「宇宙人っているんですかね」
『えー、急にどうしたの?』
隣の部屋の様子を時々伺いながら作業している。おかげで、今日は中断が多くてあまり進まない。それでも進捗的にはまだ多少の余裕があった。昨日までの俺、グッジョブ。
「いや、なんとなく」
『まぁ、もしかしたらいるかもね。このひろーい宇宙の中には』
「そんなもんですかねぇ」
別に大した返事を期待していたわけじゃない。隣の部屋に今現在、絶賛宇宙人らしき存在が宿泊中と言ったらそれこそ病院行きを推奨されてしまうと思う。
「まぁ俺にしてみれば、宇宙人よりこいつの方が喫緊の課題なわけで……」
『進捗どうですか~?』
「ダメです。っていうのは冗談で、まぁ普通に終わりますよ。明日には片付きそうですね。この後何も問題が起きな、ければ……」
『どうしたの?』
「ちょっと、気になるのを見つけました」
BGMの代わりに流れている配信。いつもランダムに人気のある配信が流れるように設定しているけれど、その仮想ウインドウには黒鬼ことBlack onyXの配信が流れていた。行われているのはゲームだ。ツクヨミ発祥の大人気ゲーム『KASSEN』の中にあるステージの一つ『SENGOKU』。
流石プロゲーマーかつ大人気配信者だと思う。黎明期から見ているけど、三人いるメンバーの息がしっかり合っていて、キャラも立っている。それでいてちゃんと日に日に上達していく様子などがウケたんだろう。演出も上手いし。運営側にいる以上、それなりに関わることもあるんだけど、今気になったのはそこじゃない。相手の方だ。
『堅ぇー!』
リーダーの帝アキラが叫んでいる。プレイしている方からすれば相手が上手いように見えるかもしれないけど、今一瞬だけ通常の挙動では再現できない動きがあった。こっちの設定ミスに伴うバグかもしれないので確認はしたけど、特にエラーは見つからない。
という事は……たまにいるチート使いの可能性が上がる。こっちも対策しているけど、チート使いはどんどん新しい方法を試してくる。いたちごっこという言葉が似合う作業だ。麻薬の取り締まりってこういう感じなのかな。
対戦モードではなく個人で遊ぶ分にはいいと思う。AI相手に無双したいっていう需要は理解していた。逆にチート全許可大会みたいなのもあって、こっちはこっちで結構面白い。でも、今行われているのは結構ちゃんとしたトーナメント。賞金も出るやつだ。
「チートっぽいの見つけました。ここのシーンです」
『どれどれ~、あーこれは黒っぽいなぁ』
「今ちょっと調査してます……。あ、見つけた」
相手のアカウントから書き加えられたであろうチート用のコードを見つける。直接的に作用するものじゃなくて、こっちが用意している既存のシステムと作用しあって結果的にチートになるものだ。最近はこの手のが増えている気がする。ちゃんと見ていないと見つけにくいからだろう。ご丁寧にたくさん偽装をしていて、運営側も後になって気付くかなっていう具合になっていた。何がそこまで彼らを掻き立てるのか、良く分からない。
「垢バンしますか?」
『してもいいんだけど~負けそうだよ?』
「あ、ホントだ」
チート使ってるのに負けそうになってる。一番ダサいやつだ。黒鬼が強すぎるだけなのかもしれないけど、それにしたってゲームの腕とプログラム系の腕が一致してない。チート山盛りでも腕が無ければ普通に負けるんだから、そこら辺を鍛えないと。
まだ黒鬼が勃興期だった頃にいた、上手い上に実はチート大量使用者だったと発覚した配信者は凄かったんだなぁと思う。あの人、こっちがバンしようとしたら凄い勢いで抵抗してきて、突破するのにちょっと時間がかかった思い出。
『勝者、Black onyX!!』
司会のオタ公さんが大声で叫んでいる。黒鬼大勝利ということで、観戦会場からは黄色い声が飛んでいた。女性ファンが多いグループだけど、これでいて男性ファンも一定数ちゃんといる。大体は乃依のガチ恋勢だけど。「乃依きゅ~ん」という感じでヤバいメールを送ってるファンたち、こっちで全部見れるからな。止めようね、キモコメ。
