サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第四十三章 陥落

 祐真を殴った手を擦る裏塚を見下ろしながら、祐真は自身が窮地に立ったことを自覚した。

 

 今まさにこの状況が、花蓮の目論見通りの展開だった。多分、先ほどの裏塚の殴打により、リコが施した攻性防壁は消えてしまったに違いない。幸い、もう一つの魔術『コルプス・フォース』のお陰で、肉体的ダメージは全くなかったが。

 

 「てめえ、武道か何かやっているな?」

 

 裏塚は、右手を押さえながら立ち上がった。どうやら、この男は、祐真の先ほどの魔術による防御を、武道の技術によるものだと見做したらしい。

 

 裏塚は、怨嗟の表情を浮かべていた。自分のストレートパンチが通じなかった怯えよりも、屈辱のほうが勝ったようである。どうしても祐真が気に食わないようだ。

 

 元より、祐真はカースト下位のオタク。自分よりも格下と思っている相手に、ボクシング部である自身のパンチが通じなかったのだ。怒りに満ちて当然なのだろう。

 

 裏塚は、こちらへ踊りかかった。再度祐真を殴り倒す腹積もりらしい。

 

 当初は避けようと思っていた。だが、祐真はつい反射的に動いてしまう。

 

 祐真は裏塚の拳を寸前で振り払った。魔術による力が強すぎて、裏塚の拳が腕ごと大きく弾かれる。

 

 裏塚はもんどり打って倒れた。そばにあった椅子が、派手な音を立てて転がる。見物していたクラスメイトたちの中から、ざわめきの声があがった。

 

 祐真は目を瞑りたくなった。つい勢い余ってしまった。面倒なことになりそうだ。こんな大勢の前で、魔術の要素を見せてしまっては、ペナルティの危険さえある。

 

 そして、それ以上に――。

 

 花蓮に視線を向ける。彼女は、なおも食い入るようにこちらを見つめていたが、祐真と目が合うと、まるで勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。

 

 下方から声が聞こえる。

 

 「お前、なんなんだよ……」

 

 床に倒れていた裏塚が、情けない声を出す。すでに戦意は消失しているようだ。花蓮によいところを見せる、という彼の目論みは脆くも崩れ去ったことになる。もっとも、花蓮の目的を知っていれば、どの道叶わぬ夢だっただろうが。

 

 チャイムが鳴った。今日最後の授業が始まる。

 

 裏塚は立ち上がり、逃げるようにして、自分の席へ戻っていった。

 

 花蓮の様子をうかがうと、彼女は泣き顔を擦りながら、席に着席していた。どうやら教師には伝えるつもりがないらしい。策略の一部なのか、これ以上騒ぎ立てる考えはないようだ。周りにもそう説明したようで、花蓮を慰めていた連中も、席に着いていた。

 

 教室に教師が入ってきて、今日最後の授業が始まる。

 

 祐真は上の空で授業を聞いていた。時折、周りからの視線が槍のように突き刺さってくるのを感じる。当然だろう。暴行犯扱いに加え、ボクシング部の男相手に、大立ち回りをしたのだから。

 

 祐真は頭を抱えたくなった。このままでは不味いと思う。リコが施した攻性防壁が消失し、魔術に対して無防備になったのだ。それだけではない。コルプス・フォート、つまりは肉体強化の魔術を身に纏っていることすら、花蓮に知られてしまったのだ。

 

 すでに、圧倒的不利な立場に立たされたと判断していいだろう。

 

 この時点で、祐真たちの策のほとんどが、破綻してしまっているのだ。

 

 なんて愚かだと思う。祐真がのうのうと花蓮にアプローチをしたがために。再三に渡るリコの忠告も無視する形となった。

 

 だが、まだ詰んではいないはずだ。今のところ、花蓮からの直接的な攻撃はない。学校が終わったら、すぐにアパートへと帰り、リコに状況報告を行えば、彼が何か対策を講じてくれるはずだ。

 

 とにかく、すぐに逃げないと。

 

 今日最後の授業は、テレビの中の出来事ように進行した。逼迫した状況下のせいで、ほとんど頭に入ってくることはなかった。

 

 やがてチャイムが鳴り、授業も終了する。短い休憩時間が訪れるが、先ほどの裏塚の一件のせいだろうか、誰も話しかけてこなかった。

 

 祐真はそこで、リコにLINEを送った。内容は喫緊の用ができたため、すぐに帰宅する、という旨だ。そして、少しだけ考え、もう一通、メッセージを送る。

 

 それから担任教師が教室に入ってきて、SHRが開始された。

 

 単印教師による連絡事項が言い渡され、同時に中間テストの話も行われる。すっかり忘れていたが、もうそんな時期らしい。

 

