サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第二十九章 決着

 ユーリーが、頭部を殴られ地面へと叩き付けられた様を見た祐真は、息を飲んだ。まるで重機を使い、コンクリートを穿ったかのような衝撃が走ったからだ。運動場の地面も大きく陥没している。

 

 ユーリーが倒れたまま身動きしないことを確認した祐真は、この勝負に決着が訪れたことを知った。おそらく、こちらの勝利だろう。

 

 しかし、喜びはなかった。逆にそろりと不安が影のように差す。勝ったのはいいが、ユーリーは死んでしまったのだろうか。それに彩香は? 先ほど、遠くで倒れてしまったようだが、無事なのか。

 

 まるで漫画のようなインキュバス同士の激しい戦いを見たせいで、頭が混乱し、上手く物事を考えられないでいた。状況に追いつけない。

 

 何とか自身を叱咤し、祐真はリコの元へと駆け寄った。

 

 「死んだの?」

 

 リコはゆったりとした仕草で、首を振る。

 

 「死んでないよ。瀕死の状態だ。当分は起きないだろうね」

 

 リコは、地面に倒れている中学生くらいの姿のユーリーを見下ろしながら続ける。

 

 「しかし、ここまでダメージを負ったのなら、淫魔術は解除されているはずだよ」

 

 祐真はほっと胸を撫で下ろす。淫魔術が解けたのも喜ばしいことだが、ユーリーが死んでいないことにも安堵を覚えた。

 

 いくら敵とはいえ、人間とほとんど変わらない生き物が、目の前で命が奪われる姿を見るのは耐えられそうにもなかった。

 

 「……横井さんは?」

 

 リコは、彩香が倒れている場所を一瞥した。

 

 「彼女も無事だよ。精を提供しただけで、命に別状はない」

 

 どうやら二人共無事のようだ。とりあえずは、人死になどの残酷な結末は避けられたらしい。

 

 「これで全て解決だね」

 

 祐真はリコにそう言った。リコは男性アイドルのように白い歯をのぞかせながら、爽やかに微笑む。

 

 「そうだね。一件落着だ」

 

 あとは、二人が目覚めるのを待って、事情を訊けばいい。

 

 なぜあんな真似をしたのか、どうやって二人は出会ったのか。魔道書のこと。訊きたいことは山ほどある。

 

 しかし――。

 

 彩香たちへの質問とは別に、祐真は不思議に思っていることがあった。

 

 リコについてだ。

 

 祐真は、リコの様子を横目でチラリとうかがった。リコは悠然とした風情で、晴れた空を見上げている。

 

 同種であるインキュバスを容易く一蹴する実力。ユーリーがよほど弱いのでなければ、リコは段違いの強さを誇っていることになる。

 

 召喚直後は、世にも珍しいインキュバスの家政婦としての域を出なかったが、古里たちの一件を経て、評価が変わり始め、ここにきて潜在力のお披露目である。正直、見直したといっても過言ではない。

 

 しかし、これがリコの実力だとすると、疑問が生じる。

 

 体育館で彩香が言及したように、淫魔は人間の精を吸うことで、魔力や生命力を維持している。だが、リコは現在、誰の精も吸っていない。理由については喜ばしくはないが、リコは祐真以外の精を吸うつもりがないためらしい

 

 それならば、リコはどうやって、強大な実力の根底である己の魔力を維持しているのだろうか。

 

 もしかすると、リコだけが特別なのかもしれない。そう思った。魔道書もないし、淫魔や魔術に関してわからないことだらけなので、そう結論付けるしかなかった。

 

 何はともあれ、リコは平然としている。特に問題が差し迫っているわけではないと見做していいだろう。

 

 しかし、心のどこかで、ちょっとした不安が新雪のように降り積もっていることを自覚した。

 

 祐真はリコと同じように、空を見上げる。秋に入り始めの透明色な空が、海のように広がっていた。

 

 

 

 

 そのあと、彩香とユーリーは目を覚まし、祐真たちは彼女らから事情を聞くことにした。

 

 怪我の治療も兼ねて、保健室を取調室に選定する。

 

 保健室には誰もいなかった。どうやらユーリーの『感染型』の淫魔術の影響で、保険医すら体育館へ赴いたらしい。つくづく厄介な魔術だと思う。

 

