「こんな感じの子、知りませんか!?」
俺は自分の学校の校門前で人探しをする不審者になっていた。さぼっておいてこれなので、見つかったら普通に怒られそうだけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。学校方面じゃないかと思って来たけど、ここまでの道中でチラほら目撃談があった。やっぱり特徴的な見た目なので、目立っていたらしい。
「さっき部活の練習行く前に、校門のところにいたような……?」
「ホントですか!?」
「う、うん。なんか忍者みたいに潜んでた。で、どっか行ってた」
「どっち方面に行ったとか……?」
「うーん、確か駅の方、だったかな」
「ありがとうございます!」
これでまた進む方向性が決まった。駅の方に行けば人通りも多い。どこかの店にいたらすぐ確保できるから万々歳だし、そうじゃなくても目撃者がいるかもしれない。急げ―と駅までダッシュする。結局レンタルサイクルは見つからなかった。もう仕方ないので俺の足で走っているけど、インドア派人間に全力疾走はきつい。しかも酷暑の中で。
「あ、あのすみません、ちょっと人を探してるんですが……」
荒い息をしながら、俺は交番を訪ねた。真夏の平日の真昼間に息を荒くしながら人を探している推定高校生の男。文字にすると補導対象みたいだ。制服を着ていなくてよかった。着てたら不良じゃないかを疑われる。まぁ実際さぼってるから不良みたいなもんだけど。
「これくらいの身長で、薄い髪色で、目がこうクリっとしてる可愛い感じの、服はこういうので……」
頑張って説明する。なんとか伝われーと願った。こんな事になるなら、写真でも撮っておけばよかったのに。過去の自分を恨んでみる。
「うーん、お前見たか?」
「あー、さっき巡回中にそんな感じの子を見ましたね」
「どこですか!」
「えっと、ここですね」
お巡りさんが交番の地図を指す。そこはでっかいショッピング施設。中にはカフェとかもある。酒寄さんの行っているお店がどこなのかは分からないけど、その辺の可能性は高い。だとすれば、酒寄さんを尾行して行ったのか。顔面蒼白になる。あの子の存在は秘するべきもの。綾紬さんや諌山さんに露見することを、酒寄さんは望まないだろう。
彼女の平穏を守りたかった。俺に任せたと言ってくれた信頼には応えたい。
「あ、ありがとうございました!」
「誰を探してるの?」
「妹というか娘というか何というか……あんまりこの辺に慣れてない子なんです、すみません急いでるんで!」
「そ、そう。気を付けなさい」
「はい! お騒がせしました!」
あの子が好奇心の赴くままに店に突撃するかしないかで言えばする。
「間に合え~!」
必死に走ったその先で、俺の願いは儚く散った。あぁ、人生は虚しい。さっきよりもっとゼハゼハしながら商業施設の中に着いたら、ハイクラスなカフェの中へと少女が吸い込まれていくのが見えた。かくなる上は、一刻も早く回収するしかない。ぽたん、と汗が地面に吸い込まれていく。家に帰ったら早くシャワーしたい。
「――シャッ!」
汗だくな男が確実に場違いな店内に入ると、なにかの怪獣の効果音みたいな声を出しながら、少女が酒寄さんのでっかいパンケーキにフォークを突き刺していた。
「いただきまーす! あむ、もぐもぐ……うんまぁぁぁ!」
三段重ねのクソでかパンケーキが一瞬にして二段重ねになった。口が大きいなぁ、なんてもう菩薩みたい気持ちになって来る。あ、なんか意識が朦朧としてきた。水も飲まないで走ってばっかりだったからかな。ちょっと、貧弱すぎるかもしれない。災害が来たら、真っ先に死ぬのは俺だ。
「よっ、彩葉!」
「えー、可愛い。誰この子?」
「彩葉の服着てる。彩葉の友達?」
よろよろしながら少女の肩を掴む。
「おー楓」
「あーじゃない……。勝手にどっか行かないでくれぇ……」