「声明、出しますか?」
『いい具合にお願いね。ルールを守れない悪い子にはオシオキだ〜』
「分かりました」
ヤチヨはアイドル枠なので、こういう事務的な事は誰か別の人がやった方が良いと思ってる。なので、俺が担うことが多かった。公式大会でのジャッジとかもしている。操作画面を動かして、会場に割り込む設定にする。そうすることで、大会会場の上空にワープできるようになっていた。
俺のアバターは神官服。ヤチヨ曰く、狩衣っていう名前の服らしい。それに日本刀をぶっ刺しているけど、俺自身はゲームしないのでほぼ飾りだった。
『おぉっと、ここでツクヨミのガーディアンことアメツキカエデのご来臨!』
「公式より、お知らせします」
ただアナウンスしに来ただけなのに、そんな大げさに言われるとちょっと困ってしまう。オタ公さん、いい人なんだけど、押しが凄い強い。色んな大会とかで司会をしたり実況をしたり、配信者を特集した番組とかを持っていたり、とにかくツクヨミ内では相当影響力のある人だ。この人自体は配信者って感じではないので、ちょっと特殊な存在かもしれない。ヤチヨと同じくある意味ここの顔だった。
「今回の決勝戦において、レッド・ドラゴンズに不正ツール使用が発覚致しました。つきましては今回の二位は三位グループの繰り上げとなります」
『なんとぉ! ということは、Black onyXは素の実力でチートに勝ったという事でしょうか!?』
「そういう事になります。流石ですね」
会場から大歓声が沸き上がる。オタ公さん、流石長い事やってるだけあって良いところに気付いてくれる。チートが使用されてました、だけだと見ていた人もちょっと嫌な印象が残ってしまう。でも、このアシストがあることでチートに素で勝利した黒鬼っていうインパクトが上回る。ツクヨミを作っている側としては、ここにいる皆には楽しい思いをして欲しい。そういう想いは強かった。
「レッド・ドラゴンズの皆さんはちょっとお話があります」
『ふざけんな! チートなんて使ってねぇよ!』
「こちら、ご覧になりますか?」
画面上に表示したのは、明確な証拠。見せた瞬間、うげっという顔になった。分かりやすい。ルールを守って楽しく過ごしてもらうのが俺の役目だ。逆に言えば、ルール違反には厳しく対処しないといけない。
ヤチヨ曰く、割れ窓理論っていうらしい。割られた一枚のガラス窓を放置すると、他の窓も割られて行って、最終的に治安が悪くなるっていう法則だそうだ。ネットの世界は元々そんなに治安がよくないので、余計にしっかり明確な線引きはしないといけないんだ。自由は大事だけど、無法と自由は違う。それがヤチヨの方針だった。
「と、言う事で、ちょっとご移動願いします」
指をひゅっと動かすとレッド・ドラゴンズの足元に穴が開いて、下に落ちていく。あの下でヤチヨからのお説教コースだ。垢バンになるのかはそこでの対応次第だろう。少なくとも、しばらく活動は出来ないと思う。
「Black onyXの皆さん、改めましておめでとうございます。ご観覧の皆様も、ルールを守って楽しくツクヨミをご利用ください。以上、お邪魔致しました」
観客からの大きな拍手が巻き起こる。こうして歓迎してくれるのは嬉しかった。運営側は面倒くさい存在と思われることもあるので、ちゃんとユーザーから支持されているということはきっと上手く行ってるってことだろう。きっと。
元々の場所に戻ってふぅと一息ついた。
「戻りました」
『いい感じにまとめてくれて感謝感激雨アラモード~! 良い仲間を持てて、ヤチヨは果報者です』
「そんな大袈裟な。おだてても何も出ませんよ。と言うか、俺以外にもいるんでしょ? こういうのする人」
『ん?』
「ん?」
『え?』
「ええ?」
パチパチと目を瞬かせているヤチヨと奇妙な見つめ合いが起きる。
「もしかして、俺だけ?」
『そうだよ?』
「はぁぁぁぁ!?」
