サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第二十三章 願いが叶う時

 彩香は自室にて、パソコン画面のキャンパスウィンドウ内へ、漫画を描き込み続けていた。

 

 自分でも驚くほど筆が進んでいる。一種の過集中状態と言うべきか、とどまることを知らない暴走列車のように、休むことなく作業を継続していた。学校から帰って、かれこれ六時間だろうか。

 

 ユーリーが作った夕食もまだ手付かずである。さきほど『食事』に出掛けたユーリーが、気を利かせてラップで包んでくれたが、まだ食べられそうにない。食欲がまるでないのだ。おそらくは空腹なのだが、『描きたい』という欲求が食欲を上回り、摂食中枢を麻痺させているのだろう。

 

 これはすごい。すごいぞ私。

 

 今描いている漫画は、二作目である。以前描いていた社会人同士のBL漫画はすでに完成し、漫画投稿サイトへアップロードしてあった。

 

 それも今のようにブーストされた状態で仕上げたものだ。自身としても傑作であり、評価も今までにないほど多く貰えた。

 

 そして、今回の作品はそれをさらに上回るものだと自負している。驚くほどの集中力に加え、湯水のようにアイディアが溢れ出てくるのだ。もしかしたら、何か大きな賞でも取れるかもしれない。

 

 覚醒剤でも摂取したような『ハイ』の状態のまま、タブレットの上で、電子ペンを走らせる。まるで手が別の生き物になったかのように、勝手に動く。この状態は、クリエイティブな作業を行う際には、とても有意義なものとなる。これがいわゆる『ゾーン』か。

 

 アメリカのロックンローラーが、度々薬物摂取で逮捕されるが、この状態を意図的に引き起こせるのであれば、薬物に手を出す気持ちがわかる気がした。

 

 現在描いている作品は、学園物のBL漫画だ。異世界からやってきたゲイのインキュバスの少年が、学校内で男子生徒たちと恋愛劇を繰り広げる内容である。

 

 インキュバスを登場させるというファンタジーを組み込んだ作品は、彩香のリアリティを重視した従来の作風とは趣が違うものの、なんら躓くことなく邁進できている。これも、実物のインキュバスを間近で観察し続けた賜物だろう。

 

 彩香は、電子ペンをタブレットから少し浮かせ、サイドスイッチをクリックする。そしてそのまま上へ動かし、描画のために拡大していた画面を縮小させた。

 

 原稿用紙全体が見えるようになったので、ペン入れによる整合性が取れているかのチェックを行う。

 

 今はすでに、下書きは全て完了し、ペン入れの段階に入っていた。それも半分ほど進んでいる。これが終わったら、あとは、ベタ塗りやトーン貼り、特殊効果の付け加えなどの『仕上げ』を残すのみだった。

 

 原稿に瑕疵がないことを確認した彩香は、次ページに移るため、キャンバスを切り替えようとした。

 

 そこでふと時計に目を向ける。壁掛けの時計は、すでに深夜十二時近くを指していた。普段ならとっくに眠りについている時間帯である。

 

 彩香は、電子ペンをタブレットの横へ置き、体をほぐすように肩を回しつつ、大きく伸びをした。猫が甘えような声が喉から漏れる。一時も休まず作業を継続していたお陰で、全身が凝り固まっていた。特に首の後ろが非常に痛く、頚椎がずれたのではと錯覚しそうになるほどだ。

 

 このまま作業を続けようか迷っている時に、玄関の鍵を回す音が聞こえた。振り向いて確認すると、ユーリーが扉を開け、帰宅してきたところだった。

 

 「お帰り。遅かったね」

 

 「ただいま彩香。ちょっと夢中になりすぎちゃって」

 

 そう言ったユーリーは、とても爽やかな顔をしていた。空腹の直後に、高級料理をたらふく食べたような、そんな風情だった。

 

 どうやら今日も沢山男の人を襲ってきたらしい。しかも、どれもが上玉揃いであったことが彩香にも見て取れた。そのように『戦果』が良い時は、ユーリーはこういった憑き物が落ちたような顔になるのだ。

 

