サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
「攻性防壁?」
リコとの『デート』のあと、アパートへと帰った祐真は、テーブルを挟み、リコから説明を聞いた。
「そう。攻性防壁」
彼はテーブル越しに、聞き慣れない単語を繰り返した。祐真は質問する。
「なにそれ」
リコは答える。
「祐真、君は休み明け、花蓮に『答え』を伝えるだろう? 自分のほうに寝返ると確信している彼女に、宣戦布告の言葉をね」
リコはテーブルに腕を置き、手の上に顎を乗せた。
「君から宣戦布告をされたあと、花蓮はその日のうちにアクションを取るはずだ。それが何なのかは今の段階では不明だけど、敵対した君へ必ず動きを仕掛ける。その『対策』のための魔術さ」
「魔術?」
祐真はリコが淹れたお茶を一口飲むと、そう訊く。リコはかすかに頷く。
「祐真。以前、君にかけた魔術を覚えているかい?」
「うん。肉体が強化されるやつだよな」
脳裏に、実習棟のトイレで古里から受けた暴行の光景が再生された。それから、屋上で菅野とやり合った光景も。
あの時は、少しの痛みも傷も受けなかった。相手は、それなりの腕力と腕っ節を持つヤンキーであるにも関わらず。まさに奇跡の見技だ。
リコは言う。
「あの魔術、『コルプス・フォート』と少し性質は似ているけど、メカニズムが違う魔術だ」
祐真は少しだけ身を乗り出して、質問する。
「どんな魔術なんだ?」
「言うなれば、カウンターみたいなもの。相手が魔術を使ってきた場合、予め設定されたこちらの魔術が自動で発動する仕組みになっている」
いまいちピンとこず、祐真は首を捻る。
その姿を見て、リコは微笑んだあと、説明をした。
「つまり敵が魔術を使ってきたら、反撃する魔術だよ」
「予め設定された魔術ってどういうこと?」
「性防防壁は、特定の魔術をカウンターとして設定できるんだ。それを事前に仕込む」
「仕込むって、どんな魔術を?」
「今回は、相手の情報を解析できる魔術を設定するつもりだ。現状、花蓮の魔術は未知数だからね。解析できたらもう丸裸も同然さ」
「具体的にはどう使うんだ?」
リコは目の前にある湯飲みを持ち、お茶を飲んだ。そしてテーブルに下すことなく、見せ付けるようにして目の前に掲げた。
「まずは祐真の体に攻性防壁の魔術をかける。さっき言ったように、魔術を受けると、相手の肉体情報や魔術を解析できる魔術だ」
リコは手に持った湯飲み茶碗を、温めるようにゆっくりと撫でる。
「それから、花蓮が君に魔術を行使してくるまで待つ。そうなれば攻性防壁が発動して、花蓮の情報は全てこちらのもの。あとは煮るなり焼くなり好きにできるって寸法だ」
「ちょっと待てよ」
リコの提案に、祐真は口を挟んだ。聞き捨てならない。
「大丈夫なのか? つまり、俺が魔術を喰らうわけだろ? その時点でアウトじゃないのか」
リコはウィンクを行った。
「問題ないよ。そのための『攻性防壁』だ。一種のバリアも兼ねているから、魔実に対しては、強い抵抗を持つ。祐真は無傷さ」
祐真はとりあえず、安心する。さすがに魔術を身に受けるほどの覚悟はなかった。
祐真は質問する。
「そう簡単に花蓮は使ってくるかな」
「使ってくるさ。推進派はそんな連中だ。いずれ業を煮やし、強硬手段をとってくる」
リコは湯飲み茶碗をつんつんと突いた。すると、竹に刃物を入れたかのように、二つに割れた。
「花蓮には、匂いを嗅ぎ分ける妙な力があるぞ。もしかしたら気づかれるかも」
リコは薄く笑った。氷のように、澄んだ表情。
「花蓮のその嗅覚の能力は確かに脅威だ。攻性防壁の存在に気づけるかもしれない。それでも、時間が経てば、必ず攻撃してくる。それくらい『彼女たち』は、いかれてる奴等さ」
