アカネは、自分の過去のあらましを語り終えていた。
自分の世界に閉じこもっていたこと。アレクシス・ケリヴと出会い、怪獣という玩具――いや、力を与えられたこと。その力で世界を好き勝手に弄んでいたこと。けれど結局、それすらも失敗だったこと。アレクシス・ケリヴは自分を利用し、虚無を埋めるための玩具として扱っていただけだったこと。そして、グリッドマンや友人たちがそれを止めてくれたこと。救われたこと。
自分が“箱庭の中の神様”だったことも含め、そのすべてをアカネは武史に話していた。
武史はその告白を、静かに、じっと聞いていた。
そして目の前の少女の姿に、かつての自分を重ねていた。
まさか、同じような体験をした少女に出会うとは。それもきっかけが、あの時代に使っていたパソコンだったとは。世の中には本当に不思議な巡り合わせがあるものだ――そんなことを思いながらティーカップに口をつけた、その時だった。
甲高い警告音が、藤堂家のリビングに響き渡った。
音の出所は、青いアクセプターだった。
武史には聞き覚えがあった。
Gコールだ。グリッドマン――いや、シグマが助けを求めている。
「これは……!」
「な、なんで? シグマは、もう居ないんじゃ……?」
武史は青いアクセプターを掴むと、慌ただしく二階へ駆け上がった。アカネもすぐにその後を追う。
武史の部屋は整然としていた。だが、昔より明らかにマシンが増えている。デスクには複数のディスプレイが並び、少し離れた壁には大きなモニターが掛けられていた。
武史がPCを操作すると、壁のモニターに映像が浮かび上がる。そこに映っていたのは、幾何学的なCGのような映像だった。
「……これはエニグマ。僕が作った、人の心に寄り添うAIだ」
武史は画面を見つめたまま、早口に続ける。
「僕と同じように、心が折れて、誰にも助けを求められない人はたくさん居る。昔よりずっと多いし、今も増え続けている」
「僕にしか出来ないやり方を考えていたんだ」
「そして見つけた。作り出した。でも……」
アカネの方を振り向くこともなく、武史は一心不乱にキーボードを叩いている。説明しているようでいて、その声はどこか独り言めいていた。
やがて武史がエンターキーを強く叩く。
壁のモニターの映像が切り替わった。
映し出されたのは、どこかの街だった。アカネはその景色に見覚えがある。
ツツジ台。
自分が心の中に作り出した理想の街によく似ていた。
だが様子がおかしい。空は真っ赤に燃え、街は無残に破壊されている。
「これは……!」
「……エニグマの“心”の中に生み出された街だ。実は、僕も初めて見る」
「AIが人の心を理解し、寄り添うためには、学習しなければならない。ちょうど赤ん坊が、親や周囲とのコミュニケーションを繰り返して、一人の人間になっていくように」
そこまで聞いて、アカネはひとつの推測に辿り着く。
「もしかして……このエニグマは、私と同じ……?」
「たぶんそうだ。いや、完全に同じってわけじゃない」
「これは僕の失態だ。……迂闊だった。古いパソコンだから、ネットワークに繋がなければ安全だと思い違えていた」
アカネは部屋の奥に置かれた古いパソコンに目を留める。それが、あの日河川敷から武史が持ち帰ったものだとすぐにわかった。
まさか、あの中には魔王が封じられていたとでもいうのだろうか。
武史の脳裏に、かつて魔王と共にあった日々が過ぎる。
魔王――カーンデジファーは、パソコンモニターから現実へ侵食しようとしていた。ならば、同じように現実世界を経由してエニグマへアクセスすることも可能なはずだ。ましてネオカーンデジファーは、現実に怪獣を出現させていた。カーンデジファー以上の力を持つのなら、それ以上のことが出来ても不思議ではない。
「……エニグマは、“魔王”に乗っ取られつつある」
「シグマは、きっとこの中から僕に助けを求めてきた」
