サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

68 / 69
第六十七章 告白

 さらに数日が経過した。淫魔術と思しき影響は、その広がりを留まることを知らなかった。日に日に校内のカップルは数を増していった。

 

 そして、その影響は、祐真の身近なところにまで迫っていた。

 

 ある日のことだ。朝、祐真が登校し、自分の席で今後の対策を頭の中で模索していると、背後から声がかかった。

 

 「おはよう祐真」

 

 聞き慣れた声であり、星斗のものだとわかる。

 

 おはよう、と返事をし、振り向いた祐真は口をあんぐりと開けた。

 

 登校してきた星斗の隣には、一人の女子生徒が立っていたのだ。星斗とその女子生徒は、中睦まじげに腕を組み、幸せそうに顔をほころばせていた。

 

 「せ、星斗。なんだよそれ」

 

 祐真は慌てふためきながら、思わず立ち上がった。ドッキリでも仕掛けられたかのような気分に陥る。

 

 「いやーなんだか告白されて、俺たち付き合うことになったんだ」

 

 星斗は照れたように頭を掻き、隣の女子生徒と目配せし合う。どちらも初々しい仕草で、まさに付き合い始めたばかりの男女カップルといった風情だ。 

 

 「し、しかし……」

 

 祐真は二の句が告げないでいた。もてないことでは祐真と双璧を成す星斗に、まさか彼女ができるとは。いや、違うだろ。これは淫魔術の仕業だ。だから星斗の実力ではない。だから、気落ちする必要はないのだ。だけど、もしかしたら、本当に星斗の実力で手に入れた彼女なのかもしれない。少なくとも先を越されたのは事実だ。なんてこと。

 

 煮たぎった鍋のように、脈絡のない思考が頭の中を駆け回る。祐真は混乱していた。自分と同じレベルの親しい友人に、彼女ができたことで、祐真のプライドは大きく軋み音を立てていた。間違いなく、淫魔術が原因であるため、気落ちする必要はまったくないのだが、その思考にシフトする余裕が祐真にはなかった。

 

 「というわけで俺たち向こうで話をするわ」

 

 口をぽかんと開けたままの祐真を置き去りにして、星斗は女子生徒と腕を組んだまま去っていった。

 

 しばらくの間、魂が抜けたようにその場に佇む祐真。出来の悪いドッキリでも仕掛けられている気分だ。

 

 その時である。再び、背後から声がかかった。

 

 「おはよう」

 

 直也の声だ。ベストタイミングである。今しがた目撃したショッキングな光景を話し、気分を落ち着けよう。

 

 祐真は振り返った。そして、絶句する。満面の笑みを湛える直也の隣には、女子生徒が立っていたのだから。

 

 祐真は眩暈を堪えながら、直也に訊く。

 

 「な、直也どうしたんだ?」

 

 直也は恥ずかしそうに頭を掻くと、隣の女子生徒と見つめ合った。とても親しげな雰囲気が醸し出される。

 

 「なんだか告白されちゃって、僕たち付き合うことになったんだ」

 

 直也は、悪夢のような言葉を発した。

 

 祐真は愕然としたまま、身動き一つできないでいた。

 

 

 

 昼休みになり、祐真は屋上へとやってきていた。

 

 昼食はすでに済ませてある。一人きりの弁当。星斗と直也は、それぞれ新しい彼女と昼食をとっており、祐真の席など寄り付きもしなかった。

 

 祐真は空を見上げ、目を細める。本日は快晴なり。上空には澄んだ青色が海原のように広がっている。しかし、祐真の心は漆黒の闇に沈んでいた。

 

 親しい友人が立て続けに、彼女を作った。これはショックなのだが、原因が淫魔術の可能性大なのだ。それだけ、邪悪な力が迫ってきている証でもある。

 

 祐真はフェンス近くまで行き、運動場を見下ろした。当たり前だが、今は昼休み中なので、人っ子一人見当たらない。以前、ユーリーと戦った時の光景が自然と想起される。

 

 祐真はリコの姿を思い出した。今のところ、この学校の現象について彼には話をしていない。確実に淫魔の仕業とは断定できなかったし、話すタイミングも掴めなかったためだ。

 

