サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

19 / 69
第十九章 危機

 翌日。祐真は昨日クリアしたアダルトゲームを持って、学校へ向かった。

 

 大勢の男子生徒たちが手を繋ぎながら歩く中、教室へと辿り着く。今日は昨日よりも早い登校だ。

 

 星斗はすでに教室におり、直也と仲良く会話を交わしていた。他のカップル同様、近付き辛い雰囲気だ。

 

 それでも祐真は、星斗の元へ行き、借りていたアダルトゲームを返そうとする。だが、星斗はそれを受け取らなかった。

 

 「ああ、もうそれ要らないよ。好きに処分してくれ」

 

 「はあ?」

 

 次に直也に渡そうとするが、直也も断った。

 

 「俺もいい」

 

 祐真は困惑する。

 

 「でも、二人共これ楽しみにしてたじゃん」

 

 祐真がそう指摘すると、星斗と直也は、お互い、手を握り合った。

 

 「恋人ができたからな。二次元の女なんてもう興味なくなったよ。そんなゲーム、もう見たくもない」

 

 そして二人は、祐真の存在を忘れたかのように、再び乳繰り合いを始める。

 

 祐真は呆然としたまま、その場を離れた。自分の鞄にゲームを戻し、ぼんやりと考える。

 

 あいつら、本当に男にしか興味がなくなったのか。それまで夢中だった美少女ゲームを拒否するなんて。

 

 ショックを受けながら、祐真は教室を出る。あまり教室にいたくなかった。

 

 しばらく廊下をうろつき、やがてトイレへと入る。中を確認すると、この間のようにキスをしている人間はおらず、無人だった。

 

 祐真は、安心して用を足したあと、手を洗う。その時、背後に人の気配がした。

 

 顔を上げ、鏡を見る。自身の背後に人が立っている姿が目に入った。

 

 黄色い髪に、柄の悪そうな猿に似た顔。

 

 古里だ。

 

 振り返ろうとした瞬間、そのまま、洗面台の上に体を押し付けられた。

 

 肩が洗面台にぶつかり、鈍い痛みが走る。思わず祐真は呻いた。

 

 祐真は、洗面台に、前のめりの形で押さえつけられていた。それに乗り上げるようにして、古里は祐真を見下ろしている。

 

 古里の声が頭上から聞こえた。

 

 「よう。久しぶりだな。クゾガキ。覚えているか?」

 

 静かだが、湧き起こる興奮を押さえ込んでいるような色が、そこに込められていることがわかった。

 

 またこいつかと思う。懲りたんじゃないのか。こいつもこいつのボスの菅野もやられているのだ。どうしてこうも、返り討ちにしてきた奴を狙えるんだ。馬鹿なのか?

 

 とはいえ、今のタイミングはまずい。

 

 「は、離せ」

 

 祐真は、押し付けられた状態から逃れようともがくが、全く敵わない。現在の祐真は、リコの肉体強化の魔術を借りていないため、素の身体能力のままである。

 

 古里の腕力が、自身を圧倒していることを改めて自覚した。

 

 ライオンの牙に捕われたガゼルのように、虚しく抵抗する祐真を見て、古里は怪訝な声を出す。

 

 「なんだお前。あの時の馬鹿力はどうした?」

 

 そう言いながら古里は、さらに力を込めて押さえ付ける。洗面台の淵が、腹に深く食い込む。

 

 祐真は、小さく悲鳴を上げた。とてつもなく痛い。こいつは手加減を知らないようだ。

 

 祐真が抵抗できないことを悟り、余裕が生まれたのか、古里の声は幾分か、穏やかのものになった。

 

 「やっぱ妙なガキだな。何で今日はこんなに貧弱なんだよ」

 

 少しだけ、力が緩まる。しかし、逃れられるほどではない。

 

 「まあ、いいや」

 

 古里は、こちらの耳元にまで顔を近づけ、囁く。生暖かい息が首筋にかかった。

 

