「うぉぉぉ、やっぱり凄いぃ!」
「ちょっと、落ちないようにね」
かぐやはタワマンの景色に感動している。内見の時も見ているはずだけど、自分がこれから毎日見れる景色になるっていうのはまた違った感覚なのかもしれない。ビルの風が歓迎するようにかぐやの頬を撫で、金色の髪が空に舞っている。
「最強になった気分……」
空も街も、全て支配しているような気分になる。最強な気分なのは私たち二人が同じだった。地上に生きていた組からすると、ここはまるで天上世界みたい。逆に元々この景色が日常だった楓ははしゃいでいる私たちを微笑ましそうに見ている。
しかし、やっぱりちょっと落ち着かない。今までとの落差が大きいからだろう。そのうち慣れてくるとは思うけど。住居と同じように生活も大きく変化している。いきなりの優勝によるファン数の激増、注目度アップ、毎日届く案件やコラボ依頼。それらを捌きながら、私たちの活動は行われていた。
「旦那さん、冷蔵庫はどうしますか」
「あー、そこの奥に」
「分かりました」
キッチンでは楓と引っ越し屋さんが話している。旦那さんだって、とすると、やっぱり私は奥さんに見えているのかな。自分たちがそう思っていればそうなるのかもしれないけど、周りの人からもそういう風に見えているのだとすれば、それは大変素晴らしいことだ。
「さて、どういう配置で置くかな……」
楓は自分の部屋の物の位置に悩んでいる。パソコンなどの機械をどう配置するのかが悩ましいのだろう。この家の電気代は怖いことになりそうだ。まぁそれはヤチヨが経費で支払ってくれるから大丈夫だけど。楓の個室は一階で、私とかぐやの個室は二階にある。リビングにある階段で繋がっているけど、それでも前よりは距離もあるし音も届きにくい。これは非常に大事な事だ。非常に、切実に。
かぐやの大量の荷物を開封し、私の荷物も部屋に運んで、大体の処理は終わる。ベッドを用意しても良かったんだけど、取り敢えず布団のままにした。その方が慣れているからっていうのあるし、部屋の面積を広く使わないといけない時に片付けやすいからでもある。逆に楓はベッドを用意していた。
引っ越しして初めてのお昼ご飯はかぐやたっての希望で二人してパスタを作ることになった。私の仕事は製麺機というのだろうか、古いタイプのかき氷機のようにハンドルをゴリゴリ回して生地のシートを麵にする係だ。これは結構面白いんだけど、すぐにかぐやにとられてしまう。まぁ、いいかな。
「ご飯だよ~」
機械のセッティングをしていた楓を呼び戻す。すぐにやってきた楓は二つのチーズおろし器を両手に構えているかぐやの写真を撮っている。カンフーよろしくポーズを取っていた。赤ちゃんの頃の写真をもっと沢山撮っておけばよかったと最近になって思う。アルバムは作成しているけど、多分人には見せられない。なにせ、急成長しているし。
「今日はパスタで~す。麺から二人で手作りだよ~」
「匂いだけでもう美味しそうだね」
コンビニ飯にはもう戻れない。私とかぐやのご飯を一年間食べ続けた末に楓から出てきた言葉だった。胃袋はしっかり掴めたらしい。
「う~ま~~♡」
かぐやが叫んでいる。自分で作ったのに大分リアクションがいい。私も口に運ぶ。これは確かに叫びたくなる美味さだ。こんなに美味しいのはそれこそ一流のお店でしか出てこないだろう。
「天才!」
短い言葉で賞賛を伝えながら楓がドンドン食べてる。もうなんか、喋るのも勿体ないくらい美味しいのだろう。新しい家になっても、私たちの関係性が変わったわけではない。家族としての日々は続いていく。それを再確認できただけでも、私の少しフワフワしていた心は落ち着いていた。
引っ越しではしゃいで疲れたのか、かぐやは配信を十時くらいで切り上げてグーグーとよく寝ている。布団からはみ出していたので、もう一度かけなおす。無邪気な寝顔は赤ちゃんの頃からちっとも変わっていない。どれだけ大きくなっても変わらない部分はある。その頬を撫でた。柔らかい肌が愛らしく、愛おしい。こんなポヤポヤした子があの大舞台で優勝したなんて。よく頑張った、以外の言葉がない。
一階に降りて窓の外を見ると、街の光が星のように見えた。この夜の海みたいな景色は、この家の特権なのかもしれない。楓はこういう星に包まれて育ったのだろうか。
「かぐやはもう寝ちゃった?」
「うん。楓は?」
「まだまだ終わらない。なんか急にヤチヨからタスクが舞い込んできて……。それにほら、本格的にストーリーモードのデモプレイもお願いすることになったから、そのチェックとかもしたいからね」
