サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第二十六章 抱擁

 チェックメイト寸前だと思われた彩香が、大声を出した。その直後、祐真は眉をひそめる。奇妙な現象が起きたからだ。

 

 閉め切っているはずの体育館に、一陣の風が吹いた。かすかに、薔薇のような香りが祐真の鼻をつく。

 

 やがて、風は強さを増し、彩香を中心に吹き荒れる。なぜかはわからないが、床に倒れている生徒たちや教師たちには、影響がないようだった。

 

 風が止んだあと、気づく。いつの間にか、一人の少年が、彩香の前に立っていた。中学生くらいの美しい少年。

 

 祐真ははっとした。その少年に見覚えがあった。確か、前に渋谷で彩香と一緒にいた男の子だ。駿という名前だったと思う。

 

 今ならわかる。間違いなくこの少年は、インキュバスだ。以前は黒だった髪も、現在はリコと同じような銀髪だ。おそらく、魔術で誤魔化していたのだろう。

 

 「ユーリーお願い」

 

 少年の背後で、彩香が強気の口調で言う。少年が現れたことで、勇気が湧いたようだ。

 

 彩香は先ほども、少年をユーリーと呼んだ。渋谷で祐真に紹介した名前は、偽名だったらしい

 

 ユーリーは頷くと、美少女のように端麗な顔をこちらに向けた。透明感のある目。氷のような冷たさが奥底に秘められている気がした。

 

 祐真の背筋に、ぞくりとしたものが走る。

 

 祐真が不安に駆られた時、隣にいたリコがユーリーに話しかけた。リコは、現れた同種族に対し、少しも怯んでいないようだった。

 

 「君が彩香の淫魔だね。僕の名前はリコ。どうぞよろしく」

 

 ユーリーは、警戒心を強めたのか、表情を固くした。視線は、祐真とリコを交互に見ている。

 

 ユーリーが自己紹介を返さないので、リコは肩をすくめた。

 

 「そこまで警戒する必要はないよユーリー。何も今すぐやり合おうってわけじゃない。ただ、僕たちが望むのは、学校中に広がっている妙な現象の解決さ」

 

 ユーリーは、リコを睨みつける。

 

 「淫魔術は解除しないよ」

 

 ユーリーの凛とした声が、体育館に響く。

 

 「それはどうして?」

 

 「言う必要はない」

 

 「そもそも、なぜあんな真似を? 目的は何?」

 

 「それも、言う必要はない」

 

 しばしの静寂が訪れた。だが、二人は視線を結んでおり、水面下でマグマのように敵意が沸き立っていることが感じ取れた。

 

 やがてリコが口を開く。

 

 「それじゃあ実力行使しかないね。運動場に行こうか」

 

 ユーリーはリコの提案に首肯し、背後に立っている彩香に何事か耳打ちをした。

 

 それから、彩香をお姫様抱っこし、現れた時と同様、風と友に消え去る。運動場へ向かったのだろうか。

 

 祐真は、しばらく、唖然と二人が消え去った空間を見つめていた。だが、我に返ると、リコに尋ねる。

 

 「戦うの?」

 

 「うん。そうしないと解決できないみたいだからね」

 

 祐真は不安に包まれた。

 

 「勝てるのか?」

 

 リコは、とても嬉しそうに笑った。

 

 「祐真、僕のことを心配してくれてるんだ」

 

 「こんな時にふざけるなよ」

 

 「ごめんごめん。まあ、結果は見てのお楽しみだよ」

 

 「……運動場でやり合うって言ってたけど、近隣の住民にばれないの?」

 

 「『認識阻害』の魔術をかけるから、問題ないよ」

 

 リコの言っていることは、半分も理解できなかったが、どうやら魔術を用いて対処をするらしい。

 

 「さて、と」

 

 リコはそう呟くと、先ほどの彩香のように、祐真を抱きかかえた。

 

 素早い動きだったので、抵抗もできず、驚いた祐真は思わずリコにしがみ付いた。

 

 「運動場に移動するから、掴まっててね」

 

 祐真は、しがみ付いたまま訊く。

 

 「体育館の皆はどうするの?」

 

 「このままで平気だよ。あとでちゃんと解除するから」

 

 そして、リコは強く祐真を抱き締めた。

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