サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第二十七章 ユーリー

 運動場へと到着したユーリーは、抱えていた彩香を優しく下した。彩香は、ジェットコースターに乗ったあとのように、ふらつきながらも運動場の荒い砂の上に立つ。

 

 「まるでアトラクションみたいで、ちょっと楽しかった」

 

 彩香は、軽口を叩くが、ユーリーには上手く返答する余裕がなかった。

 

 心臓が、早鐘のように鳴っている。これは、畏怖と脅威による鼓動だ。

 

 ユーリーの脳裏に、先ほどまで相対していたリコの姿が蘇る。彼の全身から立ち上る魔力の量と質。思い起こすだけで、足が震えた。

 

 一体、あの男は何なんだ?

 

 当然だが、ユーリーは今まで数多くのインキュバスと会っている。彼らは淫魔である以上、誰もが、淫魔術をはじめとする様々な魔術を行使できた。その根底には、魔力という源泉があるからだ。

 

 あの男……リコは、今まで出会ったその誰よりも、絶大な魔力を誇っていた。

 

 当初、体育館でリコと相対した時、見ただけでわかった。こいつは只者ではないと。動揺を隠すことで精一杯だった。

 

 自慢ではないが、ユーリー自身も、インキュバスの中では、上位の実力だと自負している。淫魔や魔族、モンスターとも、それなりに戦ってきた実績もある。ほとんど勝利もしてきた。相手が誰だろうと負ける気がしなかった。

 

 しかし、リコを前にすると、その自信が、根底から揺らぎかねないのだ。

 

 あれではまるで……。

 

 「ユーリーどうしたの?」

 

 ぼんやりとしていたのだろう。彩香が、顔をのぞき込んでくる。ユーリーは無理に笑顔を作った。

 

 「いや、なんでもないよ」

 

 「あのインキュバスと戦うことになったけど、大丈夫?」

 

 彩香は質問しながらも、表情は自信に満ちていた。自分たちの勝利を確信している様子だ。ユーリーを全面的に信頼している証だろう。

 

 ユーリーは彩香に悟られないよう、小さく息を吐き、気合を入れた。

 

 「大丈夫。僕らの勝利は揺るぎないさ」

 

 ユーリーの言葉に、彩香は目を輝かせた。あのサキュバスを排除できれば、自身の夢へと大きな前進を遂げる。その想像を頭の中に展開したのだろう。

 

 そう。『全世界BL化計画』の夢を。

 

 ユーリーは、彩香のその夢を何としても叶えてあげたかった。召喚主だからではない。彼女が大好きだからだ。ニケ月あまり同居して、人間として彼女に惹かれていた。

 

 それだけではなかった。ユーリーが召喚されたあの日。自分の目の前で『夢』を語った彼女の熱い姿を、今でも鮮明に覚えている。

 

 彼女の中には本物の信念があった。有名演説家のスピーチのように、強く心を揺さぶる力があった。ユーリーは、彩香を心から応援したくなったのだ。

 

 それから、ユーリーは祐真のことを考える。

 

 渋谷で祐真と出会ってから、ユーリーは恋に落ちていた。彩香に告げたように、彼に一目惚れをしたのだ。

 

 いや、恋に落ちたとか、一目惚れだとかの範疇には収まらないだろう。こちらがインキュバスであるにも関わらず、ユーリーは彼に『魅了』されたのだ。それこそ、淫魔術にでもかかったかのように。

 

 ユーリーは祐真の姿を思い浮かべながら、心に誓う。

 

 必ず彼を手に入れてみせる。一生手元に置き、『飼育』するのだ。彼の全てを支配し、ありとあらゆる快楽を与え、虜にする。

 

 その傍らには、毎夜行われる二人の淫らな姿をモデルに、BL漫画を描く彩香の姿があった。

 

 なんて理想の世界だろう。どんな手を使ってでも、実現させたい。

 

 そのためには、あのインキュバスが邪魔だった。

 

 勝てるだろうか。いや、勝たなければならない。相手が強敵であろうとも。絶対に。

 ユーリーは運動場の空を見上げた。秋口の抜けるような青い世界が、どこまでも広がっている。

 

 小麦色の光が、祝福するかのごとく、ユーリに降り注いでいた。

 

 

 

 

 木枯らしのような冷たい風が吹き、運動場の砂を巻き上げた。

 

 ゆっくりと、銀髪の長身のインキュバスが、地面へと降り立ったのをユーリーは目でとらえる。

 

 リコは、両腕に憧れの祐真を抱きかかえていた。祐真は勇者に守られるお姫様のように、大人しく身を任せている。

 

 「遅くなってすまない。『認識阻害』の魔術を周辺に張っててさ」

 

 リコは、祐真を運動場へ下しながら、話を続ける。

 

 「感謝してくれよ。これで他者には気づかれなくなった。僕らは好きなだけやりあえるよ」

 

 言葉の最後の部分は、ぞっとするような冷酷さを秘めていることに気づき、ユーリーは背筋を震わせた。

 

 ユーリーは唾を飲み込む。リコから発せられる魔力の圧力が、ユーリーへと押し寄せる。

 

 やはり、信じられないほど強大な相手だ。潰されそう。

 

 「ユーリー、『認識阻害』って?」

 

 こちらの恐怖など露知らず、隣で彩香が呑気な声で訊く。

 

 「……いわゆる防護フィルターみたいなものだよ。指定のエリアに張ると、内部の風景や音を遮断できる。現在の運動場の景色を固定したまま」

 

 「ふうん。それをあのリコが運動場に張ったわけね。だから戦っても周辺の住人には気づかれないと」

 

