、すごくつまらない。普段は二人で並んで歩いているから、ただの食料品コーナーでも楽しかった。夫婦になれた気がして、心地よかった。今は一人だけ。

 

 ちょっとは反省してくれたかな。してくれたはず。してくれたに違いない。ということは、私はもう怒る理由もないよね。自分の中で勝手に論理を立てて、それに自分で納得した。自分が寂しいだけだろっていうセルフツッコみは聞かないことにして。

 

 家に帰って楓の部屋を開けたら、彼は静かに布団の上で寝ていた。顔色は穏やかだし、薬が効いたのかもしれない。お粥が入っていた皿は空っぽだった。ちゃんと食べてくれたみたいだ。少しだけ窓を開けて換気をする。お盆の上には小さい紙が置いてあった。

 

「お粥、美味しかったです。彩葉さんの気持ち、考えられなくてごめんなさい。見捨てられてなければ、また作ってくれると嬉しいです」

 

 見捨てたりなんてしないよ。早く元気になって欲しかったのと、もっと自分を大事にして欲しかったのと、私の気持ちを知って欲しかっただけ。それは私たちがまだまだ関係を続けていくために必要な事だと思っていた。私が彼を見捨てる事なんてありえない。

 

 買ってきた食材はとりあえず楓の冷蔵庫に放り込んだ。私はそのまま横たわっている彼の隣に腰を下ろす。掛布団から飛び出している彼の手をゆっくりと取って、優しく撫でた。開けた窓から、6月にしては少し涼しい風が吹いてくる。私はそれに吹かれるまま、ゆっくりと目を閉じた。

 

「彩葉さん」 

「ん、んん……」

 

 目を開けると、空は夕暮れだった。いつのまにか彼の手を触ったまま、寝落ちしていた。

 

「いて、くれたんだ」

「当たり前でしょ」

「見捨てられたと思った。どこかに出かけた時、凄く心細かった」

「ただ買い物に行ってただけだから。私が楓を見捨てたりしませーん」

 

 心細かった、という時の楓の顔は本当にこの世の終わりを見たみたいな表情だった。ゾク、と何か心の中によくない衝動が走る。でもそうか、そんなにも私のことを思ってくれていたんだ。楓はあんまりそういうのを表に出してくれないところがある。好きとか愛してるは言ってくれるんだけど、その重量みたいなものは見えづらかった。

 

「一生一緒にいてくれるんでしょ? この前の誕生日の時、そう言ってくれたもんね」

 

 必ず幸せにするから、俺が18になったら結婚しよう。そう言って彼は私に指輪を渡した。卒倒しそうなくらいの幸せが押し寄せて、思わず眩暈がしたのをよく覚えている。一も二もなく「喜んで!」と返事をした。

 

 少し震えている身体を抱きしめて、私は上体を起こしている彼にしなだれかかる。

 

「大丈夫大丈夫。ただちょっと、自分を大事にして欲しかっただけ。私もごめんね、強く言っちゃって。夜ご飯も作ったんだから、一緒に食べよう?」

「ありがとう」

「お互い様でしょ、こういう時は。それに、いつもたくさん貰ってるんだから。少しくらいはお返ししないと。でも、今度からは気を付けてね」

 

 強く抱きしめ返される。その力が、愛おしかった。私は身を委ねて、されるがままにしておく。私に触れてくれているのが嬉しいっていうのもあるけど、それ以上に心細かったのを埋めようとしている気持ちが理解できたから。

 

「彩葉さん」

「うん」

「しばらく、このままでもいい?」

「気の済むまでどうぞ」

 

 空は紫色になりつつある。何時間でもこうしていてくれて構わない。これまで長い間、彼はずっと一人で頑張っていた。ヤチヨはいたけれど、彼女は電子の世界から出てこれない。人の温かみも、声も、存在しないままの世界で生きてきた。それを知っているからこそ、一人じゃないと思ってくれるのなら私はこのままで構わないのだ。

 

「彩葉さん」

「はいはい」

「この一年、ありがとう。一人じゃないって、久しぶりに思えた」

「なら、よかった」

「彩葉さんが出かけた時、一人ってこんなに寂しいんだって思い出した。すっかり忘れれてたよ。これまで数年ずっとそうだったはずなのに。もう、昔には戻れそうにない。孤独だってことにも気付けなかった昔には」

「それは私も同じかな」

 

