超かぐや姫! ~ツクヨミの守り人~   作:tanuu

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Extra・IF√:楓がもっと早く越してきたら・12 【彩葉視点】

 閉じていた目を開けると、宇宙を模したモーショングラフィックスが広がった。どこにも実在しない銀河を流れ星のように突き抜けると、波しぶきが立ちあがり、大きな赤い鳥居が出現する。足元には終わりなく続く浅い湖と、その水面を滑る数多の灯篭。空には鳥居の色が染みだしたような真っ赤な夕焼けが広がる。

 

「――太陽が沈んで、夜がやってきます」

 

 厳かにヤチヨが顕現するのだ。何度観てもこの演出は飽きない。ヤチヨのデザインは何度拝見しても素晴らしいの一言に尽きる。お顔ももちろん綺麗だが、海洋生物をモチーフとした和の装いとウミウシ型のマスコットFUSHIを従えるその姿はまさに永遠の女神である。

 

 公式の大きなイベントでは時折楓と並んでいるけれど、女神と神官という出で立ちになっていて、それはそれはもうよく映えるのだ。ウチの娘も負けてはいないけど、やはり神秘性とか荘厳さみたいなもので言えばヤチヨから滲みだしてくるものには勝てない。まぁそれぞれにそれぞれの良さがあるので、かぐやはかぐやなりに可愛さを突き詰めてくれればいいのだけれど。

 

 かぐやは今頃チュートリアルを受けている事だろう。初めて訪れるユーザーの手を、ヤチヨは気さくに握ってくれる。

 

「――出かける前に、その恰好じゃあつまらない!」

 

 そう言って涼やかな声で鼓膜を揺らし、キャラメイクウインドウへと導いてくれるのだ。私は青を基調としたストリート風。着物にパーカーとベルトとブーツを合わせて、かっこよく仕上げてある。狐モチーフの尻尾と耳もついている。初めてメイキングをしたときはテンションが上がったものだ。

 

 楓は日によって違うけど、大体紫色か青色、或いは白の神主服を着ている。そして凄く長い日本刀を腰に下げていた。アレを使っているところはほとんど見たことがないけれど、トレードマークになっている。あの恰好はヤチヨのそれと同じく無数にあるアバターデザインの中には存在していない、運営用の完全オリジナル衣装だそうだ。

 

 さて、私たちの愛すべき娘はどんな格好で来るのか。楽しみに待っていると、空間がきらりと光った。

 

「うわぁっ!」

 

 金髪のギャルいかぐや姫が降臨なされる。朱色と若草色のコーデで、金キラの月の髪飾りや背中の巨大な水引がおめでたい感じを醸し出している。足元のスポーティーかつポップなスニーカーは無限大の元気と行動力を示しているみたいだ。うさぎモチーフにしたみたいで、なだらかなストレートのロングヘアに沿って、ウサギの長い耳が垂れている。

 

「ヴェェェ」

 

 そのまま勢い余ってずっこけそうだったところを抱き留めた。ツクヨミ初ログインあるある、第一歩でコケそうになる、だ。

 

「大丈夫?」

「えっと、あ、もしかしてママ?」

「そうだよ」

 

 外見が違うと戸惑う事も多いだろう。リアルの知り合いでも気付かない事もあるそうだ。

 

「ママの服可愛い~」

「ありがとう。かぐやも可愛いよ」

「でしょ~、バッチリ決まった! パパは?」

「楓は先に入ってるから、そろそろ来てくれると思うんだけど……」

 

 犬DOGEを抱えて遠くに見える街の光に感嘆の声を出しているかぐやを微笑ましく思いながら見つつ、楓の姿を探す。運営はどこにでもスポーンできるはずなんだけど。すると、遠くから銀河鉄道をモチーフにしたであろう列車がやって来る。ツクヨミの空をたまに飛んでいるヤツだ。汽笛の音と蒸気の音、そして車輪の回る規則的なリズムが聞こえてくる。

 

『銀河ステーション、銀河ステーション』

 

 どこからともなく聞こえたアナウンス。なんだこれ、こんな演出知らない。そして戸惑っている私と目をキラキラさせているかぐやの前を汽車が猛スピードで通り過ぎた。黒い車体には光る模様が螺鈿みたいに煌いている。そして、その通り過ぎた場所にはツクヨミのユーザーならヤチヨと並んで一度は見たことのある姿。私の夫(予定)の楓が立っている。