 四人は、保健室内にある応接用のソファに腰掛け、向かい合わせになる。ユーリーの隣には彩香、リコの隣には祐真が座っている。一見すると、家族面談でも始めるかのような雰囲気だ。

 

 リコが口火を切る。

 

 「それで、どうしてあんな真似をしたんだい?」

 

 リコの質問に、彩香とユーリーは顔を見合わせた。教えたくはないが、自分たちは戦いの敗者。従わざるを得ない諦めの心が、二人の中に去来している様が表情からうかがえた。

 

 彩香はおずおずと答える。

 

 「学校中の男子生徒にBLに目覚めて欲しかったから……」

 

 「BL……」

 

 祐真は彩香の言葉を繰り返した。一応、知っている名称である。

 

 BLとは、ボーイズラブの略で、主に男性同士の恋愛を描いたコンテンツのことを指す。愛好者は女性が大半を占めるらしい。

 

 「BLってなんだい?」

 

 リコがさらりと質問を行う。

 

 祐真はリコに説明を行った。BLについて特に詳しいわけではなく、あくまで自身が知り得ている内容のみに限定されるが、概要は理解できるはずだ。

 

 説明を聞き終わったリコは、感心した様子で腕を組んだ。アスリートのような均衡の取れた筋肉が強調される。

 

 「なるほど。つまり僕と祐真の仲を描いたような作品のことだね」

 

 「なんでそうなるんだよ。……とにかく、横井さんはBLの男ばかりにするために、ユーリーを使って淫魔術を広げたんだね」

 

 彩香は頷く。

 

 しかし、そこまでは説明を聞くまでもなく、察することができる部分だ。淫魔術の効果を見ればわかる。肝心なのは、その『目的』だ。

 

 どうして、学校中の男子生徒をBLにしたいのか。

 

 祐真が質問すると、彩香は答えてくれた。

 

 彼女は話し始める。事の発端の根幹を。『全世界BL化計画』の全容を。

 

 彩香の説明を聞き終えた祐真は、頭を抱えそうになった。男女の恋愛が汚く、男同士の恋愛は素晴らしい、という主張である。そして、それを自身が創作しているBL漫画に落とし込むことも目的の一つであるらしい。

 

 彩香は、当初とは打って変わって、爛々と瞳を輝かせ、熱く語る。

 

 「だから、世界中の男の人は、皆BLになるべきなのよ。そのための礎が、この高校だったわけ」

 

 想像以上に大きな彩香の野望に面食らいながらも、祐真は質問した。

 

 「だけどさ、世界中の男が同性愛者になったら子孫が生まれなくて、人類が滅んじゃうよ」

 

 彩香は鼻で笑った。

 

 「そんなことどうでもいいわ。私はただ、男同士の恋愛のみが存在する美しい世界で、BL漫画を描ければそれでいいんだから」

 

 随分と狂気を感じる思想だ。理解できない部分ばかりだが、彩香の本心はわかった。彩香は普段は面倒見のよい保母さんのような性格だが、BLの野望が関わると、常軌を逸脱するらしい。

 

 政治家のような『演説』を行った彩香は、一旦口を閉じる。すっきりとした顔をしていた。全てを吐き出したお陰だろう。

 

 すると、それまで黙っていたリコが口を開く。

 

 「彩香の主張はわかったよ。否定するつもりもない。だけど、一つだけ答えてくれ。どうして祐真をピンポイントで狙ったんだい?」

 

 言い終える時には、すでに視線はユーリーに向けられていた。ユーリーは、俯いたまま答えない。

 

 代わりに彩香が答える。

 

 「ユーリーは祐真君に一目惚れしたの」

 

 彩香は、以前渋谷で祐真と邂逅した話をする。今にして思えば、リコにとっては初耳の話だ。

 

 リコは、納得したような表情でこちらを見た。

 

 「さすがは僕の祐真だね。インキュバスをいとも簡単に落とすなんて。でも……」

 

 リコは、再びユーリーに目を向ける。そこには、研ぎ澄まされた刃物のような鋭さと冷たさが込められていた。

 

 「僕がいる限り、決して叶わない夢だろうけどね」

 

 リコの静かな言葉に、ユーリーはわずかばかり肩を震わせた。圧力を感じ取ったようだ。耳の辺りまで伸びているさらりとした銀髪が揺らいだ。

 

 ユーリーはそこではじめて顔を上げる。整った鼻梁に、畏怖の暗い影が差していた。

 

