サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
花蓮は、探索を終えた喜屋高校をあとにし、JRを使って隣の市にある君津駅へと到着した。自身が泊まっているビジネスホテルがこの市にあるからだ。
駅を出た花蓮は、繁華街のほうへ向かう。ホテルに戻る前に、少しだけ街をぶらつきたかった。おぞましい淫魔の臭気を嗅いだため、浄化したい気持ちがあった。
現在の時刻は、午前零時前を指している。未成年はすでに眠る頃だが、繁華街は盛況であった。
花蓮は秋口の夜風と、繁華街の猥雑な空気を肌で感じながら、メインストリートを歩く。すれ違うのは酔客や、水商売の女たちばかりだが、彼らや彼女らからは、淫魔の臭いはしなかった。
少しずつ、気持ちが落ち着いていくのを実感した。
ちょうど、飲み屋が集中している界隈に差しかかった時だ。誰かから呼び止められた。
「ねえ君。ものすごく可愛いね。どこからきたの? 若く見えるけど、まさか高校生じゃないよね?」
声をかけてきた人物のほうを花蓮は確認する。相手は茶髪でスラックス姿の男だ。外見からして下品で、愚者の臭いがする人物であった。
花蓮は無視し、足を進めた。
「待ってよ。今からちょっと遊びにいこうよ」
男は追いすがった。それでも花蓮は相手にせず、歩き続ける。
「待ってってば。話くらいしようよ」
そこで男は、こちらの右肩に手を置いた。
花蓮の全身に、鳥肌が立つ。血脈のような怒りと、吐き気を催す嫌悪感が、胸の奥底から湧き上がってきた。
だが、花蓮は大きなリアクションをせず、男へとゆっくり振り向いた。
花蓮は、静かに微笑んだ。
「誘いに応じてくれてよかったよ。さっそくラブホなんて、花蓮ちゃんも好きなんだね」
男と一緒に、近場のラブホテルの一室に入った花蓮は、鼻をひくつかせた。
ここはおぞましい場所だ。男女が性交を行うための汚い吹き溜まり。先ほどから性欲の臭気が凄まじい。
この男を『成敗』するためにあえて入ったが、後悔していた。別の場所で事を行えばよかったのだ。わざわざ相手に期待させ、それから追い詰めるような手法を取ったのは、淫魔の臭いを嗅ぎ、気分がささくれ立っていたせいかもしれない。
「先にシャワー浴びる? それとも一緒に入る?」
すっかりこちらを垂らし込めたと確信している男は、意気軒昂としていた。鼻息荒く、発情しているのだろう。盛りのついた雄犬のごとく。
花蓮は首を振ると、奇妙な形をしたベッドへ男をそっと押し倒した。男は嬉しそうな声を上げる。
「さっそく? 本当に花蓮ちゃんはエッチなんだね」
男の顔が、好色そうに歪んだ。一気に、身体から欲情した臭気が放たれた。とても不愉快で、花蓮は鼻柱を歪めそうになるのを我慢する。
男は、こちらを抱き寄せようとした。そこで、花蓮はすっと立ち上がった。
男は怪訝な面持ちになる。
「どうした? 早くしようよ」
男は体を起こし、こちらに手を伸ばした。腕を掴み、引き寄せ寄せるつもりだろう。
花蓮は男が腕に触れるよりも前に、指を鳴らした。いわゆるフィンガースナップ。軽快な音が、淫靡なデザインの部屋に響き渡る。
男は動きをピタリと止め、一瞬だけきょとんとした表情をみせたが、やがてすぐに目を見開いた。
自身の周囲に、奇妙な物体が現れたのを確認したからだ。『それ』はベッドから複数体生えていた。
『それ』は、黒い蛇の形をしていた。しかも、成人男性の腕ほどの太さを持ち、体長も人の背丈ほどもある。
その生物が、鎌首をもたげ、男を取り囲んでいるのだ。
「なんだこいつら!?」
男は怯えた声を発する。腰が抜けて、立ち上がることができないようだ。
ゆっくりと、黒い蛇は男へ迫る。男はハエを追い払うように、腕を振った。だが、黒い蛇は素早く男の腕に組み付いた。
「ひっ……」
次々に黒い蛇は、男へと絡み付いていく。やがて、男はベッドの上に貼り付けになり、拘束される形となった。
花蓮は、男を見下ろしながら、告げた。
「調子に乗りすぎたせいね。観念しなさい」
男は、恐慌状態になりながら叫ぶ。
「お前の仕業か! なんなんだよこれ!」
花蓮はふと気づいた。男が履いているスラックスの股間部分が濡れていることに。恐ろしさのあまり、失禁したようだ。粋がっている割には、ちんけな玉の持ち主らしい。なんとも滑稽だ。
「邪な欲望を私に向けたことを後悔しなさい」
そう言うと、花蓮は手を上げた。さっさと仕上げよう。
ベッドへ貼り付けになっている男の頭頂部側から、新たに巨大な影が立ち上った。一際大きな黒い蛇だ。アナコンダほどもあるだろう。
その蛇が、舐め回すように、男を見下ろしている。男は、もはや、叫ぶことも怯えた顔をする余裕もないようで、絶句している。
漆黒の大蛇は、勢いよく男に喰らい付く。まるでカエルか何かのように、大蛇は男を丸呑みにした。
大蛇の腹の中から、男のくぐもった悲鳴が聞こえてくる。今さら大きく暴れているようだ。だが、もう遅い。
次第に男の声は小さくなっていく。やがて、男の声は完全に聞こえなくなった。
花蓮は満足気に、大きく息を吐く。性欲に支配された醜悪な人間は、やはり『処理』するに限る。
花蓮の脳裏に、インキュバスの姿がよぎった。『羽月祐真』が召喚したらしき、まだ見ぬインキュバスのシルエット。
楽しみだ。淫魔を狩るのは久しぶりだが、一体どんな断末魔を聞かせてくれるのか。
花蓮は高らかに笑った。