サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第六十章 徒労

 まさに一方的だった。

 

 シシーと古里のタッグが形成され、戦闘が開始された。

 

 今まで何度か目にしたバトル漫画のような光景。祐真は、固唾を飲んで見守っていた。

 

 今回は、これまでの戦闘の中で、特に悲惨だった。

 

 シシーと古里は、さすが召喚主と淫魔というべきか、阿吽の呼吸で連携を取ってきた。シシーは魔術を使い、古里をサポートしつつ、攻撃を行う。

 

 古里のほうは、本人の頭のレベルを反映してか、猪突猛進を徹底し、リコへと襲い掛かっていた。

 

 もとより、結果は見えていたのだ。この部屋に入った瞬間から。リコがハッキングし、シシーが作り上げた虚構空間を手中に収めてから。

 

 少なくとも、シシーはすでに覚悟していたのだろう。

 

 まず、二人の攻撃は、一切、リコには通じなかった。それでもめげずに攻撃しようとナイフを振り上げた古里が、トラックにでも跳ねられたように、吹き飛ばされた。

 

 シシーはとっさに古里の背後に回り込み、受け止めることに成功するものの、それが仇となった。

 

 シシーは、瞬時に肉薄してきたリコの殴打を、もろに顔面へと受ける。強風の時の空き缶のように、シシーは真横へと転がっていった。

 

 倒れ伏し、身動きをしなくなるシシー。だが、リコは攻撃を止めなかった。

 

 奪い取った虚構空間の能力を使い、巨大な鉈やハンマーなどを作り出す。それをシシーに対し、使用した。

 

 いくつもの凶器が、生き物のように動き、シシーを襲う。シシーは無防備のまま攻撃を受けた。

 

 全身を切り刻まれ、骨を砕かれるシシー。血と肉片が辺りに飛び散った。絶叫がこだました。

 

 それを見ていた古里が、何事か叫びながらリコへと突進するものの、無駄だった。彼は見えない巨大な手でつかまれたかのように、宙へと持ち上げられると、そのまま地面へと叩きつけられた。潰されたカエルのような声を発し、昏倒する。

 

 そこへ再び攻撃を加えようとするリコを、祐真は制止した。

 

 「リコ! ストップ!」

 

 リコは動きを止め、不思議そうな顔でこちらを見つめる。

 

 「どうしたの祐真」

 

 「それ以上やると死んでしまう」

 

 リコは首を捻った。

 

 「この人たちは僕らの敵だよ。シシーは君の手の甲にキスしたし、古里は散々君を侮辱したじゃないか」

 

 「……二人が死んでしまうと、赤い本の所在がわからなくなるぞ」

 

 今のところ、例の召喚返しの本は、この二人からのヒントしか手掛かりはないのだ。それに、いくら敵とはいえ、一方的に痛めつけられる姿を見るのは抵抗があった。

 

 「そうだったね。祐真には目的があるもんね。……多分、無駄だと思うけど」

 

 リコは、やむを得ないといった風情で、手を下し、身を引いた。不満顔だ。祐真の制止を完全に納得していないらしい。

 

 いつになく冷酷なリコの姿に、祐真は面食らっていた。リコは、これまで戦った敵にも容赦なく攻撃を加えていたが、今回は特に熾烈な気がする。

 

 祐真の手の甲を、シシーの唇に奪われたことが、よほど気に食わないらしい。怒り心頭なのだろう。

 

 リコが矛を収めたところを確認し、祐真は倒れている古里へ近づいた。とにかく、今は眼前の殺人をやめさせることと、情報収集が先決だ。

 

 祐真は膝をつき、古里の顔をのぞき込む。彼は白目を剥いており、完全に意識を失っていることがわかった。

 

 目を覚まさせるために、祐真は古里の頬を叩く。反応なし。死んでないことは瞼の痙攣ではっきりしていた。

 

 何度か強めに頬を張ることで、ようやく古里は目を覚ました。はっとしたように、顔を上げる。

 

 「お、お前……」

 

 状況を理解したのだろう、古里は眉間に皺を寄せ、こちらを睨んでくる。

 

 祐真は言う。

 

 「ちょっと質問がある。お前がサキュバスを召喚する際に使った赤い本の件についてだ」

 

 「赤い本……」

 

 古里は怪訝な面持ちになるが、すぐに思い当たったのだろう、なにかに気づいた様子をみせた。

 

 ビンゴのようだ。祐真は頷き、核心に触れる。

 

 「赤い本をどこで手に入れた?」

 

 可能なら、有益な情報が欲しい。長い憂患を解決するほどのもの。リコと共に過ごすことで巻き込まれる尾異常事態は、もうこりごりだ。

 

 古里は無言で返す。こちらの期待を裏切り、何も答えないつもりなのか。

 

 祐真は言う。

 

 「教えれば、命は助けてやる」

 

 心のどこかで、まるで悪役みたいなセリフだなと思う。現在の状況を客観的に見ても、こちらが悪者である。

 

 古里は、それでも答えない。猿のような下卑たニヤけ顔を作った。

 

 「お前みたいなオタクに、誰が教えるか馬鹿」

 