 向かい合ったまま、私たちの手が絡み合う。キスは出来ない。だから、これはその代わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて戦場みたいなバイト先を退勤し、疲れた足を動かして帰り道を歩いた。今日は金曜日。ここから三連休がやって来る。連休中はバイトが無いのでその分心と体が休められるのだ。

 

「――大切なメロディは流れてるよ」

 

 耳に突っ込んだイヤホンからは推しの声が流れてくる。これがあると私の疲れた身体が回復していく気がした。この後家に帰って甘やかしてもらって、メンタルも回復。心も体も爽快に連休明けを迎えられるという寸法だ。我ながら完璧な永久機関だと思う。

 

 歩きながら、ビルの上に浮かぶ月を見上げる。今日も月が綺麗だ。もうすぐ私たちが付き合い始めて一年になる。あの日は細長い三日月だった。今日は綺麗な満月になっている。一周年なので、どこか遊びに行こうと言われていた。帰ったらその相談もしたい。色々考えてはいるんだけど、どこに行っても楽しそうなイメージしか湧かなくて何も決められないままだった。

 

 一年間が経過しても、私の恋情も愛情もまったく衰えていない。曰く、一人でもできるのが恋、二人いないとダメなのが愛だそうだ。じゃあ現状私はどっちも抱いていることになる。むしろ増していくばかりの募る想い。ずっと順風満帆だったわけじゃないし、喧嘩してしまうこともあったけど、それでも思いがたくさん詰まった一年だった。

 

 見上げていると、月の前を何かが横切る。キラキラと輝いていて、アレは……

 

「流れ星!」

「流れ星だ」

 

 周りの人の言う通り、確かに流れ星みたい。なんだか随分よく見える。弾かれるように手を合わせた。「星に願いを」なんてディズニープリンセスみたいなことをするキャラじゃないのは分かっているけど、私も楓のプリンセスではあるだろうから、願う権利くらいあるはずだ。

 

「し、幸せな家庭! あと、金!」

 

 俗物すぎるかもしれない。ディズニー出禁かな、これは。でも欲しいものと言えばこれだ。もうちょっとお金があるとなお嬉しい。このままじゃ楓の稼ぎに依存していることになってしまうし。

 

 とはいえ、星に願っても願いが叶うわけじゃない。誰かが言っていたけど、星に願って叶うのは、それくらい努力していて最後に願ったのがそれだったから、だそうだ。その思想には結構共感しているので、私も自分で努力して幸せな家庭を築かないといけない。

 

 流れ星があったよ~とメッセージを送る。羨ましいというスタンプが返って来た。ふふん、と鼻歌を歌いながら私は家に帰る。流れ星も見れて、明日から三連休で、今後デートに行けるっていう予定もあって、私は退勤の疲れも忘れてルンルン気分だった。

 

 だからだろう、その星が私の家の方に流れているのには気付かなかった。

 

「……は?」

 

 帰り着いた我が家。そのすぐ横の電柱が七色に光っている。

 

「ゲーミング……電柱……?」

 

 神様、私は何か悪い事をしたのでしょうか。いや確かに七つの大罪で言えば色欲を犯しているのかもしれないけど、それだってこんな訳の分からない事態に遭遇しないといけないようなことじゃないはず。

 

 スマコンは付けてない。楓が電柱を光らせるマジカル技術を開発して実験しているんじゃなければ、これは幻覚以外ありえないはず。マジカル技術、出来そうなのが怖い。

 

 立ち去ろうとすると、電柱がスモークを吐き出した。これ、どうすればいいんだろう。どういう原理かはもうどうでもいい。どうすればいいのかだけが今の私の心を占めていた。管理人を呼んだとて意味はないだろうし。東京電力に電話すればいいのかな、それとも国土交通省? 立川市? 電柱ってどこの管轄だ?

 

 竹みたいな取っ手が付いている。扉が中から押されるように徐々に開いて――

 

「いや、開くな!」

 

 咄嗟に押し込んだ。未知との遭遇は求めていない。だけど悲しいかな、女子高生の力では押し込めないくらいには力が強い。なすすべなくばいーんと開かれた扉の中には、ベビーベッド。ふりふりのクッションとピンクのガラガラ、くるくると回るメリーゴーランドのおもちゃ。その中心には……

 

「ふぇ……ふぇ……」

「んんんん?」

 

 どういう状況なんだろう。この子は何? 誰? 竹取物語みたいな展開は求めていない。子供のいない夫婦のところなら喜ばれるかもしれないけど、私は自分のお腹を痛めて子供を産みたいのであって、こんな訳の分からない展開で子供が欲しいわけじゃない。てか、血も繋がってないし。

