SSSS.GRIDKNIGHT   作:八二一

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異変

「タケオ! おい、タケオ!」

 

暗闇の中にナオトの声が響く。頭が痛い。

何が起こったんだっけ。

いつもの帰り道、変な声が響いて、怪獣が出てきて、巨人が出てきて、それで……どうなったんだっけ?

 

目を開く。

そこにはいつもと変わらない、夏の街並みが広がっていた。

 

「……あれ」

 

何も起こっていない。怪獣が暴れた痕跡も、壊れた街もない。

 

「タケオ、お前大丈夫か? 熱中症か?」

「ユカん家で診てもらってこいよ」

 

「大丈夫だって」と言いながらタケオは足に力を入れ、立ち上がろうとする。しかし力が入らない。

 

タケオはユカの家、井上医院で様子を見てもらうことにした。

その様子を、少し離れたところからナイトが見ている。

 

「……あの光、あの少年。何者だ……?」

 

 

――異変――

 

 

翌日のこと。

タケオはどこか、心ここに在らずといった様子だった。ナオト達と一緒に居ても、会話に集中できない。それもこれも、昨日の白昼夢のせいだ。

怪獣が突然現れるなんて、まったく現実味がない。でも、街の燃える熱、人々の悲鳴。あまりにもリアルだった。いやアレは現実(リアル)そのものだった。

 

「なぁ、昨日のことだけどさ。なんか変なことあった? 怪獣が出てきたとか、さ」

「怪獣ゥ? なんだよそれ」

「タケオ、昨日からなんか変よ」

「特撮映画じゃあるまいし、怪獣なんて……」

 

やはり白昼夢だったのだろうか。そう思い込もうとしても、焼ける熱だけが、妙に生々しく肌に残っていた。

 

夏の日差しが作る陽炎の向こう側に、スーツを着た人物が見える。その人物は灰色の髪で、腰には剣を携えている。……剣?

 

「藤堂タケオだな」

 

その人物は昨日見かけた、あの男だった。

男の声は冷たく、まるで研ぎ澄まされた刃の様だった。

 

「昨日の話を聞かせてもらうぞ」

「なっ、なんですかアンタ! タケオに何の用だ!」

 

冷たく言い放つ男に、ナオトが食ってかかった。

男の見た目は怪しい。腰の剣が本物なら危険人物だし、偽物でも十分不審者だ。ナオトらは、タケオを守る様に取り囲んでいた。

 

「……何も、覚えていないのか」

「覚えてないね! アンタみたいな奴、ひと目見たら忘れねーよ!」

 

今度はイッペイが答える。乱暴な口調だが、わずかに声が震えている。

 

「ナオト、イッペイ! 大丈夫だって」

 

しかし、タケオは守るように立つ三人を静止させる。

 

「俺は覚えてる。もしかしてアンタも……?」

「……場所を変えるか。ここは人目につきすぎる」

 

 

△▼△▼

 

 

四人はイッペイの自宅地下に秘密基地を作っている。地下なので空気はひんやりとしていて、夏でも過ごしやすい。

 

「藤堂タケオ、お前は一体何者だ」

 

ナイトは単刀直入にタケオに問いかけた。

 

「俺は昨日、怪獣に破壊された街が、光によって修復されるのを見た。そして、その光は、藤堂タケオ……お前から放たれていた」

 

「あの光はハイパーエージェントの中でも、特別な者にしか使えない物によく似ている」

 

怪獣、ハイパーエージェント。ナイトの口からは、訳のわからない単語が次々と飛び出してくる。

ナオト、イッペイ、ユカの三人は、目の前のスーツの男を訝しんだ目線で見ていた。

しかし、タケオは真逆だった。

 

白昼夢や幻覚と言われるより、よほど納得ができた。それに、『ハイパーエージェント』という言葉。どこか不思議と聞き覚えがある。

遠い昔に忘れてしまった、大切な何かを思い出すような。そんな響きがあった。

 

「俺は……」

 

それからタケオは、自分の覚えている範囲で事のあらましを説明した。

謎の声、二色の陽炎、怪獣。ナオト達は唖然としていた。ナイトは腕を組み、何事かを考えている。

 

秘密基地には冷たい空気が張り詰めた。

ブーンという冷蔵庫のモーター音が嫌に響いている。

ここは、秘密基地という名前の四人の溜まり場だった。

でも、何かが足りない気がする。すごく大きな何かが欠けている気がしていた。それが何かは、四人とも見当がつかない。

 

「……タケオ、お前、昨日から変だぞ」

 

静まり返った秘密基地の中、不意にイッペイが口を開いた。

 

「怪獣? ハイパーエージェント?そんなのある訳ねーって」

「でも……俺が怪獣を見たのは本当なんだ」

 

タケオはまっすぐイッペイを見つめる。その視線に嘘が無いことは、イッペイにもすぐにわかった。

 

「俺はこの人の言うことを信じる」

 

イッペイは世界の底が抜ける気がした。

 