 

「ログイン出来たみたいだね、かぐや」

「パパだぁ~。何、今の! かぐやも乗れる?」

「あれは運営の移動用だからなぁ。今度ヤチヨに頼んでみるよ。娘が職場見学に来てるんだけど、ちょっと良いところ見せてあげたいってね」

 

 流石、ヤチヨのライブの演出担当。普通にビックリしてしまった。ヘビーユーザーの私でもまだまだ知らないものがここにはたくさん隠れている。それは楓とヤチヨの遊び心であり、想像力の高さを示していた。あの銀河鉄道一つとってもどういう仕組みで動いているのか、私にはさっぱり分からない。楓は大成功、と言わんばかりに私に向かってウインクしている。

 

「さて、こちらがツクヨミになります。今日はちょっと特別に……」 

 

 そう言うと、楓は指をパチンと鳴らす。街に繋がる大きな赤い橋の両側に一気に桜並木が咲き誇る。同時に花火まで打ちあがった。

 

「さぁどうぞ、お姫様方?」

「わーい!」

「お姫様って、私も?」

「当たり前だよ」

 

 お姫様、なんて言われてちょっと顔が赤くなる。こんな演出、どう考えても特別扱いをしてくれている。こんな事をして大丈夫なのかとか聞きたくなることはあったけど、そんなのどうでも良くなってしまった。差し出された彼の手を取る。何度も来ている場所で、何度も歩いている道だけど、今は黄金の道みたいに感じられた。

 

 かぐやは早足で常夜の街並みへ飛び込む。

 

「うぉぉぉ、すげー! 面白そうなもんが死ぬほどある!」  

 

 あんぐりと口をあけ放ち、棒立ちで辺りを見渡すかぐや。これもツクヨミ初ログインあるあるだ。景色に目を奪われて中々街に入れない。ツクヨミ観光チャンネルっていうのもあるくらいだし、この街の全貌を知っているのは運営の二人位じゃないかっていうくらいの広さを誇っていた。

 

 七色の夜景、空を浮かぶ船、何層にもなった街は上下にも人が歩いている。名物の太鼓橋、大きな楼閣、ファンタジック平安京のようだ。香港や台湾の楼閣街の要素も混じっているし、ゲームに出てくる誰もが一度は想像した東洋の街並みという感じ。何時間いても、何日いても飽きない場所だ。

 

「どう? 俺たちのツクヨミは?」

「パパ、ここを作ってるの?」

「そうだよ。ヤチヨと一緒に作り上げて、守ってる」

「凄いっ!!」

 

 尊敬のまなざしをしているかぐやに、楓は凄く楽しそうだ。あんなドヤ顔をしている楓は初めて見たかもしれない。その上機嫌のままパチンともう一回指を鳴らす。すると楼閣の電飾が一層輝いた。もう一回鳴らすと大量の楼閣がグインと空に伸びる。そして大通りが横に広がった。こんな大規模な操作を指先一つで出来るのだから、その権限の大きさたるや察するに余りある。

 

「こんなにやって大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ヤチヨも結構好き勝手にやってる時あるからさ。俺の権限って結構大きめに付与されてるし。普段はやらないけど、今日だけは特別だから。娘の前でちょっとくらい恰好つけさせてもらうよ」

「もう、みんなの守護神なのに」

「ちゃんとそこら辺はわきまえてる。私情を挟んで大丈夫なところだけで挟んでるから。俺はツクヨミの統括管理補佐であると同時に、彩葉さんの恋人でかぐやの父親だから」

「そう? じゃあ、ヤチヨに怒られない程度にね。カッコいいところはもう沢山知ってるんだから」

「了解」

 

 かぐやはFUSHIからふじゅ~の説明を受けている。このシステムも楓が守っていた。今のところリリース以来システムエラーを出したことが無い。この仮想通貨を使えばこの空間内では色んなことができる。ゲームに課金したり、アバターの変更とかもできる。あとは外の世界で普通の通貨の代わりにもなっている。これを認可をしてもらうために苦労したそうだ。楓もヤチヨと法律の本を睨めっこしたとか。普段はふじゅ~用のAIが運営を代行しているらしい。

