サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第四章 インキュバス部隊捕縛員

 コトリと音が聞こえた。

 

 祐真はふと目を覚ます。怪しさを感じ、目を擦りながら、祐真は体を起こした。眠気がヘドロのように、脳裏にこびりついていた。

 

 辺りを見回す。除夜灯の薄暗い光が、1Kの部屋をぼうっと照らしていた。テレビの周囲に鎮座している愛しのフィギュアたちも、もちろん顕在。つまり、寝る前と特に景色に変化はなかった。

 

 奇妙な物音が聞こえたが、一体何だったのだろうか。気のせいか。

 

 祐真が再び眠りに就こうとしたとき、また音が聞こえた。今度ははっきりと、玄関から。床を踏みしめるような。

 

 祐真は、ベッドから降りて、明かりを点けようとした。そこで、いつの間にか、目の前に人影が立っていることに気がつく。

 

 祐真が恐怖に目を見開いた瞬間、天地がひっくり返った。わけもわからず、今しがた出たばかりのベッドへうつ伏せに倒れ込む。それから、警察が犯人を確保するように、右腕を背中側に取られ、ベッドへ押さえつけられた。

 

 祐真は息を飲む。先ほど目の前にいた人影の仕業だ。力は強く、身動きが一切できなくなった。少しでも抵抗すれば、右腕がひどく痛むのだ。

 

 一体、誰だ? リコか? しかし、シルエットは、リコより背は低かったが。

 

 突如の出来事に、祐真は恐怖と混乱に襲われた。

 

 頭上から、声が聞こえる。ハスキーな声質。男のものだ。

 

 「羽月祐真ですね? 当該ケース56により、インキュバス部隊捕縛員である私が、あなたを拘束しにきました」

 

 祐真をねじ伏せている人物は、そう言った。

 

 男の口からインキュバスという言葉が発せらたため、祐真はさらに混乱に見舞われる。リコから直接聞いた『ペナルティ』の内容が、脳裏に蘇った。

 

 この人物は、インキュバスなのか。そして発言の通りなら、リコや魔道書の警告は正しかったということになる。

 

 突如、部屋が明るくなり、祐真は目を瞬かせる。どうやら、この人物が部屋の照明を点けたらしい。祐真の背中に乗っているのに、どうやったのだろう。

 

 祐真は、首を捻り、何とか背後の人物を確認した。

 

 そこには、一人の少年がいた。自分と同じくらいの年齢に見える。

 

 耳までかかったさらりとした銀髪に、白い肌。顔はハリウッドの子役のように整っている。外見的特徴から、リコとの共通点がみられるため、インキュバスと判断していいだろう。ただ、目は豹のように鋭いが。

 

 インキュバスは言う。

 

 「私の名前はアネス=キャプト=ホード。向こうの世界からやってきたインキュバスです。あなたは魔道書を使い、インキュバスを召喚した挙句、即座にインキュバスを放逐しました。よって、あなたを不穏分子として認定、我々の部隊の元まで連行する旨を伝えます」

 

 アネスと名乗るインキュバスは、そう宣言した。

 

 祐真は愕然とする。頭が真っ白になり、息が荒くなった。

 

 「ちょっと、待って! 連行は、インキュバスの正体が発覚したら行われるんだろ? 俺は、部屋から追い出しただけだ」

 

 アネスは首を振った。

 

 「暴露危惧を作るのも、はっきりとした拘束及び、連行要因です。あなたは召喚したばかりのインキュバスを、不用意に放逐しました。これは看過できない行動です」

 

 「だけど……」

 

 祐真はかすれた声で反論しようとするが、上手く言葉が出ない。

 

 アネスは、重ねるように主張を伝える。

 

 「言い分は向こうで聞きますので、大人しくしなさい」

 

 「連行されたらどうなるの?」

 

 「取調べが行われて、有罪の証拠が固まったら、裁判にかけられます。もっとも、当該ケースの場合、確実に有罪になりますが」

 

 司法機関のシステム自体は、こちらの世界と大きく変わらないようだ。だが……。

 

 「もしも有罪になったら?」

 

 アネスは答える。どこか、高揚したような口調になった。

 

 「インキュバスの存在を発覚させる真似をした場合、監禁刑が言い渡されます。我々インキュバスの慰み者として一生を終えてもらいます。これは召喚したインキュバスから説明がなかったのですか?」

 

 聞いている。聞いているのだが、いまいち実感が湧かないのだ。今現在、その危機に直面していることが。

 

 こちらの恐怖にまみれた表情を読んだのか、アネスは優しい口調になる。拘束している腕も、若干緩んだ。

 

 「安心して下さい。慰み者になったとしても、不幸じゃありませんから。今までの人間たちは皆、最終的には全てを受け入れて、『性奴隷』の人生を楽しんでいますよ。きっとあなたも、『向こう』の生活を気に入ります。もっとも、与えられた快楽のせいで精神が崩壊し、否が応でも順応した者も少なくありませんが」

