サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第二十五章 対峙

 自分を除く喜屋高校の全校生徒が、祐真を取り囲んだ光景を見て、彩香は思わず笑みをこぼした。

 

 ユーリーの感染型の淫魔術は、全身に回ることで、その者を操ることができる。

 

 すでに淫魔術は、祐真を除き、発症しない女子も含め、ほとんどの生徒と教師が罹患していた。感染していない者がいても、今日、この全校集会で確実に感染し、操作をされているはずだ。

 

 その感染者たちに襲われ、接触されれば、いくら魔術師や退魔士だろうとも、無事ではすまないだろう。

 

 あとは、ユーリーに彼を任せ、自分は二人の『愛し合う』シーンを参考に、BL漫画を描けばいい。とても素敵な作品に仕上がること請け合いだ。

 

 祐真の近くにいた生徒が、彼に飛びかかった姿を確認する。彩香はうっとりと目を閉じた。すぐにでも、祐真の悲鳴が聞こえてくるはずだ。最後の最後まで、淫魔術に抗った男子。本来なら、まず最初に同性愛者になるべき存在。

 

 しかし、もうその不満も解消される。コンプリートだ。今回の集会によるクラスターで、全ての男子生徒が、同性愛者となった。

 

 明日から、さらに素敵な世界が彩香を待っている。そして、『夢』のための礎となるのだ。

 

 瞼の裏に、理想の世界が描かれる。自分が創る作品の中のように、そこには欲にまみれた男女の汚い恋愛は存在しない。あるのは、男同士の、熱くて美しい一途な愛の世界だ。

 

 ああ、どんなに私は幸せなのだろう。本当に、ユーリーと知り合えてよかった。

 

 彩香が、幸福を噛み締めた時だ。怪訝に思った。いまだ祐真の悲鳴が聞こえてこないのだ。

 

 彩香は目を開けた。そして、そのままはっと見開かれる。

 

 信じられない光景が、目の前で展開されていた。

 

 祐真を囲んでいた生徒たちが、次々に倒れていっているのだ。

 

 祐真を中心に、まるで波紋を広げるように。

 

 やがて、女子を含めて、全校生徒全員が、その場に倒れた。教師たちもだ。

 

 近くで倒れている生徒を見る。失神というよりかは、睡眠ガスを吸わされたかのごとく、眠っているようだ。

 

 気がつくと、彩香と祐真以外、体育館にいる全員が、複合フローリングの上に倒れていた。まるで集団二酸化炭素中毒だ。

 

 生徒たちの中心に立っている祐真が、こちらに顔を向ける。刺すような鋭い視線が彩香を貫く。

 

 祐真は、ゆっくりと、しかし、はっきりとした口調で話しはじめた。

 

 「おかしいと思ったよ。淫魔術が学校中に広がっているのに、淫魔も、召喚主も見当たらないなんて。『淫魔が召喚された場合、必ず召喚主は精を吸われる』この考えから離れなければ、まずはたどり着けなかった。とても単純な答えだったのに。ねえ、横井彩香さん」

 

 彩香は、唾を飲み込んだ。祐真の口から、『淫魔』という言葉が出た時点で、魔術関係の人間であることがわかった。

 

 それでも一応惚けてみる。

 

 「なんのことかな? 祐真君」

 

 祐真は呆れたように、ため息をついた。

 

 「今更無駄だとわかっているでしょ。横井さん。あなたの身近にインキュバスがいることはわかっているんだ。しかも、そのインキュバスは同性愛者。だから、横井さんは精を吸われてなかったんだね。発見が難しいわけだよ」

 

 彩香は観念した。どうやら全てお見通しらしい。推察だけで、ここまで突き止めるとは、なかなかやるなと思う。

 

 彩香は開き直り、質問をする。

 

 「祐真君、あなた何者なの? 魔術師?」

 

 可能性としては、もうそれしか考えられなかった。

 

 祐真が言及したように、淫魔を召喚した場合、相手がサキュバスだろうとインキュバスだろうと、召喚主は精を吸われることが必然だ。ユーリーは以前、そう言っていた。

 

 ただ、自分たちのように、ゲイのインキュバスと、女の召喚主の組み合わせならば、例外である。しかし、それもユーリー曰く、極めて稀な事象らしい。彩香の元にユーリーが召喚されたのも、彩香のBL好きと『野望』の影響によるものだからだ。

 

 祐真は一度、ユーリーと対面している。もしも、祐真が淫魔を召喚していたら、必ずユーリーにその痕跡を察知されるはずなのだ。それがない以上、『淫魔を召喚していない』か、彩香たちと同様かつ、逆パターンで『レズビアンのサキュバスを召喚した男』という条件しかなくなる。だが、前者はあり得ないし、後者は可能性がとても低いのだ。

 

 あとは淫魔以外の召喚をしたパターンも考えられるのだが、ユーリーはそれも違うと言っていた。

 

 祐真は確実に淫魔や魔術の関係者だ。そもそもの発端が、ヤンキーを屋上でぶちのめしたことによるものだ。あれは、魔術でなければ説明がつかない。今、こうして操られた生徒たちを眠らせたのもそうだといえる。

 

 すなわち、祐真が魔術師――しかも強力な――でなければ説明がつかなかった。

 

 だが、彩香の推測は脆くも崩れ去る。

 

 「違うよ。俺は魔術師じゃない」

 

 「……じゃあ退魔士?」

 

 「それも違う、俺は普通の人間さ」

 

 彩香は訝しがる。それはあり得ない。ならば、なぜ淫魔の存在を知っているのだろう。魔術に関しても、なぜ使えるのか。

 

 彼の正体が、皆目検討つかなくなった。

 

