サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第五十一章 うごめく影

 午後になるにつれ、彩香の言うところの『百合カップル』は、増加の一途を辿った。見る見るうちに数が増えていっているのだ。その速さは、ウィルスというよりかは、パニックやヒステリーの類だった。

 

 今回の現象は、全世界BL化計画と酷似している――。祐真は当初、そう思っていた。だが、この拡大スピードを考えると、それは間違いで、根本的な部分を見誤っている可能性があった。

 

 やがて、五時限目の授業が終わりを迎えた。残すはあと一コマ。

 

 休み時間、祐真は、星斗や直也と会話をしていた。

 

 「なんかさー、随分と女子のカップリング増えてね?」

 

 星斗は、教室を見回しながら、そう訊いてくる。このクラスでも、ペアとなった女子生徒たちの姿が散見された。

 

 「うん。不思議だね。一体どうしたんだろ」

 

 直也も童顔の中にある目を、ぱちぱちと瞬かせる。現在の状況が夢でもあるかのような風情だった。

 

 この二人は全世界BL化計画時、淫魔術に感染し、現在の女子生徒たち同様、カップリングが成立された仲だ。

 

 すでにその時の記憶は、二人の頭から完全に抹消されているため、覚えていないだろうが、地続きである祐真からすれば、結構奇妙な感覚である。

 

 そこで、祐真はふと思う。もしも、何かしらの事情で、この二人ないしは、当時、感染の影響を受けて同性愛者に変貌し、男同士でカップルにさせられた誰かが、その事実を知った場合、どのような感情に晒されるのだろうか。

 

 「カップルになるのは女子ばかりで、男はならないんだな」

 

 祐真は言う。星斗が、当然だといわんばかりに、大げさにため息をついた。

 

 「祐真。わかってないな。女の子同士が至高なんだぞ」

 

 星斗は人差し指を左右に振った。まるで以前の彩香のような主張を行っている。

 

 「男か女かでそんなに違うものなのか」

 

 「当たり前だろ」

 

 星斗は唾を飛ばし、吠える。随分と女の子のカップリングに一家言あるらしい。

 

 そう言えば、今の現状を企んだ人間は、どのような思考に基づいて、決行を図ったのだろうか。まさか星斗が犯人だとは言わないが、同じように女子同士の恋愛が至高だと――ちょうど彩香とは正反対の価値観を持つ――考えで、発動させたのか。

 

 いずれにしろ、感染のスピードは比較にならないくらい早い。まるで感染こそが目的であるかのように。

 

 「なあ、誰が一番最初に、カップルになったかわかるか?」

 

 祐真は二人に訊いた。全世界BL化計画時、最初に感染したのが古里たちだったと記憶している。親友のヤンキーである鴨志田と手を繋ぎ、仲良く登校をしていた、悪夢のような光景。

 

 その二人を発端に、感染は広がった。もしも、感染源を突き止られれば、事態の収拾を図るヒントが得られるかもしれない。

 

 しかし、二人は首を振った。

 

 「いや、誰が最初だとかは聞いたことないな。今朝、皆同時に百合に目覚めていたと思うぞ」

 

 星斗の発言に直也も首肯する。

 

 「すでに何人もカップルになってたよ。昨日はなんともなかったのに」

 

 祐真は顎に手を当て、教室の『百合』カップルを見やる。

 

 最初の感染者が報告されないのも、全世界BL化計画時とは違う点だ。直也が言うように、同時に複数のカップルが発生したとなると、淫魔は始めから相当大勢の女子生徒に淫魔術を感染させたことになる。

 

 そして、最大の疑問である『なぜ?』がここで降りかかってくる。

 

 彩香の場合は、世界中の男をBL化するという目的があった。喜屋高校の一件はそのための礎であり、外堀を埋めつつ、じっくりと進行させる腹積もりであったのだ。敵国にスパイを送り込み、徐々に味方を増やして勢力を拡大していくかのごとく。

 

 だが、今回の敵は、一体なんのつもりで女子生徒を同性愛者に変貌させているのか。

 

 こればかりは、召喚主や淫魔を捕らえなければ、知ることができない事柄なのかもしれない。

 