 彩香はユーリーのその顔を見るのが好きだった。別に異性としてではない。単純に、同居人の機嫌が良いことはこちらも嬉しいのだ。そして何より、ユーリーが『楽しんだ』ということは、その裏に同じく、もしくはそれ以上に『楽しまされた男たち』が存在しているのだ。彼らは、ユーリーの手にかかり、例えようもない快楽を与えられ、精を絞り尽くされたはずである。おそらくもう二度と女を抱くだけでは満足できず、今度は男に抱かれることを望むようになるはずだ。

 

 そのような彼らの変貌ぶりを夢想するのが、彩香はとても楽しかった。エロ漫画や同人誌で良くあるような『快楽堕ち』のシチュエーションである。それまで男に興味がなかった男性が、類稀な美貌を誇る少年に快楽を与えられ、ゲイセクシャルに目覚める。これほどそそられる展開は、存在しないのではないのかとすら思う。

 

 今、自身の通う高校で起こっている現象もそれに近い。直接快楽を与えられてゲイに目覚めたわけではないが、ユーリーの魔術により、ゲイになった男子の影響で別の男子も同じように変貌し、男同士で行為を行っている。順序は逆だが、結果は同じだった。

 

 しかもすでにそれは、ほぼ全ての男子生徒がそうなっているのだ。そうなってからの高校生活は、桃源郷へと通学するかのように楽しかった。周りがゲイセクシャルばかりの世界は、この上もなく美しく、素晴らしい。

 

 だが――。

 

 脳裏に祐真の姿が浮かび上がった。

 

 それでも変貌しない者もいた。それは彩香が望む世界にはいてはならない存在である。ゲイでない男は、必要ない。

 

 「彩香、大丈夫? ボーっとして」

 

 彩香は、はっと我に返る。目の前で、ユーリーが心配そうにこちらの顔をのぞき込んでいた。長時間作業を続けたせいで、脳が困憊し、一種のトランス状態になっていたのだろう。

 

 「何でもないよ。気にしないで」

 

 彩香は手を振って答えた。

 

 「彩香、夕方からずっと描いているでしょ。ご飯も食べないで。いい加減にしないと体壊すよ」

 

 ユーリーは、呆れたような口調で言うものの、心配げな表情は崩さす、テーブルの上に載っている手付かずの食器類と彩香の顔を交互に見比べた。

 

 「大丈夫。まだ全然イケるよ」

 

 「駄目だ。もう休みなよ。明日も学校でしょ。これ温め直すから、テーブルについていて」

 

 ユーリーはたしなめるようにそう言うと、テーブルの食器を手に持ち、部屋を出ていく。

 

 彩香は点いたままのモニターをしばらく見つめていたが、やがてクリップを保存し、ウィンドウズを落とした。ユーリーに言った通り、まだまだモチベーションは高かったが、このままでは朝起きれなくなりそうだった。ここは自重するべきだ。

 

 テーブルの前に座り、ユーリーが運んできた温め直した料理を食べ始める。

 

 ユーリーは黙って、テーブルの対面に座っていた。

 

 そのユーリーに話しかける。

 

 「ユーリー、そろそろ例の計画、最終段階に移らない? ユーリーも祐真君を食べたくなったでしょ?」

 

 「そうだね。その通り。もう我慢の限界だよ。計画を進めようか。期は熟しただろうし」

 

 ユーリーはあっさりと同意した。そして眉をひそめて訊いてくる。

 

 「祐真君、まだ感染していないんだよね? どう? 魔術を使える素振りは見せた?」

 

 彩香は、祐真の一連の行動を思い出しながら、首を振る。

 

 「ううん。まだはっきりとは確認できていないよ。色々探りを入れたけど、これといった確証はないかな? ただ、何かあるはずだと思う。始めから目を付けていた祐真君が最後まで感染しないんだから」

 

 ユーリーは首肯する。

 

 「僕もそう思うよ。もちろん、ただの偶然ということもあり得るけど……」

 

 彩香は返答した。

 

