サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました 作:佐久間 譲司
休み時間。祐真は星斗と直也に宣言する。
「俺、影山さんに惚れたかもしれない」
祐真の突然のカミングアウトを聞き、二人は顔を見合わせた。それから、同時に吹き出す。
「突然、何を言い出すかと思えば。お前じゃ無理だぞ」
「うーん、気持ちはわかるけど、高嶺の花じゃあ……」
二人も沙希に対して、魅力的な印象を抱いているようだが、すでに諦観を決め込んでいるらしい。
現に、沙希の席を囲んでいる人の輪には、三人共加わっていなかった。花蓮の時と同様、『陰キャ』の宿命であり、転校生の女子を歓迎し、質問攻めする真似などできないのだ。
もっとも、花蓮とは違い、沙希の場合、なぜか囲んでいるのは男子ばかりで、女子はあまり近づいていなかった。遠巻きに物珍しそうに眺めているだけ。花蓮の時と何が違うのか。
「しかし、お前、ああいう女子がタイプなんだな。エロゲじゃあ、もっとロリ系が好きだったじゃないか」
「現実とゲームの好みは違うだろ」
否定した祐真だったが、内心、自分でも意外だった。沙希に対して、これほどまで、心を奪われるとは。
「でも確かに素敵だよね。影山さん。なんと言っても、あの胸は破壊力がありすぎる」
直也が沙希のほうを見やる。沙希は、自身を囲んだ大勢の男子からの質問に対し、困惑しながらも必死に答えていた。
おっとりとした顔が、狼狽した様相をあらわにしているのも、彼女の魅力だと思った。とても柔らかい。まるで母親のような。
「まあ、どうあがいても俺らじゃあ手の届かない相手だから、こうやって眺めているだけにしよーぜ」
星斗が、祐真の肩を叩いた。
大勢の男子に囲まれながら、影山沙希は戸惑っていた。まさか成人してから高校に通うハメになるとは思いも寄らなかったし、こうして男子から囲まれることも想定外だった。
男子が寄ってくる理由は、ほとんど性欲で占められていることは『肌』で感じていたが、この際、気にしないことにする。それよりも大事な『任務』が自分にはあるのだ。
沙希は自身の目的を再度、頭に思い浮かべた。
このクラスに、淫魔と繋がりがある人物がいる。すなわちそれが召喚主なのだが、そいつを探し出し、淫魔もろとも『処理』するのが退魔士である自分の目的であった。
同じ推進派メンバーである花蓮を『どうにかした』淫魔。その淫魔というおぞましい存在を召喚した憎き人間。淫魔を現世へ呼び出すことは万死に値する。これは花蓮と共通した理念だ。必ず探し出し、花蓮の所在を聞き出したのち、最大の苦痛を与えて殺してやる。
業火のような決意を胸に秘め、影山沙希は喜屋高校にて、年甲斐もなく高校生に扮しているのだ。
だが、しかしと思う。一体、召喚主は誰だろう。
沙希は男子からの質問を受け流しながら、教室の中の様子を伺った。
一見、何の変哲もないクラスだ。若草のような青春溢れる明るい空間。自分が高校生だった時、通っていた学校の風景とさして変わりない。違うとすれば、こうして自分に男子が集まってきていることくらいだ。
当初の計画では、簡単に判別できる算段だった。花蓮の嗅覚ほどではないにしろ、自分の『肌』にかかれば、容易に召喚主を看過可能だからだ。しかし、どういうわけか、一向に突き止められない現状に直面していた。
このクラスを探り当てたのは、同じ推進派メンバーの磯部美帆である。もしかして間違っているのか、との疑心が頭をかすめるものの、思い直す。美帆の手腕は確かだ。淫魔や召喚主の所在を見誤ることなど、あまり考えられなかった。
つまり、この教室にいる召喚主は、何か特別な方法を使って、自分の正体を隠匿しているのだ。退魔士である自分すらも欺く方法で。
「影山さん、どうしたの?」
沙希を取り囲んでいた男子が、目敏く訊いてくる。教室内の様子を伺っていたことが気になったらしい。
「な、なんでもないよ。賑やかだなって」
少し緊張しながら、沙希は適当に誤魔化す。いくら年下とはいえ、人と話すのはやはり苦手だ。年齢に合わない転校生役など、何の因果かと思うほど苦痛である。
「うちのクラスは静かなほうだよ。オタクみたいな人多いし」
説明をしていた男子は、教室のある一部を顎でしゃくった。そこには確かに、見た目からして『オタク然』とした男子が三名、たむろしていた。
その三人も、こちらを気にしている感覚が肌を通して伝わってくる。今、自分を囲んでいる男子たちと同じく、転校生の『少女』に興味深々なのだ。
特に三人のうち中肉中背の男の子からは、温風のような熱い感情の波が感じ取れた。おそらく、こちらに対し、恋慕の心を抱いていてしまったのだろう。
「影山さんみたいに可愛い人だとあんなオタクには興味ないだろうけど」
長身で、鼻筋が通っている男子生徒が、自信ありげに言う。まるで自分なら、いくらでもチャンスがあるかのような風情だ。
「う、うーん。どうだろ」
目下、自分の目的は召喚主を探り当てること。オタクとかどうでもよかった。その観点で言えば、あの三人は、淫魔とはどうも繋がりがないような気がする。
