サキュバスを召喚しようとしたら間違って最強のインキュバスを召喚してしまいました   作:佐久間 譲司

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第六十九章 手中

 数日が経ち、祐真へと行われていた江実のアプローチは鳴りをひそめた。やがて、次第に江実は祐真の元にやってこなくなり、別のクラスの男子と付き合い始めた。

 

 言うなれば、見切りを付けられたのだ。だが、これでよかったと思う。淫魔術にかかるリスクが消えたのだから。少しだけ、寂しい気もするが。

 

 しかし、これにてようやくリコに相談できるようになった。すでに江実は別の男とくっ付いたのだし、リコの嫉妬を買うことはないはずだ。今日にでも相談したほうがいいだろう。

 

 そして――。

 

 祐真は沙希へと視線を向けた。

 

 これでこのクラスにおいて、休学している彩香を除き、カップルが成立していないのは二人だけとなった。

 

 胸の奥で熱い想いが、ポップコーンのように弾ける。これを好機とし、沙希と親密になれるきっかけになるかもしれない。

 

 あわよくば、あの魅惑的な巨乳すらも、我が手で……。

 

 少しだけ、彼女と話をしてもいいかもしれないと思った。

 

 

 

 影山沙希は、自分の席に一人の男子生徒が近づいてくるのを、肌で感じ取っていた。

 

 羽月祐真。このクラスで数少ない、カップル化していない男。横井彩香も同じくカップル化していないが、彼女は休学中なので、効果が及ばないのは仕方がなかった。

 

 「影山さん、ちょといいかな?」

 

 祐真が正面に立った。沙希は今気がついたような演技を行い、はっと顔を上げる。そして、唇に手を当てた。

 

 「う、うん。な、なに?」

 

 どもるのは、演技ではなかった。実際、初めての話し相手であるため、緊張もしている。こればかりは自身の性質なので、どうしようもなかった。

 

 祐真は、少し照れたように頭を掻きながら答えた。

 

 「えっとさ、そんな大した用事じゃないけど……。このクラスで恋人ができていないのって、俺らだけだなって思って」

 

 口ごもりながら、祐真は言う。

 

 言動から、この地味な男子生徒が女子とあまり喋り慣れていない様子が伝わってきた。クラスメイトの評判通り、女子とは縁がない生き物なのだ。

 

 肌で感じるこの男の感情からは、猿のような色欲の熱が伝わってくる。つまり、現状にかこつけて、こちらと仲良くなろうという算段なのだろう。あわよくば、肉体関係まで結びたいつもりらしい。

 

 そして沙希は怪訝に思う。

 

 現在、この学校に蔓延している現象は、『擬似淫魔術』とも言うべき魔術の効果によるものだ。いくら沙希が調査をしても、一向に姿が見えない召喚主。その邪悪な存在を探すために、発動させた術である。

 

 洗脳魔術を改良し、沙希自身の『肌』を通して情報が集積されるよう調整してあった。つまり、この魔術に感染すると、感染者は、発信機のように自身の情報を、より詳しく沙希へと伝播してくれる存在になるのだ。

 

 効果範囲が効率的に拡大するよう、感染者が欲情し、異性を求める性質を持たせた。そうなれば多くの生徒が接触を行い、沙希の元に情報がより多く集まるためだ。

 

 洗脳魔術の一部分が変化し、さながら淫魔術のように振舞うのが、この魔術の特徴であった。

 

 ただ欠点があり、沙希の力では女子のみが欲情の効果対象にしかできなかった。通常の淫魔術のように、誰も彼もを欲情させるほどの強力な洗脳能力は発揮できないのだ。

 

 また、同性愛者に対しても効果がなく、感染すらしないのも特徴の一つだ。

 

 そして、この羽月祐真は……、

 

 「そ、そうだね。私も不思議に思ってるんだ」

 

 沙希はそう答える。そして俯き、スカートから伸びる黒タイツに包まれた足を見つめなながら、考える。

 

 なぜか、このクラスで沙希の魔術に感染していない唯一の男子。女子からアプローチがあったにもかかわらず、決して乗らなかった。

 

