宇宙人にデータは通用しない。それが俺の思い知った教訓だった。予想外のところから、予測してない事をしてくる。そういう存在だからこそ、宇宙人なのかもしれない。
呆然としている俺とは対照的に、酒寄さんは凄まじい勢いでベビー用品をまとめると、段ボールに詰め込んでドンと少女の前に置いた。
「お引き取りください!」
「……どゆこと~~~?」
「いやそれ言いたいのはこっちだから。てか、なんですぐデカくなってんの? こわっ!」
「んー。まぁ、今時は何もかものスピードが早いんですわ」
良く分かんないインタビューのコメントみたいだった。と言うより、もう話せるようになっている。子供は会話から言語を学ぶってネットに書いてあった。俺と酒寄さんの会話から学んでいたにしては、語彙が多い。どこで会話を……と思って、床に転がっている端末が目に入った。これかぁ。映像って言語習得に有効なのかな。宇宙人だからその辺は普通の人間とは違うんだろうけども。
「得体のしれないものはお断り! 小さいままなら考えたけど、大きくなったなら出て行って!」
「やだぁぁ! 愛と勇気が友達なんでしょ~~! 愛ないよ~~!」
「私はアンパンマンじゃなーい!」
抵抗している少女と引っ張っている酒寄さん。人間綱引きになっていた。ちょっと呆然としていたけど、止めに入らないとケガしてしまいそう。
「酒寄さん、まだ追い出せないよ」
「でも!」
「まだ十歳くらいだし、全然社会常識とか分かんないかもしれないし。そんな状態で追い出したら、NASAに渡すよりもっと酷いことになるかも」
「…………一理あるか」
酒寄さんがスッと力を緩める。あ、と思う間もなく、少女は反動で後ろにゴロゴロと転がっていき、ゴツンと鈍い音を立ててアルミサッシにぶつかった。
「大丈夫!?」
「頭痛い~~~。手も痛い~~~。誰か助けて~~~」
慌てて酒寄さんと少女を助け起こして、頭を確認する。血とかは出てないみたいだった。あの勢いでぶつかったらコブくらいは出来そうだったけど、やっぱりそこは人間じゃないのかな。
痛いとは言っていたけど、ちょっと泣いた後すぐに立ち直っていた。人間は頭ぶつけると凄い痛くって、もうなんかしばらくジンジンとしているけど、この子は平気みたいだ。
ぐぅー。
目の前の少女は凄い大きな音でお腹を鳴らした。ミルクを飲んでいても、このサイズに急成長したら足りないのは明らか。仕方ないとはいえ、凄い音だった。意識もぶつけた痛みから空腹に移っているように見える。
ぐぅー。
今度は違う方から聞こえた。俺はご飯食べたので多分違う。て、いう事は……と視線を向けると、恥ずかしそうな顔の酒寄さんがいた。うら若き二人の腹グーのコールアンドレスポンス。奇妙な二重奏だ。
「たすけて~~?」
瞳を潤ませて、媚びたような声で少女が首をかしげる。相当舐めた態度だなぁと思うけど、自分が子供の時もそんな感じだったかもしれない。ぐぬぅという顔になっている酒寄さんが諦めモードで冷蔵庫に向かった。意外とちょろい。酒寄さんの攻略方法はやっぱりごり押すことなのかもしれない。
もしくは、顔が良い子に弱いのか。確かに綾紬さんも諌山さんも可愛い人だし、あり得る。
少し目線を下げて、少女に視線を合わせた。ここに来てさっき買ってきた差し入れがこんなところで役に立つとは思わなかったなぁ。
「オムライスとハンバーグ、どっちが好き?」
「おむらいす?」
「うーんと、お米とお肉」
「……どっちも!」
「どっちもかぁ」
酒寄さんにどっちもだって、という目線を送る。半ば呆れたような遠い目をしながら、彼女はオムライスとハンバーグを皿の上に出して、そのままレンジにぶち込んだ。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
「おぉぉ!」
レンジで出来上がったオムライスとハンバーグは皿の上で湯気を出している。美味しそうな匂いが部屋の中に充満していた。酒寄さんはタコライスを同じくレンジで解凍している。彼女も食べることにしたらしい。すんごいお腹の音を鳴らしていたし、きっと夜ご飯を食べ損ねたんだと思う。なんだかんだ、知らない子と同居と言うのは気を遣うものだろうし、無理もないかな。
少女は凄い目をキラキラさせながら、机の上のご飯を見ていた。
「食べ方、分かる?」
「?」
