サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第四十一章 罠

 面倒な展開になったと祐真は思った。

 

 朝の出来事を皮切りに、祐真に対する『非難』が加速したのだ。

 

 次の休み時間も、花蓮は祐真の元へやってきた。そして、親しげに接してくる。だが、今回はコブ付だ。取り巻きの女子が侍女のように後ろに控えていた。

 

 祐真が少しでもそっけない態度を取れば、非難が飛んだ。祐真は下手に逆らうことができず、渋々花蓮との会話に付き合うしかなかった。

 

 だが、花蓮とのコミュニケーションは本来ならば、避けるべき事態だ。この女は敵である。話をすればするほど、こちらが不利になってしまうだろう。

 

 そのような状況が続き、やがて五時限目が終わりを迎えた。今日は六時限まで授業がある。今が今日最後の休み時間だ。

 

 祐真はそこで耐えきれずに、花蓮を呼び出すことにした。

 

 呼び出す場所は、祐真たちのクラスがあるB棟の端にある倉庫を選んだ。屋上と違って、短時間なら、誰も入ってくる恐れがない場所だ。

 

 祐真はそこで、花蓮に真意を問い質すことにした。一体、何が目的なのか。戦う気があるなら、さっさとやり合おうと。

 

 もしもそこで、花蓮が挑発に乗り、魔術を使って攻撃をしてくるなら、むしろ歓迎だ。リコの狙いは功を奏すことになる。

 

 祐真は考えた。そうではないか。こちらからのアプローチはリコに厳禁されているものの、結果、狙いが同じなら構わないはずだ。わざわざ相手が動くのを待つ必要は皆無と言える。

 

 もうこの針のむしろのような環境は、嫌だった。早く花蓮との戦いに蹴りをつけたい。そうすることが、祐真とリコにとって、ベストの選択だと思った。

 

 しかし、その考えは、後になって、祐真の逃げだということが実感できた。苦しい環境から逃奔し、楽したいだけの負け犬の愚行。

 

 リコのアドバイスを遵守していれば、蛇のように迫っていた脅威を看破できたはずなのに。

 

 祐真は、クラスメイトたちが近くにいる中、花蓮に声をかけた。話があると。

 

 祐真の言葉を聞き、花蓮は女神のように白い歯を見せた。

 

 

 

 目の前の鉄扉を開ける。途端に埃っぽい臭いが鼻を突いた。

 

 倉庫の中に入った祐真は、電灯のスイッチを押し、明かりを点ける。常夜灯のようなオレンジ色の光が倉庫内を照らすが、光度が低いらしく、薄暗い。

 

 祐真は奥へと進む。倉庫内は、教材や、文化祭で使ったであろうよくわからない残骸が積まれてある。しかし、乱雑ではなく、スペースも結構あった。

 

 背後から続いて、花蓮も入ってくる。そして後ろ手に扉を閉めた。

 

 密室になったことで、祐真は強い圧迫感を受けた。薄暗さも相まってか、地下室にでも閉じ込められた気分になる。

 

 祐真は不快感を覚えながらも、花蓮のほうへ振り返った。花蓮は飄々とした顔をしている。これから先の展開を予期しているのか、余裕綽々の様子だ。

 

 花蓮が口火を切る。

 

 「それで話ってなに?」

 

 祐真の胸の鼓動が、かすかに早くなった。愛の告白でもするかのような気分に陥るが、全く質が違うものである。

 

 これは、不安と恐れによる緊張だ。自分は敵を前にして、怯えている……。

 

 祐真は唾を飲み込み、咳払いをした。それから、花蓮に伝える。

 

 「いい加減止めて欲しいんだ。俺に絡むのは。もしも戦う気なら、ちゃんとした場所でやり合おう」

 

 花蓮は何も答えなかった、悠然とした表情を崩さない。ちゃんと聞こえたのだろうか。

 

 祐真は質問を重ねた。

 「一体、何が目的なんだ? お前の行動に何の意味が?」

 

 祐真が言い終わると同時に、花蓮はある行動に出た。それは、予想もしていなかったものだ。

 

 花蓮はおもむろに、自身のブレザーのボタンを外したのだ。そして、中に着ているカットソーのボタンを外し始める。

 

 祐真が呆気に取られているうちに、花蓮は胸元をはだけさせた。ピンク色のブラジャーがあらわになる。小柄な体にしては不釣合いなくらい豊満だ。

 

 祐真は状況が飲み込めないまま、花蓮の胸元を凝視した。この女は何のつもりだろう。アプローチか? 性的な行動を忌避しているんじゃなかったのか。

 

 混乱に見舞われながらも、祐真は花蓮に真意を問い質そうとした。

 

 そこで花蓮が先を制する。

 

 花蓮は突然、短く悲鳴を上げたのだ。狭い倉庫に、ハウリングしたかのように高い声が響く。

 

 直後、花蓮ははだけた胸元を押さえ、倉庫を飛び出して行った。

 

 残された祐真は、茫然と立ち竦む。意味がわからない。目の前の展開に着いていけなかった。今自分の顔を鏡で見たら、アホみたいな間抜け面をしていることだろうと思う。

 

 だが、少し間を置くと、足元から震えが這い上がってきたことが実感できた。顔が青ざめ、息が荒くなる。

 

 今の状況を客観的に見れば、一つの結果に行き着く。すなわちそれは……。

 