 「彼がしなくても僕が張るつもりだったけどね。手間は省けたよ」

 

 リコの魔力も僅かには消費されたかもしれないが、焼け石に水だろう。結局、自身の実力で何とかするしかないのだ。

 

 ユーリーは深呼吸をした。夢のため、彩香のため、必ず勝ってみせる。勝算もないわけではない。

 

 眼前のリコが、隣にいる祐真に何か囁くと、祐真はリコから離れた。臨戦態勢に入るようだ。

 

 「彩香、離れてて」

 

 ユーリーも彩香にそう伝える。彩香は純朴な瞳をこちらに向けて、頷いた。

 

 「頑張ってね」

 

 彩香は激励するように、ユーリーの手を握ったあと、離れていく。最後まで自分たちの勝利を疑っていなかった。

 

 ユーリーは、正面に向き直った。リコと目が合う。インキュバスらしく、美麗に整った相貌。しかし、今は敵意が込められていることが、はっきりと伝わってくる。

 

 体育館で本人が述べていたように、祐真を標的にした事実が、どうしても気に食わないらしい。当然だろう。自身を召喚した主に加え、あれほどの上玉だ。執着するのもゲイのインキュバスならば、無理なからぬこと。

 

 ユーリーは覚悟を決めた。

 

 深呼吸をし、少しだけ足を進める。直線上に、リコと対峙した。

 

 以前、彩香の部屋で一緒に観た、西部劇の決闘のシーンを思い出す。緊迫した状況なのにも関わらず、能天気な感想が頭をかすめるのは、現実から目を逸らしたいがためか。

 

 リコの澄んだ声が聞こえた。

 

 「準備はいいかい? 降参するなら今だよ」

 

 ユーリーは首を振る。諦めるという選択肢は、ありえなかった。

 

 「いや、戦おう」

 

 ユーリーは、そう宣言した。

 

 そして、右手に魔力を集中させる。こちらから先制攻撃を仕掛けるつもりだった。

 

 ユーリーは、右腕をテニスのサーブを打つようにして振った。

 

 風が湧き起こる。つむじ風くらいの風圧だ。その風が、一直線にリコへと向かう。

 

 刃物のように研ぎ澄まされた風の塊。いわゆるカマイタチ。この規模なら、軽自動車程度でも、紙のように容易く切り刻むことが可能だろう。

 

 風の塊は、リコへと直撃した。彼は微動だにせず、正面からまともに受けた。運動場の砂埃が舞い、煙幕のようにリコの姿を覆い隠す。

 

 とりあえず、風の魔術は直撃した。これで死んでくれれば、何ら問題はないが……。

 

 砂埃が晴れ、リコの姿があらわになる。彼は微笑をたたえ、平然と佇んでいた。直撃前と全く変わらない。服すら傷がついてなかった。

 

 ユーリーはため息をつく。やはり、そうだろうなと思う。あの程度では、かすり傷さえ負わないか。それならば。

 

 ユーリーは、一旦ステップバックし、距離を取ったあと、両手を前に突き出した。

 

 力を込める。両方の手の平に、魔力が漲ったことが感じられた。

 

 ユーリーは、再び風の魔術をリコに向けて、発動させた。だが、今度はより鋭敏に、一点に集中させて。さながら、長大な『槍』を放つイメージで。

 

 突風が吹き荒れる。先ほどとは威力が桁違だ。さすがに効くだろう。

 

 風の魔術は、リコへと当たった。轟音が響き、大地が揺れる。発破をかけたように、土埃も舞った。

 

 戦いを見守っている祐真と彩香が、吹き荒れる突風に顔を手で守りながら、唖然とする姿が目に映る。

 

 二人に及ぶ影響は突風だけで、魔術の被害は及んでいない。離れているし、そう調整しているからだ。

 

 土埃がゆっくりと晴れた。無傷のリコが、泰然と姿をみせる。

 

 ユーリーは歯噛みをした。これですら一切通じないのか。なんて奴だ。

 

 ユーリーは地面に手を触れた。そして、魔力を流し込む。

 

 リコの周囲の地面が隆起した。隆起は人間大サイズまで伸び、蟻塚にも似た小山の形を形成する。そのあと、ブリキのおもちゃのように、手足が生えた。

 

 『ゴーレム』だ。全部で八体の土人形。土魔術は不得手なため性能はいまいちだが、これは本命ではないので、大した問題ではなかった。

 

 ゴーレムは、リコへと一斉に飛び掛る。リコは迎撃するため、かすかに構えの姿勢を取った。右手を振り、眼前まで迫ったゴーレムたちをなぎ払う。何の魔術かわからないが、ゴーレムたちはリコから触れられることなく、砕け散っていく。

 

 ユーリーが確認したのはここまで。ゴーレムが全滅する寸前には、すでにユーリーは、風の魔術を利用し、リコの背後へと移動していた。

 

 リコの背はがら空きだ。リコは、ユーリーが回り込んだことすら察知できていないようだった。これならば、余裕で攻撃を叩き込める。

 

 ユーリーは渾身の魔力を右腕に込めた。先ほどよりもさらに強い威力。全てを切断する死神の鎌のような風の魔術を。

 

 最後の一体のゴーレムが破壊されると同時に、ユーリーは、リコの背中に魔術を放とうとした。

 

 その瞬間だった。ユーリーは見た。リコが、ゆっくりとこちらに振り返るのを。彼は、冷静な目でユーリーを見下ろしていた。

 

 体に衝撃が走った。視界が暗転する。

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