サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第四十五章 驚愕

 花蓮は、ゆっくりと近づいてくるインキュバスを見ながら、恐れ慄いていた。足元から、震えが這い上がってくる。

 

 あの怪物は一体、なんなの?

 

 リコの姿を捉えた瞬間から、花蓮は悟っていた。常軌を逸した魔力の多さに。

 

 淫魔に限らず、精霊や悪魔も魔力の多寡や強さはピンきりである。これまで花蓮が対峙し、狩ってきたインキュバスも同じだ。苦戦した相手もいれば、楽に狩れた奴もいる。

 

 自分は、それなりの実力を持つ術士である。強い術士は、相手を見ただけで、センサーのようにある程度強さが把握できる。

 

 その目で直接確かめたリコは、まさに尋常ならざる相手だった。通常のインキュバスの何人分に相当する魔力の量だろうか。量だけではない。質も並外れていた。

 

 「し、信じられない……」

 

 花蓮は唖然と呟く。全身に鳥肌が立っていた。魔獣の群れにでも遭遇した気分だ。いや、それ以上だ。セラフィム以上の、神聖生物クラスの……。

 

 しかも、注視する部分は他にもあった。自分は強力な『鼻』を持っている。その嗅覚が、リコから放たれるある『匂い』を感じ取っているのだ。

 

 花蓮が動揺している間にも、リコは近づいてきている。このままではまずい。食い止めなければ。

 

 花蓮は手を前に突き出した。そして自身の黒魔術を発動させる。最初から最大パワーでいかないとやられてしまうだろう。

 

 巨大な黒蛇が、リコの周囲に出現した。しかし、リコは一切気にすることなく、リングへと向かうボクサーのように、こちらを睨みつけながら進んでくる。

 

 黒蛇たちはリコへと飛びかかった。蛇共は、大きく口を開け、牙を剥き出しにしている。本来なら、獲物は為すすべなく、ネズミのように丸呑みにされてしまうだろう。

 

 だが……。

 

 リコへと喰らいつく直前、黒蛇たちは風を切るような音と共に、一瞬にして消し飛んでしまった。どんな魔術を使ったのか知らないが、日本刀で撫で斬りにされたかのようだ。黒蛇共は、装甲車の機銃掃射すら、無傷で耐え凌ぐ防御力を誇るというのに。

 

 花蓮は手を突き出し、再度、蛇たちを作り出す。今度は倍の二十体ほど。

 

 だが、それすらも出現の直後に殺されてしまう。もはや、黒蛇共は何の役にも立たなかった。

 

 花蓮は舌打ちをすると、指を鳴らした。同時に、リコを囲むようにして、複数の黒い塊が現れる。卵形の、巨大なカプセルのような形状の物体だ。全部で七つ。

 

 出現した黒い卵たちはすぐに弾け、中から人影が姿を見せた。

 

 全て人間である。しかも男。スラックスやパーカーを着ている者もいる。

 

 これは花蓮が『確保』した人間たちだ、黒蛇に飲ませ、そのあと魔術により洗脳、操作ができるようにしてある。

 

 ほとんどが、花蓮をナンパないしは誘惑してきた男たちだ。性欲に頭を支配された下劣なクズ共。ゆえに、彼らの身を案じる必要は皆無である。

 

 花蓮が手を振ると、夢遊病者のような男たちは、一斉にリコへと襲い掛かった。彼らは花蓮の魔術により肉体も強化されてある。ただの人間よりだと思って油断していると、八つ裂きにされるだろう。

 

 とはいえ、黒蛇に比べると戦闘力は心許ない。

 

 狙いは別にあった。

 

 もしも、このインキュバスが、襲われたとはいえ、やすやすと人を殺す真似をするのであれば、花蓮の隣で見守っている祐真の心情を著しく害するはずだ。

 

 そうなった場合、二人の関係は瓦解。確実にこちらが優位の状況へ持ち込めるだろう。

 

 殺されなければよし、殺されても良し。男たちはいわば、リコの抵抗力を抑えるための枕木。生きた肉の捨て駒だ。

 

 男たちはリコへと触れようとする。花蓮は被っているフードの中から、思わず笑みを零した。

 

 だが。

 

 花蓮は、頬を痙攣させた。操られている男たちは、糸が切れたかのごとく、一斉にその場へ倒れ込んだのだ。肝心のリコは、どういうことか、予備動作すら全く取っていなかったのに。

 

 彼らは見事、かけられていた魔術を解除され、気絶させられたのだ。

 

 花蓮は唖然していた。自身の魔術が次々と、ハエを払うよりも簡単に打ち破られる様が信じられなかった。こんな相手、初めてだ。

 

 リコは花蓮の眼前へと迫る。窓から工場内に差し込む月明かりを受け、リコの青い目が、飢えた狼のように鈍い光を放つ。

 

 氷水をかけられたかのように、花蓮の背中に冷たいものが走った。腹の底から恐怖が噴出する。

 

 「そこで止まりなさい! さもなければ、あなたの召喚主を殺すわ」

 

