サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第三十八章 二度目のデート

 そのあと、祐真は彩香と別れ、アパートへと直帰した。リコは部屋におり、祐真の帰宅を待ちわびていた。

 

 「お帰り祐真。少し遅かったね。今日は六時限だろ? 何かあったの?」

 

 リコはエプロン姿で、心配そうに質問する。

 

 祐真は返答をせずに、しばしリコを見つめた。リコは怪訝な面持ちになり、首を傾げる。

 

 「どうしたんだい? 僕の顔に何か付いてる?」

 

 祐真は目を逸らした。リコとの関係を見つめ直す。まるで恋人か夫婦が直面するような問題だが、彩香が言ったように、現状、自分たちには必要な課題だろう。

 

 しかし、何と言うべきか。

 

 こちらの様子がおかしいと気づいたらしく、リコは眉をひそめた。

 

 「何かあったの? もしかして、例の退魔士の件かい?」

 

 リコは即座に、正鵠を射た。ずばり事実そのものだ。

 

 しかし、祐真は、本当のことを伝えるつもりはなかった。退魔士が、リコを排除するために、祐真を引き込もうとしている事実などは。

 

 少なくとも、今はまだ。

 

 祐真はリコと向き直った。そして、祐真はリコにある提案をする。彩香と話をし、導き出した考えであった。

 

 「リコ。ちょっといい?」

 

 

 

 

 

 

 「わあ、ほら祐真見て可愛い」

 

 リコは、上空を静かに泳ぐ海亀を指差し、歓声を上げた。

 

 祐真たちが現在訪れている、しながわ水族館は、休日のせいもあって、ラッシュ時の駅構内のように混雑していた。

 

 特に、今二人が歩いている場所は、水槽トンネルといわれる狭い通路で、満員電車のように人が多い。注意して歩かなければ、他者とぶつかってしまうだろう。

 

 だが、それでも天を覆う水槽の光景は、美しく壮大であった。まるで海の底を歩いているかのような不思議な気分になる。美景とはこのことかと思った。

 

 水槽トンネルを抜け、次のエリアへ。この辺りのエリアは、クラゲが多く展示されているようだ。

 

 祐真はリコと並んで玩具のように水中を漂うクラゲたちを見物していく。

 

 手こそは繋いでいないものの、リコは恋人のように祐真のそばに寄り添っていた。距離は近いと思ったが、祐真は特段、拒否をしなかった。自分が提案した手前、ある程度は、リコの好きにさせようと考えていた。

 

 「不思議なクラゲだね」

 

 リコの声に従い、水槽を見てみる。リコのピアニストのような指が指し示す水槽には、クラゲは漂っていなかった。だが、底にイソギンチャクのごとく、ピンク色の大きな吸盤状の生物が張り付いていた。

 

 「サカサクラゲだって。面白いクラゲもいるんだね」

 

 リコは子供のように目を輝かせながら、感心した声を上げた。

 

 それを祐真は横目でうかがう。リコは本当に楽しそうだ。まるで、好きな女子とデートでもしている高校生のような風情だ。よほど、祐真からの誘いが嬉しかったらしい。

 

 祐真は視線をサカサクラゲに戻す。サカサクラゲは微動だにしないが、ちゃんと生きているのだろう。

 

 ピンク色の不思議な生物を眺めながら、祐真は、この『デート』の話がまとまった時の会話を思い出していた。

 

 

 

 

 「しながわ水族館?」

 

 リコに、『デート』の行き先はどこがいいか尋ねた際、彼が口にした場所だ。

 

 しながわ水族館は、名前の通り、品川区にある有名な水族館である。しながわ区民公園内に建設されてあった。

 

 「どうして水族館?」

 

 祐真が純粋に質問すると、リコはあっけらかんと答えた。

 

 「なぜって、恋人に人気のデートスポットだろ?」

 

 祐真は口をつぐむ。どうやらリコは、祐真の誘いを、本当に『デート』としてとらえているらしい。

 

 喜びが勝っているせいなのか、祐真が唐突に提案した『デート』の誘いに対する疑問は、全く浮かんでいないようだった。言い訳を考えていたが、無駄に終わる。

 

