サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第五章 学校生活

 祐真が通う私立喜屋高校は、千葉県富津市にあった。祐真の住むアパートから、約十分ほど歩いた距離に存在している。

 

 高校近辺の大貫地区は、何もないのどかな地域なので、ラッシュも緩く、雑踏の中を歩くような面倒な真似とは縁遠い場所だった。

 

 とはいえ、利便性は悪くなく、近隣は木更津や君津などとのアクセスが可能な土地だ。住むには適している地域だといえるだろう。

 

 祐真は、通学路を通り、喜屋高校へと到着した。下手箱から上履きに履き替え、廊下を進む。少し早い時間なので、すれ違う生徒は少なかった。

 

 階段を登り、祐真は二年一組の教室へと入る。始業にはまだ余裕があるものの、半数以上の生徒が登校を終えていた。

 

 後ろの窓際にある自分の席へと着き、祐真は椅子へと座る。

 

 スマホをポケットから取り出したところで、ラインに着信があることに気がつく。

 

 クラスメイトの綾部星斗(あやべ せいと)からだ。教室にいないと思っていたら、どうやらすでに登校していたらしい。

 

 メッセージはこうだった。

 

 『お宝を持ってきたぞ! 実習棟一階のトイレに集合!』

 

 顔文字付きで、そうコメントが打たれてあった。

 

 実習棟は、家庭科室や理科室などがある建物で、通常の教室はない。そのため、今の早い時間帯だと人気が少なく、企みごとをやるには打って付けの場所と言えた。

 

 『わかった! 今すぐ行く』

 

 祐真はそう返信し、座ったばかりの席を立つ。

 

 祐真の教室があるB棟を出て、C棟を経由し、実習棟へと向かう。途中、登校してきた何人かの他生徒たちとすれ違った。

 

 実習棟に入ると、途端に閑散とした静かな雰囲気に包まれる。教室棟が建っている方角からは、生徒たちの明るい喧騒が微かに聞こえてきていた。

 

 祐真はラインにあった星斗の指示通りに、一階の男子トイレを目指す。

 

 トイレの中に入ると、二つの人影があった。

 

 「祐真、早かったな。エロ関係のネタと思って期待したのか?」

 

 星斗が銀縁眼鏡を指で持ち上げながら、からかうようにして言う。

 

 「ちげーよ。教室に着いたらちょうどラインがきたんだよ。それで、お宝って?」

 

 マッシュルームヘアーのオタク禅とした星斗に、祐真は訊く。

 

 先に答えたのは、隣にいた橋口直也(はしぐち なおや)だった。

 

 「すごいよ。レア物だよ」

 

 直也は童顔の顔を輝かせていた。

 

 「レア物?」

 

 「そう」

 

 星斗は、小太りの体の影から、もったいぶった仕草である物を取り出した。それはDVDケースのようなパッケージだった。

 

 「それは……」

 

 裕也は絶句した。星斗が持っている物は、超レアのアダルトゲームだった。発売されると同時に、人気が爆発し、即売り切れとなったPC用のソフトだ。異世界から突如現れた美少女エルフとわけあって同居をし始め、それから次々と美少女獣人や、美しい雪女などが主人公の周りに集ってくる。そのあと、エッチな展開へと広がっていくという、ハーレムタイプのゲームだ。アドベンチャーの名を語っており、テキスト形式で進む。

 

 有名な絵師を起用しているらしく、イラストも大変可愛い。祐真も以前から見知っており、欲しかったものの、すでにどこの通販サイトも品切れ状態となっていた。

 

 それをこいつは手に入れたのだ。やるな。星斗のくせに。

 

 「理解したみたいだな。祐真。F5キー連打の戦争を勝ち抜いて手に入れたシロモノだぜ」

 

 星斗は、期末考査で学年一位を取ったかのような、誇らしげな顔をする。

 

 「貸してくれ。一日で終わらすから」

 

 祐真の言葉に、星斗は細い目をさらに細くし、鼻で笑う。

 

 「ふざけんな。俺だってまだやってないんだぞ」

 

 「じゃあ終わったら貸してくれ」

 

 「次は僕だよー」

 

 直也が口を挟む。

 

 「じゃあその次な」

 

 「わかったよ。まったくエロゲーが絡むとしつこくなる奴だな」

 

 星斗が呆れたように言った時だった。

 

 トイレの入り口に人影が差した。高い身長だ。てっきり教師だと思った。

 だが、違った。

 

 下品なダミ声が、トイレの中にこだまする。

 

 「あれえー星ちゃんー。こんなところでなにしてんのー」

 

 日本猿を凶悪にしたような顔面の男が、トイレへ入ってくる。制服を着崩し、髪は小便のような色をした金髪だ。

 

 名前は知らないが、姿は見たことがある。目立つ風貌なので覚えていた。確か一学年上のヤンキーだったと思う。

 