分かんないです、と顔に書いてあったので、フォークとスプーンの使い方を教える。こういう感じで持って、と言ったらすぐに呑み込めていた。この調子ならすぐお箸も使いこなせるようになるかもしれない。お箸は中々難しいけど、この感じならきっとすぐだ。
酒寄さんの解凍も終わって、彼女が席に着いた。俺も手持ち無沙汰だったので、部屋にあったアイスを持ってきている。
「いただきます」
「真似してごらん」
「いただきます!」
「はい、よく言えました。ご飯を食べる前は、これを言おうね」
「はーい」
返事をするや否や、少女はもっきゅもっきゅとオムライスハンバーグを口に運ぶ。
「――っ!!」
瞳孔が何倍にも見開かれた。美味しい、と顔に書いてある。コンビニ飯をこんなに美味しそうに食べる人は初めて見た。こんな食べ方をされたなら、コンビニの商品開発の人も本望だろう。アイスの袋を開けるのも忘れて、その食べっぷりに見入ってしまう。
「うまっ! うまっ! うまっっ!」
口にケチャップやハンバーグのデミグラスソースを付けて、チキンライスの米粒を皿にまき散らしながら、貪欲に頬張っていく。
「あんまり散らかさないように食べようね。お行儀悪いから」
「ふぉぎょうき?」
「そう、お行儀」
こっちはこっちで腹ペコだったのか、無言でタコライスを食べていた酒寄さんがふっと小さい笑い声を漏らした。
「なんか、お父さんみたい。もしくは、保育園の先生?」
「そうかな。子供に接するのなんて初めてだから、どうしたら良いのかよく分かんなくって。何か変だった?」
「ううん。良いんじゃない? 向いてるかもよ」
俺が親になっている姿なんて想像できないし、保育園の先生とか学校の先生みたいな、先生って呼ばれる仕事に就く未来はもっと想像できなかった。俺の親は良い人だったと思う。母親は優しかったし、父親はあんまり喋らないけど気遣いの出来る人だった。唯一の欠点があるとすれば、俺ともっと長い間一緒にいてくれなかったことかもしれない。
「よく食べるなぁ」
「ホントに。ねぇあなた、どこから来たの?」
少女は食べる手を止めて、ちょっと迷っている。そして月を指した。
「んっ」
赤ちゃんは幼い頃の記憶を覚えているもんじゃないと思う。なので、余計に人間離れしてみえる。でも、月から来た女の子か。「親方、空から女の子が!」の強化版みたいだ。あれは天空の城だったけど。
「で? 宇宙人? 月面人? は何しに来たの? 侵略?」
「うーん、なんかあんまりよく覚えてないんだけど~~。とにかく、毎日超つまんなくって~~。楽しいところに逃げた~~いって思った気がする」
星の間を超えて飛んでくるのにはちょっと大分アバウトな理由だった。でもそっか、月の世界ってつまんないのか。夢が無い。そういえば、ジブリの映画でも羽衣を着せられたかぐや姫は感情が無くなってたっけ。感情みたいなのが無いんだとしたら、確かにつまんなそうだ。けどそうなるとこの子はどうしてつまんないって思えたんだろう。
「逃げんなー」
「え~~、なんで~~?」
「かーっ、フンッ!」
酒寄さんがなんか酒場のおじさんみたいな声で言っていた。ちょっと怖い。でもそうか、逃げて来たのか。何も感情とかないと思われる月よりは、確かに地球は面白いかもしれない。
「逃げるのは簡単だけど、その後の再スタートって大変だよ? 覚悟あんの?」
「覚悟~? やりたくなかったらやんない! やりたかったらやる!」
酒寄さんの言葉はこの子よりもむしろ俺に刺さった。世間で王道とされている道を外れてるのは自覚している。世間で正しいのは酒寄さんの方だ。優秀になろうと努力して、結果を出して生きている。なんかちょっと行き過ぎな感じもあるけれど。
俺の方は多分、道から外れてるんだろうな。高卒で就職しようとしてるのも、俺たちの学校からすれば変な道だし。学費が払えないわけじゃない。ヤチヨはちゃんとお給料を出してくれている。でも、そうまでして何かしたいことが無いんだ。大学でボーっとするよりも、俺はツクヨミを守っていたい。
「あと、日々がつまんないとか当たり前」
「え! やだー! 彩葉ほんとにそれでいいの!?」
「良いとか悪いとかじゃない……って、なんで私の名前知ってるの?」
酒寄さんの机の上のパソコンが開きっぱなしになっている。あそこで見たのかもしれない。メールとか見れば、名前は分かるだろう。
「楓だってやだよねぇ?」
「どうかなぁ。俺の日々はそんなにつまんなくはないかな。やらないといけないことは毎日全然違う形で、降って来るから。あぁでも……」
「でも?」
「楽しい、のかは分かんないかもしれない」