「お疲れ様です」
「まぁ、楽しいけどね」
そう言いながら、楓は私の隣に立って街の灯を見ている。
「懐かしいな。昔は、この街も空も、全部星空だと思ってた。と言っても、二歳か三歳くらいの話だけど」
「その頃の楓も見てみたかったかも」
「何の変哲もない普通の子だったと思うよ? 両親と三人で、きらきら星を歌ってた記憶がある。もしかしたら、それが最初の記憶かもしれない」
私にとっての最初の記憶はなんだろう。思い出そうとしても、上手く思い出せなかった。
「ここに戻ってこれて、よかったよ」
「そう、思ってくれる?」
「うん。逃げるようにしてここを出て来ちゃったけど、それでも後悔したこともあった。一人でいるには寂しすぎたけど、手放すには思い出が多すぎた。でも、やっぱり戻って来る勇気はなかったんだ。出来なかったこととか、やりたかったことばっかり思い出されてしまいそうだったから。いざこうして戻ってきて、確かに思い出すことはあった。それでも……そういう幸せな記憶を俺たちも形作っていけるようにしたいと思えたんだ。だから、戻ってこれてよかった。ここを、悲しいだけの場所にしないで済んだ」
楓は本心からそう言っていた。私やかぐやを気遣っているわけでもない、心からの言葉。彼にとって思い出の場所を肯定的な場所にすることができたのだろうか。そうだとしたら、楓のお母さんに良い報告が出来る。託された想いを継承して、私はここでも幸せを構築していく。
「一年前には、ここに戻って来るなんて思ってなかった」
「私も、こんな立派なところに住めるなんて思ってなかったよ」
「予想外ばっかりだね、人生は」
「ホントに」
「後悔してる?」
「まさか、そんなわけない」
私は楓に寄り沿いながら、手を繋いだ。最初は手を繋ぐのも恥ずかしくて、それだけしか出来なくて、繋いだまま何時間もそうしていたんだっけ。温もりを感じながら、その手を離すのが嫌だった。今もあの時と同じように楓の温度が私の温度と混ざり合っている。
「夏休みが終わったらさ、文化祭とかあるじゃん」
「そうだね」
「かぐやが来たら、大人気確定だね。あの子に告白する男子とかたくさんいそう」
「全部却下。まだ朝日さんの方がマシ」
なんかしれっとウチのお兄ちゃんがマシ扱いされている。可哀想に……でもないか。割と自業自得だと思う。あの感じで挨拶に来られたら、私も敷居を跨がせない自信はある。
「もう、お父さんがそんなんじゃ恋愛も出来ないよ」
「しなくてよろしい」
「自分たちがしておいてそれは通らないなぁ」
凄く過保護なお父さんに苦笑する。私のお父さんは生きていたらどうだったのかな。こんな風になるとはあまり思えないけど。でも、楓とはうまくやれたんじゃないかと思う。
「いつか素敵な恋が出来るのなら、そういう風に愛を紡げる相手がいるのなら、それでもいいと私は思ってるよ。確かにもうちょっと先でもいいとは思うけど。もちろん、本気である事が最低条件だけどね」
「えぇ……」
「親としては不安になりもするけど、でもかぐやが選んだ人なら間違いないと思うし。何より私自身が恋をして、それが凄く幸せな経験だと思えたから。同じようなこの幸せをあの子が抱いてくれるなら、私は応援したい」
「まぁ……それは……彩葉さんがそう思ってくれるのは嬉しい、けども」
「あんまり過保護だと、パパウザイって言われちゃうよ」
「それは……困るなぁ」
「でしょ?」
まだまだきっと先の話だと思う。私は自分が恋愛をするとも、家族を作るとも思っていなかった。楓にも出会わず、かぐやにも出会えなかったら、きっと私は一人で生きて人生を終えただろう。もちろん真実とか芦花はいたかもしれないけど、家族はいないままその生涯を終えたんじゃないか。そう思っている。
でも、そんな私でも今こうして新しい家族を作り、愛を抱き、恋を楽しんでいる。浮かれるような気持ちの中、踊るような心を抱きながら。毎日が楽しくて、美しくて、明日が来ることに希望を持てている。それは多くの出会いの末、築き上げてきた時間の結果だ。こういう関係性を抱いて、一生を誓える相手がいてくれれば、理想的だろう。もちろん、ママとパパと一緒! でも構いはしないけど。恋愛だけが全てではないと分かってはいるし。
「まぁ、多分もっと先の話だろうけどね」
「そうじゃないと困るよ」
「かぐやの恋愛なんて起こってない話だからね。どうなるかはさっぱり分からない。分かることがあるとすれば……」
