サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
休み明け。祐真は登校を行った。
通学路を歩きながら、頭の中で、リコが『デート』のあと、アパートで話してくれた内容を反芻していた。
リコはこれからについて、いくつか対策を講じてくれた。だが、実際に役に立つのだろうか。
不安に包まれながら、祐真は学校へと到着した。
教室に入ると同時に、花蓮が話しかけてくる。
「待ってたわ。羽月君。それじゃあ行こうか」
祐真が登校してくるまで談笑していたらしく、クラスメイトの女子たちが、離れたところでこちらを見やっていた。
祐真のすぐそばで、星斗と直也も、複雑な表情を浮かべて立ち竦んでいる姿が目に入る。どうやら、登校してきた祐真に声をかけようと近寄ってくる最中だったようだ。内容は多分、祐真がラインのメッセージを返信しなかった件についてだろう。
祐真は机に鞄を置くと、首肯した。
花蓮は言う。
「ついてきて」
祐真は花蓮に促されるまま、教室を出る。その時教室にいたクラスメイトたちは全員、好奇の目をこちらに注いでいた。星斗と直也も同様だった。
花蓮は、廊下を進み、階段へと向かって歩く。今回も屋上へと赴くらしい。道中、廊下ですれ違う他生徒たちは、ほとんどが、目を奪われたかのように、花蓮へと視線を注いでいた。
階段へと差し掛かり、上りきったあと、花蓮は、屋上の扉を開けた。途端に、燐光のような朝日が正面から当たる。祐真は目を細めた。
屋上に出た花蓮は、静かに進んでいく。祐真も続いた。やがて花蓮は、前回と同じ位置に立ち、こちらに背を向けたまま、フェンスを掴んだ。
下方に広がる運動場を見下ろしながら、花蓮は訊く。
「この間の答えを聞かせてもらえるかしら?」
花蓮はこちらを振り返った。かすかに口角が上がっている。余裕の表情。祐真の答えが、自分にとって良きものだと確信している様子が伝わってくる。
祐真は花蓮を正面から見据えた。リコの姿が脳裏へ浮かび上がる。まるで隣にいるかのように、力強さを感じた。
祐真は宣言する。はっきりとした口調で、訓辞を読み上げるかのごとく。
「風川さん、戦おう。俺たちと」
花蓮は表情をほとんど崩さなかった。たおやかな笑み。まるで清楚アイドルのよう。だが、瞼がわずかに痙攣した様を祐真は見た。
しばらく時間が流れる。屋上を抜ける風の音のみが、耳に届いていた。花蓮は笑みを浮かべたまま、何も言わない。
宣戦布告を受け取った、ということか。
祐真はそう確信した。
祐真は踵を返すと、花蓮を残し、歩き始める。そして、屋上を出た。背中に、ずっと花蓮の冷たい眼差しが突き刺さっていることを感じていた。
大事なのはここからだった。退魔士・風川花蓮の出方。祐真が宣戦布告を行い、彼女が敵に回った以上、より一層注視する必要が生まれた。
一体、どんな手を使ってくるのか。
祐真の予想では、一切こちらに関わらず、陰で諜報員のように動いてくると思われた。祐真側の淫魔の存在を突き止めることができていない現状、下手に接触しないほうが無難だと考えるはずだ。
ならば、これまで同様、単独での隠密行動が最右翼といえるだろう。
しかし、祐真の予想は大きく外れることとなった。花蓮は思いも寄らない行動をとったのだ。
「祐真君、一緒にご飯食べよう!」
昼休みになり、祐真が星斗たちと一緒に弁当箱を広げていると、花蓮が明るく話しかけてきた。
「え……」
油断していた祐真は、言葉を失う。敵対したばかりなのに、むざむざ相手に近寄ってくるなんて、この女は何を考えているのか。
祐真の両隣にいる星斗と直也も硬直し、絶句しているようだ。こちらは祐真とは違う意味なのだろうが。
「隣、座るね」
花蓮は近くにあった椅子を引き寄せると、星斗の隣に強引に座った。それから手に持ったピンク色の弁当箱を机に置く。女慣れしていない星斗は、おどおどと異常なほど挙動不審な様相を呈した。
現在の光景を、近くにいる生徒たちが注目していた。普段、花蓮と一緒に昼食をとっている何人かの女子生徒たちも、嫉妬するような目線を向けている。
祐真はそれに気づいていた。
祐真は内気であるため、衆目の中、下手に花蓮を拒否する声を発することができなかった。
祐真のそのような性質を知っているのか、花蓮は遠慮することなく、平然と接してくる。
「祐真君のお弁当、とても良い匂いがするね。おいしそう。自分で作っているの?」
花蓮は、祐真が広げているリコが作った弁当箱を指差した。中身はから揚げやウィンナーなどのオーソドックスな内容だ。特筆するようなものではないが、インキュバス手製であるため、なにか引っ掛かる部分でもあるのだろうか。
「あ、ああ、まあね」
無視しようかと思ったが、祐真は反射的に答えてしまう。
花蓮も、自らの弁当箱の蓋を開けた。中身は玉子焼きやウィンナーなど。祐真や他の二人の弁当と大して内容物は変わらなかった。退魔士と言えど、普通の人間と食べ物は変わらないらしい。
花蓮は自身の弁当に箸を付けながら、お喋りを始める。リコが作った弁当のことは、すでに関心の埒外のようだ。特に何かに気づいたわけではないようだ。
「さっきの英語の抜き打ちテスト、難しかったよね」
花蓮は極々普通の、友人たちと交わすような会話を行う。
スクールカーストにおいて、最下層に属する三人の男子と、転校してくるなり、すぐさま上位に君臨した美少女転校生。
奇妙な組み合わせの食事会に戸惑いながらも、星斗と直也はとても嬉しそうに相槌を打っていた。
しかし、祐真だけは用心深く、花蓮の様子を探っていた。
意図がまるで読めなかった。宣戦布告後、こうして接触してきた以上、何かしらの戦略かと考えられるが、こちらの友人を巻き込んでの昼食に花蓮側のメリットがあるとは思えない。
それとも、祐真の腹を探るためのコンタクトか。にしては、もっと他に良い方法があるはずだ。まさか仲直りしたいという魂胆ではあるまい。
「祐真君大丈夫? 箸が止まっているみたいだけど……」
祐真ははっとする。花蓮が大きな目を瞬かせながら、こちらを見ていた。
花蓮は祐真と目が合うと、屈託のない笑顔を浮かべる。
「早く食べないとお昼休み終わっちゃうよ」
「あ、ああ」
祐真は曖昧に頷き、箸を動かした。ウィンナーをつまみ、口に運ぶが、なんだか味がしない。花蓮の読めない言動に、調子が狂ってしまう。
祐真の不安をよそに、花蓮はなおも楽しげに会話を続けていた。