 「散々舐めた真似をしてくれたな。おい。覚悟しろよ」

 

 古里は、そう言い終わると、祐真のズボンに手を伸ばした。そして、ベルトに手をかけ、外そうとする。

 

 最初は理解不能だったが、祐真はすぐに古里の意図を悟った。恐怖と嫌悪感が業火のように、一気に沸き起こる。

 

 祐真は、がむしゃらにもがいた。古里の力が緩んでいたことと、押さえ付ける腕が一本だったことで、運よく逃れることができた。

 

 祐真はそのまま、トイレの奥へと足をもつらせながら避難する。本当は入り口の方へ行きたかったのだが、それには古里が邪魔だったので、不可能だった。

 

 古里は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。以前向けられた、弱者をいたぶる時の可虐にまみれたものとはまた違う、肉欲に彩られた笑みだった。

 

 壁際に追い詰められる形になった祐真は、その場で足を震わせた。純粋な恐怖が、心の奥底から這い上がってくる。蛇と対峙した野鼠のような気分だ。

 

 祐真はそこで、あることに気がつく。鴨志田の存在だ。いつも古里とセットでいる鴨志田が、トイレ内にいない理由がわかったのだ。

 

 鴨志田は、入り口にいた。その背中がここから見えた。門番のように、このトイレに他者を入れないように見張っているのだ。

 

 つまり、誰かがここを訪れ、その者に、救助を要請する道は絶たれているということである。事が終わらない限り、もう逃げられない。

 

 古里が、眼前まで迫る。祐真の心臓が激しく波を打ち、呼吸が喘息を起こしたかのように、荒くなった。

 

 「大人しくやられろよ。抵抗すると痛いだけだからな」

 

 古里が、こちらに手を伸ばす。体がすくんで、身動きが取れなかった。叫ぶことも不可能だ。

 

 古里の手が、祐真の胸元に触れようとした。

 

 その瞬間、それは起こった。

 

 古里は、小さな叫び声を上げ、祐真の胸元にまで伸ばしていた手を、慌てて引っ込める。ペットを撫でようとしたら、噛み付かれた時のようだ。

 

 なんだ? と思い、古里の手元を見て、祐真はギョッとする。

 

 古里の手に、手の平ほどの黒い物体が、くっ付いていたのだ。

 

 それは蝙蝠だった。なぜだがわからないが、自分の胸元から出てきたらしい。

 

 「なんだこいつ」

 

 古里は、腕を動かし、蝙蝠を振り払おうとする。だが、蝙蝠は離れない。

 

 それでも必死に腕を振っていると、やがて蝙蝠は離れた。そう見えたが、違っていた。

 

 蝙蝠は移動したのだ。古里の首筋へ。

 

 「うお!」

 

 古里は、呻き声を上げた。慌てて首筋の蝙蝠に手をかける。しかし、その動きが突如停止した。

 

 古里は、スタンガンを喰らったかのように、一瞬痙攣したかと思うと、そのままトイレの床に崩れ落ちた。そして、動かなくなる。

 

 静かになったトイレ内で祐真は、その光景を唖然として見つめていた。古里のレイプ未遂に続き、奇妙な蝙蝠の出現である。頭が混乱し、パニック寸前だった。

 

 古里を襲った蝙蝠は、蝶のように羽ばたきながら、今度はこちらに寄ってくる。祐真の全身が、一気に粟立つ。今度は俺を襲うつもりか。

 

 祐真は恐怖のあまり、目を瞑った。相変わらず足が麻痺したようにすくんでおり、逃げることができなかった。

 

 そこに声が聞こえる。それは聞き覚えのあるものだった。

 

 「大変なことになっているね。祐真」

 

 祐真が目を開ける。声の発生源は蝙蝠だった。

 

 「リコ!?」

 

 祐真は目を丸くした。蝙蝠の存在自体も驚きだったが、そこからリコの声が聞こえることにも驚く。リコは蝙蝠だったのか。

 

 「何なんだ一体? その蝙蝠は何だ?」

 