 祐真はリコの要望を承諾した。祐真としては、訪問先はどこでよかったため、よほど変な場所ではない限り、断る理由はなかった。

 

 『デート』までの間、祐真は普通に日常生活を送った。学校では、あの時以降、花蓮は祐真に話しかけてくることはなかった(それでも、星斗や直也はこっそり、花蓮と連絡を取っているじゃないかと疑ってきていた)。

 

 アパートでは『デート』に胸を躍らせているインキュバスとの、奇妙な同棲生活が続いていた。

 

 もしも、花蓮の提案を受け入れたら、この『日常生活』は終わりを迎えるのだ。そして、元の『日常生活』が戻ってくる。難しいはずの『召喚還し』を行ってまで、求めている世界。

 

 祐真は『デート』の当日まで、頭を悩ませていた。一体、自分はどうしたいのか。今の非日常を歓迎しているのか、それとも元の日常に戻りたいのか。

 

 二つの疑問が、ぐるぐるとメリーゴーランドのように、脳内を回転していた。

 

 「祐真、どうしたの?」

 

 祐真ははっとする。リコが不思議そうに、こちらをじっと凝視していた。

 

 「いや、なんでもないよ」

 

 祐真は内心を悟られないよう、笑って誤魔化す。だが、それは麻痺したように、ぎこちないものになった。

 

 リコはしばらく、こちらを見つめていたが、やがてふと微笑を浮かべると、祐真の手を取った。

 

 「じゃあ、次のエリアへ行こうか」

 

 リコは、祐真の手を引き、歩き出した。

 

 

 

 

 午前は水族館内の観覧を行い、正午になると、二人は水族館内にあるレストランで昼食をとった。

 

 午後は、イルカショーやアシカショーなどを見物する。最初は子供が見るようなイベントショーだと思い、気乗りしなかったが、ショーが始まると思いの外、楽しむことができた。可愛らしい動物たちの演技に、リコと共に祐真は、子供のような歓声を上げた。

 

 やがて、夕刻が近づき、祐真たちは水族館をあとにする。

 

 だが、二人はすぐに帰宅しなかった。水族館を出た足で、『しながわ区民公園』を散策することにした。

 

 これは、祐真のリクエストによるものだ。リコは快く了承してくれた。

 

 祐真はリコと並んで、区民公園内にある大きな池のほとりを歩いた。遊歩道上には、子供連れの家族が多く、明るい日差しも相まって、とてものどかな雰囲気が漂っていた。

 

 そこには、悪魔やら、魔術などの超自然的な要素が介在する余地はないように感じる。少なくとも、今、隣を歩いているリコが、インキュバスである事実が、まるでフィクションであるかのような錯覚を覚えた。

 

 二人はしばらくの間、無言で公園を歩く。幼稚園くらいの男の子と女の子が、はしゃぎながら、リコのそばを通り抜けた。そのうち女の子のほうが、長身のリコを見上げた。そして、目を奪われたかのように、はっとした仕草をとった。

 

 リコが女の子に微笑むと、女の子は顔を赤くして、恥ずかしそうに顔を逸らし、先を行く男の子のあとを追っていく。それとほぼ同時に、大学生くらいのカップルとすれ違う。カップルはすれ違う瞬間、二人共一緒に、リコの姿に惹きつけられるかのように、凝視してくる。

 

 水族館でもそうだったが、やはりリコの美貌は、周囲の人間の衆目を集めるようだ。中には、芸能人か、あるいはモデルなのかと、興味のあまり質問してくる人間もいた。

 

 人間を魅了するインキュバスの面目躍如といったところか。ユーリーもそうだったが、外に出る度にこれでは、煩わしい部分もあるのではと思う。それとも慣れっこなのか。

 

 祐真とリコは池を通過し、中央ゾーンへと足を運んだ。この辺りは草木などの自然が多く、キャンプ場も併設されてあった。一気に自然の匂いが立ちこめる。

 

 祐真はその中をリコと共に歩く。やはり双方共に無言だ。かといって、リコは不機嫌ではない。祐真と一緒に歩けるだけで嬉しいらしく、鼻歌交じりである。

 

 祐真のほうは、胸の内にある重りのようなわだかまりのせいで、会話に勤しむことができないでいた。今日、リコを『デート』に誘った目的。彩香のアドバイス。退魔士花蓮のことについて。