 

 私はそんなにお金がないけど、それでもここで十分に遊べている。それは運営の提供するワールドやゲームなどの体験施設、色んなアイテムが基本無料で楽しめるから。基本無料の癖に後で課金を求めてくる、みたいな悪質ソシャゲ的な事はやっていない。どこからその維持費が出てきているのかの詳しいメカニズムは守秘義務だそうだ。スポンサー企業が沢山いるらしい。

 

 有名なソシャゲもこのワールドに展開していたりする。戦闘だったりをリアルにしたり、ストーリーモードをアニメ調にしたり出来るからだ。AIを搭載して推しと自分なりのお話を、みたいなのも可能になっている。古いコンテンツ、例えばアイドルマスターとかウマ娘みたいなのもツクヨミ版をリリースしている。この辺は凄い交渉したと言っていた。ツクヨミのユーザーなら、登録されているゲームは内外を問わず自由に配信が出来るようになっている。これも交渉の結果だそうで。

 

 楓とヤチヨの二人三脚でここの施設などは毎日更新され、日進月歩の歩みを続けているのだ。全人類最高峰の天才と世界一のAIがタッグを組んでいればそりゃ出来ない事なんてないだろう。

 

「あれ、守護神じゃない?」

「あ、ホントだ、珍しい……!」

「カエデ様? どこどこ?」

 

 こんな目立つことをしていれば、歩いているだけで気付く人もいるというもので。そもそも楓のアバターはツクヨミで一個しかないオリジナルのもの。いわば、ヤチヨがその辺を普通に歩いているのと同じことだ。

 

「隣にいる狐の子、彼女かな?」

「いや、あっちの金髪の子でしょ」

 

 そう言えば、楓に彼女がいるって言うのはヤチヨにバラされてたんだっけ。私が恋人の方です。金髪のかぐや姫は私たちの娘です。あと、やっぱり人気がある。カエデ様とか言っている子がいた。あげないぞと威嚇しておかないといけないかもしれない。

 

 私は一生を誓ってくれたし親にも挨拶してくれたけどそちらは?

 

 ともあれ、ここにずっといると目立つ。私はかぐやの手を引き、楓と共に人の少ない方へと走り出した。少し行ったところに落ち着いた場所があるので、そこで休憩する。色々とかぐやには体験して欲しいので、取り敢えず料理を出してみた。

 

「あむっ……むぐむぐ……味しーなーいー!」

 

 かぐやに食べさせているこのパフェも無料だったりする。

 

「そういうのはまだ無理みたいよ」

「ごめんね、今ちょっと上と交渉中で……。五感システム自体はもう去年の段階で完成させたんだけど」

 

 天才科学者がいつか実装してくれるだろうと思っていたけど、そういえばここにいるんだった。

 

「あ、これオフレコね。まだ外には出してないから。お役所からの認可が中々出なくて……」

「去年やってたのってこれだったんだ」

「そうそう。スマコンは視覚と聴覚を使っているんだけど、脳の神経回路とかにどうやって触覚と味覚を送るのかが課題でねー。大分苦労したけど、なんとか完成はした。架空の物品の味だから、あくまでも疑似的な信号を送ることになるんだけど、まぁ触覚とか味覚も結局は信号が脳に届いて感じているものだから。そこを上手く再現すれば完成って感じ。とは言え、満腹感を与えてしまうことでの健康被害とか、鋭い感度によるショック死の可能性とか、その辺の安全性で上と話し合い中なのです」

「でも、どうしてそんなに急いでるの?」

「ヤチヨにも五感を、ってのがそもそもの始まりだったんだけど……彩葉さんとツクヨミデートするなら、そういうのあった方が良いなって。触った時に、手のぬくもりを感じたくて」

 

 ズキューンという効果音が私の脳内から聞こえた。毎日大変そうだなぁと思ってたけど、その何割かは私のためでもあったなんて。少し恥ずかしそうな顔がことさら愛おしく見えてくる。そのままキスしそうになったけど、娘の前だった。流石にこれは情操教育に良くない。私の心の中に沸き上がるものを封じ込めた。

 

