サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
喜屋高校で蔓延するGL化現象は、悪化の一途を辿っていた。相当数の女子生徒がカップリングを成立させ、まさに百合の坩堝と化していた。
これも彩香に復讐を考える古里の謀略によるものだ。彩香一人のために、高校中を平然と巻き込むテロのような攻撃。元々、あの猿はクズである。罪悪感など微塵もないのだろう。
散々彩香に『百合』を味わわせて、そのああとで殺す、という算段である。古里にとっては、自身のプライドのほうが大勢の人間の心体よりも大事なのだ。
そして、古里が昨日ぶちまけた抹殺計画には、自分も含まれていた。むしろメインディッシュとして、テーブルの中央に添えられていた。
しかし、それも近日中に終わると思われた。リコが終止符を打ってくれるはずだ。
祐真は今日一日を無難に過ごした。古里がちょっかいをかけてくるかと思ったが、昨日以来音沙汰なしだった。シシーと共にこちらを殺す機会でもうかがっているのだろうか。
それから、祐真は、彩香へユーリーのことについて質問を試みた。淫魔術に侵されてからは、彩香は楓とずっと一緒で付け入る隙がなかったのだが、昼休み、かろうじて一人になったところを狙い、接触を果たす。
「ユーリー? さあ知らない。この間から帰ってきていないけど、どうでもいいでしょ。むしろ、ユーリーがいないお陰で楓を部屋に呼べて良かったわ」
彩香はあっけらかんと答える。ユーリーのことなどすでに露ほども気にしていない様子だ。
「帰ってきてないって、何かあったのか?」
祐真が訊くと、彩香は鬱陶しそうに顔を歪めた。細い眉が寄る。
「だから、知らないって。もうユーリーのこといいでしょ?」
彩香はすでに目線を祐真から逸らし、スマートフォンを弄り始めていた。一瞬だけチラリと見えたが、スマートフォンの待ち受け画面は、楓とのツーショットだ。友人としてではなく、明らかに恋人同士として撮られた写真。
祐真は最後に質問した。
「横井さん。全世界BL計画はどうなったの?」
「BL計画? ああ、もうそんなものどうでもいいわ。今の私には楓がいるもん。そもそもBL自体興味がなくなったし」
祐真は耳を疑う。あれほどBLに夢中だった彩香が、BLを否定するなんて。淫魔術は相当根深く彩香を洗脳したらしい。
祐真が二の句を告げないでいると、楓が戻ってきた。どうやら職員室に行っていたらしい。プリントを持っている。
楓は彩香の前で立ち竦んでいる祐真を、怪訝な表情で見る。
「羽月君、ここでなにしてるの?」
祐真は楓の質問には答えずに、二人に背を向け歩き出す。楓は虫を見るような目で、こちらを見つめていた。
自分の華奢な背中に二人の視線が刺さっていることを感じながら、幽霊のように歩いた。
以前にも感じたことだが、淫魔術はやはり相当強力な魔術だ。彩香をあそこまで変えてしまうとは。
できる限り早く喜屋高校の惨状を解決しなければならない。彩香をはじめ、女子生徒たちも不憫だし、後手後手に回ると、何が起きるかわからない恐怖もあった。
祐真は心にそう決心しながら、浮ついた足で星斗たちの元へ向かった。
放課後が訪れ、祐真は学校をあとにする。手や腕を組んで歩く複数の女子生徒たちに混ざって、通学路を歩き、学校最寄のコンビニへ入った。
店内を探すわけでもなく、目当ての人物はすぐに見つかった。
ファッション雑誌のコーナーだ。そこに、一人の長身の男がいた。薄手のチェスターコートに、パーカーを合わせたコーデ。どこかのモデル事務所から抜け出てきたような雰囲気がある。髪の毛はいつもと違って黒色だが。
「お待たせ」
祐真はリコへ声をかけた。
「例の人物はどうだい?」
リコはオーバル型のサングラス越しに、こちらを見やる。
