「これから、作戦概要を説明します」
ツクヨミのブリーフィングルームにこれまでかぐやと関わったみんなが集まってくれた。お兄ちゃんたちブラックオニキスと、真実と芦花。そしてヤチヨ。そこで私たち二人は全部を説明した。かぐやが私たち二人の処に突然やって来たこと、そしてそれを育てていたということ。だから、かぐやは本当に私たちの子供だったということ。
正直信じてもらえるかどうかは賭けだった。荒唐無稽、と前までの私なら絶対に思っていただろう。けれど、皆はあっさりと信じてくれた。もちろん半信半疑な部分はあると思う。それでも信じようと思ってくれた。それだけで、十分嬉しい。そして協力してくれることを確信した楓は一歩前に出る。
私たちは諦めない。絶対に、最後の瞬間まで足掻いて見せる。娘がハッピーエンドを目指そうとしているのに、親が諦めてしまうなんて、そんなカッコ悪い姿を見せられるかって話だ。これまで楓と私と、色々な手段を使いながら必死に考えて来た。それでも絶対に勝てるとは言えない。それでも勝てる可能性が少しでも高い方法を模索している。
「まず、どう頑張っても俺と彩葉さんでは限界があったので、本作戦は一部を戦略AIに頼っています。本来はKASSENのストーリーモード用に開発していたものですが、状況に応じて臨機応変に対応できるAIです。古今東西の戦史を吸収し、百戦錬磨の名将である徳川家康を再現するべく作ったんですが……こんな形で役に立つなんて。ともあれ、提案された作戦は以下の通りです」
楓が疑似ホワイトボードに映像を投影する。
「まず、敵軍を入り口の防衛である程度削ります。その後、敵をKASSENのフィールドにおびき寄せます。こちらが提示するなり、或いは向こうが勝手にその戦場を選ぶ。AIはそう言っています。彼らは本質的な部分で俺たちを舐めているからと。その上で、敵軍に対し大軍を最初から浴びせます。敵の予測数値は多くて億単位。こちらもNPCなどを動員し、同数を揃えます。ツクヨミが持つかは賭けですが……そこは俺が何とかしますので。そのうえで大量のデバフを付与し、その解除権限を防衛システムの最奥に隠します。向こうがこの解除を目指してこちらにもリソースを割かないといけない間を利用し、皆さんが敵を殲滅。同時に敵本国である月にハッキングを仕掛け、出来れば回路を遮断。敵を孤立させ……磨り潰す。こういう形です」
防衛システムは防衛省に渡したモノの改良版が存在しているそうだ。従来15階層だったものを25階層までパワーアップさせている上に、26層目には累乗的に増える防壁が用意されている。元々は1秒で倍に、という形だったのを戦略AIの意見具申を受けて0.01秒で倍になるという風に改造していた。理論上、人類の技術では46億年を費やしても突破できないらしい。
「みんなと一緒に戦ってくれるNPCは一般兵士の他に、帝さんたちの戦闘データを学習したAIが複数機います。現在、他のプレイヤーを含め多数のデータを追加学習中です。判断システムのラグを減らし、自己判断をしつつ限りなくトッププレイヤーに近い動きをしてくれるかと思います。こういう存在とみんなを中核に、数の暴力で押し潰します」
このほかにも奥の手を幾つも用意しているらしい。それに加えて、かぐやのログアウトには私の生体IDが必要なようにしておいた。具体的には、私の光彩と音声を使わないとログアウトできない。最悪私がツクヨミから抜け出してしまえば、敵は永久的にかぐやをログアウトさせられない。とは言えそれも、ツクヨミの防壁を守り切れれば、の話ではあるけど。
「ヤチヨ。当日は、統括権限含めた全システムの権限を、一時的に委譲して欲しいです」
『分かったよ。カエデを信じます』
「ありがとう、ございます。ここは俺たちの作り上げた世界。そこを土足で踏み荒らす侵入者には鉄槌を下しましょう」
『そうだね。おいたをする悪い子には、オシオキしないと』
「俺たちは全力で足掻きます。だから、ヤチヨにも力を貸してほしい。どうか、お願いします」
ヤチヨは奇妙な顔をしていた。泣きそうな、それでいて嬉しそうな、どこか遠い記憶を探るような顔。その真意は分からない。
『いいよ』