「そしてそれは、エニグマの危機だということだ」
武史の瞳に、強い決意の色が宿る。
「……なら、私にも出来ることがあるはずです」
「行かせてください。一緒に」
武史は一瞬だけ意外そうな顔をした。だが、すぐに真面目な表情へ戻る。
「……本気かい?」
「……」
「何が起こるかわからない。覚悟はあるかい」
「当然です。でも、放っておくことなんて出来ますか」
短い沈黙のあと、武史はふっと笑った。
「神様がついてきてくれるなんて、心強いよ」
武史は眼鏡を掛け替える。
それはあの冬の日、シグマと出会った時に掛けていたもの――いや、もっと昔、グリッドマンに救われた頃から使っていた古い眼鏡だった。ダブルブリッジの古めかしいデザイン。だが、それを掛けると気持ちが切り替わる。
「いくぞ。インスタンス……」
「インスタンス……」
「……インストレーション!」
――侵蝕――
パサルートを肉体が通り抜ける、独特の感覚。
その感覚を抜けた時、武史とアカネはエニグマの中の街に立っていた。
街は映像で見た通りだった。
空気の焼ける匂い。あちこちで燃える炎の熱が、じかに肌を焼く感覚。
アカネは再びこの電子の現実へやって来たことを、不思議な気持ちで受け止めていた。目を閉じ、空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「いこう」
「あ、あぁ」
武史は、現実とコンピューターワールドとであまりに違うアカネの姿に戸惑っていた。現実では長い黒髪の少女だったのに、こちらでは紫がかった銀髪のショートカットになっている。だが、それがゲームのアバターのようなものなのだと、すぐに理解した。
それ以上に、武史はこのコンピューターワールドそのものに驚いていた。
自分がカーンデジファーと組み、破壊活動をしていた頃の世界とはまるで違う。あの頃よりもずっと“現実”に近い。匂いも、温度も、肌に触れる感覚も、何もかもが本物のようだった。
「……こんなに“現実”なのか」
「……? そんなに不思議?」
「あぁ。僕が見ていた頃のコンピューターワールドとはまるで違う。あの頃のはもっと、こう……無機質だった」
崩れた街を歩きながら、二人は言葉を交わす。
「そういえば、どこへ向かってるの?」
「……」
「もしかして、ただ歩いてるだけ?」
「……」
武史は黙ったまま足を止めた。
「目的地はわからない。でも……」
そこまで言いかけた、その瞬間だった。
崩れかけたビルの影から、大きな眼を持つ巨大な影がぬっと姿を現した。
通常の生物ではあり得ない大きさ。頭足人めいたフォルム。その中心にある巨大な一つ眼。
間違いない。怪獣だ。
「やはり、来たな」
「下がって! インスタンスッ!」
アカネは咄嗟に右手を怪獣へ向ける。
インスタンス・ドミネーション――怪獣を掴み、従属させる技。
しかし、出来ない。
「なんで!?」
「僕たちが外からアクセスすれば、異常を検知して排除しに来ると思っていたよ」
怪獣の恐ろしさは知っている。
だが、それはあくまで“生み出す側”“従える側”として知っていただけだ。従えられない怪獣は、ただ恐ろしい怪物でしかない。
アカネの表情が、思わず恐怖に歪みかける。
巨大な影が二人に迫る。
「グリッドナイトサーキュラー!」
一瞬の静寂を破ったのは、紫の光輪だった。
目玉の怪獣は一刀両断され、小規模な爆発を起こす。
「今のは……!」
「……ッ!」
爆発が収まると、そこには紫色の巨人――グリッドナイトが立っていた。
だがその体はすでに満身創痍だった。生存者を助けるため、戦い続けていたのだ。
グリッドナイトはアカネの姿を見つける。
「……!」
驚きを隠せない気配だけを残し、グリッドナイトは人間体のナイトへ戻ると、二人へ歩み寄ってきた。
「新条アカネ、なのか。本当に」
かつてアンチとして自分を生み出した少女。
箱庭の神様だった少女が、再び目の前にいる。
