サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第六十六章 運命の人

 「だから私じゃないって!」

 

 横井彩香が、廊下の隅で力強くそう言った。

 

 「だけど、今のところ君が第一容疑者だ」

 

 祐真の言葉に、彩香は慌てながら訊いてくる。

 

 「なんで私なの?」

 

 「君には前科があるからな」

 

 デートスポットのように、廊下にも溢れている男女カップルを見ながら、祐真は答える。頭の中で、ふと前にも同じやり取りをしたなと思う。

 

 「そんなわけないじゃない。私だったら、男女のカップルなんて作らないわ」

 

 彩香は、真剣な眼差しで否定した。嘘をついているようには見えない。

 

 「私ならやっぱり男同士のカップルしか見たくないわ」

 

 彩香は真面目な顔で、はっきりと伝えてくる。祐真はため息をついた。

 

 「……まあ、そうだろううね。横井さんが犯人なら、異性同士のペアにはならないか」

 

 カマを掛けたつもりだったが、やはり彩香の仕業ではないようだ。ある程度予想していたことである。

 

 彩香はほっとした表情をみせた。

 

 「でしょ? 私も正直、困惑してるんだ」

 

 祐真は尋ねた。

 

 「今の現象に、心当たりはある?」

 

 彩香は制服のスカートの裾を弄りながら、眉根を寄せた。

 

 「うーん、ないかなあ。あったらもう羽月君に伝えてるよ」

 

 「……ユーリーは今どうしてるの?」

 

 シシーとの戦いの際、人質になり、重傷を負ったユーリーだったが……。

 

 「この前、用事があるからって、泊りがけで出ていったよ。理由は教えてくれなかったけど」

 

 彩香は心配げに表情を歪め、そう言った。

 

 どうやら、ユーリーは、シシーとの戦いで負傷した旨を彩香に話さなかったらしい。ということは、つまり、彩香は自身がGL化した事実をいまだに知らないことになる。

 

 なにせよ、今は彩香のそばにユーリーがいないことは確かのようだ。

 

 「そう」

 

 これで彩香が主犯である線は、ほとんどなくなったと言っていいだろう。つまり、手掛かりゼロの状態に戻ったのだ。

 

 彩香ではないのなら、一体、誰だろう。前回は魔道書を偶然入手した古里の仕業だったが、今回もまた同じように、魔道書を手に入れ、淫魔を召喚した者がいるということなのか。

 

 祐真は彩香に質問した。

 

 「女子の様子はどうなの?」

 

 彩香は人差し指を顎に当て、うーんと唸る。

 

 「やっぱり困惑している人多いかな」

 

 「カップルになった女子から話を聞いたことある?」

 

 「うん。聞いたことあるよ」

 

 「なんて言ってた?」

 

 祐真が聞くと、彩香は複雑な表情を浮かべた。

 

 「それがちょっと不思議なところがあって……」

 

 「不思議なところ?」

 

 「うん」

 

 彩香は周囲に視線を走らせたあと、声を潜めるようにして話し始める。

 

 「なんでも、カップルが成立したのは、全部女子のほうから告白したかららしいよ」

 

「女子のほうから?」

 

 祐真は眉根を寄せる。

 

 「そう。私が聞いた話なんだけどね、その女子、急に彼氏が欲しくなって、告白しようと決めたんだって」

 

 「なんだよそれ」

 

 友人が少なく、彩香以外に女子の知り合いがいない祐真にとって、初耳の話だ。通常の告白の場合、男女どちらからでもなされる可能性はあるが、今回、学校中に――彩香が聞いた限りの――生まれたカップルの全てが、女子からの告白が発端なら、そこには何かカラクリがあることの表れである。

 

 「それにね」

 

 彩香は、こちらに身を寄せると、なぜか恥ずかしそうに自らのショートカットの髪をかき上げ、言葉を発する。シャンプーの甘い匂いが鼻腔をついた。

 

 「一部の女子たちの様子が変なんだ」

 

 「変というと?」

 

 彩香の挙動を怪訝に思いながら祐真は訊く。

 

 「えっとね」

 

 彩香は言いにくそうに口ごもりながら、続けた。

 

 「女子たちがなんだかエッチになってるんだ」

 

 祐真は耳を疑った。

 

 「なんだって?」

 

 「だから、何人もの女子が発情したみたいに、男子を求めるようになってるの」

 

 彩香の白かった頬は、少し赤くなっていた。

 

 「……」

 

 祐真は愕然とする。女子と接点がないため、気がつかなかったが、背景では、そんな異常事態が展開されていたのか。

 

 そして確信する。この現象は淫魔術の特徴とほぼ一致することを。

 

 「ねえ、これってやっぱり淫魔の仕業なの?」

 

 彩香は尋ねてくる。かつて自分が仕出かした行為と類似しているため、当然推察できる結論だ。祐真が彩香を疑った理由も同様である。

 