リコは割れた湯飲みをぴったりとくっ付ける。湯飲みは、まるで接着したように元の形へと戻った。
リコは湯飲みをテーブルに置く。
一応、今のところ、リコの説明は理解できていた。祐真が把握した範囲で考えれば、花蓮との戦いは、なんとかなりそうな気配があった。
しかし、リコの次の言葉で、どうやらそれは希望的観測であったことが判明する。
「だけど、攻性防壁にはいくつか欠点があってね」
「欠点?」
リコは首肯した。
「一つが、魔力を持ってる人間には施せないこと。自身の魔術との『ノイズ』が発生してしまい、使い物にならなくなるからね」
祐真は納得する。だから、ユーリーとの戦闘の際、リコは自身に対し、行使しなかったのか。
「そしてもう一つが、攻撃性がある魔術しかカウンターできないこと。たとえば、例の感染型の淫魔術みたいなものには無防備となる」
これも理解できた。彩香の『全世界BL計画』の時に、リコが攻性防壁を施さなかったのも、これが理由なのだろう。
「わかったよ。けど、そこまで問題がある内容じゃないね」
リコは首を振った。
「欠点はまだ他にもあるんだ。最後の一つが、なかなかに面倒でね」
「面倒? どんなもの?」
リコは答える。
「話自体は単純なんだ。魔術じゃない攻撃を受けた場合、攻性防壁が解除されてしまう点だ」
今まで着いていけていた祐真の理解が、こここにきて、幻想のように歪む。
「なんだよそれ」
「攻性防壁は相手の魔術をガードし、魔術で返す性質がある。そのメカニズム上、魔術とは違う――例えば普通の人間に殴られるみたいな――攻撃を受けた場合、魔術回路が簡単に壊れてしまうんだ」
「人間の攻撃で?」
「そう。攻性防壁は便利な分、とても脆くて繊細な魔術なんだよ」
「つまり、花蓮から殴られては駄目ってことか」
リコは首を振った。
「言ったろ。普通の人間からだって。退魔士や魔術士みたいな魔術を持った人間は、常に魔力を体に帯びさせている。それなりの術士なら、気取られないよう隠せるけど、それでも魔力を体に纏っていることに変わりはない。だから、素手だろうと攻性防壁に攻撃した場合、結局魔術で攻撃したことと変わりはなく、反撃を受けるハメになる」
「それなら、あまり問題はないんじゃないか? 人から殴られるなんて状況、そうそうないんだし」
祐真の脳裏に、古里の姿がよぎった。あいつのような人間は例外だろう。それに、もう連中は手出ししてこないだろうし。
つまるところ、花蓮への対策は、もう充分な水域に達しているのではないのか。少なくとも、向こうの攻撃に対しては、すでに無敵なのだ。
しかし、リコは認めなかった。
「そう言い切れないのが、人間の魔術士や退魔士との戦いさ。特に推進派はどんな手を使ってくるかわからない。だから、リスクは承知で、肉体強化の魔術も一緒にかけておくよ」
祐真は釈然としなかったが、それでも頷いた。警戒し過ぎな気もするが、リコのアドバイスには従っておいたほうがいいだろう。
祐真は冷めたお茶を飲み干し、部屋のほうへ目を向ける。テレビの近くに飾ってある美少女フィギュアたちが、祐真を女神のように見守っていた。
祐真がリコに視線を戻すと、リコは、静かに話し始めた。
「だから祐真。気をつけて欲しい。くれぐれも花蓮にアプローチを行っては駄目だ。最初に説明した通り、花蓮に宣戦布告を行ったあと、彼女は何らかのアクションを取ってくる。それに反応してはいけない。耐え抜くんだ。そうすれば、花蓮は必ず魔術を行使してくる。そうなったらこちらの勝ちだ」
リコは、まっすぐにこちらへまなざしを向ける。
祐真は首肯した。