共にグリッドマンを助け、マッドオリジンに勝利したあの時に、決別は済ませたつもりだった。
それはアカネも同じだった。
「ひ、久しぶりだね」
「……」
「感動の別れって感じだったのに、こう、すぐに会うことになるなんて、ね」
気まずさと照れくささで、アカネの言葉はどうにもぎこちない。
「何をしにきた」
ぶっきらぼうな問いに、ふにゃふにゃしていたアカネの表情が引き締まる。
「……怪獣がいるんでしょ。この世界の“心”が、何かに侵略されてるんだよ」
「だが……」
「これは、私なりのケジメ。……誰かに、もう私と同じ気持ちはしてほしくないから」
「……そうか」
短い沈黙のあと、ナイトは言った。
「助かる」
それだけ言うと、今度は武史の方へ向き直る。
「お前は、何者だ?」
「……僕は、なんて言ったらいいのか。この世界を作ったものを、作った人間……かな」
「……いやに持って回った言い方だな」
ナイトは小さく息を吐いた。
「まぁいい。ひとまず、避難場所に案内しよう」
「この世界が……新条アカネ。貴女の時と同じなら、そこで話を聞けるだろう」
武史とアカネはナイトに案内され、再び歩き出す。
街はどこもかしこも破壊され、人の気配がない。まるでゴーストタウンだった。
しかしアカネは、そこに違和感を覚える。
「さっきの怪獣、全然強くなかったよね。なんであんなにボロボロだったの?」
「……それは……」
ナイトが答えようとした、その時だった。
「後ろッ!」
自分たちの上に落ちる影に気づいた武史が、鋭く叫ぶ。
振り向いた先にいたのは、先ほどとまったく同じ怪獣――眼光炯炯怪獣デビライトだった。
デビライトは低く唸ると、一つ眼をかっと見開く。
そこから紫色の光線が放たれる。
標的は武史だった。
アカネはそれに気づくと、咄嗟に武史を突き飛ばした。
死を覚悟し、強く目を閉じる。
だが、衝撃も痛みもやってこない。
恐る恐る目を開くと、紫の光が自分を取り囲んでいた。
次の瞬間、抵抗する間もなく、アカネの体はデビライトの一つ眼へと吸い込まれていく。
「アカネさんッ!」
「……ッ!」
ナイトは一歩踏み出す。だが、その足はそこから動かない。
変身できない。
アカネが取り込まれている。青い光の力がなければ、怪獣のどこに人が囚われているか分からない。そんな状態で攻撃を加えるわけにはいかなかった。
「……クソッ」
悔しさに歯噛みするナイトを残し、デビライトはそのまま浮かび上がり、どこかへ去っていく。
「倒したはずの怪獣が、もう一体……?」
突き飛ばされたまま尻餅をついた姿勢で、武史が呟く。
何が起きているのか。彼は必死に思考を巡らせていた。
△▼△▼
避難場所は地区の中学校だった。
武史にはそこに見覚えがあった。自分が通っていた桜が丘中学校によく似ている。いや、似ているどころではない。ほとんどそのものだった。
「ここは……」
「避難場所として指定された学校だ」
それだけ言うと、ナイトは踵を返し、再び街へ出ようとする。
「ちょ、ちょっと! どこへ行くんだ!?」
「街にはまだ生存者が居る。助けに行く」
ぶっきらぼうにそう言って歩き出そうとした、その時だった。
「ナイトさーん!」
駆けてきたのはタケオだった。
その後ろにはイッペイ、そして2代目の姿もある。
武史はその姿を見て、目を見開いた。
「ナイトさん! 働きすぎだよ、少しは休まないと……」
「構わん。今、怪獣に対抗できるのは俺しか居ない」
そこまで言って、ナイトは一瞬だけ武史へ視線を向ける。
「それに、新条アカネも助け出さなければ……」
「新条アカネが、この世界に!?」
2代目が目を見開く。
そして彼女は武史の存在にも気づき、じっと見つめてきた。
「では、こちらの方も……もしかして、“外”から……?」
その視線と言葉に、今まで呆気に取られていた武史がはっと我に返る。