 「おそらく、それしか考えられない」

 

 祐真は爪を噛んだ。また非常に面倒な事態に陥りそうで嫌気が差す。こうも淫魔が絡んだ出来事が続くと、精神が参ってしまいそうだ。

 

 しかし、と思う。淫魔術と酷似しているが、今回の件は、どこか違和感があった。これまでいくつかの淫魔術を見てきたからこそ感じる齟齬。それが何なのか掴めず、頭が酸素不足の時のように、くらくらした。

 

 あるいは、祐真の思い過ごしか。

 

 「私は大丈夫かな……」

 

 彩香が不安そうに呟く。思えば、彩香も突然、発情するような変貌を遂げる可能性があるのだ。

 

 「……わからない。けど、できるだけ他の人との接触は避けたほうがいいだろうね。いざとなったら、学校を休みのも手かもしれない」

 

 感染型の淫魔術は、接触によって伝播する性質を持っていた。回避したければ、学級閉鎖のように、学校を休むのも一つの方法だろう。

 

 いずれにしろ、今回もBL化計画時やGL化計画時同様の警戒は必要だ。

 

 彩香はしばらく思い悩んでいたが、やがて納得したのか顔を上げた。それから、何かに気づいたように言葉を発する。

 

 「でも……、女子が今みたいな状態なら、羽月君も告白受けるかもね」

 

 祐真ははっとする。虚を突かれた思いだ。確かに祐真も男子である以上、告白の対象になる可能性があった。

 

 今までそのことを示唆できなかったのは、祐真が女子からあまりにももてない存在であるためだ。完全に思考の埒外の事象であった。

 

 もっとも、それでも、祐真に好意を寄せる女子がいるとは思えない。いくら相手が、淫魔術にかかっていようとも。

 

 しかし、万一、女子から告白を受けた場合、自分はどうするだろうかと考える。淫魔術が原因だとしても、嬉しい部分はあるかもしれない。

 

 とはいえ、そもそも犯人の存在や目的、淫魔の所在も未だわかってないのだ。その上、女子が告白に至る過程すら判明していない。現時点で『期待』する必要はないだろう。

 

 「まあ、その時はその時さ」

 

 祐真は肩をすくめた。あまりに情報不足で、未知数の状況。何も判断はできなかった。

 

 すると、彩香が祐真の顔を覗き込んできた。何かを期待するかのように、目がきらきらと輝いている。

 

 「望月君は女子からの告白をオッケーしたら駄目だよ」

 

 「なぜ?」

 

 彩香の唐突の催促に、祐真は面食らう。こちらの身を案じているのだろうか。確かに、淫魔術に侵されている人間と接触したら、こちらも『感染』する恐れがある。

 

 彩香は首を傾け、子供のように無邪気に笑った。

 

 「祐真君にはリコさんがいるんだから」

 

 「リコが? どういうこと?」

 

 なぜリコの名前が出てくるのだろう。理解できない。

 

 彩香は相変わらずキラキラさせた目をしたまま、顔の前で祈るように両手を組んだ。

 

 「だって、羽月君とリコさん、運命の人じゃない。これほどお似合いのカップルはいないよ」

 

 祐真はため息をつきたくなった。まじめな話をしていたと思ったら、またこれだ。この女の頭には、BLのことしかないのか。

 

 彩香は興奮が昂じてきたのか、息を荒げながら続ける。

 

 「そもそも羽月君は、女の子と付き合うより、男の子付き合ったほうがいいと思うんだ。守ってくれる王子様的な存在? そんな人がお似合いだと思うよ。だから、やっぱりリコさんと結ばれるべきなんだって」

 

 彩香は鼻息荒くまくし立てる。好きな漫画を語る腐女子のような有様だ。

 

 祐真は大きく息を吐き、彩香に背を向けて、その場を離れる。背後から彩香の拗ねたような声が聞こえたが、足は止めなかった。

 

 もう話は充分したし、休み時間も終わる。彩香は放っておいて、教室に戻ったほうがいいだろう。

 

 複数の男女カップルで溢れる廊下を、祐真は進む、頭の中には、先ほどの彩香の会話の内容が渦巻いていた。 

 

 祐真自身が告白される可能性。彩香はそれを示唆した。実際、祐真のような男を好きになる女子はいないだろうが、妄想は膨らむ。

 

 もしも、告白してくるなら、誰だろう。そう思った祐真の脳裏に、影山沙希のふわふわとした容姿が幻影のように浮かび上がった。

 

 沙希から告白された場合、仮に淫魔術に感染する恐れがあろうと、おそらく、夢中で首を縦に振るだろう。その先、どんな破滅が待っているのか関わらず。

 

 少なくともこれだけは言える。相手が沙希だろうと、他の女子だろうと、告白された場合、リコに知られることだけは避けなければならない。なぜなら、彼の嫉妬を買うからだ。

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