サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
そのあと、祐真と花蓮は一緒になって、教室を出た。身体中に、クラスメイトたちの視線を感じながら。廊下に出ても、それは同じだった。廊下にたむろしていた他クラスの生徒たちも、どこかに向かおうとしている祐真たち二人を興味深そうに眺めている。
「こっちよ」
花蓮は、祐真を促す。祐真は周囲の視線を遮断するように、少しだけ顔を伏せて花蓮の背後に付き従った。
少し歩くと、視線は途絶えた。さすがにあとを追ってくるような真似をする生徒はいないらしかった。
「どこまでいくんだ?」
祐真が前を歩く花蓮の背中に尋ねると、花蓮はチラリと振り返った。
「屋上」
しばらく時間が経ち、二人は屋上の扉を開けた。秋の少し乾いた風が、肌を撫でる。
太陽が全身を包み、祐真は目を瞬かせた。花蓮は何も言うことなく、屋上の端まで歩く。祐真はあとに続いた。ふと、最近よく屋上に用があるなと思う。
花蓮は屋上の縁に張り巡らせてある緑色のフェンスまで近づくと、大きく深呼吸を行った。
「あー、息苦しかった。思春期の高校生たち特有のリビドーにまみれた匂い、閉口しちゃう」
花蓮は、限界まで水中に潜って出てきた時のように、開放感溢れる声でそう言い、身体中を手で払った。
祐真は質問する。
「なあ、お前の本当の年齢って、いくつなんだ?」
外見的には、高校生に見える。そのため制服姿も全く違和感がない。むしろ、小柄で華奢な点を鑑みると、見る人によっては中学生でも通用するかもしれなかった。
花蓮は悪戯をした子供のように、口角を上げ、人差し指を唇に当てた。
「秘密。女の子に年齢を聞くもんじゃないよ」
祐真はため息をついた。まあいい。こいつの年齢を知ったところで、大して意味はないだろう。実際、高校生より上なのは、間違いないはずだし。転校してこれたのも、退魔士としての権力か魔術を使っただけのはずだ。こちらが気にする部分ではない。
大切なのは、ここからだ。
祐真は無言になる。花蓮も流れを察したのか、真剣な表情に変わった。
一陣の風が、二人の間を通り抜ける。
花蓮は口を開いた。
「前にも言ったけど、あなたが淫魔と繋がりがあることはわかっているの」
祐真は身構えた。やはり、狙いはそこか。頭の中に、『ペナルティ』の文字が明滅する。
花蓮は、教師が授業するように、ゆっくりと説明を始める。
「前に、この高校で起きた集団酸欠事故があったでしょ? それを手掛かりに学校を調べて、あなたが淫魔と関わりがあることを掴んだの。そして、退魔士のネットワークを利用してあなたを調査した」
花蓮は、自身のミディアムヘアをかき上げる。
「けれど、あなたの所在は把握できなかった。そこで、私はさらに確信を持ったわ。淫魔が情報統制をしているに違いないって。そして、予め覚えておいたあなたの『匂い』を元に、駅を張って、一昨日、あなたを特定して、尾行したってわけ」
なるほどと思う。リコの予測はほとんど的中していたようだ。理解できない説明もいくつかあるが。
花蓮はリコの予防線のせいで、詳細までは特定できておらず、駅を張っていたのだ。それに、祐真は容易く引っ掛かったらしい。
祐真は無言のままだった。言葉が思い浮かばなかった。
さらに花蓮のターンが続く。
「だけどね、おかしいことばかりなんだ」
花蓮はそう言うと、体の向きを変え、目の前にあるフェンスの金網部分を掴んだ。ここからは、運動場がよく見える。
「私はてっきり、あなたがサキュバスを召喚して、毎日性欲の限りを尽くしていると思ってたわ。でも前回あなたと会って、わかったの。あなたからはサキュバスの臭いがしない。サキュバスを毎日抱いているのなら、色濃く臭いが残るはずだから」
花蓮は、刺すような鋭い眼差しをこちらに向けた。
祐真は唾を飲み込み、訊く。
「前から訊きたかったけど、お前がよく言うその『匂い』だとかって一体、なんだ?」
花蓮は腕を組んで、悩ましげな顔をした。
「うーん、いわゆる私の『能力』ってやつかな。固有能力?」
はっきりとは理解できないが、おそらく退魔士や魔術士だからこそ身に付けている力に違いない。そして、性質から察するに、猟犬のように『匂い』を嗅ぎ分ける力があるようだ。
花蓮は一度息を吐くと、言葉を継いだ。