私は少し強めに彼の腕に自分の腕を絡みつけた。そのまま視線を私の方に向けさせる。少し息が早くなる。彼はまだ仕事が残っているのかもしれないけど、少しくらいお休みしてもヤチヨだって許してくれるはずだ。夜の闇に融けるように、ゆっくりと理性が消えていく。
「あの子、もうすっかり熟睡してるよ?」
「……そっか」
「うん」
そこから先は、言わなくても分かってくれた。繋いだ手から感じる彼の鼓動が早い。私は静かに目を閉じた。すぐに私の唇が奪われる。幾度かのキスを経て、私たちは楓の部屋に行く。大きな機械やディスプレイの置かれた机の隣に、少し大きめなベッドが置いてある。ちょうど、二人で寝ても大丈夫なくらいのサイズの。
私は静かにその上に押し倒された。ドアの閉まる音が、やけに鮮明だった。
イチャイチャしてばかりもいられない。私の大事なやるべき事は変わらず勉強。バイトも続けているし、夏休みが終われば学校も始まる。放課後もあるけど、そこはバイトと勉強に使いたい。いろPとして活動できる時間も限られている。そこはかぐや本人にも、視聴者にも説明していた。
ママがいないとやだ~と言いながらごねていたけど、それでも納得はしてくれて助かった。楓が間に入ってくれて説得してくれたからだろうけど。作られた設定も多少あるとはいえ、視聴者もかぐやを説得してくれたので、渋々だけど頷いてくれている。その顔を見ると今すぐ全部投げ出してしまいたくなるけど、鉄の理性で抑えた。
そうしないと、何でも言う事を聞いてしまいそうなのだ。忙しい母親でごめんなさい。大学にはいれば少しは時間もとれるようになるから。それまでは我慢して欲しい。私も凄く寂しいし、苦しいのだ。
そして今、一緒に活動できる貴重な機会を活かして、楓のお手伝いをしている。パパの手伝い! というころでかぐやは盛り上がっていた。やるのはSENGOKUのストーリーモードのテストプレイ。新しく実装されるモードだった。前から開発されているのは知っていたけど、大体形になったらしい。
天守閣を落とすのではなく、歴史上の合戦を再現し、そこに参戦する形で進むそうだ。協力に某無双ゲーの会社があるので、その要素も強い。ミッションや高度な判断をするNPCも多く配置されている、本格的な戦闘ゲームになっていた。操作方法とか技とかは一部変更はあるが基本は同じ。ファンタジーな要素も多いし、敵も結構アクションを使ってくる。難易度も幾つかあるらしく、今は複数人プレイのノーマルモードだった。もっと数万人を使ってやる本気の大合戦も計画しているらしい。
『慶長5年9月15日。絡み合った因果は、遂にその火花を散らすに至る――払暁の山中に二十万の将兵が詰めかけた。東に座すは徳川内府、西に座すは石田治部。天下分け目の大戦が今、火蓋を切られる』
ちゃんとした解説が流れてくる。読みたい人は読めばいいし、先に進みたい人は進めばいいみたいだ。かぐやはさっさとスキップしている。日本史の教科書と睨めっこしていた楓の苦労をもう少し汲み取ってあげて~と苦笑しつつ、私も戦場にスポーンした。
目を開けると、朝靄に煙る空間。草とか山が結構リアルな質感だ。周囲にはすごい数の兵士のNPCが存在している。分かりやすく色分けがされていて、視認性はバッチリ。地図も自分の視界空間上部に存在している。通信もすぐ出来るし、実際の戦闘に比べれば大分楽だろう。というか、ここはどこなのかな。
「かぐや、聞こえてる?」
「バッチリ~」
あのウサギ耳と朱色の服は目立つ。構えたデカいハンマーは関ヶ原の戦場には滅茶苦茶浮いていた。それを言うのなら、私の狐耳と青い服も同じかもしれないけど。コメントでも『シュールw』と流れていた。
『ヤオヨロ~。今日は二人とも、ありがとね~』
「これからやってもらうのはあくまでもデモ版だから、何か問題があればすぐに教えて欲しい。二人の配信をご覧の皆さんも、デモ版ですので改善点等あればアンケートに送信してくれたりコメントに書いてくれると、反映します。割と手探りですので、どうぞよろしくお願いします」
楓が空の上に浮かんだウインドウから見下ろしている。隣でヤチヨも見ているし、これは気合を入れないといけない。
「じゃ、初めて行くよ~」
「よっしゃー、勝つぞ~。ママも大丈夫だよね!?」
「問題なし!」
地図を開くと、天満山前方に自分とかぐやの位置が表示された。配属陣営は……西軍、宇喜多秀家。五大老の一人、私も知ってる人だった。前方にいるのは東軍、福島正則。こっちも知ってはいる。詳しくはないけど、一般常識くらいの知識はあるつもりだ。