そこから後は、何の話をしていたのかハッキリと思い出せない。なんだかフワフワとした、それでいて沈んだ様な気分で、ナイトとタケオが喋るのを聞いていた気がする。

怪獣、ハイパーエージェント、世界の異変。自分には関係のない話。でも、タケオは違う。

 

秘密基地を出た後も、イッペイの足取りは重かった。

夏の空気はまだ蒸し暑いはずなのに、胸の奥だけが妙に冷えている。

 

――俺はこの人の言うことを信じる。

 

タケオの声が、何度も頭の中で反響する。

冗談じゃない。そんな訳のわからない男より、ずっと一緒にいた自分たちの方を信じるのが普通じゃないのか。

ふざけた顔でスペシャルドッグを奢ると言って、馬鹿みたいに笑っていたさっきまでの時間が、急に遠く感じられた。

 

あの時のタケオの目に嘘はなかった。だが、それが余計に苦しい。

 

――失ってしまう。

 

インスタンス・ディストーション

 

声が響く。

悲しみは形を持たないまま、胸の奥で静かに歪み始めていた。

 

 

△▼△▼

 

 

川面が光を放ち、爆裂する。護岸壁が崩れ、水の中から怪獣が現れる。

無数に棘の生えた外殻。意思を移さない無機質な複眼。現れたのは、まるで巨大な甲殻類の様な怪獣だった。

 

それは咆哮をあげる事もなく、ただゆっくりと水際から身を引き上げた。

 

重い。

 

ただそこに居るだけなのに、周囲の空気が押しつぶされる様に沈む。

アスファルトがひび割れ、街灯や信号機が潰れる。

建物は自重に耐えきれず、ゆっくりと潰れていくように沈んでいった。

 

逃げ遅れた人々の足が、まるで地面に縫い止められたかの様に動かなくなる。

 

音が遠ざかる。

悲鳴も、サイレンも、全てが水の中に沈んだ様に鈍く響いていた。

 

逃げようとした人々の足が止まる。一歩も踏み出せない。

まるで、見えない重さに押し潰されているかのように。

 

膝から崩れ落ちる者。

その場に座り込む者。

誰も、前に進めない。

 

声を上げようとしても、喉が震えるだけで音にならない。

世界が、ゆっくりと沈んでいく。

 

怪獣は何かを探しているかの様に、ゆっくりと彷徨うだけだった。しかし、それでも周囲の被害は確実に広がっていった。

 

「オォォッ!」

 

その時、雄叫びと共に紫の巨人が現れる。グリッドナイトだ。

怪獣――グラバスの正面から迎え撃つつもりだ。

 

グリッドナイトがタックルを浴びせる。しかし、グラバスの歩みは止まらない。それどころか、グリッドナイトもろとも突き進んでいく。

 

「ぐっ……何ッ、止まらない……!?」

 

押し返しているはずなのに、手応えが違う。

硬いとか、強いとかではない。

 

――重い……ッ

 

グリッドナイトの足元が沈む。踏みしめているはずの地面が崩れ、脚が悲鳴を上げる。

 

その場に立っているだけで、全身が引きずり込まれるような圧力。

視界の端で、避難していた人々が次々と崩れ落ちていくのが見えた。自分だけではない。生き物も無機物も、全てが重力に囚われ沈み込んでいく。

 

グラバスはゆっくりと顔を向ける。

その無機質な複眼は、何も映していないようでいて、確かに何かを見ていた。

 

その視線は、高台の公園へ向けられている。

そこは避難場所だった。避難に成功したたくさんの人々が集まっていた。

 

だが、何か違う。

違和感。

 

目の前で戦っているはずのグリッドナイトではなく、ただひたすらに目標に向かって突き進む。

それは余裕や侮りではない。

 

グリッドナイトは直感する。あれは、群衆を見ているのではない。ただ一つの何かを、探している。

 

「……標的がいるのか」

 

低く呟く。

 

グラバスが、一歩、踏み出す。その進行方向にいた人々が、次々とその場に崩れ落ちる。

逃げることすらできないまま、道が沈んでいく。

 

「……させるものか!」

 

グリッドナイトが進路を塞ぐように立ち塞がる。

しかしグラバスは止まらない。

 

まるで、そこにいるグリッドナイトの存在すら認識していないかのように。ただ、目的地に向かって進み続ける。

 

グラバスの視線の先、高台の公園。そこにイッペイは立っていた。

 

動けない。

 

「……ッ、動け……!」

 

イッペイは必死に足に力を込める。だが、動かない。

逃げなければならないと分かっているのに、身体がまるで自分のものではないようだった。

 

グラバスが迫る。ゆっくりと、確実に。

 

「そこから離れろ!」

 

グリッドナイトが叫ぶ。だが、その声は届かない。

音はあるはずなのに、イッペイの耳には何も届いていなかった。

 

胸の奥に沈んでいる何かが、全てを押し潰していた。

 

「イッペイーッ!」

 