 

 それらの文字が立体となって浮かび上がり、壊れた万華鏡のようにぐるぐると目の前を回る。一体、俺はどうすればいいのだろう。

 

 「祐真、そこに座ろう」

 

 祐真が苦悩していると、リコが唐突に提案してくる。リコは、広場の一角にある二人掛けのベンチを指差していた。

 

 ちょうど疲れていたし、このまま当てもなく彷徨うのも時間の無駄なので、祐真は同意する。

 

 リコが飲み物を買いに自販機へと向かったことを確認し、祐真はベンチに座った。

 

 眼前の広場に目を向ける。広場はキャンプ場としても機能しており、時期なのも相まってか、いくつかテントが張られていた。一番近いテントの内部からは、子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。

 

 祐真はぼんやりと、広場の光景を眺めていた。思考が奔流となって、脳内を駆け巡る。

 

 どのような話をすれば、リコとの関係について、見つめ直せるのか。いや、そもそも本当に必要なのか。もう花蓮側に付いて、リコを殺したほうがいいのではないか。断った場合、花蓮は敵に回ると言ってたし……。

 

 祐真が思い悩んでいると、ジュースを買い終ったリコが戻ってきた。

 

 「お待たせ」

 

 リコはジュースをこちらに手渡し、祐真の隣に座る。渡されたジュースは、祐真の好きな銘柄だ。相変わらず、リコは確実に祐真の好みを選択していた。

 

 プルタブを開け、中身を飲む。オレンジジュースの甘酸っぱい味が、口の中に広がった。隣のリコも、缶コーヒーを飲んでいる。

 

 祐真は静かに、息を吐く。ジュースを飲んで、少し落ち着いたものの、祐真は会話のきっかけを掴めないでいた。どう切り出そうか。下手をすると、このまま何も話せずに終わりそうだ。

 

 するとリコが唐突に質問してくる。

 

 「さて祐真。僕に何か話があるんだろ?」

 

 祐真はかすかに頷く。やはり、リコは全てお見通しのようだ。突然祐真が『デート』に誘った時点で、何かあると疑念を抱くのが普通である。当初からリコは、そのような様子をみせなかったが、密かに疑問を感じていたらしい。

 

 リコのほうから話を振られたため、祐真は少しだけ話しやすくなった。背中を押されたような気分だ。

 

 同時に考えも纏まり始めた。自分が一体、どうしたいのか。完全には答えは出ないものの、ちょこっとだけわかった気がした。

 

 祐真は一拍間を置いて、口を開く。

 

 「リコはさ、前に俺に言ったよね? 運命がどうとか」

 

 「うん」

 

 「それってどういう意味?」

 

 祐真の質問に、リコは爽やかな笑みで応じた。

 

 「そのままの意味さ。君は必ず僕を受け入れる。それだけのことだよ」

 

 「……俺には全然その気がないんだけど」

 

 「今はそうでも、いずれ変わるさ」

 

 リコはなぜか、確信を持っていた。

 

 「わけがわからないよ」

 

 祐真は目を逸らす。普段からリコが口にしている下らないセクハラ発言の一つかもしれない。それにしては、やけに自信があるようだが。

 

 少なくとも、もうこれ以上訊いても進展はなさそうなので、話を変えることにする。

 

 「リコはさ、ものすごく強いんだよね?」

 

 「うん。強いよ」

 

 リコは臆面なく肯定した。

 

 「でもさ、もしも俺が敵に回ったとしたら、リコはどうする?」

 

 リコは愚問だと言わんばかりに、悠々と肩をすくめた。

 

 「何の問題もないよ」

 

 「どうして?」

 

 「僕の敵になるなんて選択、祐真がするわけないからね」

 

 リコは、絶対的な根拠があるかのように断言を行う。祐真は目が点になった。

 

 「なんでそう言い切れる?」

 

 「祐真のことなら何でもわかる。君は僕を絶対裏切らないよ」

 

 いまいち説明になっていないような気がするが、リコは本心を述べているらしかった。心底祐真のことを信頼しきっているということだろうか。

 

 リコは、優しげな眼差しをこちらへ注いだ。祐真は俯く。

 