 後ろにもう一人いた。これまた狒々を連想させる容貌の男だ。身長はもう一人より低いが、標準よりは高かった。

 

 「こ、古里(こさと)さんに鴨志田(かもしだ)さん」

 

 星斗は二人を見るや否や、怯えた表情をした。手に持ったエロゲーをさっと後ろに隠したことを、祐真は目の隅で捉える。

 

 「星ちゃん~。約束のお小遣い、持ってきた?」

 

 古里と呼ばれた男は、踵を擦るようなだらしない歩き方で、こちらの目の前までやってきた。そして、乱暴に星斗と肩を組む。

 

 「あの、ですね。まだ用意できていないです。三万円なんて大金だから……」

 

 オドオドとした様子で、星斗はそう言った。

 

 古里はそれを聞くなり、組んでいた肩に力を込めたようだ。星斗は痛そうに呻き、身をよじらせる。だが、古里は逃そうとはしなかった。

 

 祐真と直也が近くにいるにも関わらず、肉食獣が威嚇するような顔で、声を張り上げた。

 

 「んなこたぁ知らねーよ。俺が持ってこいつったらもってこいよ!」

 

 古里の恫喝に、星斗はますます怯えた様子を見せた。草食獣のように縮こまっている。

 

 祐真は、隣にいる直也の顔をうかがった。直也もどうしていいかわからないといった困惑した表情で、事の成り行きを見守っている。

 

 その時、鴨志田と呼ばれた男が、何かに気がついたような声を上げた。それは祐真にとっても、非常に困る発見だった。

 

 「あれ? こいつ、後ろに何か隠してんぞ」

 

 古里は、鴨志田の言葉に反応した。星斗の背後に手を伸ばし、隠していたアダルトゲームを引っ手繰って奪う。

 

 「ああ!」

 

 星斗は悲痛な声を出す。普段では考えられないほどの素早さで、アダルトゲームを取り返そうと手を伸ばすものの、古里は容易くそれをかわした。そしてアダルトゲームに目を落とす。

 

 「なんだ? これ。お前らオタクって、こんなキモいもん好きだよな」

 

 古里は馬鹿にしたような表情で、手に持ったアダルトゲームをひらひらと振った。

 

 「モテないからって、これはないでしょ」

 

 ヤンキー二人は、同時に嘲笑う。

 

 「まあ、こんなもんでも売ればいくらか金にはなるだろ。じゃあ星ちゃん、今回はこれで勘弁してあげるから、次はちゃんと用意しておいてねー」

 

 小里はアダルトゲームを持ったまま、その場を去ろうと踵を返す。星斗は何もせず、ただ見送るだけだった。諦めたのだろう。

 

 祐真は歯噛みした。困った展開になった。あれは希少品だ。売られてしまっては、もう手に入らない。買い戻そうにも、こいつらがどこの店で売るのかわからない。

 

 このままじゃあ、俺がプレイできないじゃないか。せっかく貸してくれると星斗は約束してくれたのに。こいつら。

 

 「待て! 返せよ!」

 

 言ってしまったあとで、祐真ははっとした。自身が思わず声を出していたことに驚く。エロゲーを失うことを危惧するあまり、口が勝手に動いてしまったのだ。

 

 ヤンキー二人は立ち止まった。ゆっくりこちらを振り向く。

 

 「なんだって?」

 

 古里は、無表情で、祐真の元へ詰め寄ってきた。祐真は恐怖を覚える。このヤンキーは、たった一言で、怒髪天にきたらしい。余計なことを言ってしまった。

 

 「……」

 

 祐真が口をつぐんでいると、古里は、祐真の胸倉を掴み、引き寄せる。想像以上に古里は、腕力があることを祐真は知った。

 

 「もう一度言えよ」

 

 「……それは他人のだ。盗むと犯罪になるぞ」

 

 祐真の言葉に、古里は破顔した。歯を剥き出しにした猿そのものだ。

 

 「これは星ちゃんから譲ってもらったんだよ。なあ、星ちゃん」

 

 古里は、星斗のほうを向き、平然とうぞぶく。星斗は、おずおずと頷いた。

 

 「な、だから黙ってろよ」

 

 古里は掴んでいた祐真の胸倉を離した。そして、こう続ける。

 

 「まあいいや。とりあえずお前も三万な。明日持ってこいよ。今の時間、この場所に。そうすればこれは返してやるよ。こなかったらリンチな」

 

 そう言い残し、古里はトイレを出て行った。鴨志田もニヤニヤしたいやらしい笑みを浮かべながら、あとに続く。

 

 二人が立ち去り、トイレに弛緩した空気が流れた。直也が心配そうに声をかけてくるものの、祐真は返事ができなかった。

 

 妙なトラブルに巻き込まれてしまった。暗澹たる思いが、自身の胸中に、染みのように広がっていくのを祐真は自覚した。

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