サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
学校のヤンキー二人が、『デキた』らしい、という噂は、瞬く間に学校中へ広まった。
客観的に見れば、ただの一カップルが成立しただけの話なのだが、それが男同士で、しかも高校きっての不良であり、ましてや衆目の中堂々と乳繰り合っていたのだ。注目するなというほうが無理であった。
時間を経るに従い、二人の情報が集まってきていた。二人はお互いがイチャつくだけではなく、他の男子生徒を口説いているらしいのだ。つまりは『ナンパ』である。それまで、恫喝やカツアゲばかりを行っていたヤンキーが、同性をナンパし始めるという、極めて理解に苦しむ、悪夢のような光景であった。
そのため、古里たちの周辺の人間は、軽く混乱しているらしい。
もっとも、蚊帳の外にいる人間たちからは、こちらのほうがマシだという意見がチラホラ出ていた。古里と鴨志田が、突然同性愛に目覚めたきっかけは不明だが、以前のように暴力的で、害を撒き散らすだけのススメバチのような存在よりかは、今のほうが、遥かに平和的であるとの見方だった。
それは祐真も同意である。
別にこちらに影響がない以上、気にする必要はなかった。
しかし、カツアゲの次は同性愛に目覚めるなどと、つくづく妙な連中だと思う。
その日の学校は、古里たちの話題で持ちきりだった。それは止むことはなかった。
やがて放課後になる。
祐真は帰宅し、リコに二人のことを話す。
てっきり同性愛者であるリコは、このことに興味を持つかと思っていたが、意外にも反応は薄かった。
「ふーん、そうなんだ」
男に興味がなくなったのだろうかと、祐真は一瞬訝しむ。だが、違うようであった。
「どんな風にイチャついていたの? 僕とやってみようよ」
鼻息荒く、リコはそう言った。やはり、リコの興味は祐真だけらしい。言わなければよかったと、祐真は後悔する。
翌朝。祐真はリコが作った朝食を食べ、登校を行う。
遅刻することなく、校門をくぐった祐真は、ふと思う。
今日も古里たちは、新婚夫婦のように、ラブラブなのだろうか。
今日もその冗談みたいな状態を晒すのなら、まだまだ生徒たちの噂の的になり続けるだろう。本人たちはそれに対し、全く気にも留めていないようだが。
校舎の入り口へ向かう最中、祐真はあることに気がつく。
あれ? と思った。
また古里たちを目撃したのではない。
目の前に、二人の男子生徒が並んで歩いている。その二人はカップルのように、手を繋いでいるのだ。昨日の古里たちと同じように。
祐真は不思議に思う。今度は別の男同士のカップルを目撃するとは思わなかった。古里たちに影響を受けて、隠れていた同性愛者が、堂々と振舞う選択をしたのだろうか。
会話を弾ませながら歩く二人の後ろで、祐真は周りの様子をうかがう。
昨日と同じく、皆が注目していると思ったからだ。しかし、その予想は外れた。
周りを見た祐真は目を丸くする。驚愕の事実。
登校している他の男子生徒たちの中にも、同じように、手を繋いだり、腕を組んで歩いている者たちがチラホラ見えた。中には三人で仲良く手を繋いでいる者もいた。
女子生徒たちや、そうじゃない男子生徒たちは今の祐真と同じように、驚きの表情で、カップリングが成立した男子生徒らに視線を投げていた。
校舎の中も同様だった。下駄箱から、教室に着くまでの間にも、何組かの男子同士のカップルが散見された。
祐真は教室へ着き、中に入る。星斗や直也はまだきていなかった。
祐真は、自身の席に座り、ぼんやりと思索する。何なのだろうか。一体。
すでに登校しているクラスメイトたち皆が、急に増えた男同士のカップリングに対し、方々に固まって会話を行っている。それが、耳に入ってくる。
やはり、皆も不思議に思っているようだった。
今、世界的にLGTBの解放運動が取り沙汰されているが、その波がこの高校へと押し寄せたのかもしれない。それにしては、妙に広まりすぎだが。
祐真は、窓から見える運動場へと顔を向けた。運動場を通って登校してくる生徒たちの中にも、男子同士のカップルが存在していた。