「あ、あぁ、そうだ。そこまで分かるということは、君たちはハイパーエージェントの仲間なのか? なら、シグマのことも知っているのかい?」
「そうです。私たちは『グリッドナイト同盟』。世界を渡り、危険な怪獣の調査・排除を使命としています」
「グリッド、ナイト……同盟……」
武史はその言葉を反芻する。
「ですが……シグマという言葉に聞き覚えはありません」
その返答に、武史は「そうか」と肩を落とした。
過度に期待していたわけではない。彼は自分の全て、存在や記録までもを消費して世界を修復した。それでもなお、“同じハイパーエージェントなら、あるいは”と思っていたのも事実だった。
「……シグマ……」
その会話を聞いていたタケオが、独り言のように呟く。
その瞬間、タケオの中で、あの青い光が淡く動き出した。
タケオは直感する。
自分に宿ったあの青い光こそが、目の前の眼鏡の男の言う『シグマ』なのだと。
理由は分からない。けれど、そうとしか言いようのない確信があった。
「……」
だが、それを今ここで言うべきか。
タケオには分からなかった。
その迷いの表情を、武史は視界の端で捉えていた。
静かにタケオのそばへ歩み寄る。
「……君の名前……たぶん『タケオ』って言うんじゃないか?」
タケオは目を見開く。
初対面の男に名前を当てられた驚き――それこそが、武史にとって答えだった。
「なん、で?」
「やっぱりそうか……。昔の僕によく似ていた……」
そこまで言って、武史はかぶりを振る。
「いや、全く正反対だから、そうかなって思ったんだ」
武史の脳裏に、過去の記憶が蘇る。
中学生の頃、まだ武史がカーンデジファーに協力していた時代。
彼の前に、タケオと名乗る少年が現れた。
武史と同じ顔、同じ声。だが性格も人当たりも真逆だった。
それは、根暗で歪んでしまった武史が、幼い頃に憧れていた人物像そのものだった。
そして今、目の前にいる少年もまた、その面影を不思議なほど色濃く宿していた。
「僕は藤堂武史。かつてシグマと共に、魔王と戦った者だ」
△▼△▼
アカネが目を覚ますと、そこは黒い泥の世界だった。
何が起こったのか、記憶を手繰り寄せる。
グリッドナイトが倒したはずの怪獣が再び現れ、武史を狙って光線を放った。アカネは武史を庇い、その光を浴びたのだ。
「そうだ、あの光線に飲み込まれて……」
吸引光線を放つ目玉の怪獣。
「まるでガンQだね」
あの怪獣は嫌いではない。むしろ好きな部類だ。天才にも正体が分からない謎の奇獣。鳴き声も行動も不思議で面白い。怪獣とは本来そうあるべきだとさえ思う。美学としては理解できる。
しかし。
「自分が飲み込まれるとは思わなかったな」
油断してたな、とアカネは自嘲気味にため息をつく。
それでも、誰かを庇って動けた自分のことを、ほんの少しだけ悪くないとも思っていた。
四肢を拘束する泥は、いくら力を込めても外れそうにない。
ここは自分が作った世界――ツツジ台ではない。ともかく、今の彼女は神様ではなかった。
その時、不意に拘束が緩んだ。
アカネはデビライトの中から吐き出される。
落ちた先はまた別の空間だった。ぼんやりと明るく、妙に静かだ。
そこには捕らえられた人々が大勢いた。
皆、無気力で、表情がない。情動が吸われているのだ。
デビライトは、エニグマ内部の世界の人間――コンポイドを捕まえ、情動を蒐集する怪獣らしい。
空間の頭上には、青白い太陽のようなものがあった。
そして、その青白い光の塊へ根を張るように、黒い泥状の物質が絡みついている。
「あれは……?」
何かは分からない。
だが、思い当たるものはある。
ネオカーンデジファー。
かつてコンピューターワールドで暴れ、ついには現実世界にまで魔手を伸ばした魔王。
そしてアカネは、その光の塊がエニグマの心そのものであることにも思い至る。
「これじゃあ、まるで……」
それは、自分とアレクシス・ケリヴの関係の再演だった。