「大分好き勝手にやりますよ。今更ですけど、ホントに良いですね?」
『うん。これまでずっと一緒にやって来たんだから。多少滅茶苦茶でも、OKです』
「分かりました。全開で行きます」
その口元が獰猛に微笑んでいる。こんな顔、初めて見た。これからの戦いに敗北する未来なんてこれっぽっちも見えていない。絶対に勝てると信じて疑っていないんだ。たとえ相手が数世紀先の技術を持っているような相手でも、電子の世界でだけなら、自分の方が強いんだと。覗いた犬歯がカッコいい。普段見せない姿だからこそ、私の心に深く突き刺さるような感覚がある。
やっぱり私の旦那様は、かぐやのパパは、世界一なんだ。まるで、我が事のように誇らしかった。
2030年の9月12日は思ったよりもあっさりとやって来た。
「さぁ、盛り上げて行こうぜ!」
「……勝つだけだ」
「けっこー面白そうじゃん」
ブラックオニキスの三人が姿を現す。芦花と真実も、そしてヤチヨも。最後に大トリとして楓が姿を出した。神主服は黒く染まり、漆黒の闇のよう。日本刀は今日も瀟洒に光っている。その姿は普段の何倍もカスタマイズされた戦闘服だった。
「おせーぞ!」
「色々と手間取りましたので。でも大丈夫。勝利のために、万全を期しています。前線はお任せしました」
「おぅ! 義弟の前で、誰が兄貴か教えてやる!」
「負けないでくださいね、お義兄さん」
「分かってるぜ、義弟!」
楓とお兄ちゃんは向かい合い、ニッと笑ってその拳をぶつけ合わせる。そして楓は上空に昇って行った。櫓の上から指揮をしつつ防衛を行う。楓の負担が一番大きい。脳内転写システムは特段問題なく稼働しているとはいえ、それでも不安が無いわけじゃない。それでも戦う以外の選択肢はなかった。
「お兄ちゃん……こんなことに巻き込んで……」
「今更何言ってんだ」
振り返った帝アキラのスキンに、昔のお兄ちゃんの顔が重なった。やんちゃだけど要領が良くて、誰からも好かれる自慢のお兄ちゃん。私が母とぶつかると、いつの間にか飄々と間に入ってくれたお兄ちゃん。そんな存在だった。
「彩葉にもやっと、譲れないものが見つかったんだな」
劇の主役を譲ったことを詰る母に、お兄ちゃんは言ってくれた。私にもいつか、譲れないものが出来ると。そして、それはその通りだった。私には譲れないものがある。それは贅沢なのかもしれない。今までがおかしかっただけなのかもしれない。それでも、ワガママと言われようとも、独善と詰られようとも、私は決して譲りたくない。
カッコいい夫と、可愛い娘。その三人で暮らす、騒がしくも温かい場所。それを守るために、私は戦う。全部を賭けて、全部をぶつけて。たった一つの、星を掴むために。
「見つけたよ、ちゃんと。どうしても譲れないもの、譲りたくないもの……譲ったらダメなもの」
「そっか」
ツクヨミの空が切り裂かれる。そこには花弁が降り注いでいた。本格的な侵攻が始まった合図だ。巨大な菩薩のような存在が中央にいる。その周りにはこの前にいなかった七福神みたいな月人。そして灯篭型の兵士が無数に展開されている。それに気圧される事もなく、青い目を光らせた楓が一歩前に出た。
「ようこそ、月の皆様。遠路はるばるご苦労様です。あなた方の目的は理解していますが、こちらとしては一切渡すつもりはありません。今ならまだ講和交渉を受け付けています。無論、そちらの全面降伏という形で、ですが。我々にはあなた達を壊滅させる用意がありますが……どうでしょうか」
楓の言葉を理解してはいるみたいだけど、月人は反応しなかった。それどころかいつの間に学習したのかKASSENのルールにのっとった残機表示をしている。まるで未開の部族の祝祭に付き合うかのような雰囲気すら感じる。
けれど、この展開は楓と戦略AIが既に予測していた通り。彼らは油断している。どう足掻こうとも、地球の技術力は月を凌駕することは無いと、高をくくっている。その油断こそが最大の好機。彼らは入り込んでしまったのだ。まんまと、敵の絶対的優位なテリトリーに。
「そうですか。では、交渉決裂ということで。改めて、ようこそ地球へ。あなた達の、青い墓標へ」