 「うん。それの確認も含め、祐真君をピンポイントで狙おう。最終段階として。仮に祐真君が魔術師で、ユーリーの正体が発覚しても、虜にしちゃえば『ペナルティ』の心配もなくなるでしょ?」

 

 「そうだね」

 

 「じゃあ、動こう。早いほうがいいよ」

 

 計画も大詰めだ。ここでケリを付けたい。

 

 「わかった。そうしよう」

 

 ユーリーは同意を示す。祐真をモノにできる期待が膨らんだのか、雪肌に少しだけ赤みが差した。

 

 ユーリーは言う。

 

 「明日、実行に移そう。ちょうどいい機会があるよね。内容は前に話した通りに」

 

 「了解」

 

 彩香は頷く。いよいよ祐真はゲイに変貌するのだ。そしてその時には、僅かに残った他の非感染者の男子生徒も、同じくゲイに目覚めるだろう。

 

 その先の計画はまだ無数にあるが、今はこの計画を完了させたい。これは遥か彼方にある理想のための第一歩なのだ。だから、障害となり得るものは、この段階で排除するべきだ。

 

 明日から、本番だ。

 

 彩香は、ユーリーお手製の料理を一気にかき込んだ。

 

 

 

 

 翌朝、案の定眠気が取れない頭のまま、彩香は起床した。眠気はあるものの、頭のどこかが興奮気味で、疲れは感じない。夜更かし特有の症状だ。

 

 あまり食欲はなかったが、無理にでも朝食を食べる。そして登校の準備を行い、部屋を出た。

 

 高校に近付くにつれ、その眠気は薄れていき、敷地内に入ると、もう完全に消え去っていた。

 

 それは、周りを見る度に目に入る男子生徒同士のカップルのお陰だった。これらは全て、自分とユーリーの手によるものだ。まるで自分の作品であるかのように、見るだけで誇り高い気分になる。このような環境になってから、学校に行くのが楽しくて堪らない。

 

 靴を履き替え、教室へ入る。

 

 教室にはすでに祐真が登校してきていた。彩香の隣にある自分の席で、頬杖を付きぼんやりと窓から校庭を眺めている。どことなく哀愁を漂わせているのは、気のせいではないだろう。いつも一緒にいる友人たちが恋人同士になり、自身はハブられる形になったのだ。口では何ともないと言っていたが、内心は寂しいはずである。

 

 だが、その心配ももうすぐ解決する。祐真も彼らの仲間入りだ。そして、新しくできた『彼氏』と、仲睦まじく学園生活を送るのだ。

 

 「おはよ。彩香」

 

 楓が挨拶をしてきた。楓の凛とした瞳がこちらを見ている。

 

 彩香は挨拶を返す。

 

 「おはよう」

 

 「今日も男の子たち、皆熱々だね」

 

 楓は楽しそうに笑う。楓も彩香と同じく、腐女子だった。BL物を共に愛する同志という立場だ。ただし、彩香がBL物の漫画を描いていることは伝えていなかった。

 

 「うん! 本当に最高だよ。学校にくるのが楽しくなっちゃう。もうほとんどの男子が同性愛に目覚めちゃったもんね」

 

 彩香はそう言いながら、目の隅で祐真の様子を伺った。すぐ近くにいる祐真もこの会話が耳に入っているはずである。呆けていなければ、何かしらアクションを取るかもしれない。そう思った。

 

 だが、祐真は窓の外を眺めたまま、微動だにしなかった。眠っているわけではなさそうだ。心ここにあらず、といった感じだ。一人ぼっちになったことが、そんなに堪えているのかな?

 

 「彩香、どうしたの?」

 

 楓が不思議そうに訊いてきた。彩香は慌ててかぶりを振る。

 

 「ううん。何でもないよ」

 

 彩香は取り繕いつつ、再度祐真を確認する。やはり何かに気がついた様子はない。

 それから彩香は、その場で楓と如何にBLが素晴らしいか語らった。もう男子は全員BL化しているので、気を使う必要もなかった。

 

 唯一BL化していない祐真に聞こえるように、意図的に声を大きくするが、始業のベルが鳴るまで、祐真は始め見た時からの姿勢を崩さなかった。

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