 

 アネスはとんでもないことを言う。

 

 冗談ではなかった。慰み者だなんて、そんな戦時中の捕虜のような扱い、真っ平御免だった。あまりに非人道的すぎる。

 しかし、それならばどうやって、この状況から逃げ出そう。警察を呼ぶにしても、スマートフォンは枕のそば、離れた位置にある。この状態だと届かない。

 

 それとも、大声を出すか。しかし、夜中にもかかわらず、先ほどから声や騒音を出しても、近隣から何の反応もないのは不思議だ。

 

 アネスは、祐真の心を読んだかかのように、アイドルのような爽やかな笑みを浮かべた。

 

 「大声を出しても無駄ですよ。この部屋は『一時隔離』してますから。声は隣にも届きません」

 

 アネスの口から聞き慣れない単語が出て、祐真は困惑する。『一時隔離』とは一体何だろう? 本当に声が届かないのか。

 不可解な説明を終えたアネスは、唐突に口調をがらりと変えた。猫なで声だ。

 

 「それはそうと、祐真君、君とても素敵な男の子だね」

 

 アネスは片方の手を伸ばし、こちらの頬を撫でた。アネスのしなやかな指の感触が、頬から伝わってくる。

 

 このインキュバスもリコ同様、男が性的対象らしい。祐真は強い恐怖にかられる。

 

 「やめろ! 誰か助けて!」

 

 祐真は叫んだ。それから、アネスの手から逃れようと、大きくもがく。

 

 しかし、無意味だった。見えない拘束具で固められているかのごとく、がっちりと体がホールドされているのだ。不思議な感覚だった。

 

 それに、先ほど祐真が上げた悲鳴。確実に隣の部屋に聞こえているはずなのに、一切リアクションがなかった。これもアネスの言う『一時隔離』のせいなのか。

 

 アネスの上擦った声が聞こえる。

 

 「監獄で玩具にされるにはもったいない逸材だね。壊される前に、ここで味見するのも一興か」

 

 アネスは祐真のズボンに手を伸ばす。やがて、そのズボンが脱がされ始めた。

 

 祐真は瞬時に、自身が何をされるのか悟った。一気に血の気が引く。恐慌にかられ、体を暴れさせながら逃げようとする。

 

 だが、相変わらず、体は硬直したままで、ねじ伏せられた状態から脱することはかなわなかった。

 

 「大丈夫。不安がらないで。必ず君を気持ち良くさせるから。あわよくば、私の虜になったら、このまま君を私の家に連れ帰って……」

 

 ズボンがずらされ、臀部が露出しかける。祐真の恐怖は跳ね上がった。

 

 その時だった。

 

 「待った」

 

 聞き覚えのあるクリスタルボイス。玄関のほうからだ。この声はまさか……。

 

 祐真が顔を向けると、そこにはリコが立っていた。アネスも凝視している。

 

 「僕の祐真にそれ以上の狼藉は許せないよ」

 

 リコは真剣な面持ちでそう言った。切れ長の目が、朱に染まっていることが見て取れた。リコは激怒しているのだ。

 

 リコの刃物のような鋭い眼光を受けながらアネスは、リコを睨みつけた。

 

 「リコ=シュバルベルク=ノヴェチェシャドリコフ=スタヌスラヴェヴィッチ。いとも容易く『一時隔離』を突破しますか。その上で、拘束対象のインキュバスにも関わらず、のこのこと姿を現すとは、どんな心境で?」

 

 アネスは挑発的な物言いをする。リコは肩をすくめた。

 

 「拘束対象? おかしな話だね。我々は何ら禁忌を犯していないよ」

 

 「召喚直後、召喚主が召喚者を放逐することは、危険要因です。拘束対象なのはケース56により明らかです」

 

 リコは、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

 「放逐? 誤解だよ。僕は周辺の安全を確認するために、この部屋を出ただけさ。僕の存在を秘匿するための必要な措置だ。その証拠に、こうして戻ってきただろ? もちろん、誰にも僕の正体は気づかれていないよ」

 

 「おためごかしを。そんな戯言、信じると思っているのか。あなたも拘束します。大人しくなさい」

 

 アネスが宣言する。リコは、小さく息を吐くと、一歩、こちらに近づいた。

 

 「もう一度言う。我々は禁忌を犯していない。だから、祐真から離れるんだ」

 

 「拒否します。あなたと共に、祐真も連行します」

 

 リコは、おもむろに、手の平をアネスへと向けた。目が獲物を狙う鷹のように、鋭くなっている。

 

 「いいのかい? 血みどろの光景が展開されるよ。捕縛部隊隊員さん。あなたに対処できるかな?」

 

 なんだか、部屋の温度が、一気に氷点下まで下がったような気がした。空気が張り詰めている感じだ。祐真の体に触れているアネスの手からも、動揺が伝わってくる。

 