「そろそろ時間じゃない? ライブ、楽しんできてね」

「あ、そうだそうだ。これ、かぐやの分も同行者登録できる?」

「いいよ、ちょっと貸してね」

 

 楓はウインドウを操作して、あっという間に同行者登録を済ませてしまった。

 

「ありがとう」

「ん、ママ、どっか行くの?」

「そう。これからとっても大事なライブがあるの。そこにかぐやも行けるようにして貰ったから、一緒に行くよ」

「分かった~。でもパパは?」

「俺はお仕事があるから」

「え~やだやだやだ、一緒行く~!」

 

 かぐやがジタバタしている。ワガママ言わないの、と注意しようとした時、楓はかぐやに視線を合わせた。

 

「ごめんね。でもあのミラーボールの月の中から見てるから。これからやるライブの裏側で準備とかをするのも仕事なんだよ。応援してくれると嬉しいな」

「むー、分かった。頑張ってね」

「ありがとう、かぐやのおかげでお仕事頑張れるよ」

 

 優しくかぐやの頭を撫でて、楓は微笑んでいる。そして、腰に下げた剣を抜くと空間を切り裂いて手を振りながら戻っていった。あの剣、そんな使い方出来るんだ。様になってい過ぎる。かっこよすぎて鼻血出るところだった。

 

 

 

 

 

 

 素晴らしい、それこそ女神の祭典と呼ぶべきライブが終わって、ヤチヨカップなるイベントの詳細が発表された。あのイベントの準備でここ最近楓が忙しそうだったのか。まぁでも大体ああいうのは誰が勝つのか決まっている。そう思っていたら、かぐやが堂々とホームラン宣言ならぬ優勝宣言をしてしまった。

 

 この子のしたい事は応援してあげたい。ただ、流石に無謀な気もするし、どうすればいいのか悩んでしまった。かぐやは先にリアルへ戻ってしまう。多分、楓に色々聞くつもりだ。これからどうするか、握手会が終わったら相談しないといけない。

 

 そんなことを思っている私のところに、小さいバージョンのヤチヨがやって来る。ちびヤチヨは超々レアだ。普段は身長160センチくらいなのに、今は130センチくらいしかない。他の人のところに来ているのはみんな普通のサイズ。特別演出だ。思わずミラーボールの月を見上げる。あそこにいる楓の差し金かな? だとしたら大感謝だ。何でもしていいよ。

 

『今日は楽しめた?』

「!? は、はいッ……!」

 

 推しを前にしては中々上手く喋れない。聞き慣れた優しい声。なんで楓はうちの娘とはまた別種の尊さを前にして平然としていられるのか。

 

『カエデの彼女さん、でしょ?』

「え、え、に、認知してくれてるんですか……?」

『もちろん』

「ひえっ、う、ウチの娘共々よろしくお願いします!」

『さっきの元気な子だよね? ヤチヨカップはどんな子でもウェルカム! 一緒に盛り上げようね』

 

 お、推しに認知されていた。死ぬ。今日が命日かもしれない。い、いかんいかん。まだ死ねない。自分の結婚式もしていないのに棺桶に入っている場合じゃないんだ。娘と夫を遺して死んでたまるか。生きねば。

 

「いつもヤチヨにはたくさん支えられてます……っ! 楓と並んで私の心を守ってくれて、暗くて長いトンネルでも常に照らしてくれる光っていうか、楓は手を引いてくれる存在で、娘は背中を押してくれる存在で、ヤチヨはそんな私たちを見守ってくれる太陽みたいな存在なんです……!」

「ヤチヨもおんなじだよ」

 

 たおやかな声でそう言って、ヤチヨは私の手をその小さな手で包み込んだ。一瞬頭の中が沸騰しそうになる。そういえば、これは握手するイベントだった。

 

「ヤチヨ、も……?」

 

 恐る恐る聞き返すと、ヤチヨは柔らかく微笑んで頷いた。その優しい微笑みが、どういうわけか一瞬楓とかぐやと被った。

 