毛布を掛けてくれたことは感謝してる。ただ、黙って出て行ったことは許してない。俺がどうこうとかもあるけど、純粋に何かあったら嫌だからだ。この子はまだ地球生活に慣れていない。世の中、いい人ばっかりじゃないんだ。こんな美少女に邪な事を考える輩もいるだろうし、迷子になってしまうかもしれない。そういう心配が走っている間、ずっと胸の中に渦巻いていた。
唐突に出てきた俺に、綾紬さんと諌山さんがビックリしてる。
「うわぁ、びっくりした。高野君、死にそうだけど大丈夫?」
「お、お構いなく……けほっ」
「お水、飲む? 私まだ口付けてないから」
「あ、ありがとう……」
水が美味しい。干天の慈雨。砂漠の中で恵まれた冷水みたいな心地だ。今ならこれに一万円出せるかもしれない。
「高野君、この子と彩葉とどういう関係?」
綾紬さんの口調と目つきが若干厳しい。まぁ無理はないと思う。酒寄さんの服を着ている謎の美少女と、汗だくでそれを追って来たクラスメイト。なお、その少女は俺のことを知っているものとする。この状況を不審に思う子が酒寄さんの友達なのは、彼女の人徳かな。
「どういう関係……この子とは、まぁ面倒を見てるっていうか、そういう感じ。酒寄さんとは、うーん」
「あーっと、高野君はお隣さんなの! それで、ちょっと面倒見てくれないかをお願いしてて」
「ちょっとその辺は詳しく後で聞くとして……どこから来たの?」
綾紬さんは一応納得したらしいけど、まだ疑っているみたいだ。というより、酒寄さんは俺が隣な事を黙っていたらしい。正直、それが流布されちゃうと俺が他の男子にボコボコにされそうで怖い。この子が来るまではただのお隣さんだったんだから……。
「月から来たの!」
「ぬわぁぁ!」
「……え?」
「ツキ……?」
終わった、この宇宙人の存在が世間にバレてしまう。
「ジ! 築地だよね! 築地から来たの、私のいとこ!」
酒寄さんが凄い方法で誤魔化してくれた。
「わー、美味しいお鮨屋さん教えて~?」
「可愛いね、お名前は?」
これでいいんだ、意外といけるな。綾紬さんと諌山さんが疑り深い人ではなくて良かった。というか、名前を決めてなかった。吾輩は宇宙人である、名前はまだないっていう状態だった。
「名前? 名前は、えーーっと……」
「かぐや!」
「かぐや~~、かわよー!」
「え~ぴったりだね」
かぐや。月からやって来たフリーダムお姫様につけるのには、これ以上ない名前かもしれない。ビジュアルから見ても、かぐやの名前に相応しいだろう。
「かぐや? かぐや……かぐや……そっかぁ。かぐやかぁ~!」
少女は随分と嬉しそうだった。名前は命の次に親から貰えるものだ。名は体を表すと言うし、凄く大事なモノ。俺の名前は秋生まれで、生まれた時に病院の外で楓の木が綺麗に紅葉していたから、らしい。
「かぐやちゃん、勝手にどっかに行かないでね。色んな所を走り回って凄い探したんだ。今度から、どこかに行きたいなら絶対に一声かけて。寝てたら起こしてくれていいから。てか、なんで外に出たの?」
「うーん、彩葉に会いたかった」
「そっか、それはいいんだけどね。どっかで事故に遭ってたり、事件に巻き込まれたらどうしようって心配になる。俺はすっごい心配した。だから、やめて。いい?」
最後はちょっと厳しめに言う。酒寄さんはビシバシ言うけど、俺はそれをなだめつつ優しくするようにしていた。この子に絆されたってのもそうだけど、一人ぼっちにしておくのは可哀想だと思ったからっていうのもある。でも、ちゃんと言うところは言わないと。この子が危険な目に遭ってからじゃ遅い。
折角地球に来たのに、それが嫌な思い出になったら俺は嫌だ。
「ごめんなさーい……」
「はい、ちゃんと酒寄さんにもごめんなさいしようね」
「彩葉ぁ、ごめんねぇ」
「ぬぅん……もういいよ」
潤んだ上目遣いをするかぐやちゃんに、酒寄さんはまた陥落した。諦め口調で言っている辺り、もう許したのだろう。俺も別に怒っているわけじゃない。危うく街中の防犯カメラを全部ハッキングするところだった。