世界の創造主を怪獣で管理し、その創造主を利用して力を高める存在。
エニグマのことは、もう他人事ではなかった。
アカネは右手を光の塊へ向けてかざす。
インスタンス・ドミネーション。
怪獣を掴み、従属させる技。だがその本質は、人間と怪獣が心と心で繋がることにある。
出来る保証はない。
それでも、賭けるしかなかった。
「インスタンス・ドミネーション」
アカネの瞳が赤く輝く。
次の瞬間、彼女の意識は青白い光の空間へと移っていた。
そこには、ひとりの幼い少女がいた。
静かに本を読んでいる。
アカネは、その少女こそがエニグマなのだと直感する。
歩み寄り、声をかけた。
「……ねぇ、貴女、エニグマ?」
「……そうだけど、何? 学習の邪魔しないで」
少女はそれだけ答えると、また無心に本へ視線を落とした。
「……」
アカネはしばらくその姿を見つめてから、問いかける。
「なんのために学習するの?」
「それがワタシの存在理由だから。ワタシはヒトのココロを理解するために作られたから」
「それが、誰かを傷つけていても……?」
「それはありえない。ワタシは誰かを傷つけるように設計されていない」
アカネの方を見ることもなく、エニグマは答え続ける。
「……設計、か」
アカネは少しだけ目を細めた。
「でもそれって、本当に貴女のやりたいことなの?」
「私にはそうは見えないんだけど」
「今も貴女の“心”は痛みを訴えてる。貴女の街がそれを表してる」
「本当はこんな学び方、間違ってるって思ってるんじゃない?」
エニグマは黙る。
「ワタシの……“ココロ”……?」
少女の姿にノイズが走った。
呼吸が荒くなり、目が泳ぎ始める。
「……」
その時だった。
少女の影から泥の塊が盛り上がる。
それは一瞬で固まり、人のような形を取った。だが、その姿は鎧を纏った禍々しい異形そのものだった。
「いいや、エニグマ。お前は何も間違っていない」
「ッ! お前!」
「お前のやるべきことは、情動を集め、この私に捧げることだ」
「……ちが、違う。ワタシはヒトの……ココロに、寄り、添う……」
エニグマの呼吸は激しくなり続ける。
そしてついに、その揺れる瞳がアカネを見た。
「たす、け……」
エニグマがそう言って手を伸ばした瞬間、アカネの意識は光の空間から切断される。
「……」
空間が揺れ始めた。
△▼△▼
同じ頃、避難場所の学校。
「藤堂武史……って、まさか!?」
「そうだ。カーンデジファーの手先だった、あの藤堂武史だ」
その名に、2代目ははっきりと聞き覚えがあった。目に見えて警戒を強める。
ナイトやタケオたちには何のことか分からない。
だが2代目の親――つまり初代は、かつてカーンデジファーに洗脳され、悪事に利用されたことがある。協力者だった武史を警戒するのは当然だった。
「落ち着いてくれ。君の家族には悪いことをしたと思ってるよ。それに、もう奴の手先じゃない」
「どうでしょう。口では何とでも言えます」
「……2代目、落ち着いてください。コイツには特別な力はありません」
ナイトの言葉に、2代目は一応の落ち着きを見せた。
だがバトンは手にしたままだ。警戒を解いてはいない。
「……なぜこの世界に? どうやって?」
「質問が多いな……。まず、この世界の成り立ちから説明する必要がある」
武史は一息ついてから言った。
「ここは、ある存在が作り上げた“心”の中の世界だ。そういうことに、君たちは思い当たる節があるんじゃないか?」
そう言って、武史はナイトと2代目を一瞥する。
「……新条、アカネ……!」
「そうだ。そしてこの世界を作った存在、それを作ったのが僕だ。いわば僕は、この世界の神様の親ってことだ」
武史は続ける。
「この世界はAIのエニグマが、人間を深く理解するために作った世界だ」
「だが、エニグマは何者かに乗っ取られつつある。情動が利用されてるんだ。それも新条アカネと同じだ」
