サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
それからというものの、花蓮は祐真に対し、頻繁に接触してくるようになった。祐真が朝登校すると、必ず声をかけてきた。休み時間、祐真の席までやってきては、話題を振ってくる。放課後になれば、一緒に帰ろうと催促してきた。
花蓮がそのような真似をすれば、当然話題になる。噂の転校生の美少女が、地味なオタク男を狙っているらしいぞと。
しばらくすると、祐真は廊下を歩くだけで、他の生徒から指を差されるようになった。下駄箱やトイレで突き刺さるような視線も感じた。中には、嫉妬心を剥き出しにして、すれ違いざまに悪態をつく男子生徒もいた。
祐真と共に行動している星斗と直也は、必然的に花蓮と接する機会が増えたため、この状況を歓迎しているようだが、祐真にとってはメンタル的にひどく堪えるようになった。
これが何でもない通常の間柄の話なら、祐真もひどく喜んだことだろう。自分に可愛い女の子が興味を示してくれるのだから。
だが、実情は違う。花蓮は敵なのだ。一般人とは違う退魔士と呼ばれる存在。リコの命を狙う者。
その事実を祐真と彩香のみが知っている。外野で騒ぐ連中や、嫉妬の目線を投げかける連中は何も知らず、ただの色恋沙汰だと思っているのだ。
そのような状態がしばらく続いた。リコが以前施してくれた『対策』は一部機能しているものの、花蓮の予想外の行動により、まだ全ての効果が発揮される段階まではいっていなかった。
心配になった祐真は、リコに花蓮の行動について相談をした。こちらはどのようなアクションを取ればいいのかと。
祐真はてっきり、リコは方針を変更してくるかと思っていた。だが、違っていた。彼は、簡素な答えを用いた。
「このまま様子見でいいと思うよ」
料理中であったリコは、世間話の相談に答えるかのように、あっさりと伝えてくる。トンカツ用のキャベツを切る小気味良い音が、台所に響いていた。
リコは、花蓮の行動を大きく受け止めていないようだ。しかし、祐真は不安だった。
「俺にとっては、あまり気分の良い状況じゃないんだけど」
リコは、動かしていた包丁の手を止めた。
「心配することはないよ。少しの辛抱だから。それに、何度も言うように、相手は祐真の命まではとらないから」
「命まではとられなくても、学校での立場が悪くなったら、それだけで俺は終わりなんだよ」
こいつは高校生の学校におけるセンシティブな人間関係を知らないらしい。ちょっとしたきっかけで、坂道を転がるように、カーストの底に落ちてしまうのだ。もっとも、祐真自身、カーストは最下位に近いのだが……。
しかし、それでもまだ人間扱いのレベルは保っていた。底まで落ちれば、それすら比べ物にならないくらいの冷遇が待っているのだ。
「可愛い女の子に付き纏われるようになっただけで、立場が悪くなるのかい?」
リコは不思議そうに訊く。
祐真は頷いた。
「少し目立つだけで絡む連中はいるんだよ。それでも、花蓮が本当に俺の彼女とかになれば、話は違ってくるけど、今みたいな中途半端な状態が一番困る」
花蓮は敵であるため、当然交際まで発展することはないはずだ。今の状態が関の山といえるだろう。
つまり、これが花蓮の目的かもしれない。言うなれば、祐真の精神を削る戦法。
しかし、そうだとしても何だか温い気がする。今のところ、祐真のほうは大した痛手を負っていないのだ。不愉快な環境に変化したのは確かだが。
「しばらくの我慢さ。待てば、いずれ解決するよ」
「前言っていた『対策』ってやつか? 本当に大丈夫なんだろうな」
「もちろんさ」
リコはキャベツの千切りを再開した。小気味の良い音が耳を貫く。背後からは、テレビの音声が聞こえた。夕方のニュースの時間らしい。
「本当にお前の予想通りの結果になるのか?」
祐真は以前、リコが教えてくれた『計画』を思い出しながら訊く。随分と、花蓮の行動が違ってきている気がするが、大丈夫なのか。
祐真の質問に、リコは肩をすくめた。愚問だと言わんばかりだ。
「問題なしだよ祐真。推進派の連中は必ず『そう』なんだから」
リコは前も同じことを主張していた。
「だったら、リコが言うように、今の状況に耐えるしかないってことか」
「そうだね。今しばらく、我慢が必要だ」
リコはコンロにかけていたみそ汁の火を止めた。蓋を開け、味見をする。リコは満足そうな表情を浮かべた。
「だから祐真。これだけは約束して」
みそ汁の味見を終えたリコは、真っ直ぐ祐真を見た。
「絶対に、自分から花蓮にアプローチしないようにしてくれ」
祐真はリコの真剣な表情に気圧されたが、やがて静かに首肯した。
「おはよう! 祐真君」
翌日の朝、登校した祐真を花蓮は待ち構えていた。
祐真が席へと着くと同時に、元気に挨拶をしてくる。祐真はげんなりしながらも、適当に返事をし、椅子に座った。
花蓮は祐真の反応などお構いなく、隣の席に腰掛け、積極的に話を振ってくる。それを祐真は上の空で対処した。
しばらく時間が経ち、クラスが賑やかになってきた頃、誰かが祐真の脇腹を小突いた。
「ねえ、その態度、風川さんに失礼じゃない?」
声のほうを見ると、クラスの女子が目の前に立っていた。三つ編みの小柄な女の子。今まで会話を交わしたことがなかったが、確か花蓮の『取り巻き』の一人だったはず。
三つ編みの女子は、極めて不愉快そうにこちらを見下ろしていた。
「風川さんが話しかけてるじゃない。どうして応じないのよ」
三つ編みの女子は、まるでこちらが悪いことをやったかのように咎めてきた。祐真は呆気にとられる。
「羽月君みたいなオタクに、こんな素敵な人が話しかけてくることなんて本来あり得ないのよ。光栄に思うべきところを、あなたは不意にしているのよ」
三つ編み女子は、差別的な発言とも取れる言い方をする。祐真は口をつぐんだ。花蓮は涼しい顔で成り行きを見守っていた。
そこで、新たな女子が隣に立つ。
「亜紀の言う通りよ。羽月君、ちょっと調子に乗ってるんじゃない?」
こちらは少し背の高いおかっぱの女子だ。バレーボール部の佐竹とかいう女子だったと思う。
亜紀と呼ばれた女子は、なおも追撃行った。
「間抜け面していないで、何か言いなさい。あなたは風川さんの大切な時間を奪っているのよ」
花蓮が一方的に絡んできているにも関わらず、なんて言い草だと思った。俺のほうこそが被害者だ。
しかし、祐真はそれを口にすることができなかった。元来自分は内気であり、ましてや討論なんて、もっての他。しかも相手は女子二人。
とはいえ、反論はできないまでも、この二人の叱責が、どうやら嫉妬によるものらしいということはわかった。
祐真は困り果てる。恐れていたことが起きたようだ。これまでも、他クラスの男子生徒からすれ違いざまに文句を言われることはあったが、こうして面と向かって非難をされるのははじめてだ。
祐真が尻込みしていると、チャイムが鳴り響いた。目の前の女子二人が残念そうな表情を浮かべたのを見て、祐真はほっとする。どうやら上手くかわせたようだ。ナイスタイミング。
亜紀と佐竹は、この場を離れていった。隣の席に座っていた花蓮も、意味深な目をこちらに向け、自身の席へ戻っていく。
同時に、担任教師が教室に入ってきた。そこで祐真は初めて、クラスの皆がこちらを見ていたことに気がついた。