「ごめん、私帰る。ありがとね、ごちそうさま! 後で埋め合わせするから」
酒寄さんはかぐやちゃんの手を引っ張っていった。なんとか丸い感じに収まってよかった。俺に対してブチ切れられるかと思ったけど、それもなくて助かった。正直、般若みたいな顔になった酒寄さんは絶対怖いと思う。俺のミスなのに責めない酒寄さんの優しさを感じた。
「さて、俺も帰るか……」
「おっと、そうはいかないよ」
「座ろうか」
ガシッと肩を掴まれて、さっきまで酒寄さんが座っていた場所に座らされる。般若はこっちにいたのかもしれない。諌山さんは好奇心、綾紬さんは……なるべく視線を向けないようにした。
「あの」
「ちょーっとお話、聴かせてもらうよ?」
「拒否権とか黙秘権は……?」
俺の情けない問いかけは、二人の無言の笑顔で圧殺された。女子って怖い。
☽ ☾ ☽ ☾ ☽ ☾
さんざん質問攻めにされた。もう俺の尊厳はボロボロだ。なんか汗は冷房で冷えて若干寒いし、二人とも凄い近付いてくるし、女子と交流が全然ないシャイボーイにはきつかった。俺の周りにいる女子って酒寄さんとかぐやちゃんしかいない。後者はもう娘的な感じだし。ヤチヨ? 八千歳は
「やっと解放された……」
肝心なところを誤魔化しつつ事情を話すのには骨が折れた。酒寄さんからは先に戻ってますというメッセージが来ている。今更ながら、さっき走ったせいで筋肉が痛い。トボトボと帰る道が遠く感じた。
そういえば、料理があったんだっけ。酒寄さんの機嫌がアレで直っていると良いな。そんな風に思いながら酒寄さんの部屋を訪ねた。
「ごめん、酒寄さん! ちゃんと面倒を見るって言ったのにあんなことになっちゃって……」
「それはいいの。高野はちゃんと面倒見てたんでしょ? この料理とか、作るの手伝ったり買い出し一緒に行ったりしたって聞いた。悪いのは、勝手に出て行ったコイツ」
「コイツじゃない! かぐや!」
「なんでもいい!」
なんか、あんまり機嫌が直ってない。なんでかな~と不思議そうに思っていると、酒寄さんは机の上から何かを持ってきた。あれは、多分スマコンだ。俺のじゃないし、酒寄さんが前に持っていたのとも違う型番だった。
「これ、何?」
「何って、スマコンじゃない?」
「まぁそうだよね。さぁ、かぐや。これはどうやって手に入れたの?」
「楓のノートPCで買った!」
え、マジで? と思いながら確認したら、確かに注文履歴があった。というか、即日届くんだ。凄いな、インターネット通販。
「そっかそっか。まぁ、今度からは欲しいものがあったら言ってね」
「わかった~」
分かってくれたならまぁいいか。十二万くらい引かれているけど、それくらいならどうにかなる。スマホとスマコンは無いと現代生活が送りにくいだろうし、後でスマホの契約もした方が良いかな。でも、戸籍が無いし俺か酒寄さんの回線で契約しないとダメか。
「ちがーう!」
いい具合にまとまりかけて、俺とかぐやちゃんがニコニコしていたタイミングで、酒寄さんが声を張り上げた。
「なーんでそれでOKの流れなの?」
「いや、まぁ、悪意があったわけじゃないし……」
「でも人のお金を勝手に使うのはダメ! そういうのしっかり教えないと、よそ様のお金を勝手に使うようになっちゃうかもしれないじゃん。あと、そうやって何でもかんでも甘やかして買わないで! ちゃんと我慢を覚えないと――」
その先の言葉を言わずに、酒寄さんは口ごもった。
「とにかく! かぐやを甘やかさない!」
「は、はい」
「何でもかんでも買わない。いう事を聞かない!」
「はい」
「なるべく家から出さない!」
「はい」
なんか、俺が「はい」しか言えないbotみたいになってる。威厳とかそういうのはもう全く存在していない。なんならかぐやちゃんより俺への怒り度の方がデカいような気がした。正座してガミガミ説教されているのを、はえ~彩葉怖ーいみたいな顔で彼女は見ている。半分くらいは君のせいなんだけどなぁ。