『突撃!』
自軍の大将はAIが担っている。プレイヤーの行動とか結果次第で大きく行動を変えるらしい。ある程度ランクはあれど、総大将級は相当高度なAIが割り当てられているみたいだ。徳川家康の中身が最高ランクの自己判断能力を持っているらしい。
お仕事の依頼という形ではあるけど、これも立派な楓のお手伝いになる。楽しみつつ精一杯やろうと、私たちは走り出した。ブラックオニキスとの時と違って、そこまで背負うものが無いので体が軽い。何より娘と同じ場所で楽しめるというのが、最高の気分だった。
「ま、負けたぁ~~~!」
かぐやの悲鳴みたいな声が響き渡る。私はとっくに敗北して三回のリスポーンも使い果たしている。
『二人ともお疲れ~』
「どうだったかな?」
コメント欄の反応を見つつ私たちの様子を観戦していた楓がウインドウ越しに声をかけてくる。
「パパ、これクリアさせる気あった?」
「一応ノーマルモードのつもりなんだけど……」
「もうちょっとギミック簡単にしないと、流石に上級者向け過ぎるかも。難易度ルナティックとかならこの感じでもいいかもしれない」
ミッションも時間がシビアな上に敵武将NPCが異様に強いのだ。それでもなんとかある程度撃破はしたものの、やけくそみたいなバフが乗った上に凄い戦闘能力を持っている本多忠勝にボロ負けした。
「最後のなんだったの~~!?」
「あれは一応帝さんの戦闘データを学習させてるから。多分、純粋な戦闘力だけなら随一だと思う」
それでもシナリオ上は惜敗扱いになったみたいで、宇喜多軍は戦力を温存したまま大坂に撤退し毛利軍と合流したってところでストーリーは打ち切られている。この後どうするのかは分からないけど、そこは追々実装なのだろう。
『難易度の設定はもう少し弄らないとだねぇ~』
「はい、分かってます。今の設定のルナティックだと誰もクリアできなそうですし、そこら辺はエンドコンテンツ送りにしますか」
『そこを練るか、シナリオを増やすか。考えどころかなぁ』
「いずれにしても、製品版を出す前にはもうちょっと練りこみたいですね……」
楓とヤチヨはお仕事モードに入っている。正直難易度は鬼だったけど、このレベルのクオリティのゲームを実装できるとなればそれこそツクヨミの人気はさらに上がるんじゃないだろうか。戦国時代とかは元々人気だし。翻訳AIの実装も今月中に行われるらしいので、海外ユーザーのさらなる増加も見込めるそうだ。
「ブーブー、かぐやのパパなんだからヤチヨが独り占めしないでよね~」
『……ごめんねぇ、でもそれもこれもカエデが優秀なのがいけないのです~』
かぐやの抗議に応じる時一瞬だけ、本当に一瞬だけ小さな陰りのようなものが見えた気がしたけど、またいつもの表情に戻っている。私たちはその時見せた顔色の意味に気付くこともないまま、今日の配信を終える。新しいゲームのプレイ映像はデモ版とは言え大人気で、元々のかぐやの人気も相まって凄まじい同接数を叩き出していた。
それにしても、結構頭も使って疲れた。かなりの判断力も求められるゲームだったからだろう。お風呂に入ったら、今日はちょっと予習だけして休むことにする。この家に引っ越してから二人でお風呂に入っても狭くない。かぐやと二人で入ってしまうこともしばしばだった。母娘で同じ風呂でもおかしくはないだろう。見た目はともかく、年齢で言えばかぐやはまだゼロ歳なわけだし。
で、その後はどうしようかな。歌の練習はもうしたし、楓は今日はどれくらい作業をするつもりなんだろう。押しかけたら迷惑かな。でも、いいよね、多分。いいはずだ、そうに違いない。自分の行動を正当化する論理を勝手に打ち立てて、私は頷いた。これで今晩も色んな意味で幸せが待っている。
私は絶好調だった。何もかも上手く行く。きっと未来は明るい。そんな風に無邪気に信じていられる。
――家族と一緒なら、きっと。
<裏設定・正史との違い>
SENGOKUのストーリーモードが実装寸前。このモードには高度に判断し、戦術を変え、攻撃を行える、それこそプレイヤーとさほど変わらないNPCのAIが多数存在しています。三英傑や真田幸村、武田信玄とか。これがどこに使えるのかというと……? なので、これも実は結構今後に大事なシーンです。
また、翻訳AIも実装間近。こいつもコイツでちゃんと仕事は存在していたり。月だって、言語体系はあるみたいなのでね。