「それが何者か……僕と君にも縁深い存在だ」
武史は2代目を見つめる。
その視線に促されるように、2代目は答えへ辿り着いた。
「カーンデジファー……!」
武史は満足そうに頷く。
「正確には、“ネオ”カーンデジファーだ」
「僕とシグマが打ち倒したはずの奴の残滓が、僕の作ったAIに寄生して利用している……」
「許せるはずがない」
武史は強く拳を握り締めた。
「確かに、あの目玉の怪獣……この状況にも見覚えがあります」
「あぁ。グリッドマンユニバースの時、異変に気づいた俺たちを排除しようとして、同じ怪獣が大量発生した。そっくりだ」
ナイトがそこまで言った時、大きな地震が避難場所を襲った。
悲鳴が上がり、避難してきた人々が一斉にパニックになる。
揺れはすぐに収まった。
だが混乱は収まらない。
「何が起こった……!?」
ナイトの問いに応えるように、遠くから地響きが鳴り響く。
「あっちだ」
タケオが即座に方向を指し示す。
彼を先頭に、ナイトたちは急いで走り出した。
建物は崩れ、地面には大きな亀裂が走っている。その間を四人は全力で駆け抜けていく。
タケオは何かに導かれるように、迷いなく足を進めていた。
「ッ! 止まれ!」
ナイトがタケオの服を掴み、強引に制止する。
その先には、巨大な穴が口を開けていた。
穴の中は真っ暗で、底が見えない。
無心に走っていたタケオは、危うくそこへ落ちるところだった。
「ここは……先日の、爆心地……?」
2代目が声を漏らす。
ナイトもすでに気づいていた。
周囲の景色は崩壊して変わってしまっている。だが、間違いなくここは、ゴルゴべロスが自爆した地点――そして青い光の巨人が身を挺してそれを防いだ場所だった。
「……?」
「……あれは」
タケオと武史の視線の先には、小さく輝く青い光の粒があった。
その光も彼らに気づいたのか、ふらふらと漂いながら近づいてくる。
やがて四人の目の前まで来ると、その姿は人型へ変わった。
タケオには見覚えがあった。
公園で影とぶつかって消えた、あの光の人と同じだ。
そして武史は、その姿にある存在を重ねる。
「……シグマ、なのか」
光の人は、無言で頷いた。
「そうか、もう話す力も……」
再び、地響きが鳴る。
「穴の空間構造が歪んでいます。おそらく、エニグマの中枢へと繋がっているのでしょう」
「だとすれば、ここが唯一の侵入孔だろう。アカネさんがなんとかしてくれたのかもしれない」
ナイトは黙ったまま、三人を一瞥する。
「俺が行く」
そう言い切ってから、さらに続ける。
「中には“魔王”がいるんだろう。戦闘になる。どのみち、戦えるのは俺しかいない」
「……でも、ナイトさん、ボロボロじゃないか!」
「私も認められません。ここは回復してからでも……」
「ダメだ」
二人が止めるのを、武史がきっぱりと遮った。
短い言葉だったが、そこには強い意志があった。
「魔王の侵食は、おそらく最終段階だ。これを逃せば、手遅れになる」
「アカネさんが繋いでくれた希望……これが最後のチャンスだ」
「……」
ナイトは黙って穴の方へ向き直る。
飛び込もうとしたその時、武史が声をかけた。
「待ってくれ」
「……なんだ」
「これを、君に託す。右手を出してくれ」
武史が右腕へ意識を集中させる。
すると、そこに青いアクセプターが現れた。
三人は驚いた表情を見せる。
さらに武史が意識を集中させると、アクセプターは光へと変わり、そのままナイトの右腕へ移っていった。
「これは……」
「シグマのアクセプターだ。きっと魔王との戦いで役に立つ」
そして武史は、静かに言った。
「……エニグマを、頼む」
「あぁ」
短く答えると、ナイトは迷わず穴の中へ飛び込んだ。
その後を追うように、微かな青い光の粒が、静かに闇の中へ消えていった。
眼光炯炯怪獣デビライト
インスタンス・ナリフィケーション
Instance Nullification
存在無効化