それが開戦の合図だった。楓の管理者権限で凄まじいチートが私たちに付与される。同時に敵には特大デバフ。触れるだけで溶けるようになっていった。ツクヨミは楓の領域だ。であればこそ、管理者権限は彼が持っている。当然バフもデバフも好きなように展開することができる。敵は、これを解除しないことにはまともに戦えない。
けれど、解除するためのシステム中枢は楓が握っている。そうである以上、解除には相当な時間を要する。或いは不可能かもしれない。
「全部倒そうと思うな! 敵には俺たちを倒せない。真っ直ぐ天守だけ目指せ。アイツは落ちない」
「信じてるんだね、カエデを!」
「当たり前だろ。ツクヨミにいるやつで、守護神を信じてない奴なんかいねぇよ。アイツが護れると言ったんだ。あの防壁は絶対に抜かれない」
『そうそう。だから、行こ~~☆』
ヤチヨとお兄ちゃんが突っ込んでいく。ステージからはかぐやの歌声が響く。
ねぇ、見えてる、かぐや? これが私たちだよ。かぐやが月から覗いていた地球人だよ。好き勝手に動いて、複雑で、一回きりで、自由。得体のしれない月人を、電柱から赤ん坊を産み出せる奴らを、本当に追い払おうとしているんだ。諦めが悪いことだけが、人類の特権のはずだから。
それにね、かぐや。あなたのお父さんは、世界で一番カッコよくて、世界で一番電子の世界に強い人間で、ツクヨミで一番の
刃を振るう。面白いように敵は溶けていった。数は数千万がいるだろうか、それでもこっちだって数は負けていない。この前のテストプレイで戦った敵NPCや友軍NPCが凄い勢いで敵を蹴散らしていく。一騎当千の武将を再現するために凄まじい調整を加えられたAIたちだ。それこそ、帝たちトッププレイヤーをすら苦戦させられるだろう。
「敵さんは第三階層でまごついている。全力で調整した甲斐があった。こっちは全く問題ない。どんどん敵を引き付けて!」
耳元から楓の指示が飛んでくる。言われるまでもなく、私たちは雲霞の如き数の友軍を先導しながら先頭を突き進んでいた。敵は慄いているようにすら見える。どんどんと数を増やしているけれど、焼け石に水だった。
「ツクヨミ、ライブ会場と基幹システム、戦闘フィールド以外の全システムを落とせ! 残存リソースをこっちに回す。処理速度をあげろ、各種スパコンと並列接続!」
色んな所に技術を渡し、その対価にスパコンと繋いでいる。そのおかげか、ツクヨミはこの空前絶後の大軍勢を動かしてもなお処理落ちすることなく動き続けていた。
『敵回線の解析完了。月本体への攻撃が可能です』
「よし、ウイルス砲発射! 同時に敵の権限掌握にかかるぞ」
『了解』
繋いだイヤホンから楓と戦略指揮AIの声が響く。かぐやの歌声をバックミュージックにするかのように、城から大量の砲弾が敵に降り注いだ。同時に空に浮かんでいた月の映像が乱れる。敵の菩薩が背後を振り向いた。その分かりにくい表情に、困惑と狼狽があるように見える。
『敵の権限、一時掌握』
「行けぇッ!!」
その瞬間、空に投影されていた月の映像が消えた。同時に敵の増援も止まる。それはつまり、作戦が成功したことを意味していた。敵はもう増援を送れない。それどころか撤退も許されない。この地球に孤立した状態だ。もしかしたらすぐに回線を繋げに来るかもしれないが、それも既に予想済み。
向こうは今頃大量のウイルスが跳梁跋扈し、それどころじゃないはずだ。指揮系統を混乱させ、情報を遮断し、士気が乱れたところを包囲し叩く。野戦上手と言われた家康を完全再現したAIだけあって、その戦略提案は淀みなく、そして見事に的中させていた。それを作り出した楓の功績は、当然言うまでもない。
でも、ここからでも一応敵にだって勝機はある。なりふり構わず楓を倒せば、各種権限を強奪できる。それを理解したのか、私たちの軍勢を押しとどめ時間稼ぎをしつつ、その腕を触手のように楓の方へ伸ばしている。思わず戻ろうとしたその時、帝アキラが私を引き戻す。
「大丈夫だ、アイツは弱くない!」
その言葉は正しいと、向けた視線の先にある光景が証明している。青く目を光らせ、スマコンを使って脳内から直接システムに転写している楓は、凄まじい速度で敵の触手を落とし、全ての攻撃を跳ね返していた。
「道が開いた、彩葉!」
「ありがとう……お兄ちゃん!」