「おはよう! 祐真君!」
突然後頭部に、明るい声が刺さる。声だけ聞くと、修学旅行に行く日の朝のような、楽しみに満ちた雰囲気を纏っているように聞こえた。
祐真は顔を向ける。彩香がニコニコ顔で立っていた。
「おはよう」
祐真は、彩香に挨拶を返す。彩香は何があったのか、上機嫌だった。
その彩香の顔が、神妙になる。
「どうしたの祐真君。何か悩んでいるみたいだけど」
顔つきこそは心配げだったが、機嫌の良さは全身から溢れ出ていた。よほど良いことがあったのだろう。
祐真は彩香の質問に答える。彩香もここにくるまでに、男子生徒のカップリングを何組か目撃しているはずだ。悩みではないが、それについて、困惑していると伝えた。
彩香は、目を細め、納得したように頷く。
「あーそうだよねー。いきなり増えたから私もびっくりしたよー」
どことなく、楽しそうに彩香は言う。
祐真は疑問を口にした。
「でも、どうしてだろう。なんで急に増えたのかな? 昨日の古里たちもそうだけど」
それに対し、彩香は首を捻った。
「さあ。わかんない」
彩香は、でも、と続けた。
「素敵だよね。男同士って。祐真君もそう思わない?」
何を突然。祐真は困惑した。同時に、今朝見た男子同士のカップルの姿が脳裏に思い浮かぶ。あれが素敵なのか。確かに愛し合っているようだが、他人事なので、素敵かどうかはわからない。それが男女の組み合わせでも同じように感じるはずだ。
そして、リコの姿が浮かび上がった。素敵と言うならば、あのリコと恋愛をした場合もそう呼ばれてしまう。だったら、認めたくない。あんな奴と乳繰り合うのが素敵なんて、冗談じゃない。
祐真は、手を顔の前で振って答える。
「思わないよ。男同士とか、俺は嫌だ」
彩香は、にんまりと笑う。
「そう? でも、もしかしたら、いきなり同性愛に目覚めるかもよ。他の人たちみたいに。同性愛なんて普通なんだから」
「普通ね」
普通だとしても、いきなり増えるのはおかしい気がする。あるいは、今まで気がつかなかっただけで、潜在的に相当な数がいたということか。どこで聞いたかは忘れたが、同性愛の因子を持つ者は、そうでない者よりも多数を占めるという。それが一気に表層化したという話なのかもしれない。
とはいっても、やはり大げさ過ぎる。それとも、そんなものなのか。自分が同じように『目覚める』気配は微塵も自覚がないが、彩香が言うように、突然変貌する時が訪れるのだろうか。彩香と話すうちに、よくわからなくなってきた。
「おはよー。何か変なことになってるね」
登校してきた直也が、祐真の席へとやってくる。直也も異変を目撃し、困惑しているようだ。
「じゃあね」
それを期に、彩香はこの場を離れていった。
男同士のカップルが急増した事象は、そうではない生徒たちに、大きな衝撃を与えた。古里たちが『デキた』ことに対しては、面白半分で済んでいたが、こちらはそうはいかない。なにせ、その数が多かったからだ。
およそ、全男子生徒の二割といったところか。それらがある日突然、示し合わせたように、いきなりカップルとして学校生活を送り始めたのだ。それは、どことなく、テレビ番組の『ドッキリ』を思わせた。それほど、不自然な展開であった。
だが、もちろんそのようなことはなく、『ドッキリ成功』の看板を持った芸能人が現れないまま、これを一つの事実として認識しなければならなかった。彼らは本当に、付き合い始めた男女のように、恋人として仲睦まじく振舞っているのだ。
そうではない生徒の中には、本人たちにどうしたのかと聞く者もいた。以前とはまるで違うではないかと。
その質問の答えに、彼ら全てが「突然目覚めた」と答えた。本人たちにもその根源がわからないらしいのだ。
そのような環境のまま、数日が経った。始めは沈静化するかと思われたが、その予想は外れた。むしろ逆である。
日を追うごとに、男子生徒同士のカップルが増えていっているのだった。その増え方は加速度的で、インフルエンザの流行のように、次々と男子生徒たちが同性愛者に変貌していったのだ。
今では、すでに全男子生徒の過半数を超えていた。