 そして、こちらに向かって唾を吐きかけてくる。とっさのことで祐真は避ける行動を取れなかった。唾が浴びせられる。

 

 が、寸前で唾は空中に停滞し、逆に古里の方へとテープを巻き戻したように返っていく。

 

 自身の唾を浴びた古里が、小さく呻いた。

 

 「言ったろ祐真。無駄だって」

 

 リコが悟った口調で言う。どうやらリコの虚構空間の力で、古里の唾を弾き返したらしい。

 

 祐真はため息をついた。

 

 リコが忠告したとおり、期待した自分が愚かだったようだ。所詮、こいつは原始人並みに知能が低いヤンキー。通じる言葉は存在しないのだ。

 

 この調子では、シシーも同様だろう。祐真はシシーが倒れている場所に、目を移した。

 

 そこで祐真は硬直する。リコからの攻撃を受け、満身創痍で倒れ伏しているはずのシシーが、消えていた。

 

 祐真はとっさに、リコのほうへ振り向いた。いつの間にか、リコの背後にシシーが立っていた。全身血まみれで、手足も糸が切れたように、垂れ下がっている。骨折しているためだ。

 

 しかし、それでも立っていられるのは、魔術か何かで部分的に修復したお陰なのだろう。そして、古里に気を取られている隙を突いて、リコの背後に回り込んだ。

 

 「リコ!」

 

 祐真が言葉を発すると同時に、シシーは腕を振った。

 

 「死になさい」

 

 シシーの振った腕は、リコの横顔へと直撃した。激しい殴打だ。リコは先ほどのシシーと同様、真横へと吹っ飛ぶ。それから、地面へと転がった。

 

 祐真は唖然とする。これまでの戦闘で、リコが受けた攻撃の中では、一番大きいかもしれない。

 

 祐真はリコの元へ駆け寄ろうとした。そこで目の前にシシーが立ち塞がる。

 

 シシーの顔は鬼気迫っていた。傷つき、血濡れになった黒豹。彼女は追い詰められていた。

 

 「この際、プライドは抜きよ」

 

 シシーは祐真の腕を取り、引き寄せる。それからシシーは、祐真の股間に手を伸ばした。

 

 シシーの狙いが祐真は理解できた。性器に触れ、直接魅惑をかけるつもりだろう。魅了に対するウィークポイントであるため、おそらく、男なら効果覿面のはず。

 

 祐真はそれでも抵抗できなかった。サキュバス性質ゆえか、為すがままだ。

 

 シシーの艶かしい手が、股間に触れる寸前だった。彼女の動きが止まった。シシーは眉根を寄せる。そして、顔を上げた。

 

 「あなた、やっぱり……」

 

 シシーは目を見開く。瞳の奥に、怯えがあった。まるで怪物の姿でも目撃したかのように。

 

 どうしたのだろう。祐真が疑問に思った時には、すでに事は起こっていた。

 

 唐突に、眼前のシシーが『消えた』のだ。祐真は息を飲む。すぐにわかった。シシーは攻撃を受け、吹き飛ばされたのだ。一気に肉薄したリコの手によって。

 

 リコの頬には、かすかに血が滲んでいた。シシーの殴打は、的確にリコへダメージを与えたらしい。今まで多くの敵と交戦し、どんな攻撃を受けても、かすり傷一つ負わなかった強いインキュバスのはずなのに。

 

 「リコ、大丈夫?」

 

 祐真は心配になって尋ねる。リコは頬の血を拭うと、穏やかな笑みを作った。

 

 「大丈夫だよ。ちょっと油断しちゃっただけ」

 

 そして、リコは遠くで倒れているシシーを見る。シシーは吹き飛ばされた影響で、壁へと激突し、そのまま倒れ込んだようだ。

 

 身動きはしておらず、もうこの時点で決着がついたことが確信できた。シシーは起き上がってこないだろう。

 

 「シシー!」

 

 古里が、傷だらけの身体を、ゾンビのように這いずらせながら、シシーの元へと向かった。思えば、ユーリーを含め、今この空間にいる者で無傷なのは、自分一人だ。もっとも、それは、リコが守ってくれたお陰なのだが。

 

 「あの二人はどうするの?」

 

 シシーに縋り付く古里を顎でしゃくり、祐真はリコに訊く。リコは肩をすくめた。

 

 「殺したい、って答えたいところだけど。祐真は納得しないよね」

 

 「まあね。殺すことはないんじゃないかな」

 

 「彼らはアネスに任せるよ」

 

 ここでまた捕縛部隊か。祐真たちにとっても敵なのだが、案外、ここにきて、連続で役に立っている存在だ。

 

 祐真は大きく息を吐き、偽物の天井を見上げた。

 

 一件落着、といえるのだろうか。少なくとも、これで高校を襲っているGL化現象は止まるはずだが。

 

 祐真は古里とシシーを見つめる。淫魔と召喚主の男女。彩香と祐真に復讐を果たそうと画策した連中。

 

 結局、志半ばで、夢は潰えたものの、遺恨は残した。そして、有益な情報はこちらは得られなかった。例の赤い本の情報を。

 

 つまるところ、骨折り損のくたびれ儲け。損しかしていなかった。

 

 祐真は、大きく嘆きたい気分に襲われた。

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