「玄関を出る時、下駄箱を確認したけど、まだ学校にいるよ」
「そう。じゃあ校門近くで待機しようか」
リコは読んでいた雑誌をラックへと戻し、身を翻す。近くにいた制服を着た二人組みの女の子が、目を奪われたかのように、リコを凝視した。
リコと共にコーナーを離れると同時に、背後から、二人の女子の色めき立った声が聞こえてくる。
リコと共に出かけるのは久しぶりなので、こいつが衆目を集める存在であることをすっかり忘れていた。
「尾行大丈夫なのか?」
今さらだが、こんなに目立つのでは、尾行には不向きではないだろうか。
リコは悠然と頷く。
「問題ないよ。ちゃんとカモフラージュ用の魔術をかけるから」
詳細はわからないが、リコには算段があるらしい。
祐真はリコと並んで、コンビニを出る。すぐにリコが手を繋ごうとこちらの右手を握ってくるが、祐真は虫を追い払うようにして、振り解く。
そして二人は、来た道を引き返す形で、喜屋高校を目指した。
買い物途中の主婦や、小学生、それから下校中の喜屋高校の生徒たちとすれ違う。その中には当然、女子生徒同士のカップルも多かった。学校の外でも淫魔術の影響は続いているのだ。
そこで、祐真はあることに気がついた。すれ違う人々が、誰もこちらに目を向けていないことに。衆目を引くリコが隣にいるのにも関わらず。
あまりにもあからさまなので、祐真は魔術の効果だとすぐに理解した。どうやら、コンビニを出たと同時に、リコが発動させたらしい。
だが、そこには不思議な特徴がいくつかあった。透明人間のようにこちらが見えていないのではなく、ちゃんと認識はされているらしいのだ。すれ違う際には、こちらをしっかり避けているのだから。
ただ、まるで祐真とリコが看板や石ころであるかのように、薄い反応を示していた。自分が、彼らや彼女たちの意識の埒外に立った感覚を覚える。
「どうなってんの?」
祐真は隣を歩くリコに尋ねた。
「簡易認識阻害。言うなれば、対象者をものすごく興味のない存在として認識させる魔術だね」
「見えてはいるんだな」
「うん。姿が消えたわけじゃないからね。例えると、ものすごく影の薄い人間の究極みたいな魔術さ。これで尾行が容易くなる」
「姿を完全に消せる魔術はないの? 透明人間みたいに。そっちのほうが尾行には打ってつけだと思うけど」
「もちろん、そんな魔術はあるよ。けど、簡易認識阻害の魔術よりも強力なので、今回のように相手にサキュバスがいる場合、気取られる可能性が高いんだ。サキュバスであるシシーは、魔術因子に敏感のはずだし」
色々な事情を考慮して、リコは今の魔術を使うことに決めたらしい。少なくとも、簡単に見破られる恐れはなさそうだ。
しばらくすると、二人は喜屋高校の校門へたどり着いた。いまだ大勢の生徒が下校のために門を通過している。
祐真とリコは少し離れた位置で、校門を見張った。向こうからはもろに目に付く位置なのだが、簡易認識阻害の魔術のお陰で、一切、意識されることはなかった。
張り込むこと十分ほど。目当ての人物が姿を現した。
肩を揺らしながら歩く長身の男。制服を着崩し、下品に染めた金髪もあいまって、周囲から非常に浮いて見えた。
「きたよ。古里だ」
祐真は校門を通る古里を指し示す。
「ふうん。聞きしに勝る下品な男だね」
思えば、リコは古里を直接目にするのはこれが初めてだった。以前、使い魔を通して接触はしているが。
「鴨志田はいないみたいだね」
仲良しの鴨志田は今日も一緒ではなかった。全世界BL計画時の記憶が蘇ったせいで、どうしても拒否感が生まれてしまうのだろう。
その点はかわいそうではある。彼も被害者といえるからだ。もっとも、同情など消しゴムのカスほども湧かないが。
「念のため、少し距離を置いて追跡しよう」
リコは、こちらに囁くようにして言う。
祐真は頷き、一定距離に古里を見据え、後を追い始めた。