サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
どうやらあの赤い本は本物の魔道書だったらしい。信じられないことだが、こうして不可思議なことが起こった以上、認めざるを得なかった。
裸の男が出現し、茫然自失の状態から幾分か回復した祐真は、目の前の男と会話をする余裕が生まれた。男に服を与えたのち、口火を切る。
男は、自身のことをリコと名乗った。インキュバスだという。
インキュバスとは、サキュバスの男性版である。標的を女性とする男の夢魔なのだ。
そこで大きな疑問が生まれた。なぜ、インキュバスが召喚されたのか。自分はサキュバスを召喚したはずなのに。
その答えをリコはこう説明してくれた。
召喚方法を間違えていたから。
単純明快な理由だ。リコ曰く、祐真が行った召喚の儀式は、インキュバスを呼び出す形式になっていたようだ。
祐真自身、念入りに内容を確認してトライしたつもりだったが、誤りがあったらしい。具体的にどこをどう間違っていたのかは、もうわからない。召喚の際、例の赤い本は、鶏肉や髪の毛と共に消失してしまったからだ。
リコは、さらにいくつか説明を行ってくれた。
リコは自身をインキュバスと紹介した。そのインキュバスは、女性を対象に精を吸う淫魔であり、通常なら、男は興味の埒外である。
だが、リコは違っていた。
リコの興味の対象は男であった。そして、信じられないことに、祐真に一目惚れをしたと言うのだ。
それを聞いた祐真は、召喚された直後のリコの言葉を思い出した。あれはそんな意味だったのか。
だが、祐真には、同性愛の気はなく、いたってストレートである。いくら整った容姿の者が相手だとはいえ、男とは体を重ねたくない。ましてや、こいつは人ならざる者だ。とてもその気持ちなど湧かなかった。
祐真はリコにその気がないことをアピールしつつ、リコを元の場所へ戻す方法について質問を行った。
それには、ちゃんと方法はあるようだ。
リコは『召喚還し』について説明をしてくれた。
『召喚還し』とは召喚とは真逆で、召喚した悪魔や霊を『向こう側』に送り返す儀式であった。方法は召喚とほとんど同じで、ただ違う点は、送り還したい者を魔法陣の中に付け加え、そのための呪文を唱えれば実行されるらしい。
つまり、リコを『召喚還し』したければ、またあの赤い本を手に入れなければならないということだ。
説明が一区切りしたところで、リコはある行動を取った。それは、祐真が非常に困惑する行動だった。
リコは立ち上がり、祐真のそばへと近寄った。そして、自身の胸元のボタンを開け、胸板を露出させる。それから精巧なドールの如き目をこちらに向け、優しく囁く。
「祐真、君が欲しい」
「はあ?」
「つまり、今から君とエッチをしたいってこと」
リコの要求に、祐真は、千切れんばかりに強く首を振った。男とのセックスなんて冗談じゃない。
だが、祐真から強い拒否にあっても、リコは諦めなかった。
「可愛いね。緊張しなくても大丈夫だよ。僕が良くしてあげる。最初はただ、身を任せるだけでいいから」
「さっきも言ったけど、男には興味がないから!」
祐真の言葉に対し、リコは、大胆不敵な笑みを浮かべ、こう宣言した。
「今いくら拒否をしても無駄だよ。この先、必ず君は僕を受け入れる。そういう運命なんだよ」
「そんなことはありえないよ」
祐真は両手を大きく振りながら、否定した。なぜ、そこまで自信を持てるのだろう。リコは祐真から拒否にあっても、笑みを崩さなかった。
今しがたリコに通達したように、リコの誘惑に乗るなど絶対ありえないのだ。自分の興味の対象はあくまで女の子だ。しかも可愛い子。まかり間違えても、男になびくのは考えてもいない。
それとも、何か無理矢理にでもそうさせるつもりのなのだろうか。もしあるとすれば、実力行使か、あるいは……。
「リコ、この世界には警察という組織があるんだぜ」
祐真は、リコに警察という組織の役割について説明をした。
もしも、実際に通報し、リコが連行された場合、大騒ぎになるだろう。インキュバスの容疑者など前代未聞だからだ。だが、貞操や身の安全がかかっている以上、仕方がない。それに、祐真には何らかの容疑がかかるわけでもないから、リスクはないはずである。
しかし、リコは動じなかった。澄んだ瞳をこちらに向け、恐るべきことを口にする。
「僕がインキュバスだということが他の人間に発覚した場合『ペナルティ』があることに注意して」
