京都駅の喧騒から、時間は少しだけ巻き戻る。
『こちらC班、こちらC班、作戦――』
ノイズが混じる。それが、まともな人間の言葉として聞き取れた最後の通信だった。
直後、小さなスピーカーから爆音で響いたのは、肉が潰れ、粘り気のある液体が飛び散る生々しい破砕音。続いて、人間の硬い骨が容赦なく圧し折れる鈍い音が鼓膜を打つ。そして、生きた人間を執拗なまでに踏みにじり、蹂躙する不快な音が、ザーザーという電子ノイズの奥から這い出てきた。
連絡を受けていた男は、額に青筋を浮かべ、指が白くなるほど無線機を握りしめた。
「おい、C班!どうした、応答しろ!作戦開始か?おい!」
肺腑から絞り出された怒鳴り声は、誰に届かない。返ってくるのは、ただ静まり返った不吉な沈黙。周囲の空気が一瞬で凍りつき、温度が一段階下がったのではないかと錯覚したその時、突如として、死の静寂を切り裂いて女の声が響いた。
『お前たちの仲間は皆、死んだぞ。次はお前の番だ』
「!? 誰だテメェ!」
女の滑らかな声は、淡々と、しかし絶対的な死の宣告として絶望を告げる。
『お前だけではない。他にもまだ、仲間がいるのだろう? そいつらも、全員殺す。お前たちの親類縁者も、友人も、関わった人間を一人残らず、みんな殺してやる。覚悟しておけ』
その言葉を最後に無線機は完全に沈黙し、ただ耳障りなノイズだけを吐き始めた。
男は、恐怖によって顔面を引き攣らせ、細かく震える指先で、今回の計画の首謀者である沢渡アカネの回線へと無線を繋ぎ直した。
「こちらE班! C班がやられた!」
無線機の向こうから、長い沈黙が返ってくる。やがて、沢渡の声が冷たく鼓膜に触れた。
『…詳しく話せ』
「最初にC班の声を聞いた時は、失敗したって感じじゃなかったんだ。それが、途中で報告が途絶えて…」
男は言葉を詰まらせた。ただ一度耳にしただけのあの女の声を思い出すだけで、全身の産毛が逆立ち、胃の底からどろりとした不快な酸がせり上がってくる。
『それで?』
「少し間を置いて、女の声がしたんだ。『C班の連中をみんな殺した』と。『次はお前たちだ』と」
その報告を聞いた瞬間、沢渡の呼吸は完全に止まった。
マキマだ。
沢渡の脳裏に、あの女の顔が強烈に浮かび上がる。確実な証拠など何一つない。しかし、彼女の生存本能が、あの底知れない、すべてを見透かすような瞳を強烈に描き出していた。人間の常識や倫理、法といった概念が一切通用しない、人の形をした化け物。それが、自分たちの襲撃から生き残り、冷酷な反撃を開始したのだ。
沢渡の表情は限界まで青白く、血の気が完全に引いていた。額からは冷たい汗がとめどなく溢れ出し、顎のラインを伝ってポタポタとシートに滴り落ちていた。彼女は震える袖口で手荒に汗を拭った。
側で同じく無線を聞いていたサムライソードもまた、焦りに顔を歪ませる。
「不味いんじゃねえのか、これ。どうする?」
「計画変更だ。デンジの心臓を奪ったら、すぐ逃げる。他の奴らは適当にあしらえ」
マキマが生きている。それどころか、この極秘の襲撃計画も完全に捕捉され、喉元に明確な殺意を突きつけられている。あの化け物が本気で自分たちを標的に定めた以上、悠長に殺し合いを楽しんでいる時間など一秒だって残されていない。一刻も早くこの場を終わらせ、逃走経路を確保しなければならなかった。
「アザリってやつがまだ来てないみたいだが…、待たずに始めるか?」
サムライソードが視線を向けたラーメン屋の店内には、大きなガラス窓越しに、標的であるデンジ、パワー、早川アキ、姫野の姿があった。彼らはまだ何も知らず、食事と会話を楽しんでいる。しかし、ともに行動しているはずのアザリの姿だけが、そこにはない。
「言っただろ、計画変更だって。そんなことはどうでもいい。早くしろ」
「…わかった」
サムライソードも、沢渡の尋常ならざる空気から、事態が自分が考えているよりも遥かに最悪な方向に傾いていることを察した。
彼はそれ以上何も口にせず、ゆっくりと車のドアノブに大きな手をかけた。その瞳には、獲物を狩る残虐な光と、正体不明の未知の脅威に対する焦燥が、静かに混ざり合っていた。
沢渡は、血の気の引いた顔のまま、再びラーメン屋の店内へと視線を戻した。