 「我々を敵に回すつもりですか?」

 

 「元より、だよ」

 

 少しの間、二人はこう着状態に陥る。武道の試合のように、お互い相手の出方をうかがいながら、対峙しているのだ。

 

 やがて、ふっと祐真の体が軽くなった。アネスがこちらを解放したのだ。

 

 捕縛部隊のインキュバスの手から逃れた祐真は、慌てて脱がされかけていたズボンを上げると、立ち上がった。そして、掴まれていた腕を擦りながら、リコのそばに駆け寄る。

 

 リコは、見る人誰もが安心するような笑みを祐真に向けた。

 

 「大丈夫かい?」

 

 リコは、優しくこちらの肩に手を触れた。戸惑いながらも、祐真は抵抗しなかった。

 

 「う、うん」

 

 祐真はアネスのほうを見る。

 

 アネスはゆっくりと立ち上がり、こちらに体を向けた。逆ボブにも似た耳までかかった銀髪が、ふわりと揺れる。

 

 アネスは口を開いた。

 

 「わかりました。いいでしょう。今はその戯言を聞き入れることにします。ただし、くれぐれも淫魔の正体が発覚しないよう注意してください。召喚と関係ない一般人に知られた場合、即刻、部隊を率いてあなた方を捕縛しますので」

 

 リコは肩をすくめて応じる。

 

 アネスは泰然自若のリコを一瞥すると、ベッドのそばを離れて歩き出す。やがて、リコと祐真の真横をすり抜ける。玄関に向かうのだろう。

 

 すり抜ける時、アネスは言葉を発した。今度は、リコではなく、こちらに向けて。

 

 「一つあなたに警告です。魔道書を使い、召喚の儀式を行った以上、インキュバスとあなたは切っても切れない関係になりました。つまり、生涯あなた方は共に生きなければならないということです。どちらか一方が死ぬか、『召喚返し』をしない限り。その点を重々承知の上、行動してください」

 

 アネスはそう言うと、二人の横をすり抜け、玄関へたどり着く。そして「それでは」と言い残し、部屋を出て行った。

 

 張り詰めていた緊張が、ふと解ける。どさりと音がしそうだ。

 

 祐真はなおもアネスが消えた玄関を見つめていた。すでに思考は混沌とし、何がなんだかわからず、心の中に不安と恐怖が堆積している。

 

 「大丈夫?」

 

 こちらの様子をうかがっていたリコが、気を遣うように顔をのぞき込んできた。

 

 「安心して。僕がずっと君を守るから」

 

 そう言われても、素直に納得できない。祐真は顔を背けた。現在のトラブルの原因は、紛れもなくこいつなのだ。

 

 祐真の反応を見て、リコは懸念を理解したらしい。祐真の頭を優しくなでる。

 

 「今更悩んでもどうしようもないよ。いずれにしろ、君と僕は結ばれる運命なんだから」

 

 また意味不明なことをリコは口走る。

 

 リコは続けた。

 

 「だから、今から君を僕が慰めてあげる。祐真は何もしなくていいから」

 

 祐真はリコの手を振り払った。そして、ベッドへと行き、毛布を被る。

 

 毛布越しに、リコの視線が突き刺さっていることが、感覚としてわかった。

 

 毛布に埋もれたまま、祐真は、深く思案する。

 

 これから先、前途多難ではないかと愕然としていた。

 

 もしもリコをこの部屋から追い出し、金輪際関わらないようにしても、先ほどと同じように『ペナルティ』の危険は付いて回る。むしろその状況だと、発覚のリスクは大きくなるだろう。

 

 かといって、同居するにも、常に今のように貞操を狙われる恐れがある。

 

 いずれの道を選んでも、祐真の身が危ういことに変わりはないのだ。その上、それは、リコがこの世界に存在している限り、ずっと続く。間違った召喚をした祐真に責があるとはいえ、あまりにも不条理だ。

 

 アネスの言葉が記憶に蘇る。

 

 それらを解決する唯一の方法が、『召喚還し』だ。

 

 祐真は思う。

 

 少しでも早く、またあの召喚の本を手に入れ、リコを送り還さなければ。

 

 なおもベッドの外から祐真の体を求めてくるリコの声を無視しながら、祐真は自らの心にそう誓った。

 

 こうして、祐真とリコの奇妙な共同生活が始まったのだ。サキュバスを召喚しようとしたら、間違ってインキュバスを召喚してしてしまったばかりに。

 

 

 

 やがて一ヶ月が過ぎた。その間も、数々のリコによる誘惑をかわしながら、祐真はインキュバスとの奇妙な同居生活を続けていた。そして、例の赤い召喚の本を入手するために手を尽くした。

 

 だが、目下のところ、その本が見付かる気配がまるでなかった。

 

 絶望である。

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