サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第四十六章 二人の作戦

 それまで隣でナイフを突きつけていた花蓮が、突如現れたユーリーの蹴りを腹部に受け、吹き飛ばされる様を祐真は見た。

 

 花蓮は、吐瀉物を撒き散らしながら、天井付近まで吹き飛ばされる。フードははだけ、激痛に苦悶する花蓮の顔があらわになった。

 

 ズタ袋のように地面へ落下した花蓮は、なおも嘔吐を続けながら、町工場の薄汚れた床の上を転げ回った。

 

 「へえ。すごいね。そのローブ。殺すつもりで放った一撃なのに、頑丈じゃないか」

 

 ユーリーは微笑みながら、のた打ち回る花蓮へ軽々しい口調で告げる。

 

 それからユーリーは、こちらへ向き直ると手を伸ばしてきた。

 

 「祐真君。大丈夫かい?」

 

 ユーリーは、祐真を拘束している手錠に手を触れた。手錠は刃物で切断されたかのように、一瞬でバラバラになる。

 

 「あ、ありがとう」

 

 祐真は手を擦りながら立ち上がり、礼を言う。ユーリーは朗らかに微笑んだ。

 

 「祐真君のためなら、お安い御用だよ」

 

 ユーリーは熱を帯びた視線を向けてくる。祐真の首筋に、チリチリとした感覚が生じた。

 

 「そこまでだ。ユーリー。援護は感謝するが、どうして君がここに? 接近を禁止したはずだが」

 

 リコが駆け寄ってくる。元はといえば、敵である。ユーリーを警戒している様子が見て取れた。

 

 「……祐真君に救援を要請されたんですよ」

 

 戦った際のトラウマがあるのか、リコに対し、目を逸らして答える。

 

 「祐真が? なぜ?」

 

 リコはそう言いながら、こちらの体に手を触れた。怪我がないか確認しているらしい。そのあとで、顔をのぞき込んでくる。

 

 祐真の脳裏に、教室の光景と、それから彩香の姿が浮かび上がった。どうやら彩香はちゃんと『お願い』を聞き届けてくれたようだ。

 

 ちょっと前、学校で今日の授業が全て終わりを迎えた頃。祐真はリコにLINEでメッセージを送った。内容は花蓮について。

 

 そのあと、再度メッセージを送信したのだが、それはリコに対してではなかった。

 

 祐真は彩香に連絡を取ったのだ。内容は、ユーリーの助力を請う依頼である。

 

 花蓮の予想外の行動に警戒した祐真は、保険としてユーリーを選定した。万一、自分に何かあり、リコだけで対処できない事態になっても、インキュバス二人がかりならば、容易に解決できるであろうと踏んで。

 

 幸い、花蓮は、彩香と淫魔の関係性を知らない。花蓮からスマホをチェックされた際、彼女が気がつかなかったのもそのお陰だろう。

 

 ユーリーは、負傷の療養で遠征中であった。しかし、花蓮が祐真を拉致したことは、ユーリーが祐真の元へ駆けつけるまでに、充分な時間を生んでくれた。

 

 祐真の目論みは、ギリギリのところで功を奏したのだ。

 

 「なるほど」

 

 祐真の短い説明を聞き、リコは目を細めてユーリーを見る。ユーリーは気押されながらも、弁明を行う。

 

 「だから僕は、あなた方との取り決めを破ってはいないんですよ。あくまで祐真君から頼まれただけなので」

 

 祐真も庇う。

 

 「リコ。ユーリーの言う通りだよ。俺が頼んだ以上、彼は悪くない」

 

 リコは首肯する。納得したようだ。

 

 「わかったよ。祐真がそう言うのなら認めるよ。今回だけは特別に、祐真に近づくことを許可しよう。それに、まだ終わっていないしね」

 

 リコがそう言い終らない内に、弾丸のようなものが飛んできて、リコの眼前で火花を散らしながら弾けた。

 

 祐真は弾が飛んできた方向を見る。いつの間にか、悶え苦しんでいた花蓮が立ち上がって、こちらを睨んでいた。腹部を押さえ、苦しそうに呼吸をしている。立ててはいるものの、相当深刻なダメージを負っているようだ。

 

 「インキュバス共め! 私を無視するな!」

 

 深手の転校生は怒鳴る。血が混じった唾が飛び散った様が見て取れた。

 

 「祐真君も解放されたし、もう君に勝ち目はないよ。諦めな」

 

 ユーリーは花蓮にそう告げる。だが、花蓮は聞く耳を持っていないようだった。蛇蝎のごとく嫌悪しているインキュバスが二人になったことで、憎悪がピークに達しているらしい。

 

 花蓮は手をかかげた。祐真は、周囲に風圧が発生したことを感じ取る。それから、熱風。

 

 たちまち三人の周囲は、凄まじい炎で包まれた。まるで焼夷弾でも投擲されたかのようだった。工場内の暗闇が払われ、火炎の煌々とした光がまぶしく、祐真は目を細める。

 

 だが、全く問題はなかった。ドライヤーの風のような熱風は感じるものの、それ以上の熱は感じない。炎も三人の元までは届いていなかった。

 

 本来、花蓮は、炎の塊をこちらにぶつけるつもりだったはず。おそらく、二人の力によって、熱と炎が遮られているのだろう。

 

 やがてリコは腕を一振りした。すると、たちまち炎は、ロウソクを吹き消した時のように、簡単に掻き消えた。

 

 「ちくしょう!」

 

 自身の火炎の魔術が効かないことを悟った花蓮が、血相を変えてそう叫ぶ。すでに激昂状態に陥っているようだ。

 

 花蓮は再び手をこちらへかかげた。攻撃続行の証だ。彼女に諦める意思がないことは、表情から受け取れた。

 

 それを見たリコが、一歩前へ出る。どうやら、彼自身が迎え撃つつもりらしい。

 

 「気をつけてください。腐っても彼女は退魔士。結構強いですよ。それに、あのローブはやっかいだ」

 

 背後のユーリーがそう忠告する。

 

 「問題ないさ。これで片をつける。祐真を拉致したことを死ぬほど後悔させてやるよ」

 

 リコは振り返ることなく、花蓮を直視したまま答えた。

 

 手をかかげている花蓮の手元に、黒い塊が生じた。黒い塊は少しずつ大きくなっていく。やがて、人間がすっぽりと入れるくらいの巨大な球体と化した。

 

 花蓮が何事か呟いた。

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