 

 

 一日の授業が終わると、祐真はすぐに帰宅した。

 

 アパートへ到着し、リコへと報告を行う。

 

 話を聞いたリコは、訝しげな表情を浮かべた。

 

 「今度は女子生徒のカップルが?」

 

 「そうだよ。前と同じ淫魔術が絡んでいるんじゃないのか?」

 

 祐真は質問するが、リコは口に手を当て、思案に耽っている。

 

 「どうした? 違うのか?」

 

 「いや、おそらく、淫魔と淫魔術の仕業なのは間違いないよ」

 

 「じゃあ何で悩んでんの?」

 

 祐真が訊くと、リコは途端に男性アイドルのような笑顔になった。

 

 「なんでもないさ。少し驚いただけ」

 

 祐真はそれ以上気にせず、質問を行う。

 

 「これから俺はどうすればいい?」

 

 「とりあえず、様子見でいいんじゃないかな。感染は始まったばかりみたいだし、いますぐ動かないほうが得策だと思うよ」

 

 やはりリコも、ユーリーと同じ結論だった。

 

 「けれど、淫魔術に感染したら操られるんだろ? 大丈夫かな?」

 

 祐真は以前、体育館で起きた出来事を思い出した。自分以外の生徒が淫魔術に感染し、ユーリーに操られる形で、全校生徒が襲ってきたのだった。

 

 祐真は事前に対策できていたため、難を逃れたが、恐怖体験とも言える記憶だ。

 

 祐真の懸念の言葉に、リコは手を振る。ピアニストのような長い指が揺れた。

 

 「今のところ、祐真に淫魔術が感染した形跡はないから、心配しなくて大丈夫だよ」

 

 祐真は意外に思う。全世界BL化計画の時は、袖振り合うだけで淫魔術が付着していたようだが、今回は大丈夫らしい。あんなに感染が拡大していたというのに。

 

 リコは、こちらの疑問を読み取ったようだ。説明してくれる。

 

 「多分だけど、祐真の高校で広まっている淫魔術は、女子に感染しやすいよう特化したタイプだと思うよ。男子にはあまり感染しにくいんじゃないかな」

 

 「なぜわざわざ女子特化に? 男子にも感染するようにしたほうが効率は良いのに」

 

 全世界BL化計画時は、そのせいでほぼ全ての生徒が感染したのだ。

 

 リコは肩をすくめる。

 

 「そこまではわからない。犯人を捕まえてみなければね」

 

 「ちゃんと突き止められるかな? 召喚主」

 

 「案外、ひょっこりと自分から姿を現すかもね」

 

 リコは冗談っぽくそう呟いた。

 

 祐真は思う。もしも、召喚主が姿を現すとしたら、こちらの正体を看過した上で、勝利を確信した時なのかもしれない。

 

 その瞬間が訪れるとなると、少し恐ろしい気がする。暗躍している得体の知れない『誰か』が、殺し屋のごとく、暗がりからすうっと眼前に立ちはだかるイメージ。破滅をもたらす者。そいつは、手にした刃物を向け、こちらにぶつかってくる。途端、腹がかっと熱くなって……。

 

 妄想にとらわれていた祐真は、はっと我に返った。茫然としていたせいだろう。リコは気を使うように顔をのぞき込んできた。

 

 「大丈夫かい? さっきのは、ただのジョークだから」

 

 祐真は気まずくなって、頭を掻いた。

 

 「わかってるよ。大丈夫だ」

 

 リコは元気付けるように言う。

 

 「ちゃんと君に魔術を施してあげるから、大船に乗ったつもりでいてくれよ。祐真。何があっても平気さ。いつも言ってるだろ? 僕が必ず君を守ってあげるって」

 

 リコは得意気に胸を張ると、こちらの頭を撫でた。

 

 とりあえず、今はリコのアドバイスに従っておいたほうが得策だろう。リコが魔術をかけてくれるのなら、一応安心できるし、現状、今日や明日にでも状況が急転するとも考え難い。

 

 祐真の中に、少しだけ余裕が生まれた。

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