 それも終わりを迎え、クラス委員の掛け声による、帰りの挨拶が行われた。これにて、今日の日程は全て終了である。

 

 祐真は通学鞄を手に取ると、急いで席を離れた。足早に戸口へ向かう。少しでも早く、アパートに戻らなければ。戻って、リコへと報告だ。それに、花蓮と同じ空間にいることすらもう危険だった。

 

 やはりというべきか、裏塚の件で皆恐れているらしく、教室を出ようとする祐真を咎める者はいなかった。視線は感じるものの、話しかけてくる人間は皆無である。花蓮も、今のところ、何も動きはない。

 

 祐真は、教室を出て廊下へ足を踏み入れる。無論、誰も追ってはこなかった。星斗や彩香も着いてくる真似はしないようだ。

 

 祐真は廊下を進み、他の生徒と共に、下駄箱を通過した。

 

 今周りにいる連中は、おそらく皆が帰宅部なのだろう。祐真と同様、部活動にも、自習にも興味を持たない自堕落な生徒たち。今はむしろ、仲間がいるようでありがたかった。

 

 祐真は校舎を出て、校門を通り抜ける。祐真は横目で、チラリと喜屋高校の白い校舎を確認する。

 

 予想外にも、障害なく学校を出ることができた。花蓮は追ってくることも、姿を見せることもなかった。どういうわけか、こちらに手出しをするつもりはないらしい。どうしてだろう。すぐでも攻撃を仕掛けてくると予想していたが。

 

 もしかすると、罠に掛かったという懸念は祐真の思い過ごしかもしれない。そもそも、花蓮は祐真が攻性防壁を張っていることすら察知しておらず、倉庫での一件は、ただ祐真の立場を悪くするための作戦だった――。

 

 それならば、嬉しい誤算だ。このままアパートへ戻って、リコと作戦を練り直そう。

 

 遠ざかる学校を背に、祐真がほっと胸を撫で下ろした時だった。

 

 視界が一瞬陰った。電灯が消えたかのような感じだ。かと思うと、全身が硬直した。体が、電撃を受けた直後のように、痺れる。

 

 祐真は前のめりに倒れた。幸い、かろうじて腕は動いたので、顔面をガードし、地面に打ち付けることは防げたが、もうその時にはすでに腕すら硬直していた。

 

 何が起きた? まるで全身が麻痺をしたみたいだ。

 

 祐真はあえぐようにして、倒れたまま、見える範囲で周囲を確認する。

 

 そこで息を飲む。周りで下校中の他の生徒たちは、まるで祐真が目に入っていないかのように、何事もなく歩いていた。生徒だけではない。買い物途中の主婦と思しき女性や、下校中の小学生なども、同じようにアスファルトに倒れている祐真など目もくれなかった。

 

 この光景は、記憶にある。類似の現象を前にも経験した。魔道書探索の際、木更津で花蓮と邂逅した時の出来事――。

 

 『認識阻害』。確か、そのような名前の魔術だった気がする。周囲の人間に、自分たちの姿や行動を認識されなくする魔術。

 

 それに、現在、祐真の身体を襲っている麻痺のような現象。これももしかして……。

 

 「ごめんね。先回りして、術を張っちゃった。もう攻性防壁は解除されたみたいだし」

 

 頭上から声がする。もはや首すら動かせなかったが、姿を確認しなくても誰なのかわかった。

 

 やはりこの麻痺も花蓮の魔術によるものらしい。彼女はこちらの策を見抜き、攻性防壁を強引な方法で解除させ、こうして魔術による罠を張っていたのだ。

 

 「だけど、随分と迂闊だったわね。あんな簡単な誘導に引っかかるなんて。匂いでかけていた魔術が攻性防壁と気づいたけど、こうも簡単に事が進むなんて思わなかったわ」

 

 花蓮は愉快そうに言う。それから言葉を続けた。

 

 「もしも、祐真君があっさり罠に掛からなかったら、多分私は我慢できずに、あなたを攻撃していたと思うわ。迂闊な祐真君に感謝だね」

 

 祐真は己を心底呪った。リコのアドバイスに従い、待ってさえいれば、こちらが勝っていたのだ。

 

 祐真は何か言おうと口を開くが、池の鯉のように、パクパクと喘ぐばかりだった。麻痺は祐真の言葉さえ奪っていた。

 

 その様子を見ていた花蓮は、勝ち誇ったように、両の手を叩くとニッコリと笑う。

 

 「それじゃあ、祐真君。あなたを使わせてもらうわね。淫魔駆除のための駒として」

 

 花蓮がこちらに手を伸ばすと同時に、祐真の意識は遠のいた。

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