サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
リコは、この高校の男子生徒が次々に同性愛へ覚醒していったことを、『感染型』の淫魔術のせいだと説明した。
『感染型』とは、その名の通り、人を媒介にして、次々と連鎖的に作用が広まっていくタイプの魔術らしい。
「淫魔術を用いた今回の『感染型魔術』には、二つの感染経路がある。一つは、単純な接触。もう一つは粘膜同士の接触だ。前者の肌が触れ合う程度の接触なら、感染力は低い。けれど、それでも回数を重ねれば、感染してしまう。後者の粘膜同士の場合は一発でアウト。即座に魔術が発動してしまう」
つまりは、空気感染はしないが、極端に感染力の強いウィルスのような性質を持つということか。
リコの説明に、祐真は少し不安になる。
「さっき古里に触られてしまったけど……」
制服の中の蝙蝠は答えた。
「心配ないよ。一度や二度の接触なら簡単に感染はしないさ。でも体には残るから、蓄積され続けるとマズイ。一定量を越えると発症してしまうからね。まあ。この蝙蝠がいる以上、ガードできるから、もう蓄積されないよ」
祐真はホッとする。突然不本意に、性的指向を変えられるのは避けられたようだ。
「でも、よくこの高校の異変に気がついたね」
蝙蝠を介して、リコが小さく笑ったことがわかった。
「昨日、祐真、感染者に肩を触られただろう?」
祐真は思い出す。確か星斗に肩を叩かれた記憶があった。
「ああ」
「だから気がついたんだ。魔術の因子が付着していたからね。さっき古里から触れられた分も含めて、家に帰ったら、取り除いてあげる」
「わかった」
祐真はそう返事をすると、その場にしゃがみ込む。今は、屋上への出入り口が設置されている塔屋の裏側にいた。ここは他の棟からは死角になり、面している部分は運動場であるため、身を出さない限り、自分の姿が他者から目撃される心配はなかった。
「それで、首謀者はどこの誰?」
誰にも聞こえないはずだが、祐真は思わず声をひそめて話しかける。
「そこまでわからない。だけど淫魔であることは間違いないよ」
祐真の予想に反して、淫魔の仕業なのは確からしい。
祐真は、根本的な部分を質問する。
「そもそも、その淫魔術ってなんだ?」
「他者を魅了したり、精力を増強させたり、感度を増したり、淫魔が生まれつき保有している魔術のことだよ」
実に淫魔らしい能力だった。確かに、淫魔の性質さえ知っていれば、何となく出所は掴めそうだ。
祐真は続けて質問する。
「廊下で言ってた、使っている魔術が違うってどういうこと?」
「僕が使っているのは黒魔術。攻撃したり、肉体を強化したりできる。その一環で、かけられた魔術もある程度なら、攻撃して解除できるよ」
「なるほど」
祐真は相槌を打つ。そして、不思議な感覚に襲われる。魔術やら黒魔術という単語が当たり前のように交わされると、ゲームの中の登場人物になったみたいだ。
リコは続けて言う。
「淫魔の中にも淫魔術、黒魔術など複数の魔術が使える者もいるから、要注意だ」
「それで、淫魔はどこにいるの? 学校に潜んでいるとか」
「わからない。生徒や教師に扮して入り込んでいるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、確かなことは、術者を見つけて解除させるか殺すかしないと、このパンデミックは収まらないということ」
突然の物騒な言葉に、祐真は眉をひそめる。
「……どうやって見つけるんだ?」
「この蝙蝠越しに淫魔を見れば、僕なら判別が付く」
「それだけでいいのか」
「うん」
背中の蝙蝠はそう答えた。
リコは、さらに言葉を付け加える。
「だから、祐真。君がこの件を解決に導くんだ。そうするしか道はない」
リコの突然の申し出に、祐真は困惑する。そんなことが自分にできるだろうか。何せ学校中を巻き込んだトラブルだ。荷が重い気がする。
こちらが尻込みしていると、リコは諭すようにして言った。
「これは君にしかできないことだよ。淫魔と協力できる祐真だけの役目だ。僕も最大限力を貸すから」
「……わかった、やってみる」
この現状は、淫魔術により、無理矢理作られたものだ。言い換えれば、男子生徒たちは、望まず性的指向を変えられたことになる。そこは解決してあげたかった。
それに、このままでは自分は確実に孤立するだろう。そのような学校生活は望まなかった。
蝙蝠から、警告する声が聞こえる。
「ただ、くれぐれも慎重にいこう。相手の淫魔はともかく、淫魔術に操られていようとも、生徒たちや教師たちに僕の存在を知られたら、アウトだから」
「わかった。気をつけるよ。……それで、どうすればいい?」
「さっき言った通り、これは淫魔の仕業だ。そしてそれは蝙蝠越しでも、僕が見れば判別が付く。だから今日はできるだけ大勢の生徒を僕に見せて。君の制服に隠れたままチェックするから」
「わかった」
「僕が周りに気づかれないよう注意しながら、声でアシストするね」
休み時間や、昼休み、放課後を使えば、相当な数の生徒をチェックできるはずだ。面倒だが、そう難しくはなかった。そして、リコの方法で淫魔が判別できるのであれば、上手くいって、今日中に相手の淫魔を特定できる可能性が高い。
「了解」
「元凶である淫魔を見付けても、何も手を出さないでね。下手に刺激すると危険だから。それに、向こうはこちらが淫魔を探していることを知らないから、特定できるだけでもこちらが優位に立てる」
「オッケー」
一通り話が纏まったところで、祐真はリコに訊いた。
「だけど、その淫魔、なぜこんなおかしな現象を引き起こしたんだだろう。そもそもどうして、男子生徒だけが同性愛者に? 何の目的が?」
困ったようなリコの声が聞こえる。
「さあね。捕まえて本人に聞くしかないね。そこは」
リコがそう言い終わった時だ。朝の始業を告げるチャイムが鳴り響いた。話に夢中で、つい長居してしまった。ここから教室までは結構長い。すぐに行かなければ。
祐真は急いで立ち上がり、屋上を出ようとする。
そこで、ふと疑問に感じたことをリコに聞いてみることにした。これから周りに人がいる環境に赴くのだ。おそらく、もうなかなか話しかけることができない。だから今聞こうと思った。
「そう言えば、リコは淫魔術、使えるの?」
一瞬だけ間が開き、リコは答える。
「僕は使えないよ」
「どうして? インキュバスだろ」
「そうだけど、使えないんだ」
「なぜ?」
「そんな淫魔もいるんだよ」
「そうなのか」
よくわからないが、リコがそう言う以上、そうなのだろう。そこはこちらが気にするようなことではなかった。むしろ淫魔術の説明を聞く限り、リコが使えないことは自分にとって、幸いだったのかもしれない。
祐真はそれ以上会話を交わすことなく、屋上をあとにした。