 自分は花蓮の、敵の罠にまんまとはまったのかもしれない。

 

 祐真は慌てて鉄扉を開け、倉庫を出た。廊下へ足を踏み入れると同時に、周りにいた生徒が責めるような眼差しを向けてきたことに気づく。

 

 祐真が歩き出すと、近くにいた生徒が野良犬でも避けるかのように、さっと退いた。窓際にいた二人の女子生徒が、こちらを見ながらヒソヒソと話をしている。

 

 祐真は息を飲む。思った通りだ。先ほどの花蓮の行動を目撃した生徒たちは、皆『誤解』をしてしまったらしい。

 

 祐真は俯きながら歩き、その場を離れる。とてつもなく悪い予感がした。

 

 急ぎ教室へ向かう。休み時間なので、複数の生徒とすれ違うが、誰もがこちらを非難の目で見ている……ような気がした。

 

 教室へ舞い戻った祐真は、勢いよく扉を開けた。

 

 その途端だ。教室中にいたクラスメイト全員が、一斉にこちらを見た。

 

 祐真は電撃を喰らったかのように、その場に立ち竦んだ。集まった視線には、非難と嫌悪の感情が濃く込められていた。

 

 教室の隅を見る。一足先に戻っていた花蓮が、泣きじゃくりながらクラスの女子に慰められている姿が目に映った。

 

 手の平に汗が滲み、心臓の鼓動が不規則に刻み始める。猛烈な不安が大波のように押し寄せた。

 

 嫌な予感が的中したようだ。

 

 祐真が佇んでいると、一人の生徒が近寄ってきた。男子生徒だ。長身の優男風の容貌。裏塚健一という名前のボクシング部の生徒である。

 

 「なあお前。風川さんになにしてんだよ」

 

 裏塚はチンピラのように顔を凄ませながら、こちらに詰め寄った。古里の姿と重なる。

 

 「……俺はなにもしてない」

 

 かすれた声が出る。ひどく喉が渇いていた。

 

 「嘘つくなよ。お前、風川さんを呼び出しただろ。そこでお前が何もしなきゃ、風川さんがあんな風になるわけないだろ」

 

 裏塚は、花蓮のほうを顎でしゃくった。

 

 ひとまず否定したものの、これで祐真の言い分が通じないことが判明した。

 

 ひどく困る。どうすればいいのか。痴漢冤罪と似たようなもので、こういった場合、男の証言は脆く頼りないものとなる。

 

 なおも威嚇する動物のように睨み付けてくる裏塚と、教室中の視線を受け、祐真は硬直していた。足が震える。

 

 花蓮がわざわざこちらが誘い出すまで待ったのも、信憑性を増すためだろう。狙いは功を奏し、見事祐真を『暴行犯』に仕立て上げたのだ。

 

 しかし、これが花蓮の本当の狙いだとして、意味の為す所はなんだろう。祐真の立場を悪くするためなのか。それにしては、遠回りな方法にも感じる。

 

 離れたところで、星斗と直也が不安そうにこちらを見つめている姿をとらえた。二人は咎めるような目線を送ってはいない。一応、祐真の潔白を信じているらしいことはわかる。女子グループの中にいる彩香も同じだった。

 

 「おい。聞いてんのか? なんとか言えよ」

 

 裏塚は、祐真の肩を掴んだ。ボクシング部らしい逞しい腕だ。力強さを感じる。

 祐真は裏塚の言動を聞き、いくつか確信を得た。おそらく、この男は祐真の不手際に乗じて、花蓮の気を引こうと画策しているようだ。さながら痴漢を撃退する正義の味方のごとく。

 

 祐真は、裏塚の手を振り払った。

 

 「だから、言ってるだろ。俺は何もしていないって」

 

 祐真がそう言い終わるのとほぼ同時だった。

 

 裏塚は唐突に祐真の顔面を殴打した。ボクシングをやっていることを裏付けるように、ストロークが極めて短い一撃だ。見事、祐真の顎の下を捕らえていた。

 

 状況を見守っていたクラスメイトたちの中から、どよめきが湧き起こる。

 

 もしも、これが『普通』の人間なら、一瞬で昏倒していたかも知れない。だが、今祐真は『普通』ではないのだ。

 

 裏塚は小さく呻き、右手を押さえた。以前の古里と同じリアクション。再び彼の姿と重なった。

 

 肉体強化。リコが花蓮用の『対策』として施してくれた魔術のうちの一つだ。

 

 魔術にかかれば、相手がボクシング部だろうと、屁でもない。赤ちゃんから殴られたほうが、まだダメージはある。

 

 ゆえに、肉体強化が施されている以上、以前と同じように、相手が人間ならば、暴力的な危機にさらされようとも、容易く凌げるはずだ。

 

 しかし――。

 

 祐真は、ひどくうろたえていた。裏塚が原因ではない、あの女の、花蓮の本当の狙いが判明したからだ。

 

 「お前、なんなんだ?」

 

 人を殴り慣れているであろう、裏塚は怯えたような目で見上げてくる。教室中の生徒たちも、驚きの表情を向けていた。

 

 祐真は焦りながら、花蓮のほうを確認する。花蓮は、こちらを凝視していた。

 

 花蓮の目が、獲物を捕らえたように、鋭く光っている様を確かに見た。

 

 祐真の脳裏に、リコとの会話が蘇った。

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