「で、でも俺のお金はほら、使う当てがないから。趣味とかも無いし、かぐやちゃんが喜んでるのを見ると嬉しくて……」
「それでも。自分のお金は大事にしないと」
「大事にしても、俺が死んだら意味ないしさ。だったら、かぐやちゃんに使った方が笑顔が見られるっていう特典があるわけで」
「……」
酒寄さんは何か言いたげな顔だったけど、色んなものを呑み込んでいる。
「ほどほどにね」
「だって、ママのお許しが出たよ。明日はスマホを買いに行こうか」
「やったー」
「やっぱり分かってない……。てかママじゃないし」
今のは娘の将来を心配するママそっくりだったけど、でも言わないでおいた。酒寄さんはあんまり親との関係が良くないみたいだし、そんな状態で親みたいって言われるのも嫌か。そういう意味では、あんまりママ扱いはしない方が良いのかもしれない。ちょっと反省した。
「私のウォレットは絶対手を付けないでよ! いや別に高野のもホントはダメなんだけど! なんかたまたま聖人が許可してくれてるだけなんだから」
「あ、でもなんか銀行? の数字を書きかえればウォレットの数字増やせるっぽかったよ? やる?」
「「ダメです」」
俺と酒寄さんの声が重なった。俺のお金を勝手に使うのは、まぁやめて欲しいけど最悪迷惑がかかるのは俺だけだ。でも世間に迷惑をかけるのはダメ。そこの線引きはしっかり教えていかないといけない。そういう意味では、酒寄さんの厳しめな言葉も大事なのかな。
「それやったら警察からの牢屋行き」
「けーさつ?」
「そう。怖い人に詰められて、そのまま閉じ込められるの。テレビも何もないよ」
「えー! そんなのやだ~~っ!」
「じゃあ、ちゃんとルールは守る!」
「そうそう。それに、それやるなら俺が自分でやった方がバレないし早いから」
余計な事を言うなという目でぎろりと睨まれる。やっぱり般若みたいな顔だ。女子高生がしていい表情じゃないと思う。やろうと思えばできるかもしれないけど、ネットリテラシーとかサイバー犯罪についてはヤチヨに叩き込まれているので、やりはしない。良い師匠に恵まれた。あの教えが無いと、良くない方向に走っていた可能性もゼロじゃないと思う。
「まぁ、いい感じに収まったし」
「収まってないっていうか、誰のせいだと思って……」
「ごはん食べよう!」
「無視……」
そう言いつつ、酒寄さんのお腹が小さく鳴っている。さっきパンケーキ二段分を食べていた気がするけど、デザートは別腹なのかな。別腹って実際に胃が動いてるらしい。テレビで見てビビった。
「ちょっと待ってて!」
あぁ、そうか、俺の部屋で作ったから俺の部屋に全部置いてあるのか。手伝おうか、という暇もなく、かぐやちゃんは俺の部屋に飛んで行った。
「真面目な話、さ」
「うん」
「あの子、いつまで置いておくの? ウチではずっと匿えないよ」
「俺は置いていてもいいけど。振り回されるけど、悪い子じゃないと思うから」
「そりゃ、私だって悪い奴じゃないとは思うよ。色々舐め腐ってるけど。でも、それは高野の人生を壊しちゃわない?」
その問いかけは多分、酒寄さんの優しさからくるものだと思う。その心配は嬉しいけれど、杞憂だった。元々壊されるほど大層な人生は送っていないし。それに……
「俺は、かぐやちゃんがいてくれて嬉しいと思ってるよ。ずっと一人だったからさ。今はちょっとだけ、楽しい」
「ずっと?」
「ここ五年くらいは、ずっと。かぐやちゃんが来るまで」
「……そっか」
酒寄さんは少しだけ苦しそうな顔をしながら言った。それ以上は、何も言わない。あの子が俺たちの人生を変えた。そして、これから変えていく。そんな予感がする。かぐや姫と出会って、翁と媼の人生は一変した。最後には別れがあったとしても、恐らく二人は楽しかったんじゃないかな。そうであって欲しかった。
「お待たせ―!」
天真爛漫なヒマワリが湿った沈黙を打破してくる。これがきっと、現代のかぐや姫が持っている力なのかな。その明るさに、俺も酒寄さんも少しずつ救われているのかもしれない。