帝アキラが私を力強く押し出す。それに背中を押され、私は走った。群がる敵を全て跳ね飛ばし、敵の最奥にたどり着く。ここは本丸。敵の、一番の急所。
「叩いて、彩葉さん!」
「まかせてっ!」
かぐやから借りたハンマーを思いっきり振りかざす。大きく息を吸い込んで、私はそれを敵に叩きつけた。本丸陥落の演出と共に、敵の菩薩が崩れていく。多くの兵士や七福神も味方の攻撃で次々と消滅していった。もう戦場は、残敵掃討のフェーズに入っている。
勝った。勝った、勝ったんだ。私たちは、勝利した。もう敵に反撃能力は残っていない。残存する敵は殲滅を待つばかり。結局楓の誇る防壁は、第七階層までしか突破されなかった。
安堵と喜びが湧き上がってくる。これでもう、安心だ。これからも、私たちの日々は続いていく。ここで終わるような悲しいエンディングではなくて、ちゃんと納得できるハッピーエンドを目指して歩いて行けるんだ。そう考えただけで、涙が出そうになった。叫び出したいくらいに嬉しい。
真実や芦花も喜んでくれている。ブラックオニキスの三人は満身創痍だけど、それでも笑顔だった。かぐやも目を丸くしている。自分の生まれ故郷のことなんだから、きっと私たちが勝てないって思ってたのかな。だったらちょっと過小評価しすぎかもしれない。なにせ、あなたのパパは世界最強なわけだし。今回ので、月でも最強になっちゃったけど。
「彩葉さん! かぐや!」
息を切らした声が聞こえる。イヤホン越しではなく、耳元から。スマコンをオフにすれば、そこには荒い息をしながらも微笑む楓の姿があった。夜の月に照らされる、マンションの部屋の中で。窓から風が吹き込む。半分茫然としているかぐやと私を、楓は抱きしめた。
「どんなもんだ、地球舐めんなって感じ?」
疲れた声をしつつも、楓は嬉しそうに言う。私は思わず涙が零れそうになるのを必死に抑えた。
「パパ……ママ……」
「ちゃんと守れたよ、かぐやのこと」
これからどうしようか。引退宣言をしてしまったけど、やっぱり撤回っていうのも悪くないかもしれない。令和の竹取物語は、かぐや姫を愛する両親が勝利しましたっていうエンドも、陳腐かもしれないけど悪くないんじゃないかな。そう思って、これからの幸せな未来を思い浮かべた。もうなんの障害すらない。そんな確信をした瞬間だった。
どこからともなく、笛と笙の音がする。嫌な予感がした。窓から大きく風が吹き込んで、カーテンの向こうの夜空が見える。そして私と楓は凍り付いた。そこには、大きな木造の舟のようなもの。そしてそれに乗る月人の姿がある。背後には煌々と輝く満月が、残酷なまでに光っていた。
そんなバカな、そう思ってARモードを確認したけど、切っている。私たちは確かに現実世界を見ているんだ。それなのに、仮想の存在のはずの月人が舟を出している。おかしい、そんなはずだ。そう思った時、かぐやの発言が蘇る。そういえば、舟を出すとかなんとか言っていた。まさか……電子の世界で負けたらリアルに乗り込んでくるっていうのか。敗軍の癖に、卑怯な。
咄嗟に私と楓はかぐやを後ろに隠す。実体があるなら殴れるはずだ。最悪、刺し違えてでも守ってみせる。月人は私たちに触手を伸ばす。その時、私と楓を押しのけるようにして、かぐやが前に出た。
「待って! 二人に触らないで。私が……私が帰ればいいんだよね」
月人は応えない。ただ、小さく頷いた。かぐやがぎゅっと拳を握る。そして、私たちを振り返った。その顔には、涙が流れている。それでも口元は笑っていた。私たちの最後が、悲しい思い出で終わらないようにと気を遣うみたいに。
「待って、かぐや!」
「行かないでくれ、お願いだから」
「ごめんね、あんなに頑張って戦ってくれたのに。二人の、娘になれて幸せだったよ。たった数ヶ月でも、すっごい楽しかったし、幸せだった。もし……もし次があるのなら、その時も私は二人の子供に生まれたいな。今度は月のお姫様じゃない、普通の女の子として」
かぐやが月人の手を取る。私たちは動けなかった。電子の世界でなら台頭でも、超常の存在だと思い知らされる。蛇に睨まれた蛙みたいに、メデューサに石にされたみたいに、私たちの身体が動かない。もし動くのなら、しがみついてでも引き離すのに。手を伸ばしたいのに伸ばせない。かぐやが舟に乗った。
