サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第五十三章 サキュバス

 ある日、古里は赤い本を偶然入手する。内容に目を通すと、淫魔なる人外の生き物を召喚する方法が記されていた、

 

 面白半分、興味本位半分ながら、古里は本の内容を実行した。

 

 そして起こる超常現象。信じられないことに、目の前に全裸の女が出現したのだ。

 

 女はサキュバスだった。名前をシシーと名乗った。

 

 古里は、シシーが召喚されると同時に、彼女に強く欲情していた。それもそのはず。シシーは、男を釘付けにする明媚な容貌を誇っていたのだ。

 

 女優のようなプロポーションと、女神を思わせる妖艶な顔作り。男の持つ性的興奮を体現したような存在だった。

 

 古里は我慢できず、シシーに飛び掛った。彼女は抵抗せず、古里を受け入れた。むしろ彼女も乗り気だった。

 

 召喚を実行した未明から、朝にかけて行われる性交。これほどの快楽は経験したことがなかった。

 

 やがて、古里は性交に疲れ果て、シシーの豊満な胸の中で眠った(この時の疲労が、実は淫魔による吸精だと後に知る)。

 

 起きたあと、ベッドの中でシシーとのピロートークが行われた。

 

 シシーは色々と説明してくれた。淫魔のこと。魔術のこと。ペナルティのこと。

 

 まるで映画や漫画の中の話だった。しかし、証拠がこうして隣に寝ている以上、受け入れざるを得なかった。

 

 一通り、話を聞いたあと、シシーは怪訝な表情をみせ、こう言った。

 

 「あなたには魔術がかけられた形跡があるわ」

 

 寝耳に水の話だ。魔術なんて当然、触れたことも関わったこともない。

 

 古里が驚いていると、シシーは魔術を解除する、と言い、古里の額に手を触れた。

 

 その途端だ。古里の頭の中に閃光が走った。

 

 フィルムを高速で回すように、いくつもの映像がフラッシュバックした。木更津駅の路地裏で、出会った銀髪の少年。その少年から、キスをされ、そのあと現れた鴨志田に行ったこと……。

 

 喜屋高校の男子生徒が、何人もカップルになった光景。自分も仲の良い鴨志田と付き合うようになり、恋人のように過ごした時間。そして、憎き羽月祐真に欲情し、トイレで襲い掛かった際、発生した不可思議な現象。

 

 それらが、奔流となって古里の脳裏になだれ込んだ。あり得ない出来事を経験した事実。認めたくない痴態と羞恥。

 

 古里は悲鳴をあげ、ベッドの中で頭を抱えた。

 

 シシーが呼び覚ました現実は、古里に壊滅的な屈辱と怒りをもたらした。性的指向を魔術によって変えられ、自分の意思に寄らない相手とカップルにさせられ、恋人として過ごしたのだ。

 

 相手である鴨志田との情事の記憶が、心臓へアイスピックのように突き刺さり、ずきりと痛む。

 

 「……殺してやる」

 

 自然と口から出た言葉だ。憤怒と憎悪がタンボラ火山のように噴火し、真っ赤な炎が精神を覆い尽くした。

 

 古里が怒りに打ち震えていると、シシーがそっと頭を撫でてくる。

 

 「安心して。私が協力してあげるから」

 

 シシーはまるで聖母のように、こちらを抱き締めてくれた。

 

 それから、蘇った古里の記憶とシシーの調査により、全世界BL化計画の全容と黒幕が明らかとなった。

 

 事実を知った古里は、復讐のために同じことを行った。

 

 それが今の喜屋高校における異常事態の真相だった。

 

 

 

 

 古里の説明が終わり、祐真は自身の呼吸が荒くなっていることに気がついた。足が震え、動悸がひどくなる。

 

 祐真は愕然としていた。よりにもよって、とはこのことだ。古里の元に淫魔が召喚され、全世界BL化計画を知られてしまう――。

 

 運命とはどれほど残酷なのだろう。まるで誰かが操っているかのように。

 

 祐真の動揺を見た古里は、おかしそうに噴き出した。

 

 「そう、それそれ。お前のそんな表情が見たかったんだよ」

 

 古里は手を叩き、挑発的な物言いをする。

 

 「あ、赤い本はどこで手に入れたんだ?」

 

 祐真はつっかえながら質問する。動揺を悟られたくはなかったが、仕方がない。自身の許容を超えるハードな展開に直面しているのだ。

 

 「言うかよ。馬鹿」

 

 古里は、中指を立て、チンパンジーが威嚇するように歯を剥き出しにする。予想通り、この猿には無駄な質問だったようだ。

 

 「で、これから先、お前に対する処遇なんだけど」

 

 古里は、シシーの尻を撫でながら言う。

 

 「お前が召喚した淫魔を含めて、殺すわ。前、俺に勝てたのも、淫魔から魔術を施されていたからなんだろ? てめーの実力じゃないくせに、よくも舐めた真似してくれたな」

 

 古里は肩を揺らしながら、目の前に迫ってくる。鬼のような形相。これまでの怒りが一気に表出したのだろう。

 

 少しだけ恐怖が込み上げてきた。

 

 「正春。手を出しちゃ駄目よ。彼には魔術がかけられているから」

 

 シシーが背後でそう忠告した。

 

 「ああ。わかっているよ」

 

 古里はポケットに手を突っ込み、こちらを見下ろした。

 

 「お前を殺したあとは、横井とかいう女だ。今は存分にレズを楽しんでもらっているけど、あいつも必ず殺す」

 

 強い決意を感じさせる表情。元々蛇のように執念深く、下らないプライドだけは高い奴だ。宣言は伊達ではなく、本気なのだろう。

 

 祐真は古里の気迫に押され、無言になる。

 

 シシーが言葉を発した。

 

 「殺すのはいいとして、その子の淫魔の正体が不明慮なのよ。さっきも言ったけど、その子は淫魔から精を吸われている形跡がないの」

 

 「精を必要としない淫魔なんじゃねーの?」

 

 古里は背後を振り返り、そう訊いた。しかし、シシーは首を振る。長い金髪が、実った小麦のように美麗に揺れた。

 

 「そんな淫魔はあり得ないわ。人間で言うと、食事をしないことと同じだもの」

 

 古里はニヤケ面をし、肩をすくめた。

 

 「ま、別にどうでもいいよ。こいつと淫魔を殺すことには変わりはないからな。シシー、お前がいればどうとでもなる」

 

 そう言うと、古里はこちらに背を向け、歩き出す。シシーの隣に行くと、彼女の腕を取って、屋上の扉へ向かい始めた。どうやら退散するらしい。ふとどうやってシシーは校内を通ってきたのか疑問に思った。魔術でカモフラージュしている可能性が高いが、どうであれ、場違いな姿なのは変わりない。

 

 最後に、古里はこちらへ首だけを向け、脅すように言う。

 

 「今日は面倒だし、お前に魔術もかかっているから、見逃してやる。だけど、覚えとけ。マジでいずれ殺すからな?」

 

 古里は再び宣言すると、大きな声で笑いながら、シシーを連れて屋上を出て行った。

 

 祐真はしばらくの間、茫然自失の状態で、その場に立ち尽くしていた。

 

 頭の中は絶望で埋め尽くされている。ようやく平穏が訪れたと思った矢先、また厄介事が湧き起こったのだ。いや、今回のこれは厄介事に留まらない。まるで災厄だ。壊滅的な打撃を与えるアースクエイクそのもの。

 

 祐真はチャイムが鳴るまで、屋上に放心状態で突っ立っていた。

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