 しかし、こうなってはもう黙っておくわけにはいかないだろう。今日アパートの戻ったら、即刻リコに報告だ。そして、対策を打ってもらおう。

 

 祐真が決心し、再び空を見上げた時だった。背後で扉が開く音がした。誰かが屋上へと入ってきたのだ。

 

 祐真は反射的に振り向いた。屋上に入ってきたのは一人の女子生徒だった。はじめは誰かわからなかったが、見覚えがあることに気づく。

 

 屋上にやってきたのは、クラスメイトの女子だった。確か、川崎江実とかいう名前だったと思う。目が細く、やや底意地の悪そうな容貌の女だ。

 

 江実は、真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。おそらく、目当ては自分だ。一体、なんの用だろう。

 

 祐真が怪訝に思っていると、江実は目の前で立ち止まった。それから上目遣いで見てくる。

 

 「あの、望月君」

 

 江実は口ごもりつつ、祐真の名前を言う。緊張しているようだ。

 

 「何?」

 

 祐真は返事をしながら、とある予感にとらわれていた。現在、学校を覆っている異常事態と、このシチュエーション。まさか……。

 

 江実はぺこりと頭を下げたあと口を開く。それは祐真の予想通りの言葉だった。

 

 「羽月君、あなたのことが好きになりました。付き合ってください」

 

 江実は振り絞るような声を出す。演技でないことは、はっきりと伝わってきた。剥き身の好意だけがそこにあった。

 

 この女子が告白したのは、淫魔術の魔の手に侵食されたためだ。本心ではない。淫魔術は本人の意思すら捻じ曲げて、好意の感情を抱かせる邪悪な洗脳システムなのだ。

 

 祐真は困惑した。どうしよう。受け入れるわけにはいかないが、とっさに断る口実も思いつかなかった。なにせ、こっちはろくに女子から告白された経験のない陰キャなのだから。

 

 祐真が返答に困窮していると、江実がゆっくりと歩み寄ってくる。哀しげな表情だ。祐真の戸惑いを、告白に対する拒否感であると受け取っているようだ。

 

 「お願い。返事を聞かせて」

 

 そして、江実はこちらの手へ腕を伸ばした。おそらく、手を握るつもりだろう。

 祐真は反射的に身を引いた。江実の表情が曇る。細い目が、わずかばかり吊り上った。

 

 「なんで拒否するの?」

 

 江実は悲痛な声を上げ、再度こちらの手を握ろうとしてくる。

 

 祐真は飛んできたボールを避けるような動作で身を捻ると、江実の手を避けた。

 

 「ごめん。告白は受け入れられない」

 

 江実が淫魔術にかかっているのなら、当然避けるべき相手だ。付き合うことはできない。触れられるのも。

 

 江実はかっと目を見開いた。

 

 「羽月君! 私の告白を断るなんて!」

 

 江実は唾を飛ばしながら、叫んだ。

 

 「ごめん」

 

 祐真は頭を下げると、足を踏み出した。江実の横を通り抜け、屋上の出入り口に向かう。

 

 「待って!」

 

 江実が背後で叫ぶが、祐真は無視をした。幸い江実は追っては来ず、祐真は屋上を出ることができた。

 

 最後に、祐真はちらりと背後を振り返った。江実はじっと俯き、肩を震わせている。泣いているのかもしれない。

 

 少しだけ、祐真の中に黒い染みのような罪悪感が広がる。彼女が淫魔術に影響された結果とはいえ、告白を無下に断ったのだ。悪いと思う気持ちは生まれていた。

 

 傍から見れば、青春ドラマの一幕だろう。だが、実情は違う。不可思議な力が根底に流れるノワールの世界である。

 

 情けは無用である。一刻も早く、解決しなければ。

 

 しかし、リコへの相談は待ったほうがいいかもしれない。江実の命に関わる恐れがあるからだ。

 

 沙希に対して、あれほど嫉妬したリコである。祐真に告白してきた女子がいたと知ったら、何かしら敵意を持ってもおかしくはなかった。

 

 少なくとも、今はまだリコに現状を報告するタイミングではないのだ。江実の今後の動向を見て、判断する必要があるだろう。

 

 教室へと続く階段を下りながら、祐真はそう思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。