サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
アパートへと戻るなり、祐真は遭遇した『退魔士』のことについてリコに話をした。一人の少女に淫魔の存在が発覚してしまったことや、地獄絵図が展開されたことなど。
掃除中であったリコは、箒を手に持ったまま、しばらく思案した。整った眉宇に少しだけ皺が刻まれる。
やがてリコは、口を開いた。
「退魔士か。ここにきて、厄介な相手が現れたものだね」
リコは肩をすくめ、のんびりとそう言った。
祐真は唾を飛ばしながら、激昂する。
「なに呑気なこと言ってんだ。お前の存在が発覚しているんだぞ。『ペナルティ』を忘れたのか」
リコは箒を床に置くと、宥めるようにこちらの肩に手を置いた。
「落ち着いて祐真。今のところは『ペナルティ』について、それほど心配しなくていいと思うから」
「なぜ?」
「君の話を聞く限り、花蓮と名乗る退魔士は、僕の存在を確実に掴んでいるわけではないはずだよ」
「あの女は、俺が淫魔と一緒に暮らしていることを知っていたぞ」
リコは首を振った。
「多分、そこまでは把握していないんじゃないかな。彼女は『あなたの近くに淫魔がいる』と言っただけだよね? どういう方法を使ったのかはわからないけど、彼女は君の名前と大まかな住居の情報までは掴んだ。そして、駅を張り、現れた君を特定し、あとを尾行をしたんだ。それから頃合を見て、話しかけたってところが真相かな」
「どうやって俺をピンポイントで特定したんだ?」
リコは、肩をすくめた。
「そこまではわからない。けれども、君の姿を目にするまでは、祐真をはっきりと特定できていなかったんだと思うよ。つまり、容姿以外で、君を特定できる方法をその退魔士は持っていたんだ」
祐真は首を捻る。
「よくわからないよ。そんな方法あるの? 魔術?」
リコは話を続ける。
「かもね。少なくとも、そうでなければ、このアパートにダイレクトに乗り込んでくるはずだし、僕の存在まで知ったとするならば『淫魔』とは言わずに、『インキュバスと暮らしている』と発言するはずだよ」
祐真は、俯き、じっと考える。確かに、リコの言う通りかもしれない。全てを知っているのなら、もっと直接的な方法を取るはずだろう。
「だけど、このアパートまでたどり着くのは時間の問題じゃない?」
リコは、両手を広げて余裕綽々に言う。
「僕の情報統制力を舐めないで欲しいな。拘束部隊でもない限りは、何人でも、おいそれと僕らの住居まで辿れないようにしているから。多分、そのせいで花蓮はここまで探り当てられず、駅を張っていたんじゃないかな」
「だったら、今のところは花蓮は脅威じゃないってこと?」
リコは首を振った。
「『ペナルティ』に関しては、現時点では大丈夫だと思う。拘束部隊が現れていないのもその証拠だし。だけど、彼女が退魔士、しかも『推進派』という点が気掛かりだ」
「その推進派ってなに? そもそも『退魔士』ってなんだよ。前から名前だけは聞いていたけど」
「退魔士とは、名前の通り、『魔のモノ』を退治する専門のハンターさ。相手は悪魔であったり、淫魔であったり多岐に渡るけど、僕にとっては敵でしかない相手だね」
「推進派って?」
「退魔士にも色々と派閥があって、『推進派』はより積極的に魔のモノを狩る連中のことさ。『穏健派』や『中立派』とは違い、それこそ根絶やしにするくらいの勢いでね」
「よりによって、やっかいな連中に目をつけられたわけか」
リコは頷いた。
「そうだね。だから、あくまで狙いはこの僕。そういう意味でも、祐真の身は安全だと思うよ」
だったら、こいつを差し出せば、全て丸く収まるのでは、と祐真は思った。淫魔との契約解除条件に、召喚主か淫魔の死亡があったはず。退魔士がリコを狩るのなら、むしろ祐真にとっては好都合かもしれない。
じっと考え込んでいた祐真は、視線を感じて顔を上げる。リコは微笑んでいた。
「大丈夫だよ。相手が誰だろうと、僕がいる限り、祐真に危害を加えさせる真似は絶対させないから。安心して」
リコは、祐真の肩を叩きながら、朗らかに言う。どうやら先ほどの祐真の様子を見て、不安がっていると勘違いしたようだ。
祐真はため息をついた。いずれにしろ、また厄介なトラブルが発生しそうだ。げんなりする。
とはいえ、前回の彩香、ユーリーペアが実行した『全世界BL計画』よりは脅威はなさそうだった。あくまでも相手の狙いは淫魔なのだし、リコが言うように、祐真にとっては心体の危険は低いはずだ。
仮に、再び目の前に花蓮が現れようとも、問題はないということである。百歩譲って、もしもこちらに危害が及ぶようなことがあっても、リコの宣言通り、彼がどうにかしてくれるはずだ。
残る懸念は『ペナルティ』が発生し得る可能性。花蓮が、こちらの情報を今以上に得た場合、その水域に達する恐れがある。祐真にとっては、それが一番避けたい状況だ。
しかし、それもリコ曰く、心配ないという。どんな方法を使っているのかわからないが、リコはこちらの実情を探られないように、情報を操作しているらしいのだ(おそらく魔術を使っているのだろうが)。そのため、おいそれとは、リコの正体に辿り着くことは不可能であるといえた。
そう。だから、自分は何も心配しなくていい。それこそ、花蓮が学校のクラスメイトだとか、身近な存在でもない限り、リスクはないはずである。
祐真は楽観視しようとした。無理にでもそうしないと、ここ最近続く異常な事態のせいで、精神が疲弊してしまうのだ。
心配ない。祐真は、何度も自分にそう言い聞かせた。幸い、上手く自己暗示にかかったようで、翌日の日曜日には、随分と心が軽くなっていた。