一人、こちらへ向かってくる影があった。

 

「……タケオ……?」

 

イッペイの視界に映る。タケオが走っていた。

足取りは、決して軽いものではなかった。踏み出すたびに、見えない何かに引き止められる。

泥の中を走る様な感覚だった。

 

だが一歩、また一歩と踏み出すたびに、足取りは軽くなっていく。青い光がタケオから漏れ出ているのを、イッペイは見た。

 

タケオは止まらない。グラバスの圧力の中を、まっすぐに走り抜けていく。

 

やがて、イッペイの目の前にたどり着いた。

 

「…….タケオ、お前……」

 

息が詰まる。言葉が続かない。

しかしタケオは、ただ短く言った。

 

「大丈夫」

 

その声は、はっきりと届いた。

タケオがイッペイの肩を掴む。

 

「だって俺たち、友達だろ」

 

イッペイの胸の奥にあった鉛のような塊が、静かに形を失っていく。

呼吸が戻る。指先に力がはいる。沈んでいた感覚が、ゆっくりと浮き上がってくる。

 

グラバスの複眼がわずかに揺らぐ。同時に、圧倒的な圧力が揺らいだ。

 

「ッ! ハァァッ!」

 

グラバスの見せた僅かな隙を突き、グリッドナイトが体当たりで突き飛ばす。グラバスの体勢が崩れ、大きく退いた。

 

グラバスの複眼が再びイッペイを捕らえようと蠢く。

 

「させんッ!」

 

グリッドナイトはグラバスと距離を取ると、背後の公園を守る様に立つ。グリッドナイトは一瞬だけ背後を確認する。その視線の先には、立ち上がった少年と、その隣にいるタケオの姿。

 

彼は右腕にエネルギーを迸らせると、それを一気に解放した。

 

「グリッドナイトォ……ストォォォムッ!」

 

グリッドナイトから放たれた、紫の光の奔流がグラバスを飲み込む。

そして、爆発。

怪獣――グラバスが消滅すると、重く沈んでいた空気が、ようやく解けていく気がした。

 

 

△▼△▼

 

 

「……悪かったな、タケオ」

「なにが?」

「なにって、そりゃ……怪獣のこと、信じてやれなくて」

「何だよ、そんなことかよ」

 

イッペイが気まずそうに言葉を吐き出す。しかしタケオはそんな事、気にもしていない様に笑って返した。

 

夕日が西の空に沈んでいく。前のマグマギラスの時ほどではないとはいえ、街はめちゃくちゃになっていた。人や建物、失われた物は大きく、多い。遠くでサイレンの音が鳴っているのを、イッペイとタケオはどこか他人事のような心持ちで聞いていた。

 

「藤堂タケオ」

 

そこに、巨人から人間へと姿を戻したナイトがやってくる。

 

「ナイトさん、街は?」

「……」

 

ナイトは無言で視線を逸らす。表情は変わらない。しかし内心では、僅かに動揺していた。

 

「俺に、修復の力はない……」

 

失われたものを、元に戻す術がない。

2代目が居れば、フィクサービームの力を擬似的に行使する事も可能だが、その2代目とはこの世界に来た時に、はぐれてしまっていた。

 

「だが、藤堂タケオ、お前なら……ッ!?」

 

ナイトがそう言いかけた瞬間、タケオの中で、何かが応えるように震えた。

それは彼の体を通して、青い光となって溢れ出す。それは光であり、意思そのものだった。

 

「タケオ……ッ! どうした!?」

「わかんないけど……これ、たぶん大丈夫だ」

 

青の光の粒子は、破壊された街へと広がっていく。

そして、それが触れたところは元通りの形へと修復されていった。時間を巻き戻すとかではない。文字通りの『修復』。あらゆる破壊の痕跡が、その事実ごと拭い去られていく。

 

「……これは、やはり……ッ」

 

そう。これと同じものをナイトは見たことがある。

 

「フィクサービーム……!」

 

 

△▼△▼

 

 

清掃活動の後、アカネ達はコンビニに寄り道して、雑誌を立ち読みしていた。日は傾き始め、空気が赤く色づき始めている。

彼女は、河川敷で出会った男のことが、心のどこかに引っかかっていた。まるで、ずっと前から知っていたような、そんな感覚だった。

 

「えっ、アカネってああいうのがタイプなの?」

「そんなんじゃないよ」

 

友人がからかってそう言うが、アカネの気持ちはそれどころではなかった。

そうだ、これは恋などという燃えるような感情ではない。それよりも『懐かしさ』に近い感覚だった。

何故だろう。あの青いアクセプターを見た時から、どこか気になって仕方がない。

 

「なんでだろう……。あ」

 

アカネが無意識のうちに開いた雑誌には、あの男の写真があった。

 

『次世代AI研究者、藤堂武史特別インタビュー』

 




沈鬱悲壮怪獣グラバス
インスタンス・ディストーション
Instance Distortion
存在歪曲
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