 「……リコ、君は一体何者なんだ? 君のような強いインキュバスを見たことがない。それに、誰からも精を吸っていないんだろ? どうやって魔力を……」

 

 ユーリーはそこまで言って、口をつぐんだ。顔を強張らせる。視線の先はリコ。リコは、無言でユーリー直視していた。

 

 「僕のことはいいよ。僕が勝者で君は敗者。ただそれだけの話だ。すでに『淫魔術』は打ち破られているし、君らの夢は叶わない」

 

 ユーリーは再び俯く。瞬きに合わせ、長い睫毛が動いている。瞬きの頻度が高いのは、強い動揺を感じている証だろう。

 

 祐真は、保健室の窓から見える校庭を眺めた。

 

 戦場となった運動場は、すでに何事もなかったかのように元に戻っている。戦闘終了後、リコが魔術を使い、修復したからだ。

 祐真は彩香へ向き直る。訊きたいことがあった。大切なことだ。どうしても必要な。

 「横井さん、質問だけど、どうやって魔道書を手に入れたの?」

 

 魔道書を使わない限り、ただの人間が淫魔や悪魔を召喚できるわけがない。祐真がそうであったように。つまり、彩香もどこからか、魔道書を入手したはずなのだ。

 

 その情報を得られれば、祐真も魔道書を再入手できるかもしれない。リコを『召喚還し』するために。

 

 彩香は答える。

 

 「用事で君津市に行った時、見かけた図書館にあったの」

 

 君津市は、祐真が住んでいる富津市の隣にある市だ。

 

 「はじめはただ中を見て回るだけのつもりだったけど、不思議な雰囲気を放つ本を見つけて……。赤い色をしたハードカバータイプの本」

 

 彩香はその本がどうしても気になり、借りてしまったようだ。そして、中に書かれてあった説明通りに召喚を行い、ユーリーが現れた。

 

 淫魔を召喚する過程は、驚くほど祐真の状況と酷似していた。ただの偶然か、何かしら理由でもあるのか。いずれにしろ、魔道書入手のヒントにはなる。

 

 祐真は彩香にその図書館の名前を訊いた。彩香は教えてくれる。結構大きな図書館のようだ。

 

 今度の休日にさっそく訪れてみよう。もしかしたら、魔道書の入手ないしは、何かしらの発見があるかもしれなかった。

 

 「話は終わったようだね」

 

 リコが明るく言う。今まで黙って彩香とのやり取りを聞いていた以上、祐真が『召喚還し』のために行動を起こすつもりであることについては、異論がないようだ。

 

 リコは彩香とユーリーを見比べながら、言葉を続けた。

 

 「それじゃあ、話を纏めようか。これから先、淫魔術やユーリーを使っての『全世界BL化計画』とやらは実地しないこと、それから、ユーリー、君は祐真に一切近づかないことを約束してくれ」

 

 脅迫にも似たリコの物言いに、二人は同時に頷いた。

 

 そのあとで、彩香は口を開く。

 

 「ユーリーや淫魔術を使わなければ、『全世界BL化計画』は進めてもいいのね? 例えば、BL漫画を利用して世界に広めるとか」

 

 「それは好きにすればいいさ。別に君の思想は否定するつもりはないよ。むしろ、君の描く世界が実現されたほうが僕にとってもありがたい」

 

 リコは、意味深にこちらに目配せを行った。祐真はリコの本心を察し、顔をしかめる。

 

 彩香は、身を乗り出すようにして言う。

 

 「だったら、私の計画に乗ってくれても……」

 

 リコは手を前に突き出し。押し留める仕草を取った。

 

 「それは駄目だ。わかるだろ? 色々と問題があるんだよ。魔術を使うとね」

 

 リコの拒絶を受け、彩香は押し黙る。しかし、表情は暗くなかった。むしろ光が宿ったようにも見える。おそらく、自身の創作物を用い、計画を実行するつもりらしい。目的を持つと、人は前向きになれるのだ。

 

 会話が一段落し、祐真は下を向いた。保健室の木目を見ながら考える。

 

 自分が為すべきことは、簡単だ。彩香の話にあった図書館に赴き、魔道書を探すこと。それ一択。ゆえに、新たな情報を得たことは喜ばしいはずだ。

 

 だが、なぜか心の中にちょっとしたわだかまりがあることを自覚していた。

 

 その根源が自分でも理解できなかった。

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