 

 あ、もしかして幸せな家庭を祈ったから子供が放り込まれた……? そんなバカな。子供がコウノトリでやって来るとかそんな話はもうとっくの昔に信じていない。子供は自分で作ります。流石に毎日はもうやってないけど、今だってやろうと思えばすぐに出来るんだから。

 

 この赤ちゃんは人形でもないし、CGでもない。生きて呼吸をして、瞳はがっちり私を見ている。開けたよね、見たよね、よしんば開けてないにしても触ったよね? 気になるよね~~? とその目は訴えかけている。た、助けて楓。私を助けて。こんな訳の分からない状況から救い出して~。

 

 でも放置は出来ない。鴉とかも怖いし、悪意を持った人もいるかもしれない。取り敢えず抱き上げることにした。軽い。柔らかいし温かいし軽い。私も楓も、昔はこうだったのかな。なんで最初に持った赤ちゃんが自分の子供じゃないのだろうか。こんな弱弱しく守らないといけない気分になって来る存在だった時期が、私にもあるのだろう。こんな私を見て、母はどう思ったのか。お父さんは――

 

 いかん、過去に思いを馳せている状況ではない。大事なのは今、ここにいるこの子をどうするかだ。気付いたらゲーミング電柱は光を失い、元通りになっている。

 

「すみません、お忘れ物ですよ!」

 

 電柱を叩いても何も変化なし。はぁ、もうこうなったら仕方ないのか。私が星に願ったせいなのかは分からないけど、ここに来てしまった以上取り敢えず保護しないとこの子の命が危ない。人命には変えられないものがある。楓にどう説明しようかと悩みながら、私はこの子をしっかりと抱きかかえて階段を昇った。

 

 将来の予行演習をしているような気分になりながら。

 

 

 

 

 

「来たぁぁ! よしっ、ニュアンス完璧! 全言語翻訳完了~五感に続いて言語分野もカバーできれば最強だよね。科学ばんざーい」

 

 ここ数か月ちまちま進めていたという多言語翻訳AIが完成したのだろう。ニュアンスによって意味が変わる単語などをどう伝えるのかの読み取りに苦労していたみたいだけど、納得いく出来に仕上がったみたい。お疲れなのか、ちょっとテンションが高かった。

 

「あ、彩葉さんお帰りー。いやぁ、遂に完成しました。これをセットで売り出せば大収入間違い、な、し……」

 

 私が抱きかかえている赤ちゃんを見て、楓は持っていたタブレットを机の上に落とした。目が明らかに動揺していたし、口がパクパクしている。私と赤ちゃんを三回くらい交互に見て、その後なんか覚悟の決まった顔になっている。

 

「……彩葉さん」

「は、はい」

「お母さんと、連絡取れる?」

「へ?」

「ぶん殴られるかもしれないけど、責任を取りにご挨拶を――」

「いや、いやいやいや。私の子じゃないよ!? どうやって産むのさ」

「じゃ、じゃあ諌山さんの……? アイツ、何をして」

「真実の子でもなーい! 今日も学校で真実に会ったでしょ、どうやって出産するの」

 

 危ない。危うく真実の彼氏君が酷い目に遭うところだった。仮に子供が出来てもちゃんと認知してくれるし、親に挨拶に行ってくれるということが思わぬ形で確認できたのは収穫かもしれない。これは紛れもないこの子の功績だ。この功績に免じて今夜は保護してあげよう。

 

 凄い混乱している楓だけど、確かにいきなり彼女が見覚えのない赤ちゃんを抱っこして帰ってきたら可能性として考えられることは少ないか。とは言え、私一人じゃ出産なんてできないんですけどね。あなたがいないとその前段階に至らない。

 

「じゃ、じゃあその子は何?」

「話すと長くなるんだけど……」

 

 そのまま楓に説明した。と言っても、ありのままを伝えるしかない。家に帰ろうとしたら電柱が七色に光っていて、その中からこの子が出て来た。放置するわけにもいかず抱き上げたら、電柱の光も赤ちゃんを入れていたであろう空間も消えてしまった。仕方ないので連れて来た。以上を簡潔に伝える。荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、それ以外に説明のしようがない。

 

 話し終わった時の楓は目を白黒させている。

 