 淫魔の召喚主なら、淫魔から何かしらプロテクトを施してもらっている可能性はあるが、この男が召喚主ではないことは、すでに確証済みだ。

 

 淫魔を召喚すれば、召喚主は、確実に精を吸われる。その痕跡がない以上、この男は召喚主になりようがなかった。

 

 かといって、こちらに劣情を催している以上、同性愛者である可能性も低い。

 

 とても奇妙な男なのだ。こいつは。一体、なぜ無事でいられる? 洗脳魔術に感染していないせいで、情報も掴みにくいのも難点だった。

 

 あるいは、羽月祐真が洗脳魔術にかかっていないのはただの偶然で、最初から、この教室ないしは、この高校に召喚主などいなかった可能性も否定できない。つまり、美帆の情報が誤っていたのだと。

 

 そうなれば、こうして自分が適齢期を過ぎた高校生活を送っていること自体、茶番である。

 

 「俺と影山さんがまだ誰とも付き合っていないのは、その、何か意味があるかもしれないね」

 

 祐真は、たどたどしい口調ながらも、口説き始める。陰キャの身分でありつつ、渾身の勇気を出して意中の女にアタックしているつもりらしかった。視線は、こちらの胸と顔。それから黒タイツに包まれた足を順番に見やっている。

 

 本来なら相手をすること自体馬鹿馬鹿しい男子だが、今の状況だとそうもいかない。目下、召喚主の当てが一切ないのだ。休学中の横井彩香は除くとして、このクラスでただ一人無事であるこいつの情報は、少しでも欲しかった。

 

 いずれにしろ、今は捜査を断念することはできなかった。のこのこ帰っては、推進派の他メンバーから叱責を受けることだろう。

 

 花蓮の身に危害を及ぼした『敵』を見つけるまでは、決して諦めるわけにはいかないのだ。

 

 沙希は静かに微笑んだ。

 

 「う、うん。私もそう思う」

 

 そう答えてやると、祐真の表情は一変した。これまで機嫌を伺うような風情だったが、沙希の言葉を聞くなり、瞬時に顔をぱっと明るくさせた。おそらく、脈ありだと受け取ったらしい。

 

 「えっとさ、よければ、今日一緒に帰らない?」

 

 祐真はさらに押してくる。周囲のクラスメイトたちは皆、魔術の効果により、パートナーとのコミュニケーションに夢中で、ナンパするオタクには目もくれていなかった。若々しく、熱い偽物の恋心が、蔓延しているのみだ。

 

 「う、うん。そうだね。一緒に帰ろう」

 

 沙希は誘いに応じた。捜査を続ける以上、情報のないこの男を探るべきだと判断したためだ。

 

 祐真の顔は、さらに嬉しそうに変貌する。『ナンパ』が上手くいき、天にも昇る気持ちになったのだろう。『肌』を通して、この男の喜びが伝わってくる。大げさなほどに。

 

 おそらく、これまで一度も女を誘った経験がないせいだと思われた。生まれて初めて女を口説いた結果、良い成果を上げたのなら、この不自然なほどの喜びようも無理ない話である。

 

 「そ、それじゃあ、放課後、呼びにくるよ」

 

 祐真は緊張したようにそう言う。そして、手を軽く上げたあと、立ち去っていった。

 

 祐真の背中を見送りながら、沙希は思う。

 

 羽月祐真が召喚主の可能性はないはずだが、それでもこちらの魔術の効果が及んでいないのは事実であった。この男には何かあると断言はできないが、要因は探っておいたほうがいいだろう。

 

 放課後、一緒に帰るとのことだが、念のため準備はしておいたほうがいいかもしれない。相手は人を殴った経験すらないような貧相なオタクであるため、よもや危険はないだろうが、用心するに越したことはない。

 

 幸い、今回の任務は、敵地に潜入する作戦であったため、常に装備は整えていた。『勝負服』も、『武器』もいつだろうと使用可能だ。

 

 そして、隙があれば、羽月祐真に自身の魔術を行使しようと思う。直接流し込めば、さすがに洗脳魔術にかかるはずだ。

 

 この男はこちらの貞操を狙っている。そのため、二人っきりになるチャンスくらいは訪れるだろう。そこを狙えばいい。

 

 沙希はプランを決めた。

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