サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第五十六章 灰色の空間

 尾行をはじめて少し経ち、どうやら古里は、電車を使って通学しているらしいことが判明した。

 

 彼は、高校最寄の駅へ足を踏み入れた。祐真とリコもそれに続く。

 

 周囲には喜屋高校の生徒をはじめ、一般の利用客も多く、魔術がなくとも、尾行が発覚する恐れはなさそうだった。

 

 古里はプラットフォームに立った。左手はポケットに突っ込まれ、右手はスマートフォンを弄っている。

 

 今のところ、こちらの存在に気づいた気配はない。シシーから何かしらの魔術を施されているならば、探知されるおそれがあるが、その様子もなさそうだった。もっとも、古里が何かしらの魔術を身に着けていたら、リコがいち早く察知しているだろう。

 

 少しだけ違和感があった。古里は宣戦布告をした身である。ある意味、交戦中とも言える状況なのだ。にも関わらず、無用心が過ぎる気がした。

 

 やがて、上り列車がやってきて、古里は乗り込んだ。祐真たちも一車両空けて、同じく乗り込む。

 

 しばらく列車に揺られた。一車両空いているものの、リコが――手段は不明だが――常に古里の動向を把握しているため、見失う恐れはなかった。

 

 数駅通過したのち、列車は木更津駅へ到着した。そこで古里は下車する。祐真たちも他の乗客に混ざって降りた。

 

 古里はプラットフォームから改札を出て、緑の窓口を通過する。外へと通じるコンコースを渡り、構外へと出た。

 

 後をつけながら、祐真はてっきり、古里の住む場所が木更津近辺だと思っていた。だからこの駅で降りたのだと。

 

 しかし、その予測は外れることとなった。

 

 古里はタクシー乗り場を通過すると、その先にあるパチンコ店へ吸い込まれるようにして入っていった。

 

 祐真は立ち止まり、茫然とまだ明るいにもかかわらず、煌びやかに輝くネオンを見上げた。

 

 「パチンコか……」

 

 祐真は歯噛みする。店内まで追いかけてもいいが、結局、なすすべがないだろう。つまるところ、古里が勝つなり負けるなりして、パチンコを止めない限り、待つしかないのだ。

 

 この期に及んで、あの猿は、余計な時間をかけさせる。

 

 「観念して待つしかないね」

 

 リコも溜め息混じりにそう言った。

 

 「もしも、別の出口から外へ出たら?」

 

 「大丈夫。ちゃんと彼をイーグルアイでモニタリングしてるから」

 

 リコは聞き慣れない単語を口にした。おそらく、古里を監視している魔術か能力なのだろう。

 

 祐真は観念して、近くにあるフェンスに身を預けた。背後は駐車場であり、フェンスが長く延びている。場内には、様々な車が駐車されてあった。

 

 祐真は息を吐き、海のように澄んだ空を仰ぎ見る。

 

 一体どれほど時間がかかるだろうか。パチンコ店は、二十三時まで開店していると聞いたことがある。まさかそれまで待たなければならないのか。

 

 古里&シシー戦の駆け出しは、のっけから不調のようだ。祐真は、これからの行く末を予期しているかのように感じた。

 

 

 

 

 「出てきたよ」

 

 隣にいたリコの言葉に、祐真はスマートフォンから顔を上げた。

 

 パチンコ店の入り口から、古里が出てくる姿が目に入る。

 

 心を読む魔術が存在するかどうかは不明だが、今の古里の様子を見る限り、そんな大層な能力がなくても、彼の心情を察知することは容易かった。

 

 古里は普段にも増して肩を怒らせながら、不機嫌そうに大股開きで、歩道へと足を踏み入れていた。

 

 祐真は、スマートフォンの時計をチェックする。時刻は十八時前。大体二時間くらいで、彼は有り金を全部すったらしい。いくら持っていたかはわからないが、ギャンブルの恐ろしさを垣間見た気がした。

 

 「行こうか」

 

 リコがサングラスを掛け直しながらそう言う。祐真もフェンスから離れ、歩き出す。

 

 古里は、駅のほうへと向かっていた。やがて、見えてきた木更津駅へ再び入る。やはり、あいつの居住区はここではないようだ。

 

 古里は改札を通り、ちょうどやってきた列車に乗り込んだ。祐真たちも先ほどと同じように、一車両空けて古里の後に続いた。

 

 今度の列車の旅は、すぐに終わった。

 

 古里は木更津駅の次の駅である巖根駅で降降りた。この地域にはあまりきたことがないが、住宅地が多い場所として認識していた。

 

 多分、この地区に古里の住居があると考えて間違いないだろう。ようやく、あの男の住む場所がわかるのだ。不本意ながらも因縁が続いたヤンキーの住処。

 

 古里は駅を出て、正面にあるロータリーを越えた。それから住宅街のほうへ向かって歩いていく。

 

 ちょうどラッシュアワーの時刻だった。多数の通行人が歩道を行き交っている。リコがいるため問題ないが、もしも祐真一人なら古里を見失っていただろう。

 

 しばらく追跡は続く。日は傾き、夜の帳が降りようとしていた。

 

 やがて、古里は一つの民家へ辿り着いた。二階建ての日本家屋。色褪せた屋根瓦と、薄くなった外壁が印象的だった。

 

 中に誰かいるらしく、窓からは明かりが漏れている。

 

 古里は玄関を開けて、家の中へと入っていく。祐真は立ち止まった。

 

 目の前の表札をチェックする。そこにはくっきりと『古里』の文字が書かれてあった。

 

 この家が、古里の家であるのは確からしい。あいつの家族構成は不明だが、少なくともシシーは同居しているはずだ。

 