「電柱って、すぐそこの?」

「うん」

「えぇ……」

「もう光ってない、何の変哲もない電柱になっちゃったけど」

「うーーん、なるほどね。まぁ、理解はしたよ」

「信じて、くれる?」

「そりゃまぁ、にわかには信じがたいけど、信じるよ。彩葉さんが無意味な嘘を吐いたりしないだろうし、そんな事をする理由もないし、嘘を吐くにしてももうちょっとリアリティーのある嘘を吐くだろうしね。何より、彩葉さんの言葉だし」

 

 よかった、信じてくれて。私ですら状況が上手く呑み込めていない部分がある中でも彼は理解しようとしてくれている。彼に突き放されてしまっては、私は途方に暮れてしまう。

 

 赤ちゃんは私の腕の中で大人しくほげほげと手をにぎにぎしていた。凄く可愛いんだけど、如何せんゲーミング電柱の存在がノイズになっている。

 

「この子のいきさつは理解したんだけど、どうする?」

「どうするって言われても……」

「どこかしかるべき機関に預けるっていうのも手だとは思う。ただ、この子が彩葉さんの言う通りの存在なら、どう考えても現生人類ではないよね。通常の成長をするとも限らないし、生態が通常の赤ちゃんと同じかも分からない。預けるとすればNASAとかになるのかな。俺とヤチヨで行けば話ぐらいは聞いてくれるかもしれないけど……」

「その後、どうなっちゃうのかな」

「あんまり考えたくはないね」

 

 この無邪気に私を信頼して身を預けている子を、私はそんな場所に送り出して良いのか。良いわけない。それで何もかも忘れて幸せな人生を送れるほど、私は能天気ではない。仮にそうしてしまった時、将来の自分の子供を抱き上げた時、どうしてもこの子と被ってしまう気がするのだ。

 

「楓」

「うん、いいよ」

「まだ何も言ってないんだけどな……」

「え、だって面倒見たいって話でしょ? 違った?」

「違わないけどさ」

 

 ノータイムで返事をしてくれるとは思わなかった。

 

「どうするのか考えるためにも、この三連休はとりあえず様子を見たいと思う。こんな形ではあるけど、私が拾い上げた子なんだから、最後まで責任を持つべきだから」

 

 その後どうするのかは、まだ考えられていない。

 

「こんなことに巻き込んじゃって……」

「気にしないで。ちょっと変な形ではあるけど、考えようによっては俺たちのところに来てくれた子供だから。彩葉さんは自分が拾ったって責任を感じているかもしれないけど、彩葉さんの子供はイコールで俺の子供でもあるからね。この子にとって、頼れるのは俺たちだけだし」

 

 やっぱり私の旦那様は頼りになる人だった。動揺が消えているわけではないけど、より動揺している私を安心させるための言葉を言ってくれている。私たちが選ばれたのか、それともただの偶然なのかは分からない。でも、これが運命なら受け入れるしかないのだろう。この子は消えたりしない。なら、どうにかするしかない。

 

 幸いなことに私は一人じゃない。一緒に考えてくれる人がいる。一緒に育ててくれる人がいる。よかったね、赤ちゃん。ちゃんと両親揃ってるよ。

 

「彩葉さんにまだ元気が残ってるなら、俺がドンキでベビー用品買ってくる間面倒を見ててくれる? 夜泣きとかするかもしれないから、そこは交代して対処しよう。考える時間も必要だろうから、長期的にどうするのかはその間に考えてくれると嬉しい」

「ありがとう、楓」

「どういたしまして」

 

 何回か靴を履き間違えそうになりながら、彼は買い出しに出掛けた。ヤチヨに電話をかけて何を買えばいいのか相談しているみたい。チャットGPT扱いされていることに文句を言っているヤチヨの声が聞こえた。

 

 彼が戻ってくるまで私はこの子と二人きり。名前とかも考えないといけない。戸籍のない子ってどういう風にすればいいのかな。成長速度が普通の人間と同じなら、私が生んだってことにして戸籍登録すればいいのだろうけど。お金は……学校は……色々考えることが多い。

 

「たい♡」

 

 私の制服をはむはむしているモチモチほっぺをつんつんした。あ、笑ってくれた。笑顔を見ると、次の笑顔も見たくなる。これはきっと、愛情なのだろう。楓に抱いたのとはまた少し種類の違う愛情だ。私も大概、絆されやすいみたい。

 

「大人しく待ってようね~お父さんが帰って来るからね~」

 

 酒寄彩葉、高校二年生、十七歳、彼氏持ち。予想外の形ではあるけど、母になった。自分で産んでいないという奇妙な要素も付属しながら。




今日はあともう一話投稿があります。
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