 「この蝙蝠は、僕の使い魔さ」

 

 「使い魔?」

 

 中空を羽ばたいていた蝙蝠は、祐真の肩に止まった。反射的に振り払いそうになるが、危険はなさそうなので、堪える。

 

 「そう。僕が魔術で使役したんだ」

 

 肩に止まった蝙蝠から、無線のように声が聞こえる。だが、無線とは違い、音声は本人と会話している時と同じくらいクリアだ。

 

 「昨日祐真の様子がおかしかったからね。念のためボディガードとして付けておいた」

 

 ボディーガード。とりあえず、リコに守ってもらったらしい。

 

 祐真は、床に倒れ込んでいる古里を見下ろした。

 

 「古里はどうなったんだ?」

 

 「眠ってもらった。命には別状ないよ」

 

 祐真は少しだけ、ホッとする。殺人に関与されたと疑われる心配はなさそうだ。

 

 「しかし、今のこの学校の惨状。とても恐ろしいよ。どうして相談しなかったんだい?」

 

 蝙蝠からは、若干だが咎める声がした。

 

 祐真は口ごもる。

 

 「ちょっと言い出せなくて……。そんなにひどいのか? 確かに異常だけど」

 

 「うん。これは間違いなく『淫魔術』が使われているね」

 

 「淫魔術?」

 

 「そう」

 

 そこまで言うと、蝙蝠は、祐真の制服の首筋部分に潜り込んだ。くすぐったく、思わず身震いする。

 

 首筋から、声が聞こえた。

 

 「とにかく説明はあと。ここを離れよう」

 

 リコに促され、祐真はトイレの入り口に向かう。入り口には、鴨志田がいるが、気にせず真横を通り抜けようとした。

 

 祐真が一人でトイレから出てきた姿を見て、鴨志田は驚いた表情をする。

 

 「おい!」

 

 鴨志田が祐真を呼び止めるが、祐真は無視をして、廊下を進んでいく。

 

 鴨志田は追ってこなかった。恋人の古里が気になったようで、トイレの中へ入ったらしい。

 

 祐真は、トイレから一定距離離れた所にある窓際で立ち止まった。外を眺めながら、制服の中に潜り込んでいる蝙蝠に話しかける。

 

 「さっき言ってた淫魔術って何だよ」

 

 「魔術の一つさ」

 

 昨日、『魔術』とは関係ないと祐真は結論付けたが、どうやら違うらしい。今回の件はやはり魔術が関わっているようだ。

 

 祐真は訊く。

 

 「お前が使っているやつと同じか?」

 

 「ちょっと違う。僕が基本、行使するのは『黒魔術』。この学校を襲っているのが『淫魔術』」

 

 「どういうこと?」

 

 そこまで言い、祐真は口を噤んだ。そばにいた女子生徒が、独り言を言う祐真に、おかしな視線を向けたのだ。今はまだ登校のラッシュアワーだ。廊下にも大勢の生徒たちがいる。おかしな素振りは見せないほうがよかった。もっとも、その半数は、他のものには眼中にない男子生徒同士のカップルだったが。

 

 祐真は、屋上へ行くことにした。生徒たちの間を縫うようにして、屋上に続く階段を登る。

 

 屋上に着き、誰もいないことを祈りながら、扉を開ける。朝の爽やかな風と共に、朝日が祐真を照らす。

 

 幸い。屋上には誰もいなかった。朝っぱらからこんな場所に用があるのは、悪巧みを行う奴か、何か秘め事がある奴くらいだろう。

 

 祐真は、可能な限り周りから死角になる場所を選び、リコに先ほどの質問の続きを行う。

 

 「淫魔術ってなんだよ?」

 

 制服越しに声が聞こえる。

 

 「インキュバス、サキュバス等の『淫魔』が使う固有の魔術さ」

 

 「つまり?」

 

 リコは言い切った。

 

 「この状況の首謀者は、淫魔である可能性が高いってこと」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。