 いまだに自分の中にあるわだかまりの答えは出ない。だが、時化のように祐真の心を覆っていた靄が、少しずつ晴れていくのを感じた。

 

 気がつくと祐真は口を開いていた。話し始める。退魔士、風川花蓮との間にあった出来事を。

 

 話を聞き終えたリコは、薄く笑みを浮かべた。

 

 「ダイレクトに祐真のところへ乗り込んでくるとはね。やはり推進派の連中はやることが派手だねえ」

 

 リコは感心したように言う。随分と余裕のようだ。

 

 「いいのか? そんな悠長に構えていて」

 

 「まあね。それで祐真はどうするんだい? 退魔士のほうに付くのかい?」

 

 リコは茶化すように、上目使いをする。祐真は首を振った。

 

 「そのつもりはないよ」

 

 「そうか。ならもう安心さ」

 

 リコは缶コーヒーを飲み干した。

 

 「本当に大丈夫なのか? 相手はけっこう強そうだったぞ」

 

 彼女が披露した魔術を思い出す。黒い漆黒の蛇。リコは確かに強いだろうが、花蓮を上回るのかどうかの判別はできなかった。

 

 「戦闘面については、全く問題ないよ」

 

 「花蓮は今までにも淫魔を何人か倒したことがあるようなことを言ってたぞ」

 

 「僕を他の淫魔と同じとは思わないで欲しいな。……けれど、戦闘以外の面では対処する必要があるね」

 

 「どういうこと?」

 

 「相手のアプローチ次第では、面倒なことになりそうだってこと。人間の退魔士だし、推進派ならなおさらだ」

 

 やはり、万事解決というわけにはいかないらしい。

 

 祐真はリコから顔を逸らし、目の前のキャンプ場に視線を向けた。

 

 一つのテントの前で、父親と小学校低学年生くらいの男の子が遊ぶ姿が目に映る。追いかけっこをしているようだ。子供の歓声が耳に響く。

 

 同時に、料理の香りも辺りに漂い始めていた。そろそろ夕飯の時刻なのだ。意識すると途端にお腹が空いてくる。

 

 「具体的にはどうするんだ?」

 

 祐真リコのほうへ顔を戻し、訊く。

 

 リコはウィンクを行った。

 

 「いくつか対策があるんだ。アパートに戻ったら、教えてあげるね」

 

 そう言ったあと、リコはベンチから立ち上がった。それからこちらの正面に回ると、ピアニストのような綺麗な手を伸ばしてくる。

 

 「これでまた僕らは共闘関係になった。共に頑張ろう」

 

 リコは握手を求めてくる。祐真は一瞬だけ迷ったが、やがて同じように手を伸ばし、リコと手を握り合った。

 

 「リコ、今度の休みの日、どこかに遊びに行こう」

 

 リコははじめ、何を言われたのか理解できなかったようだ。水晶のように澄んだ目が、何度か瞬いた。やがて、大きく見開かれる。

 

 「本当かい? 祐真。まさか君からデートの誘いがくるなんて……」

 

 リコは感極まったように、咽び泣いた。予想以上のリアクションだ。リコが『デート』だと解釈しているのは少し癪に障るが、これほど大げさだと、かえって祐真のほうが戸惑ってしまう。

 

 「お、おいちょっと反応凄すぎないか? 遊びに誘っただけだぞ」

 

 リコは、顔を手で覆いながら、強く首を振った。銀髪が揺れ、水面のように煌く。

 

 「ううん。祐真が誘ってくれるだけで、僕はこの上もなく幸せだよ。死んでもいいくらい。これはあの時みたいに……」

 

 リコは、涙混じりに何事か呟く。声が掠れているので、何を言っているのか聞き取れなかったが、心底喜んでいることは伝わってきた。

 

 祐真は、呆れながらも、つい笑みを零す。それから、ため息をついた。全く、毎度このインキュバスは……。

 

 「それで、リコ。答えは?」

 

 リコは顔を上げた。涙で、顔がぐちゃぐちゃだ。

 

 リコは涙を拭い、はにかむと言った。

 

 「もちろん、了承さ」

 

 こうして、次の土曜日、リコとの二度目の『デート』が予定されたのだった。

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