聞き捨てならない言葉に、祐真は眉根を寄せた。
「ペナルティ? なにそれ」
祐真はリコに質問を行う。
リコはペナルティについて、こう説明をしてくれた。
悪魔や霊を召喚した際、それらを秘匿しなければならないという絶対のルールがある。そのルールは、遥か昔から存在し、破った場合は必ず執行されるようだ。
インキュバスの場合、その正体が、他者(別の召喚主を除く)に発覚してしまうと、召喚主は『向こうの世界』にあるインキュバスの国へ強制的に連行されてしまうらしい。そして、そこで彼らの従属物にされる。正確に言うと『性奴隷』としての運命が待っているというのだ。
『向こうの世界』にいるインキュバスの中にも、同性愛のインキュバスは少なくないらしく、そのため、男だろうと『性奴隷』にされてしまうようだ。ましてや、連行先は大勢のインキュバスが住んでいる国である。同性愛のインキュバスの数も必然的に多くなるだろう。
リコは以前『ペナルティ』を受けた人間たちの処遇を目にした時の話をしてくれた。
男も女も、一日中、インキュバスの慰み者になっていた。穴という穴を使われ、インキュバスに犯され続ける。見た目にはわからないが、魔術により、連続する性交に耐えられるように体を改造され、休むことすら許されなくなっていた。
性交に耐えられるようになったとはいえ、身体能力は人間のままである。そのため、逃げることも抵抗することも不可能だった。ひたすらインキュバスの性奴隷としての扱いを受け入れるしかない。生涯死ぬまでだ。
ちなみに召喚された側(この場合、リコ)も、力を奪われた挙句に、同じような処遇になるらしい。
リコ自身も、力を失いたくはなく、同種との性交は望まないので、リコ自ら正体を明かす真似はしないという。
そして、祐真は、リコの説明を聞き、鳥肌を立てながらも、ある光景を脳裏に浮べていた。
以前、読んだことがあるファンタジーのエロ漫画だ。その漫画には、美しいエルフの女性たちが、オークやトロールなどの化け物に拉致をされた挙句、陵辱されるシーンが描かれてあった。ある者は発狂し、あるものは快楽に身を任せている。おぞましい光景だ。
そのシーンと、リコの説明により待ち受けるペナルティのシーンが、重なった。
相手がサキュバスならまだしも、インキュバスなら、漫画の中のエルフたちと境遇は変わらないだろう。陵辱の世界が待っているに違いない。
だがしかし、ある疑問が首をもたげる。こいつが言っていることが事実である確証はないのだ。祐真を逃さないためのブラフである可能性があった。
リコは、祐真のその疑問を表情から読み取ったようだ。発言を行う。
「魔道署にそのことが記されていたのを覚えていない?」
リコに言われ、祐真ははっとする。目立たないように書かれてあった例の一文が、頭の中に呼び覚まされた。
『注意事項。召喚した存在を秘匿すること。破れば罰がある』
間違った召喚をしたものの、あの赤い本は本物の魔道署だった。実際に、人ならざる者を召喚できたからだ。
つまり、あの本に書かれてあったことは、事実だと認識してもいいのではないだろうか。
とはいえ、確たる証拠がない。リコが都合のよいブラフをついている可能性も依然、高いのだ。
祐真は首を横に振る。
「やっぱり信じられないよ。自分で呼び出しておいてなんだけど、ここには置けない。出て行ってくれ。そうじゃないと警察を呼ぶから」
リコの整った目が細まった。祐真は身構える。激怒するか、もしくは襲いかかってくるか。
だが、リコはあっさりと頷いた。
「そう。わかった。それじゃあ僕は退散するから」
そう言うと、リコは立ち上がり、あっさりと部屋を出て行く。
リコが玄関扉を閉めた途端、急に部屋が静かになった。時が止まったように、ひんやりとした夜のしじまが祐真を包む。
祐真は、しばらくぼんやりとしていた。
こうしていると、つい今しがた、怒涛のように起きた非現実的な出来事が、夢ではないかと思えてくる。
だが、床に残された召喚の儀式の跡を見ると、決して夢ではないのだと理解させられてしまう。
やがて祐真は立ち上がり、床を片付けた。それから、風呂場でシャワーを浴び、そのあとすぐ就寝に就く。
時刻はすでに丑三つ時に差し掛かり、疲労はピークに達していた。現実離れした現象を立て続けに体験し、頭の中もごちゃごちゃと濁ったスープのように混沌としている。
ベッドに入った祐真は、たちまちすぐに眠りへと落ちていった。