「……とにかく、私はあなたがサキュバスを召喚していないとわかった。なら、インキュバスを召喚したのかもと思ったけど、それもなんだか妙なのよね」
話が次第に、核心を突いていくの感じた。やはり、けっこう厄介な相手だ。
「結局、サキュバスを召喚しようと、インキュバスを召喚しようと精を吸われるのは同じだから、臭いは感じ取れる」
花蓮はこちらに一歩近づいた。
「だけど、あなたからは一切、そんな臭いはしなかった。けど、インキュバスの臭いは微かに感じる。ねえ、どういうこと?」
花蓮はこちらを見据えた。太陽が瞳に反射し、ギラギラと獲物を前にした獣のように輝く。
祐真は身体を強張らせる。どうしようかと考えた。言い逃れできるだろうか。それとも黙秘を続けたほうがいいか。
少しだけ、時間が過ぎる。押し黙ったままの祐真を花蓮は見つめていた。
やがて花蓮は諭すように言う。
「ペナルティのことを危惧しているのなら、その必要はないわ」
「なぜ?」
花蓮はすぐには答えず、空を一度見上げた。つられて、祐真も空を見る。雲ひとつない清涼とした青い空間に、大きな鳥が飛んでいた。鳶だろうか。この辺りは多いのだ。
「ねえ、祐真君」
祐真が顔を戻すと、花蓮はフェンス越しに運動場を見下ろしていた。
花蓮はこちらを見ないまま、話を続ける。
「淫魔の存在ってさ、邪悪だと思わない?」
「邪悪? どういうこと?」
「あいつらって、人間を性の対象としてしか見ていないのよ。頭の先から足の先まで、醜い肉欲で彩られている存在」
唐突に何を言い出すのか、と思ったが、祐真は少し考える。
確かに、花蓮の主張は同意する部分あった。『ペナルティ』の内容を聞けば、自ずと感じてしまうだろう。人間を性処理の道具と化するのだから。
そして、アネスやユーリーも多分に漏れない。祐真を陵辱しようとしたり、手篭めにしようとしてきた奴らだ。その時の恐怖や不安を忘れてはいなかった。
そしてリコ――。あいつは……。
祐真は質問する。
「お前が淫魔を狩る理由が、それなのか?」
花蓮はこちらに顔を向け、当然と言わんばかりに頷いた。
「そうよ。性欲の権化たる淫魔が、この世界に存在することに私は耐えられない。性欲なんて醜悪で汚らわしい欲望、持っているほうがおかしいもん」
少し、話が妙な方向へ進んできている気がした。祐真は論駁する。
「……でも性欲なんて人間にもあるだろ。お前にだってさ」
祐真がそう言った途端だ。それまで、平静であった花蓮の様相が、一変した。
「はあ? なに言ってんの? 私に性欲なんてあるわけないじゃない。下等動物じゃないんだから。変な言い掛かりは止めなさい」
花蓮は声を上げて、激しく激昂する。唾の飛沫が飛ぶ様が見て取れた。
どうやら失言だったようだ。だが、それでも祐真は言う。怯んでいては相手のペースに飲まれてしまうだろう。
「お前がそうでも、世の男は性欲まみれだぞ。インキュバスほどじゃないにしろ。それはいいのか」
花蓮ほどの美貌なら、いくらでも男は寄ってくるはずだ。あの時、ナンパしてきた男たちのように。その辺りは、どう対処しているのだろうか。
花蓮は薄く笑った。
「いいわけないわ。もちろん、性欲むき出しの男なんて決して認めない。特に、その性欲を私に向けた場合、徹底して罰を与える。まさに『ペナルティ』ね」
花蓮を口説こうとした二人の男たちが、黒い大きな蛇に飲み込まれる光景が脳裏に蘇る。
「あの男たちはどうなったんだ? 殺したのか?」
花蓮は両手を広げ、肩を上げた。
「さあ。性欲の匂いを振り撒く男共のことなんて忘れたわ」
どうにも、花蓮は性的なものに対し、強い忌避感を持っているようだ。それも相当、常軌を逸したレベルで。淫魔を敵視する理由も、退魔士だからというよりかは、そういった自身の性質が起因となっているのだろう。
花蓮は、まっすぐこちらを見つめた。
「それで話を戻すわね。あなたが『ペナルティ』のことを危惧しているのはすぐに理解できた。当然よね。淫魔の存在が発覚したら性奴隷だもの」
花蓮は、こちらに歩み寄ってくる。
「そこで相談」
「相談?」
「ええ」
花蓮は目の前までやってきた。そして、ぐっと顔をこちらに近づける。花蓮のほうが背が低いので、自然に見下ろす形となった。
なんだか、甘い香りが鼻腔をつく。少しだけ、胸の鼓動が高鳴る。
花蓮は、祐真を呼び出した目的の核心部分に触れた。
「祐真君。あなたが召喚した淫魔を私が殺してあげるわ。だから、こちら側に付きなさい」