何をそんなに驚いているのかと言う顔で、ヤチヨは小首をかしげた。俺からしたら「わけがわからないよ」案件だ。
「え、え、マジで他に保守担当とか雇ってないんですか」
『うん』
「うん、って……」
『逆になんで気付かなかったの?』
「いや、セキュリティーの観点から他の人には会わせないようにしてるのかと思ってました」
でも思い返せば、真実に気付ける片鱗はあったかもしれない。俺が鈍すぎるというか、察しが悪いだけだろうね。あんまり自分にとって大事なことじゃないから、スルーして深く追及しなかったってのも大きいかもしれない。
「マジかぁ……。てか、それだと俺いる意味あるんですか?」
『あるよ』
その言葉はいつになく真剣だった。ヤチヨの目が真っ直ぐこちらを見つめてくる。俺にどういう意味があるんだろう。俺の出来ることは、きっと俺がいなくたってヤチヨ一人で出来るはず。だったら、俺にどういう存在価値があるのか。自分自身が一番分からなかった。
作業する手が動かない。その深い色の瞳に、俺の顔が映っていた。どういう顔で彼女を見ればいいのか、俺にはわからない。信頼を向けてくれて、そんな必要価値を俺に見出してくれたことは嬉しい。でも、そうしてもらえる理由は良く分からなかった。俺がエスパーだったら、もっと彼女の考えが分かったのかもしれない。
発展しすぎたAIに感情が宿るのだとしたら、それは一体人間と何が違うのだろうか。そんなことを不意に考える。
「それは……ありがとうございます。ちょっと、様子見ないといけないことがあるんで、一回抜けます」
『うん、またあとで~』
ヤチヨはにこりと笑ってから手を振る。俺はそれに小さく頭を下げてから、ツクヨミを抜けた。現実世界の俺の部屋。そのうっすい壁が顔面に広がる。心臓から変な音がしていた。思えば、あなたが必要だと言われたのはいつ以来だろう。もう思い出せなかった。
「今は隣だ、隣……」
そう言い聞かせながら頭を振る。大事なのは隣の部屋にいる赤ちゃんのこと。俺のことを考えるのは後回しだ。時計を見たら、もう夕方になっている。お昼頃に一回様子を見た時は、ぼーっと動画を見ていたけど、今はどうだろう。寝て、遊んでの繰り返しだと思うけど。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
ちょっと買い物に行ってから隣の部屋をノックすると、すぐにドアが開いた。
「どう?」
「今は寝てるよ、そこで」
酒寄さんの布団の上で、赤ちゃんはスース―と寝息を立てていた。こうして見ていると随分可愛い顔をしている。街中でも赤ちゃんは見るけど、こんなまじまじと見つめることは無かった。笑っている時は天使みたいな顔になる。可愛さ無罪ってこういう事かもしれない。
「こっちの気も知らないで、よく寝てる」
言い方と違って、酒寄さんの声は随分と優しかった。表情も柔らかい。机の上には問題集が広げられている。端の方には東京大学と書かれた赤本があった。そう言うのを見ると、俺とは違うなぁと実感させられる。大きな目標があって、頑張ってる。俺も何か、見つけないといけないのかな。
「動画、効果あった?」
「大あり! 途中までアンパンマン見てた。飽きた後はドラえもん見て、なんか適当に色々見てたよ」
「ホントだ」
ヨダレで若干濡れている端末を拭いて、閲覧履歴を見る。幼児向けアニメって、子供が飽きないような構成になっているらしい。だからこそ受けるんだそうだ。寝る前にはNHKの番組を見てた。しかも結構長い間見てる。凄いなEテレ。受信料払っててよかった。
「冷蔵庫開けるよ」
「どうぞー」
酒寄さんの家の冷蔵庫には大したものが入ってなかった。強いて言えば、ラップに包まれたタコライスがあるけど、逆に言えばそれしかない。失礼ながら、いったい何を食べて生きてるんだろう。部屋の壁にエナジードリンクは四食分と書いた貼り紙がある。エナドリって確かに結構高いけど、でも250円くらいじゃないっけ。仮に240円としたら、一食は60円。60円って何が食えるんだろう。逆に気になる。コンビニに売ってるチロルチョコって一個何円だっけ。