「――むかしむかし、一人ぼっちのウミウシは、暗くて寒くて長いトンネルをずーっと歩いていました。ずーっと昔に、照らしてくれた二つの光だけを目指して。長い長い時間をそうしていて、もう疲れたと思ったけど、それでも貰った温かさを諦められなくて歩き続けて、その時見上げたらそこにはたくさんのあったかい光が見えたの。ウミウシが一生懸命追いかけると、光たちは集まって、とても大きなお月様になって、ウミウシを照らしてくれました。やがてウミウシは人の姿になって、素敵な魔法使いと共に月を見守るためにツクヨミを作りましたとさ」

 

 一言一句の意味を頑張って咀嚼する。ウミウシは多分ヤチヨ自身のことなのだろう。光はツクヨミのユーザーのことだろうけど、最初の二つの光って何だろう。魔法使いは間違いなく楓のことだ。凄腕のハッカーのことをウィザードって言う事もあるらしいし。

 

「じゃ~ん☆ ツクヨミ誕生秘話でした♪ みんなにはナイショだよ?」

 

 そんな設定は知らないから、多分今の私の話に合わせて即興で作ってくれたんだ。涙が込み上げてきた。

 

「いつも来てくれてありがとうね」

 

 その言葉に色々限界になって、私はペコペコと頭を下げてログアウトすることにした。今日はいい日だ。かぐやが私に料理を作ってくれて、母とも話せて、ヤチヨが認知してくれていた。なんて充実した一日なのだろう。

 

「またね…………ママ」

 

 後ろからヤチヨの声が聞こえた気がした。




 上手く呼吸が出来ない。自分はいつも通りに話せているのだろうか。これまで長い時間がかかった。両親がいつどのタイミングで出会うのかを知らない私には、わずかな情報から察して背中を押すしか出来ない。私には、まだ若いお父さんのこぼす言葉と、お母さんが匿名で送って来る相談しか情報源が無いのだから。――そのせいで、両親に避妊を促すなんて事態ににもなってしまったけど。

 今日がやってきた。この日はよく覚えている。(ヤチヨ)(かぐや)の人生を本格的に走り始めた日。あのヤチヨの前で叫んだ日。忘れるはずもない。八千年の月日をかけて、やっとここまでたどり着いた。

 私の愛した母に、父に、私はちゃんと希望をあげられているだろうか。私がかつてそうしてもらったように。貰った分の愛を、返せているのだろうか。まだ自分が自分になる前、塞いでいた耳で虹のようなメロディーを聞いた。そこでは薄緑髪のツインテールをした歌姫が、溶けるほどの愛を謳っていた。あの時に気付いたのだ。自分が、歌姫(ヤチヨ)なのだと。

 それからこの日にたどり着くまで走り切った。でも、この日が近付くほど苦しくなる。呼びたいな、二人を本当の呼び方で。でもそれをしたら運命は変わってしまうかもしれない。二人を、困らせてしまうかもしれない。八千歳の娘なんて、受け入れてくれないだろう。

 でも、抑えきれないままについ口にしてしまった。

「またね…………ママ」

 幾千の時を巡って、私たちは出会えた。初めて、言葉を交わせた。その感動から、言葉が零れてしまう。宙の彼方、海の果てまで私の声を届けさせたかった。あなたに、届くと信じていたから。
 
 ねぇ、ママ。あなたが願ってくれたように、私は多くの人に優しさと笑顔を与えられるような子になれたかな。あなたと私が愛したパパと同じように。消えていくそのアバターを見送り終わって、その粒子が消えてしまってから、私は小さく呟いた。

「褒めて、欲しかったな」

 叶わない夢。会いたいっていう夢は叶ったはずなのに、叶わない夢がまた新しく増えてしまった。憧れた姿、私を照らし続けて、愛をくれ続けた姿を目指して走って来た。でも、何一つ上手に描けないままだ。それでもいいと信じて、私はまた明日を迎える。決まっている結末は変えられない。せめて私は私を応援するのだ。

 でも、でも――私の中にいるよくない私が顔を出す。自分に嫉妬するなんておかしい。そんなのは分かり切っている。けれど、どうしても思ってしまうのだ。あの温かい部屋の中で、自分を愛してくれる両親に囲まれているあなた(かぐや)が羨ましいと。漏れそうだった嗚咽を呑み込んだ。私は、皆の歌姫だ。その顔は崩せない。

 月見ヤチヨは、泣かないのだ。――たとえ、それがどれだけ苦しい道行でも。
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