 これからどうするか。

 

 祐真は隣にいるリコへ、意見を問うように目線を投げかけた。今回の追跡劇の発案者である。率先して対処法を提供するべきだろう。

 

 リコは意図を読み取ったらしく、かすかに頷く。

 

 「安心して。ちゃんと考えはあるから」

 

 「やっぱり中にシシーはいるの?」

 

 「間違いなくいるね。魔力の気配がするから。それに、彼は家族と住んでおらず、シシーと二人暮らしみたいだ」

 

 古里の家族背景の事情はわからないものの、元々奴は一人暮らしの模様だ。シシーを召喚し、二人暮らしになったということだ。その点は、祐真や彩香と似通っている。

 

 そして、それは裏で動きやすいことの証拠でもあった。

 

 「それで、これからどう行動するの?」

 

 「正面から堂々と乗り込む」

 

 ダイレクトな答えに、祐真は目を丸くした。

 

 「正面から? 大丈夫なのか?」

 

 「うん。下手に策を弄するより、そっちのほうが手っ取り早いからね」

 

 「勝てるの?」

 

 リコはにやりと笑った。真珠のような歯がのぞく。

 

 「勝てるよ。ただ、思ったより魔術の量が多いのが気掛かりだけど」

 

 リコは相手が住む建物の外観からだけでも、魔力の量がわかるらしい。

 

 「それって、シシーが予想より強いかもってこと?」

 

 「うーん、どうだろ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 リコは曖昧な返答を行う。いずれにしろ、大した問題ではないということか。

 

 「まあ、とりあえず乗り込もう」

 

 リコはそう言うと同時に、古里の家の玄関へ向けて足を踏み出した。扉を開け、中へと入る。

 

 祐真は面食らいながら後に続く。相手が敵とはいえ、他人の家に許可なく入るのは、なんだかドキドキした。

 

 玄関内部は、何の変哲もない土間となっていた。脱ぎ散らかされたスニーカーや、通学の靴が散乱している。その中に、女性物らしきヒールが発見された。

 

 古い家特有の、枯れた木材のような臭いが鼻をつく。古くて安い賃貸用の物件を借りているのだろう。

 

 古里が一人暮らしにもかかわらず、一軒家に住んでいることに疑問があったが、おそらく、アパートなどでは古里のような人種は周囲に迷惑をかけるため、彼の親が取り計らった結果かもしれない。

 

 リコは靴のまま廊下へ上がる。祐真も通学靴を履いた状態で足を踏み入れた。

 

 なんだか、強盗でも働いている気分になる。そもそも、もう現時点で立派な不法侵入なのだ。下手をすると退学処分もあり得る犯罪。勢いに任せて乗り込んだが、今さらながら不安の影が胸中に差し込んでくる。 

 

 家の中は静まり返っていた。先ほど古里が入っていったばかりだが、どこにいるのだろう。この家はさして大きくはないため、今すぐ鉢合わせしてもおかしくない。あるいは、とっくに侵入に気づかれていても不思議ではなかった。

 

 リコの施した魔術は、今の状況で古里やシシーと相対した場合でも、誤魔化せるものなのか。

 

 リコは廊下を進み、途中にあるガラス戸を開けた。中は居間になっており、ソファとテーブルが設えてあった。キッチンは対面式ではなく壁付け。意外に片付いているのは、シシーと同居しているためか。

 

 ここにも人の気配はなし。リコは居間から目を逸らすと、廊下を進んだ。祐真も後を追う。

 

 ちょうど階段に差し掛かった時だ。なにか音が聞こえた。ぼそぼそとした話し声。最初はテレビの音かと思ったが、人が会話する時のものだと気づく。

 

 扉越しに聞くような、くぐもった声だった。

 

 発生源は二階だ。リコも気づいているらしく、二階へと続く階段を上り始める。祐真も後ろから上るが、案外階段を踏む音が大きく、ひやりとした。

 

 二階はいくつか部屋があった。音がするのは一番奥の部屋からだ。

 

 リコはその部屋の前まで行くと、立ち止まり、扉に付いている真鍮の取っ手をしばし見つめた。どうしたのだろうと思い、祐真は質問しようと口を開きかける。

 

 そこで、リコはこちらに振り返った。そっと開きかけの祐真の唇に、人差し指を当てる。

 

 「静かにね。祐真」

 

 リコは穏やかにそう言った。祐真はリコのしなやかな指の感触を唇で感じながら、かすかに頷く。

 

 そして、リコは警告するように言う。

 

 「祐真。これから先に広がる光景に驚かないでね」

 

 リコの意味深な言葉に、祐真は眉根を寄せた。意味を訊こうと口を開きかけると同時に、リコは目の前の扉を開けた。

 

 その時だ。祐真は扉の中の光景を見て、目を疑った。

 

 扉の中は、広い部屋となっていた。一口に部屋が広い、といえば別におかしくはないが、その規模が明らかに『異常』なのだ。

 

 古里の家の二階にある奥の部屋は、地下室のような無機質な空間となっていた。広さはおよそ、学校の教室ほどか。天井も同じくらい。

 

 明らかに二階の面積よりも広い空間だ。まるで別世界に繋がっているかのようだった。

 

 絶句している祐真は、リコの背中越しに、あるものを見つけた。すでにリコも入った直後から、凝視していた場所だ。

 

 目の前に広がる灰色の空間の、ちょうど中ほど。そこに人がいた。

 

 二人おり、うち一人はこちらに対し、背を向けているが、残る一人は、こちらに正面を向けていた。

 

 異様な姿で。

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