「凄いな、これは……」
ガリガリになって栄養失調で倒れてもおかしくなさそうだけど、それでも服の袖から見える脚や腕はそこまで言うほど不健康には見えない。どういう原理なのか、女子の身体はファンタジーだ。
「ミルクの残数まだある?」
「まだ何回分かある」
「じゃあ、大丈夫か。冷蔵庫に適当にぶち込んでおいたから、好きな時に食べてよ」
コンビニで仕入れたオムライスとハンバーグと、その他もろもろ。コンビニ飯は結構美味しい。自分で作るより美味いと思っていた。
「ねぇ、なんか私貰い過ぎじゃない?」
「何が?」
「いや、高野がずっとご飯買ってきてくれてるけど、よく考えたら私何も払ってない。結局ベビー用品の代金も誤魔化されたままだし」
「いいよ、気にしなくても。赤ちゃんの面倒を見てるのは酒寄さんだし。俺に出来るのはそのバックアップくらいだから。俺が食べて欲しいと思って持ってきてるだけってことで、納得してくれると嬉しい」
心配してるとか、そういう言い方だと受け取ってくれなかったり拒否されてしまいそうだと思った。だから、ちょっと押しつけがましいけど、俺がそうしたかったという風に言えば受け取ってくれるかなって判断したけど、正解だったみたいだ。
何も頑張ってないし、将来に向けての努力とかしてない俺とは違う酒寄さんへの、羨望も込めたエールなのかもしれない。というか、ちゃんと呼び捨てにしてくれてる。仲良く……なったのかは分からないけど、ちょっと嬉しい。
「ほら、子育ては体力勝負って言うしさ。あと、タオル置いておくから、お湯で濡らして身体拭いたりお風呂入れたりするときに使って」
実際の娘ならともかく、そうじゃないなら女の子の世話は女子がした方が良い気がする。俺はなんとなくそう思っていたし、酒寄さんもそう思ったらしい。
「じゃあ戻るけど、何かあったら遠慮なく呼んで。部屋の壁叩いてもいいから」
「……うん」
今日で三連休は終わり。赤ちゃんは乳児って感じじゃなくなりつつあるけど、まだまだ小さい。計算したけど、このペースで直線的に成長を続けても大人サイズになるのには結構時間はかかるみたいだ。一人で家にいてね、で大丈夫になるのは夏休みの間かな。でもまだ学校に登校する日は残っているし、明日は俺が休んで面倒をみておくのが正解だろう。
酒寄さんは断るかもしれないけど、彼女は学校に行きたいはずだ。だったら行きたい意思のある酒寄さんが行った方が良い。俺は出席日数的にはまだまだ休んでも余裕だ。
さて、明日の朝どうやって酒寄さんを説得するかな。そんな事を思いながら、また作業に戻った。
いつでも呼んでとは言ったけど、多分何もないだろう。深夜二時、今日の作業は早めに終わらせた。普段はまだ起きていることが多いけど、明日は赤ちゃんの面倒を見ないといけない。寝不足で寝ている間に事故がありました、だと後悔してもしきれない。
さて寝ようかなと思ったその瞬間。
「うわぁっ!」
「うおぉっ!」
隣りの部屋から叫び声が聞こえる。最初のは酒寄さんの声だった。でも二つ目のは聞いたことない声。その正体に関して、結構想像は出来た。すぐに壁がドンドンと叩かれる。緊急事態の符号。大急ぎで部屋を飛び出す。
酒寄さんの部屋は暗い。でも、カーテンが開いているからか、そこから月光が差していた。部屋の中には壁によりかかりながら腰を抜かしそうになっている酒寄さん。そしてその反対には、少女がいる。十歳くらいに見える。月の光を反射する瞳が煌々と輝いていた。長い髪、白い肌、凄いお人形みたいな美少女だった。ツクヨミのアバターを現実世界に持ってきたらこんな感じになるのかもしれない。
あの赤ちゃんがこうなったんだろう。理屈としては分かる。受け入れがたいけど、でもまぁ、そういう事もあるんだと思う。それでも俺の予測に反してあまりに早い成長速度に対して、こう言わざるを得なかった。
「バカな、俺のデータと違うぞ」