 混乱を来たした彩香の耳に、突如別の声が突き刺さった。透き通るようなクリスタルボイス。

 

 「それは僕から説明したほうがいいみたいだね」

 

 彩香は声のほうへ振り返った。

 

 いつの間にか、体育館の出入り口に人影が立っていた。

 

 その人物の姿を確認し、彩香は唖然とする。その人物が、一体『何なのか』をはっきりと理解できたからだ。

 

 モデルのようにスラリとした長身に、宗教画から抜け出てきたような神秘的な美貌。輝くような銀髪は、ナチュラルマッシュ風に繕っていた。

 

 彩香は確信する。彼の全身から放たれる雰囲気は、ユーリーのものと酷似していた。

 

 間違いなく彼は、インキュバスだ。体育館にいる皆を眠らせたのも、このインキュバスが魔術を施したからだろう。

 

 この世界で見る二人目のインキュバス。だが、驚きよりも、新たな疑問が彩香の頭を占領していた。

 

 このインキュバスは、祐真が召喚したと判断して間違いない。だが、その場合、決定的な矛盾点が発生する。

 

 祐真の主張通り、『淫魔を召喚した召喚主は、確実に淫魔に精を吸われる』という前提がある。

 

 同性の元にインキュバスが召喚されようとも、そのインキュバスはゲイセクシュアルである可能性が高い。否が応でも、召喚主は精を吸われる結果になるはずだ。

 

 だが、祐真には、一切、その痕跡がなかった。ユーリーが確認した以上、間違いないだろう。

 

 一体、なにがどうなっているのか。意味がわからなかった。

 

 長身のインキュバスは、倒れている生徒たち間を縫うようにして歩き、こちらに向かってくる。

 

 インキュバスの服装は、ハイゲージのニットシャツに、黒のデパートパンツ。まるでファッションショーのような、優雅な雰囲気を振り撒いていた。

 

 やがて、インキュバスは、祐真のそばに立つ。水晶のような目で、こちらを見やった。

 

 「はじめましてだね、彩香。僕の名前はリコ。君のお察しどおり、祐真から召喚されたインキュバスさ」

 

 リコと名乗るインキュバスは、彩香の心を読んだかのように、そう自己紹介する。

 

 彩香は、頭を占領している疑問をリコにぶつけた。

 

 「ねえ、どういうこと? あなたもゲイのインキュバスでしょ? なのになぜ祐真君に精を吸われた痕跡がないの?」

 

 リコは、見透かすように口角を上げた。敵であるにも関わらず、とても素敵な笑顔だと思う。BL漫画の登場人物の参考にしたくなった。

 

 「単純な話だよ。僕はこれまで一度も祐真の精を吸っていない。彼が望んでいないからね」

 

 彩香は耳を疑う。そんな淫魔がいるとは信じがたかった。

 

 「じゃあどうやって、精を補給しているの? 他人から?」

 

 異性の元に召喚されたゲイのユーリーは、そうしているが……。

 

 リコは首を振り、隣にいる困惑気味の祐真を愛おしそうに見た。

 

 「祐真という運命の人がいるのに、他人の精を吸うわけはないよ」

 

 彩香は、眉根を寄せる。リコの説明はありえなかった。誰の精も吸わないのなら、淫魔が生きていけるわけがないのだ。こちらの世界では、魔力も生命力も消費する一方なのに。

 

 「嘘をつかないで。そんな淫魔がいるわけないでしょ」

 

 リコは肩をすくめた。

 

 「事実なんだけどね。そうじゃないと、祐真に精を吸われた痕跡が残ってないことの説明はつかないだろ?」

 

 彩香は言葉を詰まらせた。確かに、彼の言う通りだ。だが、そうだとやはり、重大な矛盾が発生する。

 

 リコはなぜ生きているのだろうか。

 

 やはり精を吸っていないというリコの証言は、ブラフなのか。あるいは。

 

 いずれにしろ、ユーリーと彩香のように、極稀なパターンが背景にあるのは確からしい。

 

 ツイてないなと思う。もしも、祐真とリコが通常のインキュバスとの関係性であったならば、渋谷の邂逅の件で、即座にユーリーが見抜いていたはず。それなら、対処も今より遥かに簡単だったろうに。

 

 彩香は複雑な表情を浮かべた。リコと祐真を交互に見比べる。祐真は相変わらず、困惑気味、リコは大胆不敵な様子だ。

 

 リコが静かに口を開く。

 

 「まあ、信じてくれなくてもいいさ。それで、これからどうするんだい? これほど『おいた』をした以上、僕も容赦するつもりはないよ。なにせ、祐真を狙ったんだからね」

 

 そう言うと、リコはゆっくりとこちらに近づいてくる。巨大な魔物でも迫ってくるような、強い威圧感を彩香は感じた。

 

 彩香はたじろぐ。リコは、歩みを止めなかった。

 

 「色々と君に訊くこともある。観念したほうがいい」

 

 リコはやる気だ。おそらく、魔術を使い、こちらを篭絡するに違いない。そうなると、抗う術はなくなる。

 

 相手が召喚主と淫魔である以上、『ペナルティ』の危険はなかったが、これはこれで、対処が必要な事象だ。

 

 脳裏に、自身が描くBL漫画の濃厚なシーンが思い起こされる。

 

 私の理想の世界。男同士の純愛だけが存在し、汚い男女の性欲が介入しない美しいパラダイス。その世界の中で、私は愛し合う彼らを神のように眺めながら、BL作品を創り続けるんだ。

 

 誰にも、邪魔はさせない。

 

 彩香は、腹の底から大声を発した。

 

 「ユーリー!!」

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