SSSS.GRIDKNIGHT   作:八二一

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邂逅

その日、新条アカネは友人達と河川敷で清掃活動をしていた。

 

夏の日差しは強く、軍手越しでも草のざらつきがわかる。川面は白く光り、遠くで鳴く蝉の声が途切れない。面倒だなと思いながらも、何人かでまとまってゴミを拾っていると、作業は案外すぐに流れ作業になるものだった。

 

「うわ、見て。変なサンダル落ちてる」

「やだそれ誰が拾うの」

「アカネならこういうの平気そう」

「なんでよ」

 

軽口を叩き合う女子高生達。その空気の中へ、一人の男性が歩み寄ってくる。

 

眼鏡をかけた、痩せぎすな柳のような男。背は高いが頼りない印象で、どこかひどく疲れているようにも見えた。

 

「すみません、この辺に古いパソコンが捨てられてませんでしたか。ブラウン管のモニターの」

 

不審者っぽい男に、女子高生達が少し怪訝な表情をする。

 

「アカネー、古いパソコンだって? 見た?」

「……あ」

 

友人の言葉に、アカネはすぐに思い当たった。先日の事件――グリッドマンユニバースの際に、ツツジ台へのアクセスに使った、あの古いパソコンだ。

 

白いブラウン管のモニターは、今は黒く沈黙している。少し前まであれほど鮮烈に世界を繋いでいたものが、今はただの古びた機械として草の匂いのする河川敷に置かれている。そのことが少しだけ不思議だった。

 

「これ、貴方のなんですか」

「あぁ、昔使っていた古い物だけど……大事な思い出が詰まってるんだ」

 

男はそう言って、少し困ったように笑った。軽く言ったようでいて、その目だけはまるで別のものを見ているようだった。

 

男が車にパソコンを載せる。かなり重そうで、やせっぽちの男一人ではどうにもならない感じだった。仕方なくアカネ達も手伝った。

 

「重っ……何これ」

「昔のパソコンってこんな重いの?」

「筋トレ道具じゃん、もう」

 

そんな声が飛ぶ中、アカネはふと車内へ視線を向ける。

 

その時、アカネは車の中にあるはずの無いものを見つけてしまった。息を呑むアカネ。

 

そこにあったのは、青いアクセプター。彼女と彼らを繋いだ、友情と戦いの象徴だった。

 

見間違えるはずがない。

あの形を、あの時自分が見たものを。

 

「……どうかした?」

「え? あ、ううん。なんでもない」

 

けれど本当は、何でもなくなどなかった。

 

――邂逅――

 

怪獣が爆散する。世界に平和が戻る。

 

しかし街は元に戻らない。失った命が戻ることはない。

 

ユニバース後、ナイトと化したアンチは、自分とグリッドマンを隔てる最大の壁に気がついてしまった。

 

「やはり、俺では足りない……か」

「どうしたんですかナイトくん」

 

物思いに耽るナイトを心配して、二代目が声をかける。

 

怪獣を倒すだけではダメだ。グリッドマンにあって、自分にない物。

 

敵を排除することはできる。だが、壊れたものを元に戻すことはできない。歪みの後始末をすることしか、自分にはできていない。

 

「いや、俺はまだまだだと思いまして」

 

言葉は短く、だが胸の内にあるものは軽くなかった。

ナイトの心とは裏腹に、事態は待ってくれない。グリッドマンから通信。

 

ある世界に不審な反応を感知したのだという。

 

「私と近いものを感じる」

「グリッドマンに?」

「ああ」

 

既に新世紀中学生達は出動しているらしい。ナイトと二代目もまた、サウンドラスでパサルートを開いて彼らの後を追った。

 

 

△▼△▼

 

 

東京都広河市アオイ台。何の変哲もない都会の街。それなりに広く、それなりに便利で、それなりに人がいる。

 

蝉の鳴き声が響いている。季節は夏、学生は夏休みだった。

 

「タケオー」

 

いつもの三人が歩いてくる。ナオト、イッペイ、ユカだ。

 

「なぁタケオ、お前もう課題終わらせたの?」

「またその話?」

「またその話だよ。お前、絶対もう終わってるだろ」

 

ナオトが問いかける。これはいつものパターンだな、とタケオは感じ取った。夏休みに入ってから何度も繰り返された会話だ。

 

「ダメだぜナオト、いくら親友の頼みでも。課題は自力でやらないとな」

「親友なら助け合うべきだろ?」

「そこはほら、違う種類の助け合いっていうか」

「どう違うんだよ」

 

イッペイが割って入る。

 

「なら俺はどうだ? スペシャルドッグ奢るからさぁ」

「買収じゃん」

「買収じゃない、交渉だ」

「イッペイはもっとダメでしょ。食べ物で買収しようなんてサイテーよ。それに補習はどうしたのよ」

「終わった! 今日で解放!」

「解放された人間が真っ先にやることが友達への依頼ってどうなの」

「ユカの言う通り」

 

タケオが笑うと、三人もつられて笑った。

こういう時間が、タケオはわりと好きだった。特別なことは何もない。何かが劇的に変わるわけでもない。ただ、いつもの顔ぶれがいつもの調子で喋っている。それだけで、不思議と安心する。

 

ナオトは昔から距離が近く、何でもすぐ口に出す。イッペイは調子が良いが、どこか憎めない。ユカはきついことを言いながら、結局一番よく見ている。

 

中学生の頃から変わらない三人だ。特にナオトとは親友といってもいい。

 

四人での帰り道。コンビニに寄るか、このまま公園のベンチでだらだらするか、そんな話をしていた、その時だった。

 