漠然と存在してる、なんで生きてるんだろうっていう感覚。両親がいなくなってしまった後から、それはずっと続いている。俺よりきっと二人の方が、出来る事は沢山あったはずだ。でも、俺が生き残ってしまった。やるべきことは存在している。やりたい事が無いわけじゃない。やりがいだってある。でも、それは楽しいのかな。ちょっと、考えてしまった。何にも考えてなさそうな子なのに、あるいは何にも考えてないからこそ、俺の心を刺してくるのかも。
「てか、俺の名前はどこで?」
「彩葉のそれに連絡先があったから。なんかLINE? で私の話してたっしょ」
「勝手に見ないでよ!」
酒寄さんの絶叫にも似た声が響く。いや、これは仕方ないと思う。俺だって見られたらキレる。
「はぁ、もう宇宙人に何を言っても無駄かぁ。……ところで、これに心当たりは?」
酒寄さんが示したのはタブレット上に映し出された絵本。随分と古い絵の感じで描かれていたそれは、竹取物語だった。授業中にやった記憶がぼんやり存在している。かぐや姫の物語は知ってるけど、古文の方はうろ覚えだ。
「なにこれ?」
「竹取物語。月からやって来た姫が竹の中から出てきて、翁が拾って育てて、結婚迫られたりとか色々あって……って感じの話」
「ぬぇ? けこん?」
心ここにあらずと言う感じの少女。その視線は酒寄さんのタコライスにくぎ付けだ。なんなら涎まで垂れてる。美少女にあるまじき振る舞いだ。話半分にしか聞いておらず、指はゆっくりとタコライスの皿に伸びていく。
「これ、食べる?」
酒寄さんのご飯が無くなるのは可哀想なので、未開封のアイスを開封して渡した。ガリガリする感じのやつ。安くて美味しい完全食だ。俺の部屋にはまだ残数がたくさん残ってる。
「ちべたっ! うまっ!」
感情のジェットコースターみたいだ。チャンスとばかりに酒寄さんもタコライスを詰め込んでいる。奇妙な食卓だった。
「ゆっくり食べないと、お腹壊すよ」
俺の忠告なんてまったく聞く耳持たず、この子は凄い勢いで完食した。そして……
「うわっ! なんかキーンってきた、頭痛い!」
「そりゃあんな勢いで食べたらそうなるよ……」
「で、結局どうなの?」
美味かったのに~と転げている少女に、酒寄さんは話を戻す。この子の正体が何なのか。月から来たって言うとやっぱりかぐや姫のイメージが強いけど、本当にそうなのかな。そもそも、かぐや姫にしろ竹取物語にしろ、何百年も前の話のはず。確か平安? くらいであってるよね。古文の授業で寝ていたのがこんなところで響いてくるなんて。立花先生ごめんなさい、と心の中で謝った。
「ぬぁ? なんだっけ、彩葉はこのお爺さんってこと?」
「八十年後の未来でも見えちゃってるのかなぁ~~、違うよ?」
「ぬはは~」
どんな人でも爺さん扱いは怒るってもんだ。しかも、酒寄さんはまだぴちぴちの女子高生なわけで。性別も違えば年齢も違う。
「せめておばあさんの方じゃないと」
呟いた俺に、酒寄さんはこれまで向けたことのない殺気の籠った目線を向けてくる。何でもないですと速攻で誤魔化した。やっぱり年齢の話は触れない方が良いんだな、多分。ヤチヨが八千歳って設定だからか、その辺のことを忘れていた。
「で、話はどうなんの?」
「お迎えが来て、翁たちが引き渡すまいと戦うも空しく、姫は羽衣を着せられて、地球のことを忘れて帰る」
「おー」
「……」
「で、続きは?」
「ない。終わり。めでたしめでたし」
「え、月に帰って終わり? なにそれ、なにがめでたいの? 超バッドエンド! かぐや姫絶対不幸じゃん! しかもなんかいい話風になってるのが余計許せないよ!」
かぐや姫の物語にこんな強い感情を向けている人を見るのは初めてかもしれない。そういうもんだとばっかり思ってたけど、よく考えてみたらこれ特大のバッドエンドだなぁ。姫は別に結婚したくなかったのにろくでもねぇ偽物しか持ってこない貴族に言い寄られて、最後は帰還。作者は何を考えてこのストーリーにしたんだろう。
「そんな事言っても、この話はこれで終わりなの。日本人ならみんな大体知ってる。ねぇ?」
「まぁ、そうだね」
「じゃあ日本人はバッドエンド受け入れてんの~? バットエンドやぁーだぁー! ハッピーなのがいーいー!」
思えば、アンパンマンとかドラえもんも大体はハッピーエンドで終わる。というか、バッドエンドのアンパンマンとか絶対嫌だし。そう考えると、これまで見せた作品に多少なりとも影響されている……のかも?