「待て、俺が出来る事なら何でもする、だから……!」
『ナゼ、カナシム?』
良く分からないところから出された、片言の声が響く。目の前の存在が話しているのだと気付くのに、少しだけ時間を要した。
『ドウイツノ、ソンザイハ、スデニ、イルノニ』
何を言っているのか分からない。かぐやは一人だけだ。私たちと過ごしたかぐやに、同一の存在なんていない。かけがえのない、たった一人の娘なんだから。それでもどうしてもその言葉を無視できない。彼らに悪意というモノが無いのなら、もしそうだとしたなら、嘘は吐かないはずだ。どうして、そんな事を。
「パパ……ママ……大好き!」
月人が視線をずらす。動くようになった身体でかぐやの手を掴もうとした。前に、前に進む。その時、身体を抑えられた。
「楓! 離して……!」
「ダメだよ、それ以上進んだら、落ちちゃう!」
「かぐやが、かぐやが……ッ!」
藻掻きながら伸ばした手は空を切る。そして、かぐやは空の月へ昇っていく。あんなに小さかったのに、いつの間にか凛と背を伸ばして、立派な顔をして。手の中に納まるほどだったのに。お腹が空いたと泣いていたのに、外に出たいと泣いていたのに。今は私だけが泣いている。待って、行かないで。
まだ、したいこと、いっぱいあるの。色んなところに行こうよ。色んなことをしようよ。春の桜も、秋の紅葉も、冬の雪も、あなたは知らないんだから。そうやって楽しい日々を送って笑い合って、幸せな家庭を三人で、これから生まれてくるあなたと弟や妹と築いていくはずだったの――
月人が一斉に振り返り、私たちに大きく頭を下げる。そんな事をするくらいなら、私たちの娘を返して。優しい心を持っていて、綺麗な笑顔を浮かべる、可愛い
月の彼方に、舟が消えていく。私たちの願いなど叶わないと告げるように、月の光は煌々と私たちに降り注いでいる。
その灯りの下で、娘を守れなかった弱き夫婦が茫然と座り込んでいた。
遠くから、
私だから分かるのだ。故郷の軍勢は本気でやっている。最初こそ確かに舐めプをしていたけど、それも超絶デバフを付与された時点で彼らも気付いていた。目の前にいる神主姿の青年が告げた降伏勧告は、嘘でも何でもないのだと。
理論上できる最大値の動きを僅かに超えて、それこそシステムの限界を突破して、
そんな想いを向けてくれることが嬉しかった。でもそれは、
終わりが欲しかった。死ねないのが苦しかった。死んでしまえたら、もしかしたら輪廻転生っていうものがあって、私は本当に二人の子供として生まれることが出来たのかもしれないと、青い海の底で何度も何度も思った。そうしたら、二人の愛情を受けて育って、ゆっくりと時間を過ごして、そしてあんな形での別れをすることなんてないのに。
この先に何が待っているのか、私は知っている。この戦いに勝っても、月はパパに滅茶苦茶にされていながらも辛うじて残存していたリソースを全部つぎ込んで、現実世界で私を回収に来る。その代償に月は向こう千年地球に干渉するための余裕を失うけれど。それでも、月にもプライドっていうものはあるんだ。感情は薄いけど、無いわけじゃない。
だから、この戦いは無意味なのかもしれない。結末は決まっているのかもしれない。それでも、
それでいいのか、と月の代表が消える間際に私にそう問いかけた。彼らは全部知っている。私が何であるのかも、どうしてここにいるのかも。私の答えは決まっている。私に愛が向けられなくても、気付いてもらえなくても、それでも私は戦うことにした。
「だって私は――」
心が軋むような音がする。苦しい、辛い、吐き出しそうだ。一歩手を伸ばせば、一言告げられれば、全部叶うかもしれない。でもそれは望まれてはいないだろう。二人が愛しているのは、今あそこにいる
「私は――二人の娘なんだから。素敵な子に、優しさと笑顔を人に与えられる子になれと願われた、二人の愛の結末なんだから――!」
その姿が変わろうと、その声が変わろうと、幾星霜の時が流れようと。
『ケツマツガ、カワラナイノ二、ドウシテ、ソコマデ』
私を憐れむような、案ずるような声がする。それに私は、泣きそうな顔で応えた。
「今を、生きてるからだよ」