インスタンス・アンプリフィケーション

 

頭の中に何者かの声が響く。それは声のようでもあり、頭の中に直接刻み込まれる響きのようでもあった。

 

タケオは足を止める。

 

青と赤錆色に揺らめく、陽炎のような二つの影を見た気がした。

 

「……タケオ?」

「今、なんか」

 

言い終わるより早く、街中のサイレンが鳴り地面が震える。地割れから怪獣が現れ、街がパニックになる。

 

その瞬間、タケオの胸を奇妙な感覚が貫いた。

 

初めて見るはずなのに、初めてではない気がする。遠い夢で何度も見たような。何か大切なものを、ここで何度も失ってきたような。

 

「何だよあれ!」

「とにかく逃げるわよ!」

 

四人は避難場所となっている学校を目指して走る。

 

四人が逃げる最中、ナイトとすれ違う。

 

「あの人!」

 

タケオが立ち止まる。三人もそれを受けて立ち止まる。

 

逃げるべきだと頭ではわかっている。だが、それでも首を振った。見過ごしてはいけない気がした。そうしなければならないと、理屈より先に心が決めていた。

 

瞳には強い意志が宿っている。

 

「助けなきゃ!」

 

タケオがナイトを追い、駆け出す。タケオを追って三人も走り出した。

 

その時、怪獣によって吹き飛ばされたトラックが四人に向かってくる。

 

ナイトがそれに気づき、腰の剣でトラックを一刀両断する。鈍い金属音とともに真っ二つになった荷台が脇へ逸れ、地面を削りながら倒れ込んだ。

 

「……あれ、助け、いらなかった……?」

「早く逃げろ。ここは危ない」

「でも貴方は」

「心配はいらん」

 

迷いのない声だった。

 

ナイトに促されて逃げ出す四人。それを見届けてナイトが変身、巨大化して怪獣に立ち向かう。背後で起こる変化にタケオが振り返ると、紫色の鎧の巨人が怪獣に猛然と突撃していくのが見えた。

 

マグマギラスは煙炎をまとい、熱の渦を撒き散らすように咆哮する。近くにある建物の窓ガラスが割れ、街灯の表面が熱で揺らいだ。

 

しかし怪獣の甲殻は硬く、蹴っても殴っても攻撃が通らない。攻撃を加えるほどにこちらが消耗していく。ナイトの額のランプが点滅し、焦りが見える。

 

一撃ごとに手応えの無さが返ってくる。このまま押し切れない。そう判断した瞬間。

 

そこに流星のような光が飛来する。青く輝く光球は爆裂し、怪獣を大きく吹き飛ばした。光の粒子が散らばり形を変える。

 

グリッドナイトの前に立っていたのは、彼と同サイズの青い巨人だった。怪獣の方を向き、グリッドナイトに背を向けて立っている。だがその輪郭は微かに揺らぎ、今にも光へとほどけてしまいそうだった。

 

タケオの脳裏に、知らない記憶がノイズ混じりに蘇る。怪獣によって破壊される街、多くのモニターがうず高く積まれた集積場、閃光。

 

「貴様、何者だッ!」

 

グリッドナイトの問いに巨人は答えない。無言でグリッドナイトを一瞥すると、静かに怪獣――マグマギラスへと戦闘態勢をとる。

 

マグマギラスが咆哮を上げると、頭部の巨大な角から熱線が放射される。

 

それを確認した青い巨人は、両手を前へと突き出し、光の盾を発生させる。熱線が盾にぶつかり、衝撃と熱が拡散する。熱が街を焼き尽くしていく。盾で防ぎきれない熱が、巨人の手を、腕を焼いてゆく。

 

「何をしている!? 守ってばかりでは……ッ」

 

グリッドナイトが叫ぶ。

 

その時、グリッドナイトは視界の隅に、微かに動く影を捉える。人だ。逃げ遅れた人が、まだ自分たちの足元にいたのだ。

炎に包まれた瓦礫の陰で、動けなくなっている。巨人はそれを知っていて、反撃することなく、ひたすら耐えている。

 

守っているのか。

 

自分のように倒すためではなく、まず守るために。

 

熱線の切れ目を狙って、グリッドナイトが手刀をくり出す。エネルギーをまとったそれは、マグマギラスの角を捉え、切断する。角に蓄えられていた膨大なエネルギーが霧散していく。

 

そして、その隙をグリッドナイトは見逃さない。

 

「グリッドナイトォォ、サーキュラァーッ!」

 

グリッドナイトが放つ紫紅の円光刃が、マグマギラスを両断する。

 

マグマギラスは、その肉体の核であるカオスブリンガーを破壊され、爆散。

 

「……」

 

爆炎と煙の中、グリッドナイトが振り返る。

 

街は焼き尽くされ、あの平和だった様子の影も形もない。さっきまで笑っていた学生達も、当たり前のように建っていた建物も、熱と煙の向こうで輪郭を失っている。

 

――俺は……。

 

何も守れてはいない。現れた怪獣を倒し、危険を除去することしかできない。いつもそうだ。この場にいたのが、自分ではなく“彼”だったなら。

 

その時、どこからともなく青い光が広がっていく。

 

光の粒子は傷ついた街を癒やしていった。焼け焦げた道路が、砕けた壁が、歪んだガードレールが、まるで時間を巻き戻すように元へ戻っていく。

 

それは確かに修復だった。だが、グリッドナイトの知るどの光とも少し違って見えた。

 

青い光を追った先。そこには、先ほどすれ違った少年――タケオがいた。

 




煙炎漲天怪獣マグマギラス
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