「バッドエンド、や~~だ~~♪ ハッピーなのが、い~~い~~♪」
歌い始めた。そんなにか、とちょっとその思いの強さにびっくりする。
「どうしようもないじゃん。暴れたって、歌ったって、決まってることが変わるわけじゃないし。受け入れて、覚悟するしか、ない」
酒寄さんは少女にそう言い切った。断固とした口調で、他の意見が挟まる余地を許さないような力強さで。それは彼女の人生観みたいなものなのかもしれない。決まってることは変わらない。その通りだ。泣いても喚いても、両親は帰ってこないし。そう考えると、俺たちの未来はまだ決まってないのだけが救いなのかもしれない。
「よし、決めた!」
少女は酒寄さんの言葉に何やら真剣に考えこんでいたけど、デカい声で立ちあがる。
「自分でハッピーエンドにする!」
狭い室内で、まるで大舞台で大見得を切った役者みたいに、彼女は堂々と立っていた。電球の白い光でも、彼女にとっては一世一代のスポットライトなのかもしれない。誰かにどうにかしてもらえないなら、自分で運命を作っていく。それは、ニチアサに出てくるカッコいいヒーローみたいで。その無邪気な真っ直ぐさが眩しかった。俺もそんな風に、真っ直ぐ言葉に出来たら。
「そんでハッピーエンドまで彩葉と楓も連れてく、一緒に!」
ナチュラルに巻き込まれた。でも、もし彼女が連れて行ってくれるのなら、悪い気はしない。本当に俺の手を引いて走り出してしまいそうな、そんな力強い言葉だった。
「ハッピーエンドいらない。フツーのエンドで結構です」
「うそうそうそ! なわけないでしょ? ないよね?」
酒寄さんに拒否されたからか、俺の方を縋るような目つきで見てきた。ハッピーエンドをいらない、とまで言い切るつもりはないけど、そんな目で見られても困ってしまう。
「俺は、ハッピーエンドがあったらいいなとは思うよ」
「ほらぁ!」
「まぁ、何が俺にとってのハッピーエンドなのかは、良く分かんないけど」
いい大学やいい会社に入ることじゃない。お金がたくさん欲しいってわけでもない。恋人や友達が欲しいかと言われると否定しにくいけど、それがハッピーエンドじゃないような。ツクヨミでの日々が続けばいいなと何となく思うけど、それはハッピーエンドなのかな? 俺は、どうなれば幸福なんだろう。
「え〜、分かんないなら探せばいいじゃん!」
悩んでいる姿を見て、そんなの当たり前と言わんばかりの口調で彼女は俺に言った。
「探さなきゃ、見つかんないよ?」
「そう、だね」
上手い返しが出てこない。少女の言うことはもっともだった。なんて返せばいいのか分からない俺の顔を、酒寄さんはちょっとの間見つめる。そして、助け舟を出すように口を開いてくれた。
「そろそろ寝たいんだけど? あんたも寝なさい。さもなくば……」
酒寄さんは静かに玄関を指さす。追い出すぞ。その顔にはそう書いてある。
「寝る寝る! 超寝る!」
少女は言うなり勢いよく布団に飛び込んで寝息を立て始めた。はぁ、と言いながら酒寄さんはため息を吐き出す。確かにもう遅い。明日の予定に差し障ってしまう。
「明日のことは明日考えよう」
「……そうだね。お休み。あと、ご飯ありがとう。結局全部食べられちゃったけど」
「終わりよければすべて良しだからさ。じゃあ、お休み」
そう言って俺たちは分かれる。俺たちはきっと、ハッピーエンドを純粋に求められない。その理由を聞き合うほど、俺たちの距離は近くなかった。でも、敢えてお互いに踏み込まないくらいには、理解できていると言えるのかもしれない。今は、それくらいでいいのだと思う。