サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
そのあと、やってきた捕縛部隊の手によって、古里とシシーは拘束された。シシーは意識を消失しており、古里も満身創痍。赤子の手を捻るよりも容易く、事を終えていた。
アネスいわく、シシーと古里両名は、裁判にかけられるとのこと。BL化計画による淫魔及び、淫魔術拡散の露見リスク拡大の容疑らしい。
このあたりは、ユーリーと彩香も過去にやっているため、ユーリーたちがお咎めなしなのは、リコの手によるちょっとした工作が入っているのかもしれなかった。
すでに死に体だったユーリーは、アネスらによって介抱された。命に別状はないらしく、しばらくの間療養すれば、無事復帰できるとのこと。
一通りの手続きが終わり、虚構空間は解除された。
現れる本物の空間。
そこは、ゲーム機や雑誌が散乱する狭い部屋だった。おそらく古里の遊ぶ場所だったのだろう。娯楽室のような雑多な雰囲気が漂っていた。
祐真たちは部屋を出て、玄関に向かう。侵入した当初は、人並みの広さを持つ家に感じたが、今こうして見てみると、なんとも古くて狭い古民家ということがわかる。
祐真たちは、主なき城と化した家からも出た。すでに日は落ち、夜の冷ややかな空気が漂いだしている。
アネスたち捕縛部隊は、すでに古里たちを連れて、いち早く退散していた。祐真たちも帰路へとつく。
二人は、夜空の中、閑静な住宅街をゆっくりと歩きはじめた。今の時刻なら、終電にも間に合うだろう。
祐真は小さくため息をついた。色々あって、非常に疲れていた。身体が泥になった気分だ。ただでさえ、非日常が連続しているのに、ここにきてサキュバスである。誘惑はされるし、散々であった。
祐真は無言で、歩き続ける。隣を歩くリコも同様だ。普段なら、祐真がそばにいるだけで饒舌に話してくるのだが、不思議に今は無口である。
リコも疲れているのだろうか。
祐真が疑問に思い、質問しようとした。その時だ。
リコは貧血を起こしたかのように、ふらりと前のめりに倒れた。かろうじて膝をつき、地面にぶつかるのは避けられたものの、結構心配になる挙動である。
リコも疲れているのだろうか。超人無敵のこいつですら、今回の戦いは堪えたのかもしれない。
「リコ、大丈夫?」
祐真は声をかける。変に心配すると、自分を受け入れたものと見做し、誘惑をしてくるため、祐真は滅多なことではリコの身を案じる言葉はかけなかった。
だが、今はそれどころではない気がする。
「ああ、平気さ」
リコは、地面に膝をついたままそう答えた。顔は爽やかスマイル。しかし、どこか顔が青ざめているように見えた。
「だけど……」
祐真は眉根を寄せ、リコの顔を覗き込もうとする。すると、リコはゆっくりと立ち上がった。
「ふふ。祐真が心配してくれてる。演技した甲斐があったね」
リコは、お茶目な様子で、ウィンクを行う。悪戯した子供のような口調だ。
「え、演技?」
祐真は唖然とする。せっかく心配したのに、今のが演技?
「祐真から心配されたくて」
リコは舌を出す。祐真はかっとなった。
「ふざけるなよ! 本気で心配したんだぞ」
なんて奴だ。祐真はそっぽを向いた。
「ごめんごめん。でも心配してくれて、本当にありがとう。嬉しかったよ。アパートに戻ったら、美味しい晩ごはん作ってあげる」
リコは、言いながら、こちらのほっぺを突っつく。祐真はリコの手を振りほどいた。
と同時に、祐真の腹が鳴る。夕食の時刻はとうに過ぎている。今さらながら、空腹であったことを祐真は自覚した。
「お腹の音、聞こえたよ。祐真。可愛い」
リコのうっとりとした声に、祐真は嫌気が差した。
「もう知らん」
祐真は、リコよりも前に立って歩き出す。リコが宥めながら、後ろに続いた。
リコの声を無視しつつ、祐真は疑問に思う。
あれが本当に、リコの演技なのだろうか。祐真の目には、そうは見えなかった。実際に目を丸くするくらいには、迫真さがあった。
とはいえ、今は平然としている。考えすぎなのかもしれない。元々こいつは、そういう下らない真似をする奴なのだ。
それに、ずっと心に引っ掛かっているものがあった。シシーとの戦いで起きた現象。
隣まで追いつき、いまだ弁解をしているリコへ、祐真は質問する。
「なあ、リコ。シシーから俺が魅了をかけられた時、どうして勝手に解除されたんだ? サキュバスの魅了ってそう簡単には解けないんだろ?」
質問されたリコは、一瞬目を細めた。だが、すぐに紳士のような、穏やかな表情になり、肩をすくめる。
「さあ。多分、シシーの魅了の力が弱かったんじゃないかな」
「そうなのか? ユーリーを倒すくらいには強いサキュバスなんだろ?」
「戦闘能力の強さと、魅了の強さは別だから」
そういうものなのか。祐真は釈然としないまでも、納得するしかなかった。
元々、その時は魅了の影響で記憶が曖昧になっており、具体的な事象を把握していない事実もある。これ以上、言及する理由もなかった。
「それよりも……」
リコは、口角を上げ、悪戯っぽく笑う。
「さっき、祐真が心配してくれたのは、僕を受け入れてくれる気になったからだよね。じゃあ、アパートに戻ったらさっそく」
「却下」
祐真はぴしゃりと言い放つと、リコを置いて早歩きで進んだ。やっぱり、リコはリコだ。節操のないインキュバス。心配して本当に損した。
リコは叱られた子供のように、泣きそうな声を上げながらついてくる。
やがて、二人は駅へと到着した。