 花蓮はナイフを取り出し、隣で拘束されたまま寝転んでいる祐真の首筋に突き付けた。このナイフは、刃の部分に毒が仕込んである。ただの人間ならば、切創を負っただけで、即座にあの世行きだ。

 

 花蓮の警告を聞き、さすがにリコは立ち止まった。だが、目はこちらを射殺さんばかりに鋭い。召喚主を拐われた挙句、人質にされ、ナイフまで突き付けている現状、心底怒りに燃えているようだ。震えんばかりの殺気が、空気を震わし、瘴気のように憤怒の臭いが花蓮の鼻をついた。

 

 「そのままじっとしていなさい」

 

 花蓮は祐真にナイフを突きつけたまま、そう叫ぶ。もうこれしか方法は残されていなかった。まともにやり合ったら、こちらに勝ち目がないことは明白なのだ。

 

 それに相手は、性欲の権化たる淫魔。情けも容赦の必要もなかった。

 

 リコが動きを停止したことを確認した花蓮は、右手は祐真にナイフを突きつけたまま、左手を使い、魔術を発動させる。

 

 「抵抗したら、祐真君を殺すからね」

 

 花蓮はリコの左右に出現させた黒蛇を、リコへとけしかける。黒蛇はリコに食らい付く。これで終わりだ。あとはリコを飲み込んで、自由を奪えばこちらの勝ち。

 

 そこで花蓮は目を見開く。リコへ喰らい付いた黒蛇に異変が起きた。まるで見えない大きな殻にでも包まれているかのように、蛇はリコを飲み込むことができないのだ。

 

 やがて、蛇は力尽きたように霧散した。残ったもう一体の蛇がリコの体に絡み付き、締め上げようとするが、それも限界を超えて圧力をかけた風船のように、弾け飛んで消滅する。

 

 「抵抗するなって言ってるでしょ!」

 

 花蓮は絶叫に近い声で叫ぶ。恐怖でヒステリーを起こしそうだった。頭では、蛇がやられたのは、リコの抵抗によるものではないと気づいていたからだ。

 

 「僕は抵抗していないよ」

 

 リコは暗い顔で答える。

 

 彼の反論は正しい。彼は決して抵抗などしていなかった。こちらの魔術は全てリコが『無抵抗状態の』まま、莫大な魔力により、一方的に阻まれてしまったのだ。

 

 花蓮は左手で、魔力の塊を弾丸のように飛ばした。実際の火器よりも殺傷力は高い魔術だ。普通の人間なら、当たれば即死するほどの攻撃力がある。

 

 だが、魔力の塊はリコの体に当たっても、岩にBB弾を撃ち込んだ時みたいに、簡単に弾かれてしまう。当然、彼は無傷。

 

 花蓮は歯噛みをした。手の施しようがなかった。この時点で、こちらのほとんどの攻撃は通じないことが証明されてしまったのだ。

 

 化け物め。私の魔術が通じないだと? ありえるのか? そんな淫魔が。もう残された魔術は一つのみだ。それすら通じなかったら――。

 

 それに、莫大な魔力と淫魔の醜悪な臭気に混じって、漂うこの匂いは……。

 

 花蓮は心の中で首を振った。今はそれどころじゃない。眼前の脅威を排除しなければ。

 

 こちらの生半可な攻撃が通じないとなると、取るべき方法は一つだ。

 

 花蓮は祐真にナイフを突きつけたまま、指示を出す。

 

 「リコ、あなた自害しなさい。従わなければ祐真君を殺すわ」

 

 直後、冷徹な表情だったリコの顔色が、初めて青ざめたように感じた。強い動揺の色が垣間見える。自身の命が危険に晒されたからというよりかは、祐真の身を案じてのことだろう。

 

 やはり相当この召喚主のことが大切のようだ。もしかすると、こちらの要求はすんなり通るかもしれない。

 

 すなわち、リコは、祐真を守るために自らを殺す――。

 

 倒れた状態の祐真が、下方で何事か叫ぶが、手で口を塞ぎ黙らせる。余計な茶々を入れられたくなかった。

 

 リコは今、まさに命の選択に迫られているのだ。邪魔をするべきではない。彼がさっさと死を選ぶ瞬間を期待しよう。

 

 「早く死になさい! 祐真君の命がどうなってもいいの?」

 

 花蓮はリコを煽った。できるだけ早期に決着を着けたかった。この化け物と長時間相対するのは、恐ろしく、そして危険である。

 

 佇んでいたリコは、悲しそうな顔になった。観念したのだろうか。いい加減死んでくれ。

 

 「早く自害しろよ! 薄汚い淫魔め!」

 

 そう叫んだ時だった。背後に気配を感じた。同時に、薔薇の花のような香りが鼻腔をつく。

 

 花蓮はとっさに背後を振り返った。それから、目が見開かれる。

 

 背後にいたのは、一人の少年だった。銀色のメンズノーブルショートの髪で、とても美しい容姿をしている。絵画から抜け出たきたような……。

 

 花蓮は即座に気づく。こいつも淫魔だ。反吐が出るような臭気を振り撒く下劣な生き物。

 

 花蓮がとっさに攻撃しようと手をかざした瞬間、腹部に強い衝撃を受けた。

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