現在、沙希の席の周りにいる男子生徒たちも同様だ。蒸気のように噴き出す性欲しか感じられず、淫魔の気配は微塵も掴めなかった。
淫魔を召喚していれば、確実に精を吸われている。そのため、対魔士の自分なら簡単に判別できるはずだ。しかし、そのセンサーに引っかかる者がこの教室には見当たらない。
なぜなのだろう。わけがわからなかった。
沙希は、慣れない学校生活と共に、大きな課題に直面し、困惑の色を隠せなかった。
数日が経過したものの、相変わらず召喚主の捜索は困難を極めた。一向に正体を掴めないのだ。
現在寄ってくるのはこれまで同様、性欲旺盛な男子だけ。しかも日増しに数は増えていっている。困ることに、別クラスの男子生徒もやってきているらしい。
沙希は、慣れない学校生活に四苦八苦しながら捜索を続行した。恥ずかしかったが、できるだけ大勢の人と接し、自らの『肌』を利用して召喚主を突き止めようとした。幸いなことに、男子が寄ってくる今の状況は好都合といえた。
しかし、召喚主の候補者は男とは限らないのだ。女子、すなわちインキュバスを召喚した女召喚主の可能性も充分あった。そのため、女子に対しても捜査の触手を伸ばす必要があるのだ。
だが、ここで少しだけ問題が生じる。当初からそうだったが、女子生徒たちが全くといっていいほど接触してこないのだ。好意を向けたり、集まってくるのは男子のみ。女子は大抵遠巻きにこちらを眺めていたり、授業などで会話が必要な時も、よそよそしく接してきていた。
ゆえに、女子生徒に対しての捜査は進展が芳しくなかった。
反面、沙希の肌は、彼女たちの照りつくような視線を感じ取っていた。沙希は彼女たちの真意をおよそ理解していた。
やがて、その予想が正しかったことが、沙希の眼前に一つの事実としてあらわになる。
放課後の出来事だ。沙希は転入において残った最後の手続きを職員室で終わらせたあと、教室に戻った。
すでに帰宅時間を大幅に超えた教室には、ほとんど誰もいなかった。隅のほうの席で、女子数名がたむろしているだけ。どうやら談笑をしていたようで、教室に入ってきた者が沙希だと認めると、水を打ったように静かになった。
沙希は嫌な雰囲気を肌で感じながら、自身の席へ向かう。そして、通学鞄に手を掛けた。その時、居残っていた女子たちのうち一人が、近づいてきた。予想通りの行動だ。
「ねえ、あんたさ、ちょっといい?」
不躾な物言いで、女子が寄ってくる。底意地が悪そうな細い目に、小柄な体。確か
「な、なに?」
沙希はどもりながら訊く。胸の中が、墨汁のような黒い色で満たされていくのを実感した。
「なに、じゃねーよ。お前、転校生のくせに調子乗ってんじゃねーぞ」
江美は沙希の机を叩くと、上がったまなじりで睨んでくる。
沙希が気がつくと、いつの間にか残りの女子も集まってきていた。どうやらこの女子たちが居残っていた理由は、談笑ではなく、沙希が目当てだったようだ。
思えば、通学鞄はずっと席のフックに掛けてあった。そこから沙希が残っていることを判別したのだろう。
「お前、むかつくんだよ。おどおどしているくせに、なに悪目立ちしてんだよ」
唾を飛ばしながらそう喚いたのは、
「そ、そう言われても……」
沙希はどぎまぎしながら答える。恐怖は微塵もなかったが、動揺しているのは確かだ。人から詰められるのは、いくら虫のように楽に殺せる者が相手でも、心が波立ってしまう。
「あんた、男子に好きなだけやらせてるんでしょ? 便器みたいに。だからあんなに人気なんだ?」
もう一人の女子、井口優実が、こちらの胸を見ながら罵ってくる。下卑たな笑みが、三人の女子から沸き起こる。
この女子三人は、どうもこちらに嫉妬しているらしい。肌で感じずとも、態度でわかる。転校してきたばかりの女に、人気が取られたのであれば、気に食わないのは当然であろう。
しかし、この女たちが本格的に逆襲しようと考えたのは、沙希の性格が関わっていると思われた。引っ込み思案で、おどおどしている性格の女子。もしも、これが花蓮のようにはっきりとした性格なら、仮に男子から人気が出ても、強い反感を持たれることはなかったはずだ。
なんて損な性格なのだろう。沙希は己の運命を嘆いた。思えば、幼少期から不快な思いをしてばかりである。
だが、しかし――。
沙希は心の中でほくそ笑んだ。今に限っては都合が良かった。この性格の陰で『駒』が、自ら蜘蛛の巣へと飛び込んできてくれたのだから。
こちらを囲んでいる女子三人の顔が曇った。怪物でも目撃した時のような、恐怖が滲んだ表情。
どうやら思わず、笑みが漏れてしまっていたらしい。多分今の自分は、かなり邪悪な様相を呈していることだろう。追い詰めたはずの白兎が、毒牙を晒したかのように禍々しい片鱗を垣間見せた瞬間である。
いけないいけない。これ以上、新芽のような乙女たちを怖がらせては駄目だ。大切にしないと。なにせ、これから散々利用される道具になるのだから。
「お、お前なんなんだ?」
江美が怯えた様子で訊いてくる。声が震えていた。
沙希は一旦間を置くと、表情筋を駆使し、可能な限り華やかな笑みを形作った。
